なぜアパレル会社は捨てる前提で服を作るのか
プレジデントオンライン / 2019年12月20日 9時15分
■定価では売れず、セールで残れば廃棄する
現在の国内のアパレル市場はおよそ9兆円と、バブル時の6割程度にまで縮小している。にもかかわらず、供給される商品の点数は、過去25年で倍増したという。
スケールメリットを得て生産単価を下げるため、人件費の安い国に、あえて大量に服を発注する——それが当たり前になっているため、こんな不合理なことが起きる。言ってみれば、捨てるために服をつくっているようなものである。
横編機の大手メーカー、島精機製作所の島正博会長は、こうした状況に苦言を呈する。
「量をつくりすぎるから、プロパー(正価販売)での消化率は50%程度。なかには30%くらいのところもあるんです」
結果として、セールで売りさばくことが常態化し、残りは廃棄することになる。日本ではアパレル不況が続いているが、こんなやり方では収益構造が悪化するのも当然だろう。
■糸さえあれば、多様な商品を必要な量だけ作れる
衰退しつつある国内の繊維業界を救うには、付加価値の高い商品を国内で生産するしかない——そんな危機感から、島さんはホールガーメント編機を開発し、1995年に製品化した。
この編機は、連携するデザインシステムで作成したデザイン通りに、縫い目のないニットを立体的に編み上げることができる。
糸さえあれば、多様な商品を、必要なときに必要な量で生産できるのはもちろん、ボディサイズなどを入力することで、オーダーメイドにも対応が可能。世界にひとつしかない、自分にぴったりの服があっという間にできあがるのだ。
ニットといっても、生産できるものは幅広い。フリルのついた華やかなワンピースや、優美なフレアーの入ったロングドレス、衿やポケットのついたジャケットなど、あらゆるものが自在に編める。念のために補足すれば、フリルの飾りも、ジャケットの衿やポケットも、あとから縫いつける必要はない。完成品の形で編機から出てくるのである。
レースのような複雑な透かし編みや、繊細な柄もお手のもの。極細糸を使って細かいゲージで編めば、「えっ、これがニット?」と二度見してしまうような、薄く軽やかな洋服に仕上がるのだ。
■時間とコストの節約が廃棄を減らす
縫い目がないから肌にやさしく、シルエットもすっきりと美しい。普通の服だと、薄手のものは縫い代の厚みが気になるが、無縫製なので、そういう心配は無用。さらに縫い代がない分、全体が軽くなる。
こうしたファッション性、機能性に加えて、サステナビリティの観点からもメリットが多いのは、前回(プラダも採用「和歌山の工場」が作るすごい機械)も説明したとおりだ。
また、縫製の手間がいらないので、人件費の高い消費国やその近隣で生産できて、時間やコストが節約できる。その結果、リードタイム(企画に着手してから商品が店頭に並ぶまでの時間)が大幅に短くなり、トレンドを読み違えることも減る。それが売れ残りや廃棄される服を減らし、利益率を上げることにつながるわけだ。
■ユニクロのニットの生産拠点でも導入
“地産地消”で日本の業界を再生させるべく開発した編機だが、発売から四半世紀を経た今も、「日本における普及率は低い」と、島さんは言う。今のところ、売れているのはもっぱら海外なのだ。
「日本製のニットのうち、ホールガーメントは1%くらい。国内では、まだ編機の台数が少ないんです。一方、中国では売れ行きが伸びていて、世界一のニット工場と言われる南旋控股(ナムソン・ホールディングス)の場合、数年前はゼロやったのに、今は800台も入っています」
南旋は、ユニクロのニットの生産拠点にもなっているとか。ホールガーメント編機以外にも、島精機のコンピューター横編機を多数導入している上得意先だ。
ちなみに、ホールガーメント編機を使ったユニクロの「3D KNIT」は、日本の技術で編んでいることを強調しているものの、残念ながら、現状ではメイド・イン・ジャパンではない。香港やベトナムなどアジア各地の工場が製造を担当しているらしく、筆者が愛用している「3D KNIT」も、すべてベトナム製である。
