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部数減でも日本の新聞社に「危機感がない」ワケ

プレジデントオンライン / 2019年9月6日 6時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/patho1ogy

国境なき記者団の「報道の自由度ランキング」によれば、日本は180カ国中67位(2019年発表)である。アメリカは48位、韓国は41位だ。ランキングで低迷する一方、元ニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーティン・ファクラー氏は「記者の労働環境は天国のようだ」という。日本の新聞社の問題点を聞いた——。

※本稿は、望月衣塑子、前川喜平、マーティン・ファクラー『同調圧力』(角川新書)の第3章「メディアの同調圧力」の一部を再編集したものです。

■米紙が調査報道に力を入れるようになった背景

アメリカを代表する地方紙、シカゴ・トリビューンやロサンゼルス・タイムズを発行していたトリビューン・カンパニーが、会社更生手続きの適用を申請したのは2008年12月だった。翌2009年2月にはニューヨーク・タイムズの経営危機も表面化している。水面下にあった危機が顕在化したことが各方面へ衝撃を与えた。

当時のアメリカは、リーマンショックの震源地にいた。企業の経営は大きく傾いた。新聞社を含めたメディアも例外ではなく、トリビューン・カンパニーの場合は広告収入が大きく落ち込んだことが実質的な引き金となった。

広告収入が望めないとなれば、新聞を売って収入を増やしていくしかない。

発行部数やインターネット版の購読者を増やすには、当然のことながら読者や購読者が面白いと感じる記事が必要になる。必然的にアクセス・ジャーナリズム(権力者から情報をもらう報道方法)よりもアカウンタビリティー・ジャーナリズム、つまり調査報道がクローズアップされてくる。ましてやそのころ、インターネット上には、調査報道を専門とする新たなメディアが登場し、独自のニュースを次々と世の中へ送り出し始めていた。

■新興ウェブメディアがピュリッツァー賞を受賞

その代表格がニューヨーク州マンハッタンを拠点として、2007年に設立された非営利団体(NPO)の「プロパブリカ」だ。

サンドラー財団の設立提案を受けて、ウォール・ストリート・ジャーナルの編集局長から編集主幹に転じたポール・スタイガーが中心となって組織運営にあたってきたプロパブリカには、調査報道だけに携わる30人から40人の常勤ジャーナリストがおり、国民の知る権利に寄与する取材活動を日々展開している。

約1000万ドル(約10億円)にのぼる潤沢な年間活動資金のほとんどを、サンドラー財団をはじめとする団体や個人からの寄付によっている。ゆえに調査報道のリスクとなってきた時間や費用を気にすることなく、広告出稿企業からの圧力とも、アクセス・ジャーナリズムへの過度な依存とも無縁の独立した取材活動が保証されることになった。

数々のアドバンテージは、オンライン・メディアとして初めて受賞した2010年のピュリッツァー賞となって結実している。その後も2011年、2016年とピュリッツァー賞を受賞。もっとも成功した媒体としてのステータスを確立し、世界中のジャーナリズムが目指すモデルと見られている。

■実は圧力が強かったオバマ大統領

実はトランプ政権以前にも、アメリカのメディアは危機に直面している。2009年1月に就任したバラク・オバマ大統領のときだ。清廉潔白で穏健的なイメージが強いので驚かれるかもしれないが、歴代でもっとも強硬に内部告発者を摘発した。

アメリカには第一次世界大戦中の1917年に施行された、スパイ活動法(エスピオナージ・アクト)がある。法律が成立してから約90年間で、この法律がメディアへの内部告発者摘発のために適用されたのはわずか3回だった。これがオバマ政権下の8年間で、一転して8回を数えている。トランプ政権下においても、実際に法的手段で弾圧に打って出たケースはまだないので、その数が際立っているのがわかると思う。

背景には在任中に立て続けに発生した機密漏洩事件を契機として、オバマ政権が過敏なまでに神経をとがらせるに至った状況があげられる。

2010年に陸軍の諜報員が、国防総省内の機密情報をウィキリークスへリーク。2013年にはNSA(アメリカ国家安全保障局)およびCIA(中央情報局)の元職員、エドワード・スノーデンがNSAによる個人情報収集の手口を、ワシントン・ポストを含めた複数のメディアへリークした。

悪質なスパイ活動を摘発するための法律が、自分たちにとって都合の悪い情報を隠蔽(いんぺい)するための悪法へと性質を豹変させてしまった。

さらに、複数のジャーナリストの電話やEメールを監視していたことも明らかになっている。たとえば、ニューヨーク・タイムズ紙の記者、Jim Risenさんの件は有名だ。Risenさんの電話やEメールが政府に調べられた結果、彼の取材を受けた当時CIAのJeffrey Sterlingさんが逮捕され、裁判で42カ月の懲役となった(※)。

※詳しくはマーティン・ファクラー『安倍政権にひれ伏す日本のメディア』(双葉社)を参照

■日本の新聞社は不動産業だから危機感がない

翻って日本のジャーナリズムをめぐる環境はどうなのだろうか。

東京新聞の望月衣塑子さんのような非協力的な記者は官房長官に批判されるものの、特定秘密法で摘発された記者や取材先も一人もいない。記者のメールや携帯が内閣情報調査室などに監視され、情報源が逮捕されたなどといったケースは一つもない。

大げさかもしれないが、日本のメディアは天国のようにも感じられる。

とはいえ、実はアメリカとの共通点が一つだけある。特に新聞業界が極めて深刻な危機に直面しているという点だ。

毎年1月に日本新聞協会が発表する新聞発行部数を見て、さまざまな意味で驚きを覚えずにはいられない。2018年10月時点の総発行部数は、前年同月比で約5.3%、222万6613部減の3990万1576部。14年連続で減少を続けてきた結果として、初めて4000万部の大台を割り込んだ。このままならばアメリカと同じ状況、経営危機や倒産ラッシュという事態を迎えても何ら不思議ではない。

