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テレビで善人面する「引き出し屋」の暴力的手口

プレジデントオンライン / 2020年1月14日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Six_Characters

「ひきこもり」の我が子を何とかしたい。そんな不安や焦りが新たな問題を招いている。ジャーナリストの池上正樹氏は「藁にもすがりたい親や家族を狙う『引き出し屋』が跋扈(ばっこ)している。テレビなどで取り上げられているが、数百万円の費用を請求するなど実態が悪質なものもある 」という――。

※本稿は、池上正樹『ルポ「8050問題」高齢親子“ひきこもり死”の現場から』(河出新書)の一部を再構成したものです。

■「暴力的支援」業者に子どもを託す親

公的な支援を頼ることができないとわかり、早くどうにかしなければと焦った「ひきこもり」当事者家族が、いわゆる「暴力的支援」とされる業者に依頼をしてしまうケースが続出している。「暴力的支援」とは、「ひきこもり支援」をうたう業者が、本人の意思を無視して、本人が望んでいない「支援」を押しつける行為全般のことだ。

対象者を無理やり自宅から連れ出すことから、「引き出し屋」とも言われるが、相手に暴力を振るっていなくても、ウソをついたり、騙したり、断れないように追い込んだりして、宿泊型の施設などに連れていく手法そのものが「暴力的」と言える。

こうした悪質な業者の特徴は、「ひきこもり」や精神疾患があってもなくても関係なく、家族からの依頼があれば、対象者を支配関係に置き、心に恐怖を植えつけて、思い通りにコントロールしようとする。自由や自己決定権を奪い、事実上の監禁状態に置かれることも少なくない。実際、そうやって連れて行かれた業者の施設などから脱走者が多発していて、人権侵害が行われているとの指摘もある。

業者の元から脱走や脱出した後も、夜中に悪夢でうなされて目が覚めるなど、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状に苦しむ人が多い。そのため、自分を売った親を一生恨み続け、家族関係は崩壊。ひきこもり状態をより強化させてしまった例もある。

■半年で800万円を請求された事例も

家族がこうした業者と安易に契約を結んでしまうと、3カ月で500万円、半年700万円~800万円という高額を請求されることもある。「自立支援」を謳いながら、支援プログラムやケアはまともに行われず、逆に本人が自立しようとする活動を妨害するなど、家族が事前に業者から受けた説明と大きく異なっているのが実態だ。

そのため、家族が契約を結んだ後、消費者トラブルになる事例も少なくない。筆者が把握しているだけでも、これらの業者などに対して、被害者や家族から5件の訴訟(うち1件は刑事告訴)が起こされている。さらに今後、複数の事例で法的措置をとる動きがあるなど、「暴力的支援」は社会問題化している。

公的な相談支援が頼りにならず、藁にもすがりたい親や家族にとっては、ほかに情報や支援メニューがないことから、こうした業者に頼らざるを得なくなるほど心が弱り、追い詰められているのも事実だ。しかし、本人のひきこもり状態の解消どころか、心を傷つける真逆の結果になりかねない。親は、違法行為に加担する加害者にもなるし、被害者にもなることを知っておく必要がある。

■悪質な業者に加担するマスメディア

メディアの中には、「勧善懲悪ストーリー」の仕立てに乗せられて、“支援”と称する悪質業者を宣伝したり、「支援の専門家」として取り上げたりしているものもある。しかし、こうした悪質業者をメディアが取り上げるという行為は、支援業者の「紹介したい事例」の宣伝に加担することにもなる。

そのストーリーの裏には、メディアに売られる当事者たちがいて、新たな被害が起きかねない。「ひきこもり」報道に関して大事なことを言えば、これまでの「レガシーメディア」がよくやるように、てっとり早く記事や番組を取りまとめたいと思って表向き活動している人に貼りつけば、PRと引き換えの記事が効率よく書けるだろう。

しかし、最先端の情報は出てこない。これは長年、取材をし続けている者としての実感である。参考までに、把握している限り、一連の事件以降、ひきこもり当事者グループの中には、メディアに同じ当事者を売るような事例は1つもなかった。