ユニクロ製品を含め、国内に流通する衣料品のうち、国産品は、今や2.4%しかない(数量ベース。2017年、日本繊維輸入組合の統計)。これは、バブルの頃の10分の1程度。国内の繊維産業の状況は、ホールガーメント編機が登場した90年代半ばと比べても、明らかに悪化しているのである。
■「誰かがはじめるまで様子見」という会社ばっかり
さらに、ニットの場合、国産の比率は1%以下だとか。
島さんが構想した「ホールガーメント製品の生産で、日本の繊維産業を再生させる」というシナリオが実現する日は来るのだろうか。
「せっかく技術があっても、それにしがみついて、先のことを考えていないんです。今は、変われるチャンスやのに、それをチャンスと思っていない。『誰かがはじめるまで様子見』という会社ばっかりで……。それに日本の場合は、糸の紡績、編み立て、裁断、縫製などと、バラバラに分業してるでしょ。編むところは編むだけ、縫うところは縫うだけ。しかも、間にいちいち商社が入るから、リードタイムがものすごく長くなる。そういうやり方は時代遅れ。これからは一気通貫に行かんとあかん」
瀕死の状態の日本のニット業界に対し、島さんはなかなか手厳しい。
■分業されていた生産を統合する未来型のモノづくり
今後のモデルとして期待しているのは、香港のニット会社「コバルトファッション」だという。
香港の大手繊維商社、リー&フォンと、大手ニットメーカーが立ち上げた革新的なニット工場で、単なる下請けではなく、企画から生産まで一貫して手がける、垂直統合型の生産システムを構築している。
「この会社は伸びていて、ニット製品の新しいモノづくりを世界に発信すると意気込んでいる。『いろいろ教えてください』と、うちに頼みに来たから、協力することにしたんです」
コバルトファッションでは、島精機の最新のデザインシステム「APEX3」とホールガーメント編機を導入。3Dバーチャルサンプルの活用で、企画から生産までの工程をスピードアップし、消費者の求める商品をすばやく提供するという。
コバルトファッションの取り組みは、かねてより島精機が提唱する「トータル・ファッション・システム」のコンセプトを体現するものといえる。
トータル・ファッション・システムとは、「APEX3」を核に、商品企画、デザインから生産、そして販売促進までを包括的にサポートするもの。従来は別々の場所で細かく分業されていた生産システムが統合され、デスクトップ上での作業と、編機での生産ですべてが完結する未来型のモノづくりだ。
■青写真は40年以上前に描いていた
島さんが開発したのは、ホールガーメント編機をはじめとする高性能のコンピューター制御横編機だけではない。
消費者の求めに応じて、さまざまな種類の製品をつくるためには、デザインなどの企画作業をスピーディーに進める必要がある。画面上でデザインをして、編機に入力するデータをつくり、指定した通りに正確に編み上げる。その一連のプロセスをコンピューター化し、効率化する構想を、1970年代から持っていたのだ。
その先には、コンピューターでデザインしたものが「バーチャルサンプル」として機能する未来も想定していた。実現すれば、実物のサンプルの作成が不要になり、さまざまな無駄が省ける。
この壮大なビジョンが、トータル・ファッション・システムとして、今、現実のものになったということ。今日においても時代の先端を行くこのシステムの青写真を、40年以上も前にしっかりと描いていたわけだ。そんな島さんのイノベーターとしての凄(すご)みや独自の経営哲学は、『アパレルに革命を起こした男』(梶山寿子著、日経BP)に詳しい。
■ZARAは「モノづくり」からはじまっている
従来の水平分業型から、デジタル技術を活用した垂直統合へ。
アパレル産業のサプライチェーンの変革を先導するのが、島精機のトータル・ファッション・システムである。
一部のファストファッションが失速するなか、好調を続けるZARAも、流通までを含めた垂直統合型のビジネスモデルを採用しているという。本社のあるスペインや近隣国で生産することでリードタイムを短縮し、高いプロパー消化率を保つ戦略は、島さんが思い描いていた“地産地消”のモデルに近い。
