私が「義足をジロジロ見る癖」を改められた理由
プレジデントオンライン / 2019年12月28日 11時15分
■堂々たる体躯の義足選手に「パパ、あれ何?」
障がい者とどう向き合えばいいのか――。
筆者は『Voice』誌(PHP研究所)で2年間にわたって連載した「パラアスリートの肖像」を先ごろ単行本にまとめて上梓したが、予備取材の段階からずっと悩み続けたのが、この「向き合い方」の問題だった。
2017年6月17日、第1話の主人公である走り幅跳び・三段跳びのパラアスリート、芦田創(はじむ)選手が出場する大会(第28回日本パラ陸上選手権大会)を見るため、まだ幼い息子を連れて東京の駒沢オリンピック公園陸上競技場に出かけていったときのことである。
誤解を恐れずに言うが、そこは“多様な身体”によってあふれた場であり、私は息子がどのような反応を示すか、おっかなびっくり見つめていた。
芦田選手は子ども時代にデズモイド腫瘍という難病を経験しており、腫瘍のあった右腕の方が左腕よりも手のひらひとつ分短く動かすこともできないが、障害の程度としては軽度で、よくよく見なければ右腕が短いこともわからない。
だが、競技場には片足義足の選手や両足を切断して車いすに乗っている選手などが大勢いるのだ。
「パパ、あれ何?」
息子が不思議そうな表情で指を差す方を見ると、堂々たる体躯の片脚義足の選手がこちらに向かって歩いてくるところである。いったいどう説明すればいいのか、迷った。
■口をついて出てきた言葉は「指を差すんじゃない」
(世の中にはいろいろな人がいてね)
(片足がなくても同じ人間なんだよ)
どのような表現を使ったところで、どこか偽善的で上滑りな言葉になってしまう気がする。結局、私の口をついて出てきたのは、
「指を差すんじゃない」
というひと言だった。
これは幼い頃に親からよくいわれた言葉だ。障がい者を指さしたり、ジロジロ眺めたりしてはいけない。黙って目をそらすことこそ思いやりだ……。
私が自然に抱いてしまうこうした感覚は、おそらく多くの日本人に共通のものだろう。だからこそ、この日の駒沢陸上競技場のスタンドが閑散としていたように、パラスポーツの大会は多くの観客を集めることが難しい。
なぜならそこでは、“黙って目をそらさなくてはいけない人びと”が集まって競技をしているのだ。観客は観戦しながら、「障がい者とどう向き合えばいいのか」という難題に直面し続けることになる。それは、あまり居心地のいいものではないだろう。
■他者の苦しみを取材して、自身の幸福を確かめる行為
もうひとつ、『Voice』誌に連載しているあいだじゅう、筆者の頭を占領していた問題がある。
「パラアスリートの肖像」では、パラアスリートのスポーツ選手としての側面よりも、むしろひとりの障がい者としての側面を多く取材し、誌面の多くをそれに割いてきたのだが、取材を重ねながらいつも頭にあったのが、これは単なる「プライバシーののぞき見」なのではないかという疑念だった。
不幸にして障がいを負ってしまった人の苦しみ、家族の苦悩、支える人びとの苦闘。そうした他者の苦しみを取材して文章にすることによって、自分自身の幸福を確かめる。俗に「人の不幸は蜜の味」と言うが、自分のやっていることはそんな卑しい行為ではないのか……。
■「義足を見たい」という欲求を抑えられない性分
たしかに、『Voice』誌の連載にはそのような側面があり、しかも障がい者のプライバシーにより踏み込んだ記事のほうが、読み物として面白かったのも事実だ。それをもし、プライバシーののぞき見だと指弾されたら、私は返す言葉がない。
しかし、私はこうも感じていた。
個人差のあることだとは思うが、私は障がい者と向き合うと、障がい自体に目を奪われてしまう傾向が強いのだ。義足の人と対面すれば、まずは義足に意識が向いてしまうし、片腕が短い人にインタビューをしていて「街なかでジロジロ見られたくない」という言葉を聞くと、むしろ、その腕をよく見たいという欲求を抑えることができなくなってしまう。障がいのある部位を、ことさら意識してしまうのである。
その段階で終わってしまえば、取材を受けてくださった方は、私にとって「義足の人」であり「片腕が短い人」である。もしも、「彼は韓国人だから」「彼女は中国人だから」というように、属性によって個を語ることが差別の本体だとすれば、取材対象をまずは「義足の人」「車いすの人」「白杖をついた人」などと属性で認識してしまう私は、まぎれもなく差別的な人間だったに違いない。
■取材を通じて「義足の人」が「○○さん」に変わる
実際、あるパラアスリートは、
「事故に遭う前の私は『○○さん』だったのに、事故に遭って車いす生活を送るようになった瞬間に、『あの、車いすの人』と呼ばれるようになってしまった」
と言っていた。それが、とても嫌だったと。
しかし、義足で歩くのはつらいのか、夜寝るときは外すのかといった興味関心のレベルから始まって、さらに個人史へ、パラリンピックにかける思いへと踏み込んだインタビューを重ねていくうちに、「義足の人」は固有の顔と名前をもった「○○さん」に変わっていき、義足が徐々に背景へと後退していくのを感じた。これは、連載を終えての実感である。
■取材を通じて「障がい者」は「パラアスリート」に変わった
おそらく、私のようにことさら障がいを意識することなく、ごく自然に障がい者と向き合えてしまう取材者もいるのだと思う。もしも私のような人間の言動によって不愉快な思いをする障がい者が多いのだとすれば、私は差別的な人間であるに違いなく、批判を免れないと思う。
その一方で私には、生い立ちから、抱えている障がいの特徴、家族や支援者の思いまで熟知しているパラアスリートが何人もできたという思いがある。彼ら/彼女らは、いまや私にとって「障がい者」ではなく、それぞれに顔と名前をもったパラアスリートたちだ。
私は何人ものパラアスリートと出会い、そのプライバシーに触れることによって、私自身の差別的な心のありようを知り、それをほんのわずかかもしれないが、削り落とすことができたように感じている。
こうした取材方法がはたして正当なものなのかどうか、読者の判断を仰ぎたいところだが、少なくとも私は、取材を通して出会ったパラアスリートたちが東京パラリンピックという大舞台で活躍することを楽しみにしているし、心から声援を送りたいと思っている。
二年前には、想像もできなかったことである。
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ノンフィクションライター
1963年、富山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』 (朝日文庫)、『東京湾岸畸人伝』(朝日新聞出版)などがある。
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(ノンフィクションライター 山田 清機)
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