間違いの第一歩は「これは売れる」の思い込み
プレジデントオンライン / 2019年12月16日 11時15分
セブン-イレブンは2019年7月に作業時間を大幅に削減することを目的とした実験店を東京都町田市にオープン。セルフレジや新型のカウンター設備を導入するなどして、2015年以前の店舗と比較して1日当たり約15.1時間の作業削減を目指している。 - 写真提供=セブン&アイ・ホールディングス
■「お客様の立場で」考える
——鈴木流経営学の中核をなすのは、仮説を立てて、新しいことに挑戦し、結果を検証する「仮説と検証の仕事術」です。特に重要なのは仮説を立てることで、鈴木さんは仮説を立てるときの視点として、「お客様の立場で」考えることの大切さを一貫して唱え続けています。
【鈴木】世の中には「お客様のために」という言い方が一般的に使われますが、私が「お客様の立場で」考えることの大切さを強調するのは、「お客様のために」と「お客様の立場で」は、必ずしも一致しないことが多いからです。
——どちらも同じように見えますが、どう違うのでしょう。
【鈴木】第一に、「お客様のために」と言いつつ、無意識のうちにも、売り手やつくり手の都合を押しつけていることが多いのです。たとえば、セブン-イレブンではファストフード類の新製品は毎日、昼食時に行われる役員試食をパスしないと発売できません。あるとき、私は赤飯の試作を一口食べて、赤飯本来の味でないことに気づきました。担当者にどうやってつくったのか尋ねると、ご飯と同じ炊飯の生産ラインで「炊いている」とのことでした。
——赤飯は、本来、蒸してつくるものですね。
【鈴木】そうです。開発チームは数十店もの専門店や地方の評判の店の赤飯を集め、研究を重ねたので、赤飯は本来、蒸してつくるものであることは十分に知っていたはずです。ところが、工場に蒸す設備がなかったため、今ある設備を使っていかにおいしい赤飯をつくるかを一生懸命考えた。しかし、それは売り手の都合を優先した発想で、要は「売り手の立場で」で考えていたことになるのです。
お客様はコンビニで売られる赤飯でも、本来の味を求めます。私は「お客様の立場で」考え、全国各地に分散するセブン-イレブン専用工場に、かなり大きな費用になっても、蒸すためだけの設備投資を躊躇(ちゅうちょ)せず実行させました。結果、和菓子屋など専門店に引けをとらない商品が生まれ、大ヒットし、コストは回収されました。これが「お客様の立場で」考える発想です。
——売り手の都合の範囲内で一生懸命やるのと、顧客にとって正しいことを行うのとでは、まったく異なるということですね。
【鈴木】「お客様のために」と考えるとき、もう1つありがちなのは、自分の過去の経験や既存の概念をもとに、「お客様はこういうものを求めている」という思い込みや決めつけで考えてしまうことです。私がセブン-イレブンで弁当やおにぎりの発売を思いついたとき、「そういうのは家でつくるものだから売れるわけがない」とみんなから反対されたと前回お話ししました。これも既存の概念の延長線上で、「お客様はコンビニに弁当やおにぎりなど求めていないから、売ってもお客様のためにならない」という思い込みのためでした。
それに対して私は、「日本人の誰もがお米のご飯が好きなのだから、品質のよいものをつくれば、みんな手に取るだろう」と「お客様の立場で」考え、発売に踏み切ったのです。
■PBのイノベーションをなぜ起こせたか
——なぜ、売り手やつくり手は無意識のうちにも、自分たちの都合を押しつけたり、既存の概念をもとに思い込みで判断してしまうのでしょう。
【鈴木】それは、流通の仕組みが今なおサプライサイドの都合でつくられているため、自らを否定的にとらえ直さないと、誰もがサプライサイド側からの発想に流れてしまうのです。
たとえば、セブン&アイグループでプライベートブランド(PB)のセブンプレミアムを開発することになったときの話です。流通企業のPB商品といえば、「メーカーのナショナルブランドより低価格の商品」という定義が一般的でした。それに対し、私は「質を徹底して追求する同時に、グループ内のコンビニでも、スーパーでも、百貨店でも、同じ商品を同じ価格で販売するように」と指示しました。すると、各事業会社から猛反発が起こりました。
——それは、既存の概念からするとありえないでしょう。
【鈴木】コンビニ側はメーカーの希望小売価格より原則的に値を下げて売るスーパーと同じ商品を同じ価格で置くわけにはいかないといい、スーパー側はコンビニや百貨店と同じ値段で売るわけにはいかないといい、百貨店側はスーパーやコンビニが扱う商品を百貨店が扱うわけにはいかないと反対しました。
しかし、コンビニと、スーパーと、百貨店は違うという区分けは、売り手側が観念的にそう決めつけているだけです。「お客様の立場で」考えるとどうなるか。お客様はセブンプレミアムの商品について、「これは200円を出しても買うだけの価値がある」と思えば、セブン-イレブンでも、ヨーカ堂でも、そごう・西武でも買う。どちらも同じ値段だから買わないとは思いません。業態の区分けにこだわるのは、売り手がサプライサイドの固定観念にとらわれているからです。
重要なのは、自分たちの固定観念を否定し、どの業態でも同じ値段で販売しても、お客様に価値を感じて買ってもらえるような、これまでにない新しい商品を開発していくことではないか。そう説いて、プロジェクトを推進させました。結果、セブンプレミアムの年間総売上高は今では約1兆4000億円(2018年度)に達し、各店舗での坪当たり売上高でいちばん高いのは西武池袋本店の地下食品売り場になっています。
