7年で約2倍コニカミノルタ欧州の大成長
プレジデントオンライン / 2019年6月26日 9時15分
■海外での存在感が、日本で知られていない
日本企業のグローバルな活躍は、意外に日本において知られていない。ビジネスの重心を海外に移してしまった日本企業の存在感は、当然ながら国内においては弱くなる。コニカミノルタも、そのような企業のひとつといえる。
コニカミノルタは、変化のやまない2010年代のヨーロッパの市場環境のなかで、マーケティングの舵を巧みに切り、着実にその地歩を固めてきた。同社が独自の販売体制の価値を、そのときどきに応じて引き出してきた歩みは、リポジショニングの優れた事例といえる。
リポジショニングとは、製品やサービスをはじめとする、マーケティング上の各種のリソースについて、その価値やターゲティングを見直す取り組みである。この取り組みは、コニカミノルタの主力製品であるカラー複合機などの産業財の分野においても、市場の変化を受けとめるうえで重要である。
本稿では、コニカミノルタのヨーロッパ市場でのマーケティングを例にとり、リポジョショニングの役割、そしてその活用には、プロジェクトの節目節目で上位の目的にさかのぼってリソースの役割を確認する必要があることを指摘する。
■今では売上高の8割以上を海外で稼ぐ
コニカミノルタは、2003年に旧コニカと旧ミノルタが合併することで生まれた。これは、複写機・複合機事業の強化をねらいとした経営統合だった。
2018年度のコニカミノルタの連結売上高は1兆0591億円、営業利益は624億円である。現在では売上高の8割を海外で稼ぐようになっており、同社の最大の市場はヨーロッパである。リーマン・ショック後に落ち込んだ売り上げも、2010年代に入り回復基調にある。これをリードしてきた市場がヨーロッパである。
複写機・複合機は、グローバルに見て、日本企業が強い産業である。ヨーロッパ市場でも売り上げの上位には日本企業が並ぶ。そのなかにあってコニカミノルタの発足時の地位は、リコー、キヤノンに次ぐ第3位だった。
ところが2010年代に入る頃から、ヨーロッパにおいてコニカミノルタの躍進が始まる。2013年には複合機の出荷台数でのシェアトップに躍り出、以降この地位をリコーと激しく争うようになる。
2010年代は精密機械産業にとっても市場環境の激変期だった。そのなかにあってコニカミノルタは、ヨーロッパにおける2つの変化を追い風に変え、グローバル企業としての地位を保っている。
■景気後退の嵐の中、想定外だった躍進の条件
2010年代のコニカミノルタのヨーロッパでの躍進は、どのようにして生じたか。これに先だってコニカミノルタは、デジタル・カラー複合機の開発と生産で先行していた。先行できたのは、旧コニカと旧ミノルタが経営統合を行い、消費者向けとして名の知れたカメラ事業を売却し、集中投資を行った成果である。
もちろん、経営統合だけで、コニカミノルタのヨーロッパでの躍進が始まったわけではない。カラー複合機は高価である。同社の躍進が始まる2010年前後には、リーマン・ショック後の景気後退の嵐がヨーロッパ市場を吹き荒れていた。先端を行くとはいえ、いかんせん機器の価格が高すぎる。販売環境は向かい風。危うい状況にコニカミノルタはあった。
しかし躍進の条件は、別のところから生まれた。
そのひとつがマネージド・プリント・サービス(MPS)である。MPSは、複写機・複合機におけるコンサルティング営業である。グローバル大企業は、国境を越えて多くの生産や販売の拠点をもつ。そこで使われる複写機・複合機のトータルな配置と運用方法を見直せば、場合によっては25%ほどの経費削減を実現できるという。
MPSを使えば、トータルでの効率化を提案しながら、カラー複合機という高価な先端機器を導入することをピンポイントで提案することが可能になる。
「トータルコストを低減しながら、御社の営業資料のアピール力を高めませんか」
こうした提案ができるMPSは、特に先端のカラー複合機に強みをもつコニカミノルタに適した営業手法だった。
■後追いで出発したサービスを強みに転じる
MPSの出現は、コニカミノルタにとっては思わぬ幸運だった。だが、コニカミノルタという会社が、このMPSという新しいサービスの導入をリードしたわけではない。
複写機・複合機産業にあってMPSの先陣を切ったのは、アメリカのゼロックスである。ゼロックスはMPSの提供を早くも2000年ごろに開始し、競合他社も2000年代の後半からこの新しいサービスを導入するようになっていく。コニカミノルタもこの後追いの中の1社だった。
ではなぜ、他社に先行していたわけではないコニカミノルタのMPSが、同社のヨーロッパでの躍進を支えたのか。ここでさらに想定外のリソースが、想定外の働きをする。これを見逃さなかったコニカミノルタ判断が、その後のヨーロッパ市場におけるマーケティング競争の明暗を分ける。
ヨーロッパでのコニカミノルタの販売体制は、競合他社と比較して、直接販売の比率が高かった。この違いがヨーロッパにおける競争の決め手となる。なぜならMPSでは、ソリューションの提案力と並んで、提案した内容を広域で一律に展開できる実行力が必要になる。特にグローバル大企業にMPSを提供する場合に、この実行力が重要となる。そしてそこでは、きめ細かくかつ統一されたサービスを、国境を越えて広く提供していくことに適した直販体制をもつ企業が有利となる。もし、各国ごとに販売を担当する代理店や特約店が違っていると、グローバルに均質のサービスを提供するのは非常に難しくなる。
さてコニカミノルタの直販体制は、そもそもは旧ミノルタが、自分たちで現地の情報を直接収集することを重視していたことの遺産だった。しかしこの体制が、MPSの時代になって競争上の新たな強みとなり、グローバル大企業への販売が拡大していく。
