日本の育休が「制度は最高、取得は最低」なワケ

プレジデントオンライン / 2020年1月25日 11時15分

仕事と育児の両立に奮闘する父親が増えている。(PIXTA=写真)

■日本の「育休制度」の評価は世界1位だが…

日本を含む多くの国で、子育て支援策として導入されている育児休業制度。女性が働き続けつつ育児もできる環境を整えるとともに、最近では男性の育児休暇取得にもスポットライトが当たっています。今回はその育休制度が家庭や社会にどんな影響を与えているのかを、経済学的な切り口から分析してみたいと思います。

育休制度は、子育てのために一定期間休職したあとで職場復帰ができるという「雇用確保」と、給与相当額の一部が公的に支給される「給付金」を組み合わせたものです。

国によって休業期間や給付水準は違いますが、日本では現在、原則子供が1歳になるまで育児休暇を取得することができます(保育園に入所できないなどの場合、最大2歳まで延長可能)。さらに、最初の180日間は育休前の給与の67%、それ以降は50%が育児休業給付金として支給されるほか、社会保険料の免除も受けられます。

国際比較をすると、日本の育休制度はいわゆる先進国中では平均的か、若干上という感じでしょうか。休業期間ではオランダやカナダより上、給付水準ではデンマークやドイツをも上回っています。特に男性向けの育児休業制度では、日本の育休期間はOECD(経済協力開発機構)諸国中で韓国に続く世界2位、育休の週数×給付金額で評価するUNICEF(国連児童基金)の子育て支援についての報告書では、世界1位の評価を受けています。

■制度は充実しているのに、なぜ育休取得率が低いのか

一方、UNICEFの報告書でも指摘されているのが、日本の男性の育児休暇取得率の低さです。

厚生労働省の雇用均等基本調査によると、2018年度の男性の育休取得率は6.16%。これでも過去最高の取得率なのですが、OECD「ファミリーデータベース」の11カ国ランキングでは、最下位のオーストラリアでも20%以上。トップのフィンランドでは80%を超えています。

■仕事に専念していないと見られることが心配

制度は充実しているのに、なぜ取得率が低いのか。アンケートなどで調査すると、「同僚や上司の目が気になるから」「昇進などキャリアに悪い影響が出そうだから」といったことが主要な理由になっているようです。

では、育休取得率が高い他の国々の父親たちは、こうした不安とは無縁だったのかといえば、実は彼らもかつて、同じような不安を抱えていました。北欧のノルウェーを例に、男性の育児休業取得率がどのようなプロセスを経て向上していったのかを見てみましょう。

ノルウェーでは1977年から有給の育休制度が法律で認められていましたが、夫婦合算で期間が定められていたため、育休を取得するのはもっぱら母親ばかりでした。父親の育休取得率はせいぜい3%。93年に父親だけが取れる4週間の育休枠(給与と同額の給付金あり)が設定されると、取得率は35%まで上昇しましたが、ノルウェー政府はこの数字に満足しませんでした。

そして95年の政府白書を読むと、「会社や同僚から仕事に専念していないと見られることを心配している」ことが、育休取得率の伸び悩みの主要な原因とされています。これは今の日本の父親たちが抱える事情と一致していないでしょうか。

■4週間の育休取得は、父親の復帰後の収入を2%下げる

その後ノルウェーでは、06年の時点で男性の育休取得率が7割に達し、その後も緩やかに増え続けています。同国の経済学者たちの詳細な研究によると、大きかったのは「身近な人」の影響でした。同僚や実の兄弟に育休を取った勇気ある父親がいた場合、育休取得率は11~15ポイントもアップ。さらに、会社の上司が育休を取った場合の影響は、同僚同士の場合より2.5倍も強いことが判明しました。こうした勇気が伝染していき、取得率が上昇していったのです。

