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43歳でスキルゼロ"中年フリーター"の焦り

プレジデントオンライン / 2019年2月6日 9時15分

※写真はイメージです(写真=PIXTA)

この国では35~54歳の「中年フリーター」が増えつづけている。なぜ彼らは「非正規」から抜け出せないのか。地方の工場や小売店などで住み込みをしながら働いてきた松本拓也さん(43歳)の取材から、「見えざる貧困」のリアルに迫る――。

※本稿は、小林美希『ルポ中年フリーター』(NHK出版)の一部を再編集したものです。

■リストラからはじまった地獄の日々

「雇用が不安定なまま、40代になりたくなかった。このままでは、結婚はおろか老後だっておぼつかない」

松本拓也さん(43歳)の気持ちは焦る。仕事があれば、地域を選り好みすることもなく、地方の工場や小売店などで住み込みをしながら働いた。いつかは結婚して家庭を作りたいと願っていたが、一定の収入がなければ「婚活ブーム」に乗ることもできない。

拓也さんは、飲食関係の専門学校を卒業したが、不況で就職先が見つからなかったため、レストランなどでアルバイトとして働いた。いったんは関西地方で酒の量販店の正社員になったが、すぐに会社の業績が悪化し社員はリストラされた。翌年、拓也さんもリストラの波に飲み込まれた。ここから、拓也さんにとって雇用の負のスパイラルが始まった。「即日解雇」を言い渡され、会社が借り上げていたアパートの立ち退きまで強要された。仕事と同時に住居を失ったのだ。

貯金もなく、引っ越し費用や敷金・礼金を友人から借金した。生活費もままならず、クレジットカードのキャッシングに手をつけ、消費者金融からも借り入れ、借金は最終的に300万円に膨らんだ。

拓也さんは仕事と住居を同時に失う恐怖を、嫌というほど味わった。

■アパートも借りられない

「消費者金融から借金もできない人間はアパートも借りられない」

東京都の「住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査報告書」(2018年)によれば、24時間営業のインターネットカフェや漫画喫茶などを「オールナイト利用」している住居喪失者は、1日あたり都内で約4000人いるとしており、そのうち住居を喪失している不安定就労者(派遣、契約、パート・アルバイト)は約3000人と推計している。これは、「ネットカフェ難民」が取りざたされたリーマンショック前後の状況に匹敵する数字だ。年齢別に見ると、30~39歳が最も多い38.5%で、次いで40~49歳が19.7%となる。労働形態別にみても、中年層の30~39歳で不安定就労が38%を占めている。拓也さんも、そうした1人になりかけた。

再就職先はなかなか見つからなかった。アルバイトをしたところで家賃も払えない。住み込みで工場での請負労働を始めることにした。

滋賀県に移り住み、近隣の大手電気メーカーや自動車メーカーの生産現場で、組み立てなどの仕事を始めた。だが、それも業務が縮小されると、契約が途中にもかかわらずクビを切られてしまった。生産が調整されると、同時に雇用も調整されるシビアな現実。業務の効率化とコスト削減が最優先課題とされ、そこで働く人たちの主たる生計が景気悪化で瞬時に揺らいでしまう。

■地方の求職活動には限界がある

以前から日雇い労働や出稼ぎ労働など不安定な雇用は存在した。しかし、近年の不安定さは、企業が期間工やアルバイトとして直接雇用するのではなく、請負会社や派遣会社を通して雇う仕組みが責任の所在を曖昧にさせ、よりドライなリストラを加速させている。

拓也さんはまたも就職先を探すことになったが、自動車運転免許がなく、地方で求職活動するには限界があった。求人の多い営業や介護の職を探しても、移動に車が必要であきらめざるを得なかった。

免許を取ろうにも、教習所に通う資金がない。ハローワークに行っても、応募の条件には自動車免許があることが前提だった。

そのうち、職探しのプレッシャーに押しつぶされそうになった。気が紛(まぎ)れるかと思い、自治体に設置された結婚相談所にふらりと立ち寄ってみたこともある。しかし、案の定、門前払いされた。

年配の相談員から「まずは仕事を見つけなければ。農家に婿(むこ)に行く気があれば、まだ道はある」と言われた。街には結婚情報サービスの宣伝があふれているが、「失業中の男や低収入の男には関係のない話」と痛感した。

