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京大総長が「ゴリラは人間より偉大」と語るワケ

プレジデントオンライン / 2019年12月30日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Evgeny555

AI(人工知能)は人類に何をもたらすのか。編集者の菅付雅信氏は「霊長類研究の権威、山極寿一氏は、『動物には、曖昧なものを曖昧なままで理解する“情緒”がある。しかしAIなどの情報技術は曖昧さを排除してしまう。世界は情報だけでできているわけではないのに』と話した。私たちはAI社会の問題点を考える必要がある」という――。

※本稿は、菅付雅信『動物と機械から離れて AIが変える世界と人間の未来』(新潮社)の一部を再編集したものです。

■霊長類研究者・山極寿一に聞く「人間と動物の違い」

人間の「動物化」を考えるとき、東浩紀と並んでどうしても訪ねたい人物がいた。霊長類研究の世界的権威であり、京都大学総長を務める山極寿一だ。

2017年にわたしが代官山蔦屋書店で行なった連続対談トーク・シリーズにゲストで出ていただいた際に、霊長類学者の視点から現在のAI社会の問題点を鋭く語っていたことが強く印象に残っていたからだ。

わたしたち人間はサルから派生しており、DNAもチンパンジーと2パーセントしか違わない。しかし、人間は自身をサルと決定的に異なる存在だと捉えている。その違いはどこから生まれたのか。その進化の起源にさかのぼりながら「人間とはなにか?」を問い直す山極と、AI社会における人間のありうべき姿を考えてみたいと思った。

人類は、チンパンジーとの共通祖先から700万年前に分かれたと考えられている。山極の師匠であった社会生態学や人類学の研究者、故・今西錦司による生物の定義――「生物とは時間と空間を同時に扱えるもの」を踏まえながら、山極はまず人間と動物の違いについて、次のように答えてくれた。

■人間と動物を分けた「言語」

「言葉の発明が人間と動物を分けたのです。言葉には、見えないものを見せたり、過去のものを現在に持ってきたり、逆に未来のことを現在に持ってきたり……時間と空間を超える力があります。言葉によって人は他人とのつながりを拡張し、他の動物が成し得ない空間をつくり出した。それが人間と動物の決定的に違う部分だと捉えています」

京大の山極寿一総長。(時事通信フォト=写真)

「他者とつながる」という特性は、人間の脳の変化にも大きな影響を与えたと山極は考える。

「霊長類の脳が大きくなったのは、社会的複雑さに対応するためです。付き合う仲間の数を増やせば、社会的な複雑さは増しますよね。一般的な霊長類では、せいぜい10頭から20頭の規模ですが、人間はそれを150人にまで拡大しました。その間に人間の脳はゴリラの脳の倍になりました」

情報テクノロジーの存在は、その変化を加速させている。人間の交友関係の限界が150人であることは「ダンバー数」と呼ばれるが、ソーシャルメディアはそのダンバー数を乗り越えようとするツールだ。山極はこうも言う。

「時間や空間を超える力をもつ言葉の登場で、わたしたちの人間関係は身体のつながりから離れていってしまった」と。

■「身体と脳の分離が始まっています」

「情報革命は、人間の身体を取り残し、脳だけでつながる状態を可能にしました。脳の知能を司る部分は情報を処理するものですから、あらゆるものを情報としてみなしてしまう。それを拡大したものが、AIですよね。情報にならないものを五感で感じる脳の部分を軽視して、情報になるものだけを集めて分析機能を高めたのがAIだと捉えています」
「21世紀に入り、人間は五感により身体で共鳴する感性と、情報を扱う脳が分かれてしまった。もともとその2つは切り離すことができないものとして人間は機能させていたんです。でも今、身体と脳の分離が始まっています」

だから山極は、「身体的なつながりを回復せよ」と提言する。

「脳でつながる人間の数を増やせば増やすほど、身体のつながりが失われ、人間は孤独になると思うんです。時間と空間を同時に感じさせるつながりが重要です」

■「記憶」と「思考」の外部化

人間の変化を考える上で「外部化」も欠かせないキーワードのひとつだ。山極は、言葉による記憶の外部化が起きていると指摘する。

「言葉は頭のなかの記憶を外に出す機能があります。言葉は腐らないし、重さがないからポータブルで便利なコミュニケーション・ツールです。それ故、それまで記憶を全て頭のなかに貯めてきた人間の脳は大きくなるのを止めてしまった」

「ホモ・サピエンス以前に生きていたネアンデルタール人は、われわれよりも大きな脳をもっていたんです。なぜならわれわれのような言葉をもっていなかったから、脳に情報を記憶せざるをえなかったわけです」

