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伊藤忠が"豪華設備の独身寮"を建てた狙い

プレジデントオンライン / 2018年12月10日 9時15分

新設された独身寮。敷地面積は約4600平方メートルという大きさだ。

■独身寮を18年ぶりに復活させた

7階建て、戸数361戸。2018年3月、伊藤忠商事の独身寮が新設された。場所は横浜市の日吉駅から徒歩3分で、駅から本社へは約30分で通える。現在は約250名が入居しており、19年の4月には新入社員が入って、ほぼ全室が埋まる予定だ。

弊社が独身寮を開設するのは、18年ぶりである。かつては横浜市の山手に300名程度を収容する大規模の独身寮があった。それが2000年、業績悪化に伴って売却。以降は寮を持つのではなく借りる方針を採り、70名程度が住めるマンションを4つ借り上げていた。

しかし場所が分散していたため、ある寮は駅近で会社まで40分程度で通えるのに、ある寮は通勤時間が1時間以上、またある寮は駅からのアップダウンが激しかったりと、通勤格差が生まれた。すると条件の悪い2つの寮は、2年目になると出てしまうケースが多くなり、また分散したことで一体感が失われていった反省も生まれた。そこで今回、4つの寮を統合し、社有の独身寮を復活させたのである。

大規模な独身寮をつくる狙いは、昔と変わらない。基本は「ひとつ屋根の下」。寝食を共にすることで、タテ・ヨコ・ナナメの一体感を高め、仕事に役立てるということだ。

■入居年数の上限は8年から4年に短縮

商社は縦割りで、繊維なら繊維、機械なら機械の業務をずっと担当していく。セグメントが異なれば仕事の種類がまったく違い、共通の基盤があまりない。タテの関係は職場で、ヨコの関係は同期でつながっていくが、異なるセグメントの1つ上の先輩のような、ナナメのコミュニケーションを取るのが非常に難しいのだ。

寮の横断的なネットワークがあれば、ナナメでもつながりやすくなる。自分とは違うセグメントの先輩と大浴場や食堂で交流したり、寮を出た後、まったく知らない部署でも寮生を介してすぐに連絡できたりする。また近年、産業構造が変わったことで、これまで遠かったセグメントが接近するようになった。食料と情報など、異なるセグメントが交じって新しい事業を始めようとするときは、必ずナナメの線が生きてくる。そこを下支えするのが寮のネットワークなのだ。

そのため、ネットワークに個人差が生まれないよう、新入社員は、実家が都心にあっても、原則は入寮してもらう方針である。そして結婚や、独立して暮らしたいなど、出ていく理由や時期は社員に委ねている。一時期だけでも住んでもらえば、寮の一体感を体験でき、後々、仕事をしていくうえでの大きな財産になる。

また、寮生が住むことができる上限の8年を、新しい入居者から最大4年に短縮した。入社5年目以降、実務研修生として積極的に海外に派遣する方針としており、それまでの短い期間で太いネットワークを構築してもらいたいと考えている。

■65歳を超えたOB2名が寮長として交代で勤務

私自身もかつて大規模な社員寮に住んでいたことがある。当時は大らかな時代で、不便に感じる部分も多かった。部屋にはキッチンやシャワーがなく、冷蔵庫は食堂に巨大なものがひとつ置かれていて、常に満杯。大浴場は午後10時以降お湯が出なくなって、冬に利用するのはつらかった。そしてよくも悪くも寮生の関係が密接だったため、個人の空間があまりなく、自分の時間を自由に過ごすことが難しかったという記憶がある。

寮のコンセプトは昔のままだが、日吉寮は時代に合わせて、プライバシーを尊重し、施設を充実させた。居室にはシャワーブース、ミニキッチン、ミニ冷蔵庫があり、自分の空間を満喫できる。シェアキッチンや、サウナ付きの大浴場もある。

社員寮について、「家に帰っても会社の人間がいるなんて、自由がない。ずっと管理されている空間ではないか」という声もある。しかし、1人でいたいときは部屋で過ごし、誰かと話したいときは共有スペースに出る、という選択肢があり、生活スタイルは自分で選ぶことができるのだ。

