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累計200万部突破「イマドキ児童小説」の意識の高すぎる中身

プレジデントオンライン / 2020年2月25日 11時15分

画像=『動物と話せる少女リリアーネ』1巻の表紙

ドイツ発の児童小説『動物と話せる少女リリアーネ』(学研プラス)がシリーズ累計200万部を突破した。ライターの飯田一史氏は「装丁のイラストはかわいらしいが、小説のテーマは環境問題や人種差別、LGBTなど社会派だ。大人でも関心を持ちづらいテーマに、子どもたちが熱中している」という――。

■イマドキの子どもたちに愛される“意識の高い”ヒット作

2019年、気候変動に警鐘を鳴らしたスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんに注目が集まった。同年代のミレニアム世代を中心に共感を呼び、彼女の呼びかけたデモには世界各地で行われた。

環境問題を“意識の高い”話題だと揶揄する大人もいる。しかし筆者自身、幼少期を振り返ると、オゾン層破壊のニュースを見聞きして深刻に気に病んでいた。子どものほうが環境問題に敏感なのかもしれない。

その象徴ともいうべき“意識の高い”ヒット作がある。特に世界中の女子小学生から熱烈な支持を受けているドイツ発の児童小説『動物と話せる少女リリアーネ』である。

『動物と話せる少女リリアーネ』1巻の表紙。主人公の少女と動物たちがかわいらしく描かれたカバーイラスト、キラキラとした装丁が特徴的だ。
『動物と話せる少女リリアーネ』1巻の表紙。主人公の少女と動物たちがかわいらしく描かれたカバーイラスト、キラキラとした装丁が特徴的だ。

ドイツでの刊行開始はは2007年から。日本では2010年から刊行が始まり、シリーズ累計200万部を突破。欧米圏や東南アジア圏を中心に各国に翻訳されたほか、ドイツでは実写映画化もされている(日本では未公開、DVD発売のみ)。

主人公は、どんな動物とも話せる少女リリアーネ。さらに彼女が笑うと花がさいたり、植物が元気になったりもする。しかしその秘密が周囲に知られるとこれまではひどく気味悪がられ、一家は3回も引っ越し、リリアーネは転校をくりかえしている。

新しい家のとなりに住む少年イザヤも、ある秘密を抱えていた。イザヤはいわゆるサヴァン症候群と呼ばれる天才少年。人並み外れた知能を持ち、様々な分野の知識をへたな大人よりも持っている。けれどイザヤも、勉強ができすぎることで同年代の人間たちからガリ勉扱いされ、敬遠された経験があり、ふだんはその能力を隠している。

そんなリリアーネとイザヤがある日出会い、動物園などで起こる事件に巻き込まれながらも持ち前の行動力によって解決していく、という物語だ。

■母親はバリキャリ、父親は主夫……多様性重視のリベラルな作風

「もし動物と話せたら楽しいだろうな」と幼少期に想像してみたことのある人は多いだろう。そういうキャッチーな設定と親しみやすいイラストがまずは子どもを惹きつける。

しかし、それのいったいどこが意識の高い内容なのか? と思うかもしれない。実はしっかり中身を読んでいくと、多様性重視のリベラルな作風であり、子どもたちに深く考えさせるストーリーだということがわかる。

『動物と話せる少女リリアーネ』13巻の表紙。
『動物と話せる少女リリアーネ』13巻の表紙。

リリアーネの家族は、ママはテレビのレポーターで、バリバリのキャリアウーマン。パパは植物に関する専門的な知識を持っているが、現在は主夫として妻や娘を支える。そして祖母は機械や工作に強い。

いかにもドイツらしいと言うべきか、ジェンダー平等に対する意識の高さを感じさせる、リベラルな家庭像である。そして多様な家族が存在するがゆえの悩み、苦しみを描いていく。

リリアーネのママは、夢がかなって政治番組の司会者になる。母親が「最高の番組にするためなら、なんでもやる」と言ったのを聞いたリリアーネは、「ママは今よりもずっと家にいなくなるのか」と感じて悲しくなる。リリアーネが「親がいるのってすごくつらいことね」と漏らすと、親友イザヤは「いないのはもっとつらいよ」と自身の実感を込めて言う。

■題材は親子関係の難しさ、人種差別、性的マイノリティ……

また、リリアーネをいじめる姉妹が登場するが、彼女たちは実は親から虐待されていたことが判明する。妹のほうは徐々にリリアーネと打ち解けていくが、対照的に姉の方は悪事から抜け出せずに施設送りになる。

小学校中高学年向け小説であるにもかかわらず、このように家族ごとにある親子関係の難しさをここまで正面から描くのだ。

さらに動物の話ではあるが、ライオンとトラの種族を超えた愛や、ペンギンのオスの同性愛を描く。これらは実話をもとにしたエピソードではあるが、動物をたとえに反レイシズム(人種差別)やLGBTQ(セクシャルマイノリティ)の存在を自然に扱ったものだと言える。『動物と話せる少女リリアーネ』はこうした題材を通じて、世の中には多様なかたちでの愛や家族のありかた、価値観があるのだと読者に伝える。