島精機の顧客でもあるZARAは、島さんも一目置く存在だ。「あの会社には信念がある」と賛辞を惜しまない。
「ZARAを運営するインディテックスの創業者、オルテガさん(アマンシオ・オルテガ氏)はモノづくりをわかってるからね。あの会社は売るほうではなく、モノづくりからはじまっている。それが、自社で直接生産していないほかのファストファッションにはない強みやと思います」
■数回着ただけの服を捨てる消費者たち
もうひとつ、次世代のビジネスモデルとして注目されているのが、オーダーメイド(カスタムメイド)や、“受注生産と大量生産のいいとこどり”であるマス・カスタマイゼーションだ。
アパレルにおけるサステナビリティというと、多くの人がまず頭に思い浮かべるのが、洋服の大量廃棄の問題ではないだろうか。
新品のまま廃棄されるものを減らすためには、過剰な在庫をなくし、つくったものは必ず売れるようにすること、つまり、「オンデマンド型の生産システム」に切り替えることが究極の方策だろう。
また、服が廃棄される原因には、供給する側がつくりすぎていることのほかに、どのブランドの商品も似たり寄ったりで、「どうしてもこの服がほしい!」と、消費者が思うような服が減っていることも大きいと思われる。
捨てられるのは新品の服だけではない。ファストファッションの台頭でトレンドの服が安く手に入るようになったせいか、消費者も「使い捨て」よろしく、まだ十分着られる服を簡単に処分してしまう。
フリマアプリの普及などで、以前よりリサイクルやリユースが一般的になってきたものの、すべての服が再利用されるわけではなく、循環型社会の実現には程遠い。
だが、自分で注文した商品であれば、思い入れや愛着があるため、長く着てもらえる可能性が高い。数回着ただけで捨てる、といったことにはならないはずである。
■「オーダーメイドは贅沢品」が変わりつつある
「オーダーメイドは贅沢(ぜいたく)品」というイメージがあるが、デジタル技術の発達により、状況は変わりつつある。セミ・オーダー(パターン・オーダー)や量産型のマス・カスタマイゼーションなら、工夫次第でリーズナブルに提供できる体制が整ってきたのだ。
その際、強力なツールとなるのが、デザインシステムとホールガーメント編機のコンビネーションである。
コンピューターの画面上で客が好みのデザインを選び、自分のサイズを入力すれば、ホールガーメント編機が自分にぴったりの一着を編み上げる——この程度なら、現状でも、技術的には問題がないようだ。
さらに、ボディスキャナーが自動的に自分のサイズを読み取り、AIが似合う色やデザインを提案するといったことも、そう遠くないうちに、当たり前になるに違いない。
ちなみに、島精機では、ボディスキャナーなどもかなり前に開発済みだとか。問題は、それをいかにサービスとして実用化するかである。
大手アパレルによる大規模な事業が本格的に立ち上がるのは、もう少し先になるかもしれない。だが、時代は確実にオンデマンド型へと動いている。島さんは、こんな時が来ることを早くから予測し、それを可能にする製品を発明・開発してきたのである。
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ノンフィクション作家、放送作家
神戸大学文学部卒業。ニューヨーク大学大学院で修士号取得。経営者、アーティストなどの評伝のほか、ソーシャルビジネス、女性の生き方・働き方、教育など幅広いテーマに取り組む。主著に、『紀州のエジソンの女房』『トップ・プロデューサーの仕事術』『鈴木敏夫のジブリマジック』『35歳までに知っておきたい最幸の働き方』『そこに音楽があった 楽都仙台と東日本大震災』のほか、自らのリハビリ体験をもとにした『長く働けるからだをつくる』『人生100年、自分の足で歩く』『健康長寿は靴で決まる』などがある。
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(ノンフィクション作家、放送作家 梶山 寿子)
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