勉強熱心なリーダーほど陥る、意外な落とし穴
プレジデントオンライン / 2019年11月12日 6時15分
■管理職ビギナーが犯しがちな過ち
筆者は、都内某所で元部下の女性とランチ中だ。聞くに近々管理職として登用されるとのことで、マネジメントの心得みたいなものを教えてほしいというのだ。
【元部下】今までついてきた上司の善しあしを踏まえてやってみようと思います。
【冨樫】良いと思っているのは、例えばどんなスタイル?
【元部下】1on1とかやって、部下の話をよく聞いて、信頼関係を築こうと思います。エンゲージメントっていうんですよね⁇ これがないと始まらないと思います。信頼関係ですね。
【冨樫】なるほどね。
【元部下】○○(大手リサーチ会社)のデータだと○○っていう統計が出ていて、方針とかに対していかに納得感をもって動いてもらうかが重要だと思うんですよね。
【冨樫】へえ、よく調べているね。
【元部下】失敗を最小限にしたいし、人間関係の修復って難しいじゃないですか。いろいろ調べてから挑みたいと思うんですよね。昔からそういうタイプで……。
【冨樫】たしかに、前からよく考えて、調べて、人に聞いてやるタイプだったよな。
【元部下】コンプライアンスとかも強化したいっていう方針なので、360度(評価支援システム)とかも入れて……。
と、マネジメントに挑む意気込み、準備は十分にできているようだ。
■“お勉強”をしすぎていないか
さまざまな組織コンサルティングの現場で多くの女性経営者、管理者のみなさんと話していて感じることはその責任感。そして、その責任感からくる勉強熱心さだ。何もこの勉強好きに性差を踏まえて考える必要はないのだが、印象として、とにかく「わからないこと」を事前につぶしておきたいという意欲が強いように思う。
(自身が)社内ではかなり上のポジションなので、メンター的な人を探しています。異なる角度からアドバイスをもらえるように。
オンラインサロンには必ず参加して、常にさまざまな意見に自身をさらすようにしています。結構お金はかかりますが、自己投資なので。
経営者コミュニティの会合参加は最優先事項。さまざまな情報に触れることができますから。
今回はこの「お勉強」について、そのメリット・デメリットを考えていきたい。
■インプットが行動の邪魔になることも
これは、趣味としての読書や、教養を得るための読書など本を通したすべてのインプット行為を否定するものではないし、ビジネスで必要なノウハウの習得をする上でも自身の生産性向上をはかる上でも、インプットは重要な要素だ。教養が人生を豊かにすることも確かだ。
しかし、中途半端にインプットしただけの知識は必ずしも正しい行動を導くとは限らない。むしろ、行動を止める材料になってしまうことがある。
例えば本を読んで「こういうふうにマーケティングしてみるといい」という材料があるとする。その材料を使って経験化してみたら、この部分はうまくいって、この部分はうまくいかなかった、という結果が出る。この場合、次に同じことが起きた時に、このことはやらなくていいけど、このことはやったほうがいいという判断ができる。これは本で得た材料が経験化されて自分の血肉となってしっかり使えている状態だ。この状態まで持っていくとようやく本を読んだ価値が出てくる。
■「頭でっかち状態」にならないようにするには
しかしながら、インプットしただけの、使わない=未消化のまま置いておかれる知識が増大してくると、「これはうまくいかない、なぜならあの本にこう書いてあったから」というようにすべての事象を知識で判断するようになる。本を読んでどんどん知識だけがたまっていくと、頭でっかちの状態になる。頭でっかち、というと皆さんのアタマの中に「ああ、あの人のことか……」と1人くらいは顔が浮かんでくるはず。
この頭でっかち状態は、「行動の阻害」を起こし、動きを鈍らせる原因になる。数ある知識のなかから動かない理由を抜き出してしまうのだ。このように知識は時に実行力を奪う。博学だが動きが鈍い、やらない、最終的な成果は出せていない……。こんな人、まわりに1人はいるのではないだろうか。
これは、インプットする知識のリソースが、何も本やセミナーに限ったことではない。“人”からの直接のインプットだとしても同じことが言える。たとえばメンター、先輩経営者、友人知人の類い。人脈を広げること自体は否定されるものではないが、アドバイスなるものもただの知識であり、上述のように徹底した経験化のもと有用性を実証しない限り、これもまた行動阻害要因となり、迷いにつながるのだ。
■「うまくいかない」経験を積み上げる
筆者の元部下との会話に出てきたような、1on1やエンゲージメントといった理論やメソッドについてはまた別の機会に詳しい分析をするが、この元部下に対してもその解説をすることは避けた。現状においてすでに知識過多になっている彼女に対して、さらに知識をかぶせて混乱させるのはあまりにも酷だからだ。「思うとおりにやってみて、生じた結果をまた教えてくれ」と伝えるにとどめた。「とにかく、やってみることが重要だよ」と。
みなさん未経験の領域でいきなり「うまくやろう」、100点満点の大正解を出そうと考えてはいないだろうか。人が成長し正解に近づくためには、実行(D)と修正(CA)を繰り返すことが重要。ところがいきなり100点を出そうとすると「失敗はダメなことだ」「失敗はしたくない」と考えて動きが止まり、成長の阻害要因となる。準備や計画(P)にこだわりすぎて行動が止まると成長できないのだ。
失敗は、成功に近づくための選択オプションを一つひとつつぶす作業だ、と考える。とにかく“早く失敗する”こと。
当社では新しい取り組みをする時、社長は「さっさと失敗しようぜ」という声をかける。これは、「いきなり正解は出せないので、すぐ実行して足りない部分をすみやかに認識しよう」という意味合いだ。計画(P)に時間をかけすぎたり、悩んで何もせずに時間が経過することのほうが危険なのだ。
■時に、インプットをやめる勇気が必要だ
元部下には数カ月後にトライアルアンドエラーの過程を聞き、経験化して生じた事実を基に、ここに書いたような解説をしていこうと思う。この時初めて、経験+知識となり、彼女の「意識は変わる」だろう。
繰り返すが、インプット自体が悪ではない。“経験化とのバランス”が重要と述べているにすぎない。その知識の有用性は実行してはじめて証明される。料理レシピは、実際に調理して試食しない限り効果を確認できない。レシピを買い集めているだけでは何も起きないのだ。実行されずに未消化の知識にアタマの中の比重が多くなった時、インプットをやめて“経験化”に集中する期間が必要なのだ。
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識学 新規事業開発室 室長
1980年東京生まれ。02年 立教大学経済学部卒。15年グロービス経営大学院にて経営学研究科(MBA)修了。現東証1部のジェイエイシーリクルートメントにて12年間勤務し、主に幹部クラスの人材斡旋から企業の課題解決を提案。名古屋支店長や部長職を歴任し、30~50名の組織マネジメントに携わる。15年、識学と出会い、これまでの管理手法の過不足が明確になり、識学がさまざまな組織の課題解決になると確信し同社に参画。大阪営業部 部長を経て、現職。著書に『伸びる新人は「これ」をやらない』(すばる舎)がある。
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(識学 新規事業開発室 室長 冨樫 篤史 写真=iStock.com)
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