寮はネットワークの構築だけではなく、人材育成の効果も期待している。住み込みの管理員とは別に、65歳を超えたOB2名が寮長として交代で勤務。挨拶・掃除のようなマナーを教えたり、元気がないようであれば声がけをして相談に乗ったり、寮生を見守る役割を担っている。

そして「健康経営」を掲げている弊社は、寮を若手社員が健康習慣を身につける場としても考えている。具体的な健康習慣は、おもに3つあり、1つ目が運動だ。社会人になると忙しくなって、運動する機会が減っていく。そこで寮と駅の間にあるスポーツジムと提携し、月3回の利用まで会社が費用を負担する。

2つ目は禁煙。寮は1カ所だけある喫煙所以外、全館禁煙だ。そして希望者には、6カ月間のサポートで禁煙達成を目指すアプリを使って、禁煙プログラムを実施する。現在、12名が実験的にトライアルしており、もし効果があれば全社でも導入する予定だ。

3つ目は食生活。昔の独身寮は事前に1週間の食事の予定を申告する必要があり、使い勝手が悪かった。日吉寮は事前予約不要で、管理栄養士が多彩なメニューを提供。約400円の夕食はインスタグラムでメニューが確認でき、夜は21時30分まで利用できる。

若者は健康についてあまり意識していないものだ。それが年を重ねるにつれて、だんだん不健康になっていく。それを予防するため、早いうちから、住んでいると自然と健康習慣が身につく環境をつくっておきたい。長い目で見れば健康な社員が増え、結果的にはそれが会社の利益につながる。

■外泊の制限はなし。自主性を重んじる

開設から5カ月ほど経った。驚いたのは、独身男性250名のうち、車を持っているのが9名だけだったことだ。またカーシェア用の車を5台置いてあり、1週末あたりの稼動は2~3台。昔に比べて車との距離が遠くなったことを感じた。また、スタディコーナーや共用スペースで、グループで勉強している寮生がいるのも、昔は見なかった光景で非常に新鮮である。

自主性が育っていることも感じている。大きな寮は、誰がどこに住んでいるかわからないというデメリットがある。当初、居室は匿名にして部屋番号のみ表示していたが、入社年次、部署、名前も表記するようになった。その情報を見た寮生が、「今度この人と話してみようか」という気になれば、ネットワークが広がっていく。そしてこれは寮生による自発的な提案だった。

寮というと会社が目を光らせ、管理しているイメージが強いかもしれない。しかし基本ルールは会社がつくるが、寮生の自主性は尊重している。寮生以外は入れてはいけないルールを設けていても、外泊に関して制限はない。そして門限もない。地域社会との共生のための清掃や、花見やバーベキュー大会といったイベントも、若手社員の自主性に任せている。会社が過度に関与せず、問題があったときだけ寮長に関与してもらうスタンスである。

日吉寮はまだ始まったばかりで、効果は長い目で見ていく必要を感じている。というのも自分の経験を振り返ると、どの職場の人ともどこかで接点があったり、それによって話が早く進んだりと、10年ぐらい経ってから、寮にいたメリットを改めて実感することが多いからだ。

雇用形態も時代によって変わってきたが、終身雇用を前提にしている日本企業は少なくない。そして長く働く会社であるほど、初期のネットワーク構築が大事なように思える。社員は出生地も卒業大学も違い、それぞれの価値観がある。それが一定期間一緒に過ごす中で、価値観が共有されていき、企業風土へと昇華されていく。「ひとつ屋根の下」で価値観が共有され、一体感が醸成された企業こそ、さらなる成長を遂げ、企業価値を向上させていけるのではないだろうか。

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岩田憲司(いわた・けんじ)
伊藤忠商事 人事・総務部 総務室長
1996年、伊藤忠商事に入社。大阪人事部に配属。伊藤忠人事サービス(現・伊藤忠人事総務サービス)、厚生労働省への出向を経て、2001年、人事部人事企画室に配属。その後、業務部、シンガポール会社などを経て、17年4月より現職。

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(伊藤忠商事 人事・総務部 総務室長 岩田 憲司 構成=小林 力 撮影=研壁秀俊)

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