ついに社会問題になりつつある「AI失業」の中身
プレジデントオンライン / 2019年11月15日 9時15分
■“人手不足の救世主”は全ホワイトカラーの敵となる
「AIの進化によって仕事が奪われる」と世界的に話題になったのは、英オックスフォード大学のカール・ベネディクト・フレイとマイケル・A・オズボーンの2人が2013年に出した論文がきっかけだった。
10~20年以内に米国の労働人口の47%がAIなどの機械に代替されるリスクが70%以上と発表し、人々を驚かせた。
今の日本はどこの企業も人手不足であり、AIが自分の仕事にとって代わるのはまだ先の話だと思っている人も多いのではないか。
■“働き方改革”の名のもとで続々導入されている
しかし、まだ顕著な形では表面化していないものの、一部の銀行では非正社員の雇い止めが発生しているという話も聞こえてくる。
その原因のひとつとなっているのが、業務効率化のツールとして注目されているRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)だ。AIとML(機械学習)を活用し、人間が担っていた定型作業をコンピュータに処理させて自動化する“事務ロボット”である。
ホワイトカラーの定型業務を次々と代替することで世界的に普及が進んでいるが、日本では金融・保険業界を中心に導入が進んでいる。それ以外の企業でも業務効率化を目指す「働き方改革」の名のもとで導入に熱心な経営者も多く、IT企業やコンサルティング会社などのベンダーも売り込みに懸命だ。
■多くのホワイトカラーが「AI失業」をする恐れ
RPAの最大の特徴はオフィスワークのルーティン業務を代替できることだ。社員が携わっている業務をルーティン業務と非ルーティン業務に仕分けする。
具体的には業務を個々のタスクに分解し、そのうち代替可能なタスクをRPAが担う。それによって業務の効率化が向上し、社員は非ルーティング業務に集中できるだけではなく、これまでの作業が軽減され、残業時間の抑制にもつながるメリットもある。まさに働き方改革の救世主といえるだろう。
■創造的な仕事さえもAIに奪われる
しかし、それだけにとどまらない。経済産業研究所の岩本晃一上席研究員は、創造的な仕事の一部もRPAに置き換えられていくと指摘する。
「RPAの導入は人事・総務・経理から開発・設計業務にまで広がっています。働き方改革の流れの中で業務の効率化を実現すれば代替できない非ルーティン業務に集中できるし、残業も減り、有休や育児休暇も取れるなどハッピーになれますよとRPAを提供する業者は盛んに言っています。しかし、今後はルーティンではないと思っていた創造的な仕事でさえも細かくタスクを分解していくと何割かルーティンの仕事が見つかってくるはずです。今後はより難しいタスクもRPAが代替するようになり、『残業しなくてもすみますよ』という今の段階から、次は『あなたは必要ありません』という流れになるでしょう。それが顕在化するのは数年後になります」
創造的でクリエイティブな仕事ですらもその一部がRPAに代替されるとすれば、ホワイトカラーの大部分の仕事が必要とされなくなる可能性もある。
■「数年先には雇用に影響が出るようになるでしょう」
一方、生産部門の効率化で期待されているのがIoT(モノのインターネット)だ。岩本上席研究員はこう話す。
「基本的にIoTの機能は製造ラインなどの業務の“見える化”であり、見える化しただけでは雇用に影響しません。今は見える化し、人間がその原因を追究し対策を講じている段階ですが、その部分にAIを導入し、人間に置き換わるようになれば雇用に影響が出ます。それも数年先に訪れるでしょう」
三菱総合研究所の「内外経済の中長期展望2018~2030年度」によると、日本の人材は生産・運輸・建設職や販売・サービス職など「手仕事的なタスクでルーティン業務に従事する人」が2450万人、一般事務・営業事務・会計事務などの「分析的なタスクでルーティン業務に従事する人」が1880万人。それに対して技術職・研究職、金融・保険専門職など「分析的なタスクで非ルーティン業務に従事する人」が900万人いるという。
■事務職は2020年代前半から過剰になり、2030年には120万人が過剰
現在は生産・輸送・建設職や販売・サービス職は人出不足の状態にあるが、AIなどの活用で徐々に緩和され、事務職は2020年代前半から過剰になり、2030年には120万人が過剰になると予測する。少し遅れて生産職はIoTやロボットによる自動化で顕在化し、30年に90万人が過剰になり、逆に技術革新をリードする専門職人材は170万人が不足すると予測している。
現時点ではRPAの雇用への影響で注目されているのがメガバンクの人員縮小計画だ。3行合計で3万人超の業務・人員を削減する方針を打ち出している。ただし3行ともリストラはせず、バブル期入社組の退職減や新規採用抑制による自然減で最適化を図るという。
