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中国を変えた"信用格付けシステム"の怖さ

プレジデントオンライン / 2018年10月18日 9時15分

全国統一的な信用調査機関「百行征信用」のウェブサイト

中国人が急激に「品行方正」に変わりつつある。人々を変えたのは「信用格付けシステム」だ。この仕組みでは、個人が職歴や支払い実績、交友関係などから、350点から950点の「信用度」でランク付けされる。得点が低い人は、金融、不動産、医療などさまざまなサービスで「後回し」にされるため、みんな必死でマナーを守るようになった。しかし、これでいいのだろうか――。

■「予測アルゴリズム」という画期的な統治の方法

広大な領土に多大な人口を擁する中国では、むかしから統治者は「いかに秩序をもたらすか」に頭を悩ませてきた。長い年月の中で、恐怖による圧政、寛容による仁政、教育による統制などさまざまな統治が試みられてきたが、ここにきて、ついに統治者は画期的な方法を手に入れつつあるようだ。その方法とは、「予測アルゴリズム」という情報テクノロジーのことである。

中国では、長年にわたり食品生産や医薬品製造の安全性は保たれておらず、偽装や偽造、詐欺、脱税に官僚の腐敗、学術上の不正も横行し、治安当局の取り締まりも十分な効果を発揮してはいなかった。そのため、企業や消費者の取引コスト、経済秩序に関する行政のコストも大きく、人びとの規範意識を高めることは切迫した課題であった。

そうした中で、新たな統治手法として注目されるのが「予測アルゴリズム」だ。これは、オンライン上の購買や閲覧・行動の履歴といったパーソナルデータや、企業の信用取引データなど、いわゆる「ビッグデータ」を分析し、対象となる人物や企業の動向を予測する情報テクノロジーだ。中国政府は、いま、こうした技術を統治能力の改善に役立てようとしている。

■国民や企業がどの程度信用できるかを査定するシステム

2014年に中国国務院が発表した「社会信用システム建設計画綱要(2014~2020年)」や、中国共産党第13次5カ年計画(2016-2020年)の草案によると、2020年までに中国政府は、国家規模での情報蓄積体制を整備し、それを活用する「社会信用システム」なるものを構築するという。

なんでも政府が発表した資料によれば、「社会信用システム」は、蓄積されたさまざまなデータを基に、国民や企業がどの程度信用できるかを査定する、社会信用度の格付けシステムであるらしい。

「社会信用システム」は、いまだ全貌は明らかにされていない。しかし、それは、電子商取引の最大手であるアリババ・グループ・ホールディングや、ソーシャルメディア大手のテンセント・クレジット・ブリューといった中国の民間企業が、かねて取り組んできた「与信管理サービス」に関わる技術や知見を取り込む公算が高い。

というのも、中国人民銀行は、2015年にアリババ・グループ傘下の芝麻信用など、民間企業8社に信用調査機関としてのパイロット展開をいったん許可したのだが、2018年に信用調査機関としての許可書を正式に交付したのは、新設された百行征信用(略称・信聯)だけだったからだ。

■中国政府の直接的な指導下にある業界団体が筆頭株主に

この百行征信用は、業界団体である中国インターネット金融協会が36%を出資し、パイロット展開を許可された民間企業8社がそれぞれ8%ずつ出資して設立された、企業横断的かつ全国統一的な信用調査機関だ。

中国政府の直接的な指導下にある業界団体が筆頭株主になったことから、信用調査機関としての主導権が当局にあることを、改めて内外に明示した形だ。中国の内閣にあたる国務院が通知した「社会信用システムの概要」でも、「信用情報の統一的な公開と共有を実現する」(国務院 2014)と明記されているので、上述の民間企業8社が保有する顧客データベースや予測アルゴリズムは、百行征信用を経由して、当局主導の社会信用システムに接続される可能性は非常に高いと言われているのだ。

そのため、「社会信用システム」の基本的な仕組みは、芝麻信用などの民間企業が展開する「与信管理サービス」と、基本的には同様のものになると予想されている。民間企業が展開する「与信管理サービス」の仕組みがどのようなものか。ここでは、中国最大手のアリババ・グループ傘下にある芝麻信用が展開するサービスを事例として取り上げよう。

2014年に中国国務院が発表した「社会信用システム建設計画綱要(2014~2020年)」

■個人の信用度を「350点から950点」で得点化する

芝麻信用は、第三者決済と電子マネー「支付宝(アリペイ)」の運営が主たる業務で、「与信管理サービス」はそうした業務に付随するサービスの一つだ。芝麻信用では、「与信管理サービス」を“信用生活”と呼ぶ。

信用生活では、アリババ・グループが運営するECプラットフォームを通じて収集されたパーソナルデータや金融貸出情報などを基に、予測アルゴリズムが次の5つの要素を評価し、個人の信用度(芝麻分)を350点から950点の範囲で得点化する。

(1)年齢や学歴や職業などの属性
(2)支払いの能力
(3)クレジットカードの返済履歴をふくむ信用履歴
(4)SNSなどでの交流関係
(5)趣味嗜好や生活での行動

