緑の珈琲がアリで無色コーラがダメな理由
プレジデントオンライン / 2019年6月24日 15時15分
※本稿は、阿部誠『東大教授が教えるヤバいマーケティング』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■無色透明なコーラは1年で販売中止
アメリカ市場ではいつもコカ・コーラと熾烈なシェア争いをしているペプシコーラですが、かつては7UPからも、ペプシコーラを引き合いに自製品の不純物ゼロをアピールした“Uncola”という広告スローガンで攻撃を受けていました。
そこでペプシは1992年にカフェインフリーの無色透明なコーラCRYSTAL PEPSIを販売したのですが、評判が悪く、わずか1年で販売中止に追い込まれてしまいました。消費者には、刺激的な黒い炭酸飲料であるコーラと、純粋なイメージを持つ透明とのミスマッチが受け入れられなかったのです。
Cokeに新しいフレーバーを混ぜたCherry Cokeや、砂糖の代わりに人工甘味料を使ったDiet Pepsiのように、多くの新製品は既存製品をベースに改良が施された「漸進的新製品」です。それに対して、CRYSTAL PEPSIは既存の常識やイメージとかけ離れたイノベーション、機能、属性などを含んでいるので、「革新的新製品」と呼ばれます。
■斬新すぎると理解しようとすらされなくなる
新製品のコンセプトを消費者が受容できるかを理解するうえで有用なのが、下図の「スキーマ一致効果」です。
スキーマとはある対象や出来事に関して記憶されている情報や知識で、頭の中に意味的ネットワークを形成しています。新たな刺激(情報)が外から入ってきたとき、それがスキーマとどのくらい整合性があるか(一致度)によって脳の活動量が変わってきます。
不一致であればあるほど驚きをもたらすために、注意のレベルは高くなりますが、理解しようとする努力(情報処理)の量は適度な不一致のときに最大となる逆U字型になります。「ほぼ一致」の場合は予想どおりなので認知努力の必要が少なく、受け入れやすくなります。逆に「極端な不一致」の場合は、あまりの違いから理解する努力を諦めてしまうのです。
つまり、消費者は革新的新製品の機能・特徴を、既存の製品カテゴリーと「極端に不一致」と見なすため、製品コンセプトを理解する努力(情報処理)をしなくなり、購入をためらってしまいます。CRYSTAL PEPSIが売れなかった裏には、このようなメカニズムが働いていたのです。
■だから「意味付け」が必要になる
一般的に、革新的新製品は漸進的新製品に比べて約4分の1の確率でしか選択されないといわれています。もし、この「極端に不一致」を「適度な不一致」に変えることができれば、消費者の情報処理量が増えるので、革新的新製品に対する消費者の理解が進み、製品評価や受容可能性を高めることができるでしょう。
その変化のカギをにぎっているのが、革新的な機能・特徴に対する「意味付け」です。「コーラは黒くて刺激的なソフトドリンク」というスキーマに「透明な飲料」という要素が入ってくると、スキーマとの「極端な不一致」を引き起こします。
そこで「透明」と結び付きの強い言葉、たとえば「天然水」で意味付けをしてやると、それが「適度な不一致」に変わって、「透明なコーラもありだよね」と消費者が感じるようになるのです。
このような「意味付け」のことを心理学の専門用語では「イネーブラー」と呼びます。イネーブラー(今回は「天然水」)は、革新的な機能・特徴(今回は「透明」)の存在を意味的に肯定することによって、「天然水ならばコーラでも透明である」というカテゴリー一貫性をもたらします。これを示したものが下の図です。
■緑や赤のビタミン入りコーヒーはアリ
カナダのヨーク大学のノーズウォーティーらは「ビタミン入りコーヒー」という、一般的なスキーマと完全に不一致な製品に対するイネーブラーの効果を検証しました。このとき、彼らがイネーブラーとして用いたのは「色」でした。ビタミンは野菜と意味的に強い結び付きがあるため、彼らは野菜の「色」をイネーブラーとして使ったのです。
実験では、ビタミン入りコーヒーとして緑、赤、黒のコーヒーを用意し、それぞれの製品の評価(受容度)を測定することにより、イネーブラーとしての「色」が不一致度を和らげるかを検証したのです。
その結果、黒いビタミン入りコーヒーは通常のコーヒーと比べて評価が有意に低かったのですが、緑や赤のコーヒーではビタミン入りコーヒーの方が、通常のコーヒーよりも評価が高くなりました。つまり、ビタミンと意味付いた色である緑や赤をイネーブラーとして提示することによって、コーヒーにビタミンも「あり」だと理解が促進されたのです。
■カテゴリー変更だけで「適度な不一致」になることも
革新的新製品が既存カテゴリーと「極端な不一致」をもたらす可能性のある場合、消費者の理解、受容を高めるために企業には二つの選択肢があります。一つは、ここで説明したように適切なイネーブラーを提示することです。CRYSTAL PEPSIが天然水からつくられていれば、消費者は受け入れていたかもしれません。
イネーブラーは、製品コンセプトの説明、広告に含めるメッセージ、製品そのものに関する材料・素材、色や形状などのデザインなど、さまざまな形態をとりえます。
もう一つは、そもそも「極端な不一致」を生み出さない他のカテゴリーや新しいカテゴリーの製品として売り出すことです。たとえば、CRYSTAL PEPSIの商品名を変えて、Cokeとではなく7UPやスプライトなど、はじめから透明な飲料と競合させることです。
斬新なアイデアが浮かんだら、それをそのまま上司に伝えるのはやめておきましょう。上司のスキーマを考えながら、「適度な不一致」になるように意味付けをして伝えると、次は企画が通過するかもしれませんよ。
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東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授
1991年マサチューセッツ工科大学博士号(Ph.D.)取得後、2004年から現職。ノーベル経済学賞受賞者との共著も含めて、マーケティング学術雑誌に論文を多数掲載。2003年にJournal of Marketing Educationからアジア太平洋地域の大学のマーケティング研究者第1位に選ばれる。おもな著書に『(新版)マーケティング・サイエンス入門:市場対応の科学的マネジメント』(有斐閣)などがある。
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(東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授 阿部 誠 写真=iStock.com)
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