■「個性」や「人と違う」の意味を子どもたちに突きつける

先ほどの述べたように、リリアーネの持つ「動物と話せる」「植物の発育を促進できる」といった能力は「魔女」と揶揄され、いじめられ、彼女が何度も転校する理由になっている。天才少年イザヤにとっても、賢すぎることは「ガリ勉」などとバカにされる部分であり、隠したいものになっている。

他人にはない優れた能力であるにもかかわらず、それらは主観的には弱点であり、人には見せたくないものである。これは子ども時代を振り返れば、多くのひとに心当たりがあるものだろう。勉強ができるとか、何かに詳しいといった「他人との差異」は、からかいの対象になりがちだ。

けれども、それこそが誰かを救うことができる、自分らしい個性だったとリリアーネたちは気づいていく。

「この作品では動物が『どうして人間は、ぼくたちにそんなことをするの?』と素朴に問いかけてくるんです。それは人間本意な考えからだったり、人間同士なら『普通でしょ?』『当たり前じゃん』で片付けられがちな問題だったりします。その問題を、本書は目をそらさずに読者に突きつけてきます」(学研プラス 幼児・児童事業部 絵本・読み物編集室読み物チーム岡澤あやこ氏)

読者は作品から投げかけられる「普通って何だろう?」という問いに自分なりに考え、反芻する。もっとも、動物の種を超えた愛や同性愛を描いても子どもたち(特に年齢が低い層)は「そこに引っかかったりせず、先入観があまりないため『そうなんだ』と柔軟に受けとめている印象です」(岡澤氏)。

■ときには“エグい”問いかけも辞さない

また、動物をテーマにした作品だけあって、世界各地の実話も参考にしながら、密漁や動物虐待などの問題はもちろん、環境破壊や気候変動による絶滅危惧への警鐘も扱っている。しかもそれはたんに「自然を守ろう」と素朴に訴えるものではない。

たとえば第12巻ではアフリカのナミビアを舞台にする。そして観光資源となっている欧米人のトロフィーハンティング(野生動物を狩猟してその皮を剥ぎ取ったり剥製にしたりするスポーツ)を拒否すれば現地の人の生活は立ちゆかなくなるが、それでも動物を守るか? それとも……とリリアーネを通じて、読者に問いかける。

トロフィーハンターは「みなさんが今夜めしあがったステーキだって、動物がぎせいになっているじゃないですか」「あなたは自然を守るためになにをなさったんです?」と突きつけてもくる。

最終的にはリリアーネとイザヤが思い切った行動をすることで問題は解決に向かう。だがおそらく子どもたちはこれを読んで、「生きていくためにはお金が必要」ということ「自然や動物を守る」ことを両方大事にしていく――まさに“持続可能な開発”を目指す――にはどうしたらいいのか、深く考えるはずだ。

■手軽な児童小説が、国際的なニュースの話題と接続する

小学3~4年の子どもたちからは「初めて長い物語を全部読めた!」「リリ楽しい!」という感想が多い。それが高学年になると物語と国際的なニュースとがリンクしていることに気づき始め、「将来は環境を守る仕事に就きたい」といった感想が来るようになるという。

「色々な要素が詰まっていますが、やはり『リリアーネ』は『子どもたちの冒険』であることを大切にした作品なんです。大人目線で読むと時折『おいおい、イザヤとふたりで夜中に抜け出しちゃうの?』『え、猛獣のいる檻のカギを開けちゃうの?』と思うこともあるでしょう。けれど、子どもが主役の冒険物語だからこそ、読者が自らを重ね合わせて『ここに書いてあることは自分たちの問題だ』と思って読むことができるんです」(岡澤氏)

この記事では『リリアーネ』が「一見かわいいが実は社会派」であることを強調してきた。ただもちろん、子どもたちは何より「おもしろいから読む」。これは大前提だ。

キャラクターが魅力的でストーリーテリングが優れているからこそ、説教くささを感じずに読者は作品から問いかけを受け取る。そしてそれが子どもの心に響く問いだからこそ、彼女たちは考える。

グレタさんを「変わった考えの珍しい子ども」と思うのは間違いだ。たとえ声高には叫ばなくても、今の世界に対する問題意識を抱えた少女たちが世界中にいる。動物たちを通して気候変動から児童虐待が子どもの発育に与える影響といった社会問題にまで踏み込んだ『リリアーネ』の世界的なヒットが、その証拠である。

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飯田 一史(いいだ・いちし)
ライター
マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャーや出版産業、子どもの本について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』(星海社新書)、『ウェブ小説の衝撃─ネット発ヒットコンテンツのしくみ』(筑摩書房)など。グロービスMBA。

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(ライター 飯田 一史)

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