それでも日本の新聞社からはなぜか深刻さが伝わってこない。なぜなら不動産事業が、いまや新聞出版事業を上回って収益の柱になっているからだ。

たとえば朝日新聞社は、大阪・中之島の一等地に日本最高峰となる約200メートルの高層タワービルを2棟建設。加えて、東京メトロ銀座駅から徒歩約3分の東京創業の地には、商業施設の東京銀座朝日ビルディングが建てられた。

読売新聞社もプランタン銀座や読売会館などで不動産事業を展開。朝日新聞社と並んで財務状況が良好な日本経済新聞社も、東京・大手町に地上31階、地下3階の日経ビルを新築。

多角的な経営を展開する巨大グループの一部に新聞出版事業があると考えれば、新聞不況が下げ止まる兆しを見せなくても、危機感は芽生えないだろう。

■アメリカでは「I」を主語にした記事が登場

インターネットは社会にすっかり浸透したが、日本の新聞業界は時代の急激な変化への対応は遅れていると言わざるをえない。アメリカを例にとれば、ネットメディアの台頭に合わせる形で、新聞記事の形態にも画期的といっていい変化が生じている。記者の署名を入れることと並ぶ変化の象徴が、主語を「I」とする表現方法だ。

新聞記者は20世紀の時代から、何よりも客観性を求められてきた。ゆえに主観的な視点に立って「私は――」と書く記事はタブー視されてきた。しかし、情報源が多様になればなるほど記事を書く記者の存在がよくも悪くも注目されるようになった。

長く日本のメディアを見てきて強く感じることは、調査報道の対極に位置するアクセス・ジャーナリズムに、あまりにも重きが置かれすぎている点だ。危うさに気づかず、取材対象者との円滑なコミュニケーションをキープしておくのが当然、問題意識さえ抱いていないように思えてならない。

アメリカにはイラク戦争へと至る過程で、アクセス・ジャーナリズムに盲目的に頼り切り、結果として開戦への口実を作ることに手を貸してしまった苦い失敗がある。

■「権力者に身を任せる」ジャーナリズムの姿

権力者へすすんで身を任せる、と表現しても決して過言ではない日本のアクセス・ジャーナリズムでいまでも印象に残っているのは、準大手ゼネコンの西松建設をめぐる汚職事件が政界に波及した偽装献金事件だ。

当時の野党第一党、民主党の小沢一郎代表の会計責任者兼公設第一秘書が政治資金規正法違反の疑いで東京地検特捜部に逮捕され、小沢代表の資金管理団体、陸山会事務所の家宅捜索が行われた2009年3月以降、小沢代表を貶(おとし)めるかのような記事が連日のように紙面に躍った。

東京地検からリークされた情報であることは明白だった。

おりしも自民党の麻生政権への支持率が著しく低迷していた。政権交代が起こりうるのでは、というタイミングで野党第一党の代表をめぐるネガティブな情報があふれていたのはなぜなのか。与党自民党の二階俊博経済産業大臣、森喜朗元首相も献金を受け取っていたのに、メディアからはほぼ何も問われていなかった。

背後で何らかのストーリーが描かれているのでは、と記者が疑問の目を向けてみれば、窮地に陥りかけている与党が描いたシナリオが存在するのでは、などと自分なりの仮説を立てながら、ファクトを洗い直す独自の取材を行うこともできたはずだ。

しかし、当時の政治部記者たちは取材を行う際に必要不可欠となる緊張感をも欠いていた。権力側に上手くコントロールされた結果、政権の道具と化して都合のいい記事を書かされてしまった。アクセス・ジャーナリズムの怖さがこの過程に凝縮されている。

■東日本大震災でも新聞は踊らされた

東日本大震災および東京電力福島第一原発事故の後にも、同じ図式が残念ながら繰り返されている。当時ニューヨーク・タイムズの東京支局長だった私は、震災発生翌日の2011年3月12日から車で被災地へ向かい、各地を回って被害の様子をレポートした。

望月衣塑子、前川喜平、マーティン・ファクラー『同調圧力』(角川新書)

政府は震災発生直後から測定が開始されていた、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)による放射性物質の拡散状況予測に関するデータの公表を拒み続けた。そして、4日後の3月15日になって読売新聞が地震でシステムに不具合が生じ、拡散予測が不可能になっていると大々的に報じた。

所管する文部科学省のリークを受けたと思われるこの特ダネは、記者自身が深く調べたものではなく、官僚の言い訳を鵜呑みにして書かれたものだ。そのため、隠されている真実を掘り出すことができなかった。
 
 これがアクセスジャーナリズムの最大の点である。記者は気づかぬ間に権力者に取り込まれ、権力者が作ったストーリーをそのまま繰り返す。真実を探そうとしなくなるのだ。

政府がようやくデータの一部分を公表したのは同23日。多大な数の国民が被曝の危険にさらされたことへの怒りは、在日米軍や在日アメリカ大使館へは震災発生直後からデータが提供されていた事実の発覚と相まって、増幅されたことはいうまでもない。

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マーティン・ファクラー 元ニューヨーク・タイムズ 東京支局長
1966年アメリカ・アイオワ州生まれ。AP通信社北京支局、ウォール・ストリート・ジャーナル東京支局などを経て、2005年ニューヨーク・タイムズへ。09~15年同東京支局長。著書に『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』(双葉新書)ほか。

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(元ニューヨーク・タイムズ 東京支局長 マーティン・ファクラー)

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