外部化されているのは記憶だけではない。現代においては、AIのアルゴリズムによる思考の外部化も大きな問題になりつつあると山極は考える。

■人間に唯一残された能力は「見えないものを見る力」

「言葉には優れた側面もありました。言葉を使うことで、人間は頭のなかで考えることができたわけです。しかしながら今はアルゴリズムが考えてくれるから、考えることすら外部化し始めていますよね」
「レコメンド・エンジンが『あなたが次に求めているのはこれですよ』と示唆してくれる。我々はボタンを押すだけでいい。選択し、考えることはもはや日常的な行為ではなくなってきています」

山極は、前述したわたしとの対談トークで、こうも語っていた。

「人間に残された唯一の能力は、見えないものを見る力。データにないものを考える力と言っていい。人間はその力をもっと働かせるようにならないと、データに動かされる存在になってしまう」〔筆者の対談集『これからの教養』(2018年)より〕

彼が語ったこの「AI社会における人間性への危機感」が、本書の取材を始めるにあたって大きなインスピレーションを与えてくれている。

■曖昧なものを曖昧なままで了解し合うのが動物

山極は、情報技術の加速度的な発展が、社会から「曖昧さ」を排除しているのではないかと考えている。コンピューターは、あらゆることを計算可能にし、予測可能性を高める方向に進化してきた。しかしながら、それは動物とのコミュニケーションには適していないという。

「曖昧なものを曖昧なままで了解し合うのが、動物の、特に異種間のコミュニケーションなんですね。日常的に犬や猫といったペットと付き合っていても、彼らとは五感が違うわけだから決して同じ感覚にはならない。でもペットとは通じ合っているじゃないですか。

それは、お互いが了解している事項が違うかもしれない。だけどどこかで気持ちが一致していて、それでいいと犬も思っているし、人間も思っている。それでまったく不自由はないわけです。テクノロジーが進化していけば、犬が五感で感じていることをすべて情報として抜き出すことができるかもしれないし、人間の犬に対する感情を伝えられるようになるかもしれない」

■情報処理の加速度的発展が「情緒」を失わせる

「それは曖昧さを排除し、すべてを情報化する行為ですよね。でも、そこでぽっかり抜け落ちてしまうものがあって、それが『情緒』なんです。わたしたちは何かを判断する際に、知能の部分と、感じるという情緒の部分を併せ持っていて、判断はどちらがやっているかというと、実は情緒の部分がやっていることが多いわけなんですよ」

事実、ACI(Animal-Computer Interaction/動物とコンピューターの相互作用)と呼ばれる研究分野では、コンピューターを使って人間と他の動物間のコミュニケーションを実現するための研究も行なわれている。情報技術は人と人の距離を縮めるばかりか、異種間のコミュニケーションすら実現しようとしているのだ。

しかし山極は「曖昧さ」を「情緒」と言い換えながら、その価値を強調する。

「たとえ相手が99パーセント間違っているとわかっていても、情緒の部分で人を許すこともありますよね。将来的にはAIにも情緒をわからせることができるようになるかもしれませんが、与えられた情報からのみ判断を下す現在のAIでは、こういう判断はできない。情報にならない情緒が重要なんです。世界は情報だけでできているわけではありませんから」

■わからないものを向き合うことの意味

「情報化すれば、そのデータを解析して価値を与えることができる。価値化は目的に沿って行なわれますが、しかしそもそも地球や自然はなにか目的があって生まれているわけではないでしょう。だから、この世界には目的や価値といった判断軸で捉えられないもののほうが多いわけです」

曖昧さは、ここでは「わからなさ」とも言い換えられていたが、その価値とは何だろう。山極はそこに生命の本質を見るという。

「人間は、何かわからないものと向き合っていたいんです。他人のことはわからないからこそ、一緒に何かをしようという意欲が湧きます。相手のことが全てわかってしまったら、付き合ってもしょうがないわけです」
「わからないからこそ、知りたいと思う。AIもロボットも仲間にはならないのは、すべて外からわかってしまうから。生命の本質をもう一度人間のなかに認めないと、生きた社会はどんどん離れていってしまう気がします」

■AIは西洋思想の「到達点」「臨界点」

AIは西洋思想のひとつの到達点であると同時に、ある種の臨界点を示しているのかもしれない。山極は自らが参加した、フランスで開催されたシンポジウムの話をしてくれた。そのシンポジウムのテーマは「Does Nature Think?」。人間は自ら考える存在と言われているが、はたして自然自身は考えるのか。西洋哲学の立脚点に立てば、「自然は考える」とはみなされていない。だからこそ、いまこの問いに挑むべきだという。