つまり、学歴や職業ステータスが高く、また収入や預金額が高いほか、支払いを滞りなく行っており、友人関係も充実しバランスの良い生活を送っているほど、信用生活の予測アルゴリズムは、その人物の信用度を高く評価するわけだ。そして、信用度が高いほど、ユーザーはより良いサービスを受けることができる。それこそが“信用生活”と呼ばれるサービスだ。

■信用度が高ければ、さまざまな「前金」が不要になる

中国では、車のレンタルや不動産の賃貸、手術などの高額な治療、図書館の本の貸し出しといった公共サービスに至るまで、サービスの大半にはデポジット(いわゆる前金)が必要だ。それだけ中国では、他国では成立するような信用をベースにした取引が困難なのだ。

しかし、信用度の得点が高いと、そうしたデポジットが免除される。さらに病院での受診、海外渡航のためのビザの取得、金融商品の金利などでも優遇が受けられる。信用度が高いほど、生活の利便性が向上するのだ。

人々が自分の能力やキャリアを高めることで、あるいは社会的なルールをきちんと守ることで生活の利便性が向上するなら、個人にとっても、社会にとっても好ましいことのように思う。ところが、この仕組みには深刻な問題もある。

■このままだと「低得点者」との交友を望む人はいなくなる

例えば、故意でなくとも過失の累積により得点を失うと、生活の利便性は大きく後退してしまう。信用度の「見える化」は、低得点者にとっては、サービスを受ける順番が後回しにされ続けたり、最悪の場合、サービスそのものの利用が断られたりすることにつながる可能性があるのだ。

たとえば中国では、入院によって公共料金の支払いに行けず、支払期限を一時的に超過した人が救済を訴えている。このようなやむを得ない理由があっても、信用度は下がってしまうのだ。

さらに当人とはまったく関係のない事由でも信用度が下がってしまうことがある。信用生活では、信用度の評価の項目に交友関係が含まれている。このため低得点者との交友が低評価につながるとわかれば、低得点者との交友を望む人はいなくなるだろう。そうなれば、低得点者は、名誉挽回のチャンスも得られないまま、社会的に排除される恐れがある。

また、中国に進出する外資系の大手企業も、求人に当たって就職を希望する人たちの信用度を重視する姿勢を見せているし、恋愛や結婚においても、パートナーとなる人物の信用度が重視されはじめているというから、中国では、信用度が何点であるかは、生活の利便性のみならず、人生そのものを左右する一大事になりつつあると言える。

■予測アルゴリズム対策として、積極的に「品行方正」に

要するに、中国では、信用度の向上や維持がすでに死活問題になっているのだ。実際、中国では信用度を上げるための攻略法がSNS上で盛んに情報交換されている。それによれば、支払期日の厳守は言うに及ばず、SNS上の交友関係を広げることや、本人の信条や価値観に関わりなく積極的に寄付を行うことなど、さまざまな試行錯誤が試みられており、得点を得るための対策に必死な様子がうかがえる。

人々が生活の利便性や豊かな人生を求めて、つまり予測アルゴリズムへの対策として、積極的に「品行方正」になろうというのだから、人びとの規範意識を高めることに苦労してきた統治者にとって、これほど都合の良いことはないだろう。

中国政府が予測アルゴリズムに関心を示し、「社会信用システム」を構築しようとする理由は、まさにここにあるのだ。このような仕組みは、国務院が通知した「社会信用システム建設計画綱要(2014~2020年)」に記載されているように、「社会全体の誠実性と信用度を向上させる」ものかもしれない。むろん、それはプライバシーの保護や、私的自由、自律といった権利意識を犠牲にするものでもあるのだが。

■高い信用度が「ステータスシンボル」になっている

中国では、高い信用度はすでにステータスシンボルになっているという。その意味では、信用格付けシステムは、多少の犠牲を払ってでも、面子を保つことを何より大事にする中国人の気風や自尊感情をうまく利用したシステムだと言える。「社会信用システム」も同様に、権利意識と自尊感情をトレードオフ関係に持ち込むものだとしたら、これほど狡猾な統治手法は他にはない。

一方、欧州は「EU一般データ保護規則(GDPR)」により、統治の効率性よりも個人の権利を優先させようとしている。米国では、テロの脅威に備えるために「予測アルゴリズム」の導入が司法や警備の領域で進んでおり、個人の権利と治安維持のバランスに苦労している。私たちは予測アルゴリズムに対してどのような態度で臨むべきなのか。難しい選択を迫られている。

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堀内進之介(ほりうち・しんのすけ)
政治社会学者
1977年生まれ。博士(社会学)。首都大学東京客員研究員。現代位相研究所・首席研究員ほか。朝日カルチャーセンター講師。専門は、政治社会学・批判的社会理論。近著に『人工知能時代を<善く生きる>技術』(集英社新書)がある。

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(政治社会学者 堀内 進之介)

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