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世界のトップエリートが"禅"にハマる理由

プレジデントオンライン / 2019年7月21日 11時15分

スティーブ・ジョブズ氏(写真)。渡米して布教に当たっていた曹洞宗の老師と深い交流があったという。(Getty Images=写真)

▼川上全龍氏(臨済宗妙心寺派本山塔頭 春光院 副住職)

■「不快」を受け止めることができるか否か

アップルのスティーブ・ジョブズやツイッターの創業者であるエヴァン・ウィリアムズなど、世界的に成功を収めた経営者が禅や瞑想を学んだり、マインドフルネスの流行が後押ししたため、欧米で禅への関心が高くなっているのは確かです。私は米国留学を契機に、春光院で仏教や禅を日本語や英語で教える坐禅会を開催していますが、おかげで、当寺にも世界のトップエリートたちが足を運んでくれるようになりました。

彼らのようなエグゼクティブは「実践主義には限界がある」という危機感を抱いています。論理的な思考だけでは突破できない壁があることを、知覚しているんですね。だからこそ、自分の枠を超えるために哲学や思想を身につけなければと感じている。世間で役に立たないと思われている哲学や禅に興味を抱くのは、そのあたりが背景にあるのでしょう。

坐禅会では「バイアス」(先入観や偏見)という言葉を使い、気づきの機会を設けています。よく例に出すのがアジアの麺食文化についてです。日本人にとって音を立てて麺をすするのはいたって普通のことですが、欧米では行儀のよくないこと。日本に来た欧米人はラーメンや蕎麦をすする音を不快に感じています。ただ、日本人もイタリア料理店に行けばパスタはすすりませんし、もしすする人がいれば、不快な音として認識すると思います。実はこれも「そういうものだ」という固定観念です。その枠から外れてみると、「すする音」自体は「ただの音」であるだけで、善いも悪いもないわけです。

重要なのは自分が「不快」を受け止めることができるか否かを知ることです。麺をすする音も、それが当たり前と思っている人にとっては何でもない音です。たとえば読書中、外で誰かがチェーンソーを使っていたら「うるせーな」と感じますが、自分がチェーンソーを使って木を切る立場なら、達成感があって、あの音はきっと気持ちいいはずですよね。

聖徳太子が読んだとされる「維摩経」には「不二法門」という考え方があります。善と悪を分けているのは自分の頭の中なのだから、善悪はもともと1つだという考えです。たとえば、誰だって嫌いな人はいる。私も然りです。この人は善だ、悪だと分けると心地いいんですね。でも、悪人だと思っていた人の妙にヒューマンな部分を見せられると、どうしたらいいかわからなくなりますよね。

■ゴールに近づいたら、あえて梯子を外せ

今の世の中、実践主義の考え方なしに動けませんから、善いものと悪いものを分けてしまうのは、ある意味で仕方がないことです。多くのビジネスマンは、答えのない事柄を嫌がりますし、仏教的な「あるがままを受け入れろ」という思想を呑み込むのは難しいかもしれません。

米ヴァージニア大学ダーデンビジネススクールのEMBA(エグゼクティブ経営学修士)の学生たち。川上氏は、麺をすする音への好悪の感情などを引き合いに、英語で禅を手ほどきした。

ただ、私の印象では、中間管理職のさらに上の立場の、経営に携わる人たちは、意外と「善いでも悪いでもない価値とは何だろう」という全体を俯瞰する、哲学的なアプローチを好むような気がします。

一般の人は、簡単明瞭のほうがいいし、わかりやすいものは正しいに決まっていて、それをすべてに当てはめることができるはずだと思い込んでいますが、これまでお会いした経営者の方々の多くは、逆に「自分が知っていると思うこと」で満足せず、「簡単な答えほど疑え」と考えていますね。

禅で大切なのはまず信仰心、2つ目は精進ですが、3つ目は疑問なんですよ。「わかったと思った段階で、すぐにそれに疑問を持て」という教えです。「これが絶対だ」と思った段階で、固定観念に執われてしまっているんですね。禅の修行も積み重ねていくと、ゴールに近づくイメージが頭に浮かぶんですが、そう感じたときは、あえて梯子を外しなさいという教えがあるんです。禅に興味を持つ経営者は、それが平気でできる人。自分がこうだと思ってガーッて突っ走る。でも途中でガッと崩すんですよ。それができる人たちが、ハマるというよりも、その興味の範囲の1つに禅があるという感じです。

「仕事で嫌なことが起こったとき、気持ちを切り替えて前向きになれるメソッドはありませんか」という質問をよく受けます。正直いうと、世の中がカオスであることは当たり前なんだから、「そんなのはない」というのが答え。瞑想の効果やメリットについても同様で、何か楽になる方法があると思うから余計にしんどくなる。何でも単純なメソッドにしてしまうことにこそ問題があると思います。著名人がやっているメソッドを行ってもその人になれるわけではないし、苦しみから解放されるわけでもない。そもそも完全な人間になれるわけではないんですよ。

■「無我」の境地に立つことが大切

これからの多様性の時代を生きていくには、「無我」の境地に立つことが大切です。完全無欠の境地に立てという意味ではなく、むしろその逆。善いも悪いも存在せず、自分自身も存在しない。人間はすべてのものを把握できはしないし、実情というのは人間の理解を超えるものなので、どんなに努力をして理論を学んだとしても、人間には限界がある。それを知っておくということです。

以前お会いしたチベット亡命政府のロブサン・センゲ首相は、

「私の仕事がストレスフルだってことは最初からわかっていました。何せ亡命政府なんですから。中国には狙われるし、他の国は中国を気にしてまともに応対してくれない。こうしないとダメだ、ああしないとダメだと思っていたら、身も心も持たない。だから何か大変なことが起こっても、それは当たり前のことだと思って対応していかなければならない」と、スパッと言われたんです。これは本当に大変なことを経験している人だからこそ、口にできる真理ですよね。

人生はいろんなことがあって当たり前、というのが仏教の教え。だからその当たり前に起きる辛いことを避けようとするのか、それをちゃんと受け止めることができるのか。悟りというのは解決策がわかることではなく、ある程度「こういうものなんだ」とカオスを受け止めること。それには経験が必要です。努力するところは精一杯頑張って、あとは運を天に任せる。そんな大らかな気持ちも大切なんです。

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川上全龍
臨済宗妙心寺派本山塔頭 春光院 副住職
2004年、米国アリゾナ州立大学・宗教学科卒業。ビジネススクールの学生、グローバル企業のCEOらに禅を指導。LGBT問題にも取り組む。著書に『世界中のトップエリートが集う禅の教室』(KADOKAWA)。
 

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(臨済宗妙心寺派本山塔頭 春光院 副住職 川上 全龍 構成=篠原克周 撮影=福森クニヒロ 写真=Getty Images)

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