■川崎19人殺傷事件で活発化した「ひきこもりビジネス」

言語化すらできていない人たちの話をじっくり聞いていると、炙り出されるように社会が見えてくることがある。その中から、課題を構築していかないと本質的な取材はできないし、社会を動かすこともないだろう。メディアで「ひきこもり事例」を取り上げたいのであれば、そうやって面倒くささを積み重ねていくほうが、実はいちばんの近道なのである。

2019年5月には、ひきこもり当事者たちが結成した「暴力的『ひきこもり支援』施設問題を考える会」から、メディアがそうした業者の「勧善懲悪のストーリー」に乗ることがないように、「報道ガイドライン」と「ひきこもり当事者の権利宣言」作成のための協議の場を求める要望書が、ひきこもり家族会唯一の全国組織、NPO法人「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」(以下、KHJ家族会)宛てに届いた。

さらに、川崎通り魔殺傷事件の後、「ひきこもり」絡みの報道が過熱。こうした業者が再び注目を集めて有識者としてメディアに出たり、家族の元に「3カ月でひきこもりを解決させます」などと勧誘してきたり、営業活動を活発化させているとの報告もある。そこで、同家族会では、それらの方向も受けて、悪質業者の手口を把握するために、情報収集のための「暴力的支援に関するプロジェクト」を発足させている。

■親の心理につけ込む業者が野放しに

2019年6月に開かれた同家族会の全国支部長会議では、本人と親双方の被害体験者を招いて、情報共有のための報告会を行った。まず、大手企業の社員だった秋山隆幸さん(仮名)が体験談を話した。秋山さんは、「ひきこもり」ではなかったが、就職できない状態が続いた。ある日突然、一人暮らしをしていた部屋のドアが勝手に開けられた。

「福祉の職員」だと名乗る男性に鍵を開錠され、私物も持たされずに無理やり連れていかれた。その後、何とか脱走したものの、本人は「人権のない扱い」に、恐怖は消えず、今でも毎晩、連れ去られる夢を見るという。

次に、息子に暴力を振るわれた母親は、警察から「施設を探してください」と言われ、ネットで見つけた業者と契約。業者のホームページに民放局の番組が載っていたので安心したという。

「医療機関で診察もできるし、息子さんをいい方向に自立させます」と言われた。「おかしい」と気がついたのは、息子から「ここはおかしい」と連絡が来たためだ。法外な料金を取りながら、食事も粗末でジュース1つ買ってもらえない。最初の説明と違い、人を人として扱わず、対応がずさんだった。

多くの親は、練馬の元農水事務次官の事件のように追い詰められている。こうした心理につけ込んでくる業者への規制がなく、野放しになっていることに憤りを感じたという。

■焦り、不安、心のすきまを狙う悪質業者

こうした公的支援に取りこぼされた人々の焦りや不安、心のすきまを狙う悪質な業者は、全国にどのくらい存在しているのか、法規制の対象外のために責任の所在も明確でなく、どこも把握できていない。このような悪質業者を利用せざるを得ない家族が増えないよう、公的支援の充実が必要なのである。

そもそも、これまで国の「ひきこもり支援」は、内閣府の「子ども・若者育成支援推進法」を法的根拠にしてきた。若者という定義上、当初の支援対象者は34歳までだったが、その後39歳に引き上げられた。

これまでも述べてきたように、法的な理由だけでなく、従来のひきこもり支援の枠組みは、あくまで「就労」がゴールとされていたため、40歳以上を支援の対象に入れても「就労につなげにくい」「事業効果が出づらい」……そんな支援者側の思惑もあったと聞いている。

たとえば、40歳未満が対象の支援として、働くことに悩みを持った若者向けの支援機関である地域若者サポートステーション(サポステ)がある。厚生労働省が委託したNPO法人や民間企業が運営し、専門のスタッフが相談に乗ったり、コミュニケーション訓練などを施したりする施設だが、支援対象者の定義が曖昧で、以前は「ひきこもり」状態の人も含まれていた。

しかし、サポステの対象年齢は従来、40歳未満だったため、40歳以上の人が窓口に行くと「あなたは支援の対象ではない」と冷遇されてハローワークを勧められるか、あるいは「精神科へ行かれたらどうですか?」などと医療機関に誘導される──というのが、これまで当事者たちから聞かされてきた実態だった。

