「もう疲れた」EU離脱派を勝たせた英国人の憂鬱
プレジデントオンライン / 2019年12月13日 15時15分
■英国は年明け1月末をもってEUから離脱する
12月12日に行われた英国の総選挙では、与党・保守党が単独過半数を得て勝利した。当初の世論調査では保守党の圧勝が見込まれていたが、選挙戦の終盤には労働党の支持率も上昇し、接戦が伝えられるようになった。しかしながら蓋(ふた)を開けてみると、出口調査段階では保守党が改選前から80ほど議席を増やす圧勝となった模様だ。
これを受けて英国は、ボリス・ジョンソン首相が10月に欧州連合(EU)との間で合意に達した協定案に基づきEUから離脱する道筋を立てることができた。2016年6月の国民投票から約3年半の間、交渉期日を3度延期するなどの紆余(うよ)曲折を経て、英国はようやくEUから離脱する運びとなったわけである。
今後、英国は年明け1月末の期限をもってEUから離脱する公算が大きい。そして来年末までは、いわゆる移行期間としてEUとの間の通商関係は現状のままで維持される。この間に英国はEUや第三国と通商協定を締結する必要に迫られるが、実務的にほぼ不可能であるため、移行期間は22年まで延長されることになるだろう。
■揉めに揉めたことで英社会が疲弊しきってしまった
そればかりか、英国とEUの双方が合意すれば、22年までと決められた移行期間の延長がその後も年単位で更新される可能性がある。いずれにせよ英国は、形の上ではEUから離脱したものの、移行期間が続く限りにおいては「準構成国」としてEUに引き続きとどまることになるわけだ。
英国はEU離脱の是非をめぐって揉(も)めに揉めたが、今回の総選挙を受けて1月末の離脱がほぼ確定的な情勢となった。保守党の勝利が意味するように、結局のところ離脱派の優勢が覆らなかったわけだが、その大きな理由として、揉めに揉めたことで英社会が疲弊しきってしまったことがあると考えられる。
■保守党勝利の背景は、深刻な「ブレグジット疲れ」
今回の英国の総選挙は、事実上、ジョンソン首相がEUと締結した協定案に基づく離脱の是非を国民に問うものであった。その意味で、深刻な「ブレグジット疲れ」にさいなまれていた英国民にとって、再びEUと離脱交渉を行い、そのうえで国民投票により有権者に信を問うという労働党の主張は、有権者にさらなる疲労を強いるものであった。
そのため、労働党の支持層の中にも少なくなかった離脱肯定派の票を、労働党は取り逃がすことなったと考えられる。加えて労働党のジェレミー・コービン党首は、鉄道や水道、発電といった基幹産業の国有化など、左派色が非常に強い公約を掲げた。一定の有権者は引き寄せることができたが、当然、産業界からは強い反発を受けることになった。
左派政党としての独自性を強調することに重きを置いた労働党の公約であるが、基幹産業の国有化などは時代遅れも甚だしい政策であった。そうした左派色が強い政策を採った結果、英国経済が1970年代に深刻な停滞に直面した歴史の事実もある。にもかかわらずそうした主張を繰り返すところに、埋没する左派政党の苦境がうかがえる。
■実にシンプルだったジョンソン首相の戦略
それに比べると、主張を協定案に基づく離脱の実現に絞ったジョンソン首相の戦略は、実にシンプルであった。深刻な「疲れ」にさいなまれていた有権者の多くは、強烈な個性でEUとの交渉を成立させたジョンソン首相に一抹の期待を寄せたのだろう。その結果、従来の支持政党の垣根を越えて、与党である保守党に票を入れたとみられる。
言い換えると、このことからは、消去法的な選択で保守党に票を投じた有権者も数多く存在した可能性がうかがえる。1月末のEU離脱にめどをつけたという一点に限って言えば、ジョンソン首相が果たした功績は確かに大きい。ただ彼やその周囲が、離脱後の英国をどう導くか、確たる戦略を持っているわけではない。
英国のEU離脱が確定的となったことを受けて、多国籍企業の英国からの脱出はさらに加速する。当然、英国の潜在成長力は低下を余儀なくされる。英政府は投資誘致や起業支援に努めるとしているが、効果が出るとしても長い時間を要する。最長で2022年までとされる移行期間のうちに各国と自由貿易協定(FTA)を結べるかも定かではない。
■スコットランドでは独立機運が強まっている
経済の問題ばかりではない。この間の交渉の膠着(こうちゃく)で、EU離脱を望む老年層と残留を望む若年層の、また離脱を望む地方と残留を望む首都ロンドンの対立はさらに深刻化した。またスコットランドで独立党の勢力が急伸したように、スコットランドでは英政府に対する不信感が高まり、独立に向けた機運が強まっている。
EU離脱後の英国は経済、政治、社会のさまざまな面で苦難に見舞われることになる。しかしながら、そうした文字通りの国難を乗り越えるだけの戦略をジョンソン首相やその側近がきちんと描けているかと言えば、かなり疑問である。いわば英国は、海図なき航路を突き進まざるを得ない状況に置かれている。
英国のEU離脱をめぐっては、二転三転する英国の情勢を受けて、EU各国や高官の間にも深刻な「疲れ」が生じていた。われわれのような分析者や観察者もまた、煮え切らない英国の態度に振り回され続けてきた。今回の総選挙の結果を受けて、少なくとも英国がEUを形の上だけでも離脱する展望は描けたことになる。
今後の注目点は、1月末にも予想されるEU離脱に伴う混乱をジョンソン政権がどのように対処していくのかに移った。うまく手綱を扱うことができれば、ジョンソン首相は誉れ高い名相として、歴史に名を遺すだろう。しかしながら、典型的な日和見主義者であるジョンソン首相にそうした度量があるかどうか、筆者は疑っている。
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員 土田 陽介)
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