「デカルトは『我思う、ゆえに我あり』と言って、人間を考える主体であると定義しました。しかし、日本の今西錦司や西田幾多郎はそれが間違いであると言っています。今西は『我感ずる、ゆえに我あり』だと。つまり、頭だけでなく身体性を持って考える存在と捉えたんです。人間は頭だけでなく、身体で物事を感じ、判断することが多い」
「例えば人が汗をかく場合、私が暑いと思ったから汗をかくわけじゃなくて、身体が暑さに反応して汗をかくから、脳が暑いと思うわけです。人は最初に暑いと思って汗をかいているわけじゃないんです。それが生きている人間です。そこが人間とAIの違うところ。そういう身体性の重要さを、復活させなければいけないと思いますね」

■西洋的ゼロサムの思想の行き詰まり

デカルトと今西や西田の間のこの立脚点の違いは、客観と主観の違いとも言いかえられるかもしれない。西洋哲学では、客観が重んじられ、その典型が数学だった。

「西田はそうは考えませんでした。主客は決して分かれるものではないと言ったんです。個というのは、すべて縁起の中で結ばれるものであり、取り出すことができない。ゆえに個は自律していないと言うんですよ。だから、自分の目から世界を見ることはできない。見ている自分を見ることができないから」
「主客合一、様々な視点で自分がその中に入ったような形で世界を認識するべきだと言っているんです。さらに西田哲学は西洋の排中律(注:論理の根本原理のひとつ。「いかなる命題も真か偽のいずれかである」という論理)ではなく、容中律(注:肯定でも否定でもないと同時に、肯定でも否定でもあるという論理)という考え方なんです」
「西洋的な自然科学はゼロサム(注:合計するとゼロになること。一方の利益が他方の損失になること)の思想なんですね。そして今の情報科学もゼロサムの思想を使っているでしょう。その排中律=ゼロサムの論理で世界を認識してきたわけですよ」
「だけど、容中律というのはゼロサムじゃないんですよ。是か否じゃなくて、両方是と見る考え方なんです。その容中律の論理が、ゼロサムで行き詰まっている現在には求められていると思いますね」

■「主客合一で自然との調和を図るべき」

社会の基本原理が西洋思想に基づいていることが、現代における環境破壊にも結びついているのではないか――山極はそう考える。

「人間は環境を客観視したがゆえに、自らの手で環境をいくらでもつくり変えられると思ってしまった。それゆえに地球環境は破壊され、人間自体もその環境に侵されている。もしかすると主客を分けるという考え方は間違っていたんじゃないか。主客合一という考え方に則り、自然との調和を図るべきではないかと考えているんです」

■人間よりも、ゴリラの方が偉大だと思える

世界的な類人猿学者として、世界各地のゴリラのコミュニティに入り、ゴリラたちと生活を共にしたことがある山極は、彼らと比較して「人間は、そんなに優秀にも幸福にもなっていない」という。

菅付雅信『動物と機械から離れて AIが変える世界と人間の未来』(新潮社)

「人間がゴリラやチンパンジーと比べて、脳も大きくなって優秀になったと思うかどうか。僕は人間がそんなに優秀になったとは思わない。ゴリラの方が偉大だと思えることはある。人間はゴリラの住処を遠く離れて、南極や北極にも住めるようになった」
「でもそれで人間は幸福になったのかと言われれば、そんなに幸福になっていないですよ。地球の環境をダメにしてしまって、その責任を今取りきれないでいる。人間自体もそういう人為的な環境にどんどん侵されて、汚染され、いろんな薬が必要になり、どんどん精神的にも病んでいるのは、決して進化とは言えないと思いますね」
「それは、人間の身体を狩猟採集時代に置き去りにしたまま、知能部分だけを発達させてしまった結果だと思うんですね」

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菅付 雅信(すがつけ・まさのぶ)
編集者、株式会社グーテンベルクオーケストラ代表
1964年生宮崎県生まれ。角川書店『月刊カドカワ』編集部、ロッキングオン『カット』編集部、UPU『エスクァイア日本版』編集部を経て、『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』の編集長を務めた後、有限会社菅付事務所を設立。出版からウェブ、広告、展覧会までを編集する。著書に『はじめての編集』『物欲なき世界』『これからの教養』等がある。アートブック出版社ユナイテッドヴァガボンズの代表も務める。下北沢B&Bで『編集スパルタ塾』を主宰。

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(編集者、株式会社グーテンベルクオーケストラ代表 菅付 雅信)

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