日本を勝たせるため五郎丸歩たちが下した決断
プレジデントオンライン / 2020年1月17日 11時15分
※本稿は、荒木香織『リーダーシップを鍛える ラグビー日本代表「躍進」の原動力』(講談社)の一部を再編集したものです。
■NZ代表も実践したリーダーシップトレーニングとは
2012年、日本代表チームに就任したエディー・ジョーンズヘッドコーチ。そのエディーさんが、チームが抱えた課題のなかでも特に興味を示したのは、「リーダーシップ」と「コミュニケーション力」でした。
これらの力をつけるためにエディーさんが提案したのが、「デュアルリーダーシップ」です。
まずは、組織の軸になるようなコーチングスタッフによるリーダーシップ。
さらに、選手5~6名で形成するリーダーシップ。
この二本立てでチームをリードしていくのが、デュアル(2拠点)リーダーシップです。
スポーツ心理学を実践することでは世界一と言われるラグビーのニュージーランド代表が、同じような手法で2011年のW杯で優勝を成し遂げたことが紹介された文献があります。そこで、それを参考にしながら進めていくことになりました。
まず以下のような大まかなロードマップを、エディーさんと話し合って決めました。
【2年目:2013年】実際にプログラムを構築して、リーダーたちが取り組む
【3年目:2014年】W杯に向け、2年目に取り組んだ内容で練習していく
【4年目:2015年】TOP10を目指し、実際にW杯でリーダーシップを発揮する
このように、段階を踏みながらチームに挙げられた課題を解決していくのです。
そのためには、リーダーとして選ばれた4人の選手たちにリーダーシップのスキルをつけてもらうことが不可欠でした。リーダーがリーダーとして成長すれば、チームの成長を促進できます。
■菊谷、廣瀬、五郎丸、リーチに課された宿題
デュアルリーダーシップが成功するかどうかのカギは、選手数名のリーダーグループを作り、彼らにリーダーシップのスキルを身に付けてもらうことです。
そのために実行したのが「リーダーズミーティング」でした。
最初のリーダーズミーティングは、忘れもしない2012年11月1日。合宿のホテル前のスターバックスに、4人のリーダーが集合しました。
やって来たのは、菊谷崇、廣瀬俊朗、五郎丸歩、リーチ・マイケル選手の4人。
私が事前に得ていたチームの情報は、以下のようなものでした。
「W杯で1勝しかしたことのないチーム」
「日本代表として招集されても、断る選手さえいる」
つまり、ラグビー日本代表というチームへの帰属意識は非常に低かったのです。こうした状態を変えるためにも、まず選手がチームや仲間について興味を持つ必要がありました。
彼ら4人には、私からあらかじめ宿題を出してありました。
「質問を10個持ってきてください。チームやチームメイトに関する疑問や質問。内容は何でもいいし、答えが出なそうと思えるものでも構いません」
■勝てないチームが勝者の景色を想像する難しさ
そして集まった40の質問のなかには、「このままでやっていけるのか」という不安や「皆がジャパンに誇りを持っているかわからない」というチームへの帰属意識に疑問を持つ意見もありましたが、もっとも多かったものはこれです。
「TOP10入り後の日本ラグビー界の変化は、(世界からの視線も含め)どのようなものになるのか」
エディーさんが掲げていた「世界ランキング10位」は、チームで誰も経験したことのない目標でした。
その時点で、日本代表のランキングは15位。たった5つと思われるかもしれませんが、この5つを上げることがそう簡単なことではないと、選手は皆、知っています。まさしく未知の世界への突入だったのです。
それを達成したとき、どんな景色が見えるのかが知りたいというわけです。苦しいことに取り組む「やりがい」を明確にしたかったのだと思います。
しかし、勝ったことのないチームが、どうやってその景色を見に行くのでしょうか。
そこで出された結論は、「勝つ経験をする必要がある」ということでした。
目に見えることから取り組んでいって、「勝ちの文化」を作ろう。
そう5人で決めたとき、ラグビー日本代表の新たな歴史が始まった――メンタルコーチの立場から、私はそう考えています。
■五郎丸選手の目標は「練習中、声を出して褒める」
また、「一人ひとりが認められていると感じているか」を不安に感じる選手も少なくありませんでした。
そこでリーダーズと一緒に考え出した二つ目の取り組みが「仲間を褒め合う」でした。
失敗した仲間に大声で否定するより、前向きな言葉をかけ合う方がいい。良かったことやできたことに気づいて褒める方が、早く自信が付きます。
具体的な行動や、ラグビーのスキルについて「できる」という感覚を積み重ねることができたら、それはやがて自信につながっていきます。
そして、身近にいる選手の姿を見ると、「自分にもできる」といった感覚が生まれます。些細なことでも認め合い、褒め合うことによって個人とチームの自信につながります。
さらに、オフ・ザ・フィールド(練習や試合以外の場)のリーダーである菊谷選手は、チームにこんな目標を設定しました。
「練習や試合の後は、ロッカーやバスのゴミ拾いをする。手伝ってくれたチームメイトに『ナイス!』『ありがとう!』の声掛けをしよう」
それを自ら率先する菊谷選手の姿を見て、試合後はメンバー外の選手が同じような役割を果たすようになりました。リーダーの背中を見ながら、少しずつ整理整頓を徹底できる環境作りが選手間でできるようになったのです。
「練習中、声を出して褒める」
オン・ザ・フィールドのリーダーである五郎丸選手は、これを最初の目標にしました。彼のフルバックというポジションは、他選手の動きを見ることができます。であれば、もっと声を出すべきだと自分で考えたのです。
■日本人と外国人をつなげたリーチ選手の役目
そして、リーチ・マイケル選手は、日本人と外国人選手の間を取り持つ役目を担いました。