損害保険ジャパン日本興亜もITの活用で2020年度末までに国内損保事業の従業員数を新卒採用抑制や配置転換などで4000人減らす計画を明らかにしている。
希望退職募集などリストラはしないといっているが、それは正社員であり、真っ先に影響を受けるのは非正社員だろう。
■「リストラはまったく考えていません」は本当か
金融・保険業は顧客管理や引受業務などに携わる多数の事務職スタッフを抱えている。こうした人たちを今後どうしていくのか。ある生命保険会社の会長は、筆者のインタビューにこう語っている。
「RPAによって業務が効率化されていくと、その分、人手がかからなくなることは当然発生します。そうなると、そこの人材を戦略的な分野にシフトさせていくことになります。事務であれば高度な引受判断業務、資産運用部門は高度の投資判断など高度のプロフェッショナルの能力が求められてきます。また、保険営業であれば人と人との関係構築に注力してもらいます。当社の契約者は全国にいますが、店舗を統廃合するのではなく、むしろお客様との関係ではコストをかけて丁寧にケアしていくことに注力していきますし、リストラというのはまったく考えていません」
だが、一般職採用が多い事務スタッフ全員が高度の引受判断業務ができるとは思えない。そうなると会長の言うように他の部門に配置転換することになるが、本当にそんなことが可能なのだろうか。
確かに日本企業は石油ショック以降、事業の再編や縮小に際して、極力リストラをすることなく職務転換や配置転換によって雇用を守ってきた。その典型は1980年代のME革命である。製造機械の制御部分にマイクロエレクトロニクスを組み込んだロボットが人間の仕事を代替する事態が発生した。
しかし、当時は、例えばテレビの製造工場がME化されると、企業内教育による職務転換、配置転換よって新規事業のVTRの工場に異動させたりして雇用を守った。
■AI革命でも雇用を守れるかどうかは不透明
同じようにAI革命でも雇用を守れるのか。
ME革命の時代を知るグローバル産業雇用総合研究所の小林良暢所長はAI時代には昔のやり方は通用しないと語る。
「一番の違いは、当時は技能訓練をすれば職転・配転ができましたが、この30年の間で日本の産業の比較優位が劣化し、企業内労働市場で雇用を維持する余力を失っていることです。2番目は会社が職務訓練や技能転換教育を行っても社内の部署自体がAI化の影響でなくなり、訓練しても仕事がなくなる可能性もあります。3番目は労働市場の違いです。当時は正社員や期間工が大半を占めていましたが、今は製造業からサービス業に産業もシフトし、非正社員も増加している。AIなどデジタル技術の進化によりプラットフォームビジネスで働くクラウドワーカーなど、いわゆる雇用フリーの労働者が増えつつあります。労働市場の地殻変動が進行する中で雇用を守るにはMEの時代とはまったく異なる対策が求められます」
■真っ先に仕事を奪われるのは、ルーティング業務を担う非正社員か
雇用フリーとは、インターネットの仲介サイトを通して仕事を請け負う個人事業主的働き方である。「ギグワーカー」とも呼ばれる。
仲介サイトを運営するプラットフォーマービジネスとしては、アメリカの配車サービス大手のウーバーテクノロジーズが有名であるが、日本でも飲食店の宅配代行サービスのウーバーイーツを展開している。その他にもプログラミング、ライター、家事代行などの仕事を請け負う人も増えている。
こうしたギグワーカーもAIなどのデジタル技術革新によって生まれた働き方であるが、欧米では低賃金や雇用の不安定さが大きな社会問題となっている。アメリカではAIなどのデジタル技術の進展で仕事を奪われた非正社員や事務などの一般職の人たちが、移民と同じような低賃金の仕事に従事したり、ギグワーカーとなったりするケースも多いという。それによって生まれるものは、さらなる経済格差の進行だ。
日本はアメリカほどデジタル化が進んでいないが、真っ先に仕事を奪われるのは、RPAに代替されてしまうルーティン業務である。
ルーティング業務を担う非正社員は多く、今では雇用労働者の約4割、2000万人超の非正社員が存在する。さらにルーティン業務に従事する正社員、非ルーティン業務でもタスクを束ねることで不要な人間が発生する可能性もある。
もちろんそうならないために、企業は必要とされる新しい商品やサービスを生み出して雇用を維持していく必要がある。また、国もAIによって仕事を奪われた人たちの再教育による産業間の移動の支援や、その間の生活支援などセーフティネットの構築を急ぐべきである。
AIの進展による雇用への影響は今のところ顕在化してはいないが、放置しておくと、遠くない時期に社会問題化してくる可能性もある。
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人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)
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