——セブンプレミアムは流通業のPB商品で初めてメーカー名を明記するなど、PBのイノベーションだと思いますが、それは顧客の視点に立つことで実現したわけですね。
【鈴木】仮説を立てるとき、もう1つ大切なのは、必ず未来を起点に考えることです。一歩先の未来に目を向け、何らかの可能性が見えたら、そこから顧みて、今何をすべきかを考える。けっして過去の延長線上で考えてはいけません。
■「お客様」と「未来」に向き合っているか
——つまり、過去が今を決めるのではなく、未来が今を決める。
【鈴木】私が自前の銀行であるセブン銀行の設立を発案したとき、金融業界を中心に「収益源がATMの手数料だけで成り立つはずがない」「素人が銀行を始めても必ず失敗する」……等々、否定論の嵐が巻き起こりました。メインバンクのトップがわざわざ来社され、「銀行なんてそんなに簡単にできるものじゃないからおやめなさい」と忠告もされました。
それでも私が設立プロジェクトを進めたのは、コンビニの店舗にATMが設置されていれば、お客様の利便性は格段に高まると、一歩先の未来像を描いたからです。既存の銀行がハイヤーやタクシーだったら、自分たちはこれまでになかった乗り合いバスのような銀行をつくろう。迷う余地はありませんでした。
——鈴木さんは、在任中、一貫して新しいことへの挑戦を自身に課し、社員たちに求め続けてきました。それはなぜなのでしょう。
【鈴木】なぜ、われわれは新しいものを生み出し続けなければならないのか。それは、売り手やつくり手が常に「お客様」と「未来」から「宿題」を与えられているからではないかと思うのです。
私は出版取次大手のトーハンから30歳のときにヨーカ堂に転職しましたが、流通業がやりたかったわけではありません。トーハンの広報課時代に親しくなったマスコミ関係者と一緒にテレビ番組制作の独立プロダクションをつくるためのスポンサーになってもらおうと思ったのがきっかけでした。入社後も一貫して管理畑を歩いたので、販売も、仕入れも経験がありません。それでも長年、流通企業のトップを務めることができたのは、常に未来を起点にして、「お客様の立場で」考え、その「宿題」に答えようとしてきたからでしょう。
前回、新しいことに挑戦するための仮説を立てるには、既存の概念をうのみにせずに疑問を発すること、発想をジャンプさせること、素人の発想を忘れないことを挙げました。それは、常に「未来」と「お客様」から与えられ続けている「宿題」に答えるためなのです。
——「宿題」を果たすことができない企業は、「未来」からも、「お客様」からも背を向けられることになる。
【鈴木】だから、経営者には、自分たちのあるべき姿を徹底させる力が強く求められるのです。1つのエピソードをお話ししましょう。セブンプレミアムのワンランク上のセブンゴールドの新製品で、インスタントラーメンの「金の麺 塩」を発売する当日のことです。たまたま試食が前日になってしまったのですが、私は「この商品の質は販売できるレベルではない」と判断し、6000万円分の商品をすべて廃棄する決断を下しました。
なぜ、そんなことができたのか。それは「判断の尺度」をお客様に合わせたからです。商品に対するお客様の判断は、おいしければ「買う」、おいしくなければ「買わない」、イエスかノー、どちらか一方で、その中間の「そこそこ」や「まあまあ」はありません。だから私も、イエスかノーかで即断しました。
——ただ、6000万円は非常に大きな金額であることも事実です。
【鈴木】確かに、6000万円分の廃棄は大きな損失です。しかし、セブン-イレブンではテレビのCMなどに億単位の宣伝費をかけます。もし、レベルに達しない新製品を食べたお客様が「セブン-イレブンの商品はこの程度か」とネガティブな印象を持ったら、これから先、どんな宣伝をしても“悪宣伝”になってしまう。目先の損失よりも、もし発売した場合、お客様とわれわれ双方に生じるダメージのほうが大きいと考えました。社内からは、「廃棄せずに社員に配ってはどうか」との声も出ましたが、「お客様に提供すべきでない商品を社員に提供してはならない」と退けました。
妥協するのは簡単ですが、妥協したときから組織は「そこそこ」「まあまあ」に流れ、弱体化していきます。トップにはどんなときにも決断がブレない徹底力を持たなければならないのです。
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セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問
1932年長野県生まれ。中央大学経済学部卒業後、東京出版販売(現トーハン)を経て63年イトーヨーカ堂入社。73年セブン-イレブン・ジャパンを創設し78年社長に就任。92年イトーヨーカ堂社長、2003年イトーヨーカ堂およびセブン-イレブン・ジャパン会長兼CEOに就任。05年セブン&アイ・ホールディングスを設立し、会長兼CEOに就任。16年から現職。著書『わがセブン秘録』『挑戦 我がロマン』など多数。
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(セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問 鈴木 敏文 文=勝見 明 撮影=市来 朋久)
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