外国人といっても、見かけが日本人と違うだけで日本語を流暢に話せる選手はたくさんいましたし、反対に見かけが日本人でも、英語の方が得意な選手もいました。
ただし、日本語と日本の文化をあまり理解できない選手がいたことも確かです。
食事や移動などでは居心地が良いため、つい同じ母国語の選手が一緒になりがちで、外国語ばかりで話していると、周囲との距離がどんどん広がります。
そこでリーチ選手は、以下の目標を設定しました。
・ずっと外国人だけで行動しない
これらを意識して働きかけ、リーチ選手だけでなく、気づいたリーダーがあえて外国人が集まっているテーブルに入って食事をするなどしていました。
すると、彼らの日本語が上達すると同時に、日本人の英語力もアップ。言葉がパーフェクトでなくても互いを理解しようとする感覚が生まれたため、情報や感情の共有がうまくできるようになりました。
そのうえで、当時の廣瀬キャプテンが決めた目標はこれでした。
「個人を尊重して、失敗してもプレーを認めるような発言や行動を心がける」
廣瀬選手は中、高、大学、所属チームと、常にキャプテンという役割を経験してきており、リーダー経験が豊富でした。決して特別なオーラやカリスマ性があるようなタイプではありませんが、人の入れ替わりが激しいチームで、新たに加入した選手について常に興味を持ち、その都度の接し方を考えながら、丁寧にリーダーシップを発揮したのです。
■沈黙が続くウエイトトレーニングも楽しい時間にした
1年目に課題として挙げたポイントのうち「コミュニケーション力」や「フィードバックとコメントの受け止め方」については、より具体的に取り組んでいく必要があることをリーダーズも私も感じていました。
そこで2年目の春、最初に取り組んだのが、筋力や持久力などのストレングス(ウエイトトレーニング)のセッションを利用したコミュニケーション力の強化でした。
通常練習で「コミュニケーションの向上を」と言ってもなかなかうまくいきませんが、ストレングスのセッションはグラウンドでの練習と比べ、瞬時の判断をする機会が少ないのでコミュニケーションの場として適しています。
ストレングスについては、もともと気になっていることがありました。選手たちから前向きなエネルギーを感じることができないということです。
会話は最小限で、与えられたメニューを皆、一人で黙々とこなしています。声なく、お互いをサポートするような動きもありません。本当にラグビー選手が集まってウエイトトレーニングをしているのかと思うほど、静かで単調な空間でした。
実は、筋肉を鍛えるときは回数をカウントするとか、鍛えている筋肉を触ってもらって意識するなどすると、その効果はアップするそうです。もっと楽しくエネルギーのある空間に変えていく必要があると感じていました。
そこで、当時ストレングスコーチを務めていた村上貴弘さんに協力してもらい、以下のことを心がけました。
・必ずスポット(補助)をつけながら、カウントをする
・今、体のどの部分を鍛えているのかを確認する
■反省よりも、「できたこと」を確認し自信をつける
ちょっとした工夫でしたが、それによって選手たちは声を出すようになり、トレーニング空間に活気が生まれました。このことは、日に日に厳しくなっていくストレングスのセッションに耐えうる雰囲気作りにつながっていきました。
さらにコミュニケーション力アップに貢献したのが、廣瀬選手が提案した「バディーシステム」です。選手が2人組のバディーで話をする機会を設けたのです。
練習前には必ずミーティングがあり、コーチから全体に、またはポジション別に練習内容についての情報提供があります。その頃はまだエディーさんの日本ラグビーに対する理解も乏しく、あまりの情報量の多さに閉口する選手も少なくありませんでした。
そこで、練習前にキーポイントの確認をバディーで行い、練習終了後は、それぞれが戦術やメンタル、フィジカルについてのコメントをWebのクラウド上にアップする作業をしました。
特に、「今日できたこと」と「明日、修正したいこと」に分けて、コメントを作成しました。私たちはつい反省ばかりしがちですが、なるべく「できたこと」を確認しながら自信を向上させることや、明日の練習への目的を明確にして健康的なモチベーションを保つことを重要視したのです。
このような取り組みは、コミュニケーションスキルの向上だけでなく、目標設定・達成のスキル向上にもつながります。また、その日の練習でできたことを確認するため、「自分はきっとできる」という自己効力感の向上にもつながります。
入れ替わりの激しいチームだったこともあり、バディーシステムは最後まで有効な手段の一つとなり、少しずつ形を変えながらも最後まで機能したのです。
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園田学園女子大学人間健康学部教授/博士(Ph.D. スポーツ科学)
中高及び大学在学中は陸上競技短距離選手。スポーツ心理学などを学び、米・北アイオワ大学大学院で修士、ノースカロライナ大学大学院グリーンズボロ校で博士課程を修了。エディー・ジョーンズヘッドコーチ(当時)に請われて、2012年から15年までラグビー日本代表のメンタルコーチを務めた。現在は大学での教育・研究活動のほか、最新の科学的知見を取り入れたメンタルトレーニングのプログラムやセミナーを、アスリートやアーティスト、そしてビジネスパーソンに提供している。アジア南太平洋スポーツ心理学会副会長や日本スポーツ心理学会理事など役職も多数。著書に『ラグビー日本代表を変えた「心の鍛え方」』(講談社+α新書)。 ㈱CORAZONチーフコンサルタント。https://corazonmental.com
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(園田学園女子大学人間健康学部教授/博士(Ph.D. スポーツ科学) 荒木 香織)
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