■「就労」がゴールとされる支援の矛盾

さらにサポステの相談窓口では、年齢だけではなく、相談者が就労に近そうか、遠そうか、という点においても選別されるようなところもあったという。これは、そもそもの国のつくった仕組みに問題がある。

サポステ事業は単年度契約でNPO法人や民間企業などが受託する形になっていて、次の年度に向けて契約を更新できるかどうかは、「就労率」などの「実績」が基準の1つだった。「就労率」とは、サポステ利用者の中から期限内にどれだけ就労者を生みだしたかを示したもので、運営事業者にとってはノルマのような扱いになっている。

その結果、就労率が少しでも高くなるようにと就労に近そうな人たちばかりを受け入れてきた支援機関は、スムーズに契約が更新される一方で、当事者たちとの関係性を大事にし、居場所などをつくって時間をかけた丁寧な取り組みをしてきた支援機関は更新されなくなるという、本来の支援の趣旨とは矛盾する実態になってしまった。

■「就労しても、生きづらさは変わらない」

KHJ家族会の調査によると、40歳以上で10年以上ひきこもっている人の7割以上は、就労経験者だ。内閣府の40歳以上のひきこもり実態調査でも、同じような結果が公表された。

「就労してもゴールではない」「就労しても、生きづらさは変わらない」

こうした声は、筆者が「ひきこもり」状態の当事者たちとの対話を通じて、彼らから繰り返し聞いてきた言葉である。このように、過去の就労で傷つき、トラウマのような身体反応を示す「ひきこもり」状態の当事者にとっては、一旦就労しても長続きせず、すぐに辞めてしまう人も少なくない。

しかし、従来の「ひきこもり支援」は、就労系の関係機関を中心に「ひきこもりから就労してもらうには、まず社会に適応できなければいけない」といった「社会に適合させるための訓練」に重きが置かれていたのだ。

「これまでの支援は、ひきこもりじゃない一般の人が受けても、耐えられないものだったと思う」

いみじくも、あるひきこもり当事者は、そう表現した。

■支援事業の設計がひきこもりの長期化を招いた

働きづらさの要因を何も解決できていないのに、「期限内に職場に押し戻そう」という目的のサポステ事業の設計そのものが、馴染まなかったのである。中には、藁にもすがる思いで家を飛び出して、施設にたどり着き、やっぱり他人と話すのがこわくて家に帰って……というのを何度も繰り返して、ようやく相談窓口にたどり着く人もいる。

そんな思いをしてやっとつながることができた担当者から、「あなたは支援の対象ではない」と冷たく突き放され、たらい回しにされたあげく、なんの支援にもつながることができなかったとしたら……。そんな目にあって深く傷つき、社会に戻ることをあきらめ、再びひきこもっていく人も少なくない。こうした状況が、ひきこもりの長期高齢化を招いてきた一因だ。

■社会に無理やり適合させる訓練は意味がない

これまで述べてきたように、国のひきこもり支援のゴールはあくまでも「就労」であって、社会に無理やり適合させるための訓練が主体のものだ。そんな支援はそもそも「ひきこもり」という心の特性には馴染まない。

池上正樹『ルポ「8050問題」高齢親子“ひきこもり死”の現場から』(河出新書)

一言で「ひきこもり」といっても、一律の状態ではなく、その背景も状況も一人ひとり違う。ただ、ひきこもる心性で共通している傾向として、真面目で心優しい人が多く、カンがいい。相手の気持ちがわかり過ぎてしまい、気遣いし過ぎて疲れてしまう。誰かに何かを頼まれると断ることができずに、後悔してしまうことなどが挙げられる。

高齢の親世代が生きてきた時代とは違い、今は頑張っても結果が出せるわけではなく、皆が余裕のない中でハラスメントも横行する。ひきこもる行為とは、そんな社会でずっと頑張ってきたものの、命や尊厳の危機を感じて、自分の価値観を守るための回避であって、自死ではなく生き続ける道としての選択肢であることを理解する必要がある。

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池上 正樹(いけがみ・まさき)
ジャーナリスト
1962年、神奈川県生まれ。大学卒業後、通信社勤務を経てフリーのジャーナリストに。ひきこもり問題、東日本大震災、築地市場移転などのテーマを追う。現在NPO法人「HKJ全国ひきこもり家族連合会」理事。

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(ジャーナリスト 池上 正樹)

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