自分を評価する上司が率先して育休を取ることは、自分自身が育休を取ったときも不利に扱われることがないという安心感につながるに違いありません。日本政府は、男性の育休取得率を20年に13%まで高めるという目標を掲げています。小泉進次郎環境相が育休の取得を検討している話が賛否両論を呼んでいますが、男性の育児休業取得率向上の観点からは、大臣の立場にあるような方に率先して取得してほしいと思います。

復帰後の収入やキャリアへの影響についても、さまざまな研究が行われています。ノルウェーの調査では、4週間の育休取得は父親の復帰後の収入を2%下げるという結果が出ています。さらにこの影響は、子供が5歳になった時点でも継続しているとのことです。

このデータを「育休によってキャリアに影響が出た」と見なすべきかどうか。この論文を書いた研究者らは、むしろ父親が自分自身の選択によってライフスタイルを変え、残業をしてより多く給与を稼ぐより、家庭で過ごす時間を増やした結果ではないかと推測しています。実際、カナダの研究では育休の結果、父親の家事時間や子育て時間が増えたことが報告されています。

■育休期間は長ければ長いほどよいのか

父親の育児休暇取得は、子供の発達にも好ましい影響を与えると考えられています。たとえばスウェーデンでは、16歳の時点で偏差値1に相当する学力向上効果が見られたそうです。

どのようなメカニズムでそうなるのかはまだ研究中ですが、子供が成長してからも父親と良好な関係が継続したり、父親がライフスタイルを変えた結果、子供の勉強を見る時間が増えたりしているのかもしれません。

また、育休期間は長ければ長いほどよいのかといえば、そうとも限らないようです。育休期間を1年間から3年間に延長したドイツでは、子供の発達に大きな変化は見られませんでした。フランスでは、むしろ育休を3年にすると子供が家族以外の大人と話す機会が大幅に減り、言語発達にマイナスの影響が出るという報告もあります。

夫婦合計で3年間、といった設定にすると多くの場合母親の休業が長期化し、男女の役割が固定しがちになるという影響もあるようです。

■子育て環境の改善には、「保育園増設」が望ましい

さらに所得分配の観点から見ると、育休前の給与に応じて支給される給付金には、「収入の少ない人ほど公的給付が少ない」という逆進性があります。これは今日本で実施されている幼児教育無償化にも言えることです。保育料が高い高所得層ほど多くの公的援助を受ける形になり、そもそも保育園に入れていない人には恩恵がありません。

社会全体で子育て環境の改善をはかるのであれば、今以上の育休期間の延長や幼児教育無償化にお金を使うより、保育園を増設するほうが望ましいかもしれません。

厚生労働省のデータをもとにした筆者の研究チームの分析では、日本での保育園通いは子供の言語能力や行動面にプラスの影響があり、母親の家庭でのしつけの質やストレス、幸福度も改善するという結果が出ています。とりわけ、低所得層の子育て環境に大きな改善効果が認められる点は注目すべきだと思います。

女性が出産後も働き続けられる環境整備として、育休制度はきわめて重要な役割を果たしていることは間違いありません。とりわけ日本では、労働市場が非常に固定的で、1度仕事を辞めた女性が正社員として再就職することが困難です。そうした状況のもとでは、育休制度をフル活用しつつ、とにかく辞めずに働き続けることが女性個人にとっての最適戦略となるでしょう。人材活用という観点から見ると、日本経済全体にとって大きな意味のある施策だと思います。

そして男性にとっても、育休の活用は家族関係の改善やライフスタイルに変化をもたらします。人生の幸福度に大きな影響を与える制度として、育休が取得しやすい社会になることを望んでいます。

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山口 慎太郎(やまぐち・しんたろう)
東京大学経済学部・政策評価研究教育センター教授
1999年慶應義塾大学商学部卒業。2006年米ウィスコンシン大学経済学博士(Ph.D.)。カナダ・マクマスター大学助教授、准教授を経て17年より現職。『「家族の幸せ」の経済学』(光文社新書)で第41回サントリー学芸賞受賞。

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(東京大学経済学部・政策評価研究教育センター教授 山口 慎太郎 構成=川口昌人)

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