コニカミノルタは、2010年代のヨーロッパにおいて、この直販体制のさらなる拡充を進めることでMPSの実行力を高め、得意とするカラー複合機の拡販につなげていった。その後も各国のディーラーの買収を進めた結果、現在ではヨーロッパ各国のほぼ全てにおいて直販体制を確立している。
■紙コピーが減るというさらなる市場の変化
マーケティングを進めていくうえで、変化は避けがたい。将来を見据え、計画的に自社の強みを構築することが重要だと教科書には書かれているが、そもそも将来を明確に見通すことは難しい。むしろ、変化する市場環境を受け止め、自らの強みを柔軟に見直すことが欠かせないのではないか。
コニカミノルタはヨーロッパでの直販体制の役割を、現地情報の収集から、統一的なサービスの提供へと切り替えるリポジショニングを行った結果、勝ちを拾った。
とはいえ、市場の変化は止まらない。2010年代に入りリーマン・ショックの影響が薄らぐ一方で、ヨーロッパの複写機・複合機市場には新たな動きが生じ始める。背後にあるのは、環境問題である。オフィスでの紙の使用量を減らし、PCやタブレットなどの活用に切り替える動きが、環境問題にセンシティブなヨーロッパの西側の諸国を中心に広がっていく。
複写機・複合機のビジネス・モデルは、機器の販売に加えて、機器の導入後の使用に応じて紙やトナーなどの消耗品から収益を得るというものである。したがって複写機・複合機の撤去にまでは至らなくても、その稼働が低下すれば、収益を直撃する。オフィスワークでの紙の使用が削減されれば、複写機・複合機のビジネスにとっては死活問題となる。
■複写機にITサービスを重ね売りする「ハイブリッド販売」
コニカミノルタは、この問題を見据えて、2010年代初頭より、欧米で新たな企業買収を進め、ITサービスを提供する体制を整えていった。コニカミノルタはこの時期に、先のMPSと直販体制の組み合わせによって、得意のデジタル・カラー複合機の販売攻勢をかけていたのだが、次の矢の備えも行っていたのである。
コニカミノルタは、2010年代のヨーロッパで直販体制の拡充を進める際に、広域の統一的なサービスの提供を重視して、買収後の統合が容易な中小のディーラーの獲得を進めていた。この直販体制は、グローバル大企業へのMPS提供に大いに強みを発揮したが、一方でこれらのディーラーのもともとの顧客は、規模の小さなローカル企業が多かった。
2010年代に入るとこうしたローカル企業のあいだでも、IT関連の機器やアプリケーションやライセンスなどの統合管理、ドキュメント管理を含むワークフローソリューション、そして会計や顧客管理などのシステムの重要性が高まっていく。
しかし、大手ITサービス企業は一般に、中小の企業をきめ細かく回り、販売とサービスを行う体制をもたない。
では、コニカミノルタはどうか。複写機・複合機は、中小の企業のオフィスにも浸透している。そして直販体制の拡充にあたってコニカミノルタは、こうした中小の企業を顧客基盤とする現地ディーラーを、ヨーロッパにおいて買収していたのである。加えてコニカミノルタは、中小の企業を顧客基盤とするITサービスのプロバイダーの買収を、2010年代初頭より各国で進めていった。
2010年代の半ば以降、コニカミノルタの複写機・複合機販売を主軸とするオフィス事業部門は、ITサービスの販売を拡充していく。コニカミノルタが「ハイブリッド販売」と呼ぶこの取り組みは、複写機・複合機に各種のITサービスを重ね売りするというものである。このハイブリッド販売に取り組んだことが功を奏し、従来型の複写機・複合機のビジネスの行き詰まりが顕著になり始めたヨーロッパ市場において、コニカミノルタは現在も業績を保っている。
■下位目的に拘泥してしまい失敗する
コニカミノルタのケースは、変化の時代にあっては、製品やサービスに加えて、それらを支える部門や社外ネットワークが担う役割を、当初の設置や導入の経緯に縛られずに、柔軟に見直すリポジショニングが重要であることを教えている。
たとえばコニカミノルタの事例でいえば、直販体制の構築における、「現地の情報を直接収集する」という目的は、「事業を成長に導き、収益性を高める」というより上位の目的の下における下位の目的にすぎない。
しかし、ビジネスの現場ではしばしば、この目的の上下関係を見失い、下位の目的にメンバーが拘泥してしまうということが起こる。特に成功体験に人は縛られやすい。ひとたび直販体制を構築する目的を、「国境を越えた統一的なサービスを提供する」に切り替えて成功すると、「国境を越えた統一的なサービスでいかに勝負するか」という発想から離れられなくなる。
コニカミノルタは、このわなにはまらなかった。そして、パッチワークを継いでいくようなマーケティングをヨーロッパにおいて展開し、したたかに地位を保っている。
現地の情報の直接収集や、国境を越えた統一的なサービスの提供は、下位目的にすぎない。このことを見失わないためにも、マーケティングのプロジェクトを進める際には、その節目節目で上位の目的にさかのぼってリソースの役割を検討し、再設定する必要がある
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神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。
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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)
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