いわゆる「負け組」になったことを思い知らされた瞬間だった。中年フリーターには結婚すらも許されないのだろうか。

■やっと決まった就職先は、周囲の従業員が次々に離職

拓也さんは、工場で期間工やアルバイトをしながら粘って職探しを続けた。すると、幸運にも就職が決まった。東海地方にある酒の量販店で、契約社員からのスタート。月給は30万円。月70時間のみなし残業が含まれていたが、33歳になって初めて年齢相応の給与を得られる実感がした。

静岡県内の店舗に配属され、会社がアパートを借り上げてくれた。拓也さんは契約社員ながら、副店長として働き始めた。店長だけが正社員で、契約社員が2~3人、残りはアルバイトという社員構成だ。アルバイト以外は、平均しても月83時間の残業を余儀なくされた。年末年始の残業は月130時間にも上った。

しかし、超過分の残業代は支払われない。拓也さんは「これでは過労死するのではないか」と、小売業で40~50代になっても続けられる仕事か、疑問を抱き始めた。

周囲の従業員は次々に辞めていく。厚生労働省の「雇用動向調査」(2017年)から離職の動向を見ると、最も離職率が高いのは宿泊・飲食サービス業の30.0%で、拓也さんが勤めた卸売・小売業も14.5%と低くない。人が辞めるぶん、仕事に就くチャンスはあるが、それだけ厳しい職種ということになる。

■「恋人もできないまま、40代、50代になってしまう」

さらに、デフレ経済の中で小売店が乱立しており、価格競争に巻き込まれている量販店の生き残りは厳しい。拓也さんの会社でも店舗が統廃合され、やがて東京に異動することとなった。相変わらずサービス残業が続き、拓也さんが「過労死寸前まで働いて、せめて労働の対価はきちんと得たい」と、未払い分賃金について支払いを求めると、ほどなく契約を打ち切られた。

とにかく食いつなぐために、拓也さんは配送センターや食品工場で夜勤の日雇いアルバイトに打ち込んだ。そして、こう悟った。

「焦って仕事を探しても正社員にはなれない。このままでは、いつまで経っても恋人すらできないで40代、50代になってしまう」

飲食店や小売店は、求人はあるものの賃金が安い。また、非正規が多く、事態は好転しない。国税庁の「民間給与実態統計調査」によれば、「卸売・小売業」の平均給与(賞与含む)は364万円、最も多い給与分布は100万~200万円以下で全体の19.5%を占める(2016年)。

拓也さんは、失業と隣り合わせで働くという負のスパイラルから脱却するため、いったんリセットする覚悟を決めた。生活費を切り詰めるために、家賃4万円の公営住宅に引っ越した。月15万円の失業給付を受けながら、正社員として就職できるよう、職業訓練校に通い出し、パソコンスキルなどの習得に励むことにしたのだった。

■不安定雇用から脱せない現実

そもそも企業は、長く非正社員が続いた人材を中途採用などで正社員採用するかといえば消極的だ。さらに、拓也さんのようにコスト削減効果や利益構造に限界のある小売りなど、業界内での転職や賃金アップ、正社員への転換がそう簡単ではないケースでは、業種や職種転換を図らなければ、不安定雇用から脱せない現実がある。

小林美希『ルポ中年フリーター』(NHK出版)

企業の中で起こった「非正規使い捨て」や「名ばかり正社員化」は、若手労働力を成長させるチャンスを奪ってきた。組織の中で揉まれない限り、企業が望むスキルは身につかないことが多い。

企業側には、どうしても「一緒に仕事をしてみて、能力を見極めたい」という志向が根強い。また、間接雇用の導入は、人材ビジネス会社に事実上、人事採用のアウトソーシングをしていることになり、個々の企業内で人材を見極める目がなくなりつつある。

そうしたことから、非正社員が正社員に転換するのは、同じ企業内であることが多く、職場から分断されたところで職業訓練を受けても、安定した雇用に結びつきにくいという問題が残る。非正社員がそこから這い上がるには、働きながら職業訓練できるトライアル雇用のような仕組みの拡充が必要なのではないだろうか。

そして、企業に人材育成の余力がない今、行政が企業をバックアップする形でセーフティネットを構築しなければならない。

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小林美希(こばやし・みき)
労働経済ジャーナリスト
1975年茨城県生まれ。神戸大法学部卒業。株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年より現職。13年「『子供を産ませない社会』の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。著書に『ルポ 保育格差』など。

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(労働経済ジャーナリスト 小林 美希 写真=PIXTA)

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