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日本社会が「不倫バッシング」で過熱しやすい脳科学的理由

プレジデントオンライン / 2020年3月5日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AntonioGuillem

人はなぜ不倫をするのか。脳科学者の中野信子氏は、「不倫は子孫を残すための本能的な行為だ。不倫は悪いことだという価値観は、人類の長い歴史から見ると後付けにすぎない」という——。

※本稿は、中野信子『空気を読む脳』(講談社+α新書)の一部を抜粋、見出しなど再編集したものです。

■「懲らしめなければ」という心理

著名人の不倫が立て続けにニュースになり、規模は違うけれどそのつど「不倫バッシング」が起こります。あたかも誰かの不倫が発覚するのを常に多くの人が望んでおり、ひとたび不倫が報じられればみなが待っていましたとばかりにその人物をバッシングする……。

肉食魚のいる水槽の中に肉片を落とすと一瞬でその周りに肉食魚が群がってきますが、ほとんど似た構図のようにさえ見えてきます。

不倫の是非はさておき、自分とまったく関係のない人をバッシングするのは悪いことではないのでしょうか?

そもそも、あなたのごく身近に不倫を経験した人物が……いや、ほかならぬあなた自身も経験があるのでは?

なぜ人は不倫をするのでしょうか?

そして、なぜそれをバッシングすることが、エンターテインメント化してしまうのでしょうか?

不倫という言葉に過剰に反応し、発覚した人物を積極的にバッシングしようとする人は、「他人の不幸の上に自分の幸せを築く行為だから」「子どものことを考えるべき」「オレも(あるいは、私だって)、本当はパートナー以外の人との関係を持ちたいのにあいつだけいい思いをしてお咎(とが)めなしとは許せない」「社会の規範に反する行為を見逃すべきではない」と、それぞれの「正義」を盾に不倫バッシングを正当なものとして認識しています。

■そもそも、なぜ不倫は悪いことなのか

共通するのは、自分は正義の側にあり、悪いことをした人間を「ほかならぬ私が直々に懲らしめてやらなければ」という心に燃えている点です。

不倫は昔から芸能ニュースの「鉄板ネタ」ではありました。古くは沢田研二さんと田中裕子さんの略奪婚、松田聖子さん、津川雅彦さん……もう枚挙にいとまがありません。伝統芸能の世界や政界もしかり。“隠し子”がいた歌舞伎役者や国会議員など、数え上げようとすれば近年だけでも両手どころでは足りないかもしれません。

しかし、以前は現在ほど不倫に対して世間の目が厳しくなかった、という声が聞こえることもしばしばです。それではなぜ、不倫バッシングがこれほど猛烈になってきたのでしょうか?

そもそもなぜ不倫が「悪」とされるのか?

拙著『不倫』(文春新書)でも詳しく書きましたが、まずはそのメカニズムからお話しするほうがご理解いただきやすいかもしれません。

■不倫はフリーライダーのようなもの

人類は共同体の中で、一定のコストを負担する見返りとして、共同体からリソース(資源)の分配を得て生活しています。たとえば、私たちは税金や社会保障費用を納める代わりに、インフラや医療の恩恵を受けられます。

しかし、中にはコストを負担せず、「おいしいところどり」する者も出てきます。これをフリーライダーと呼びます。フリーライダーはアリやハチなどの社会にも見られますが、一定の割合を超えてしまうと、共同体のリソースは減るばかりです。

……たしかに不倫をする人は、フリーライダーと言ってもよいかもしれません。(現在の)社会規範に反しているからこそ「不倫」と呼ばれるわけですから。

フリーライダーがひとたび検出されるとどうなるか。集団内の人が、その人にフリーライドを改めてもらえるよう、何らかのかたちでアラートを発します。アラートの段階で行動が改められない場合、そのフリーライドをなんとか食い止めるため、実力行使してでも制裁を加える必要が出てきます。そうしなければ、集団内のすべての人に「なんの制裁も受けないならフリーライドしたほうが得」という戦略が広まり、集団そのものが崩壊してしまうからです。

■結束の強い社会ではフリーライダー叩きが激しい

肉体の脆弱(ぜいじゃく)性と子育て期間の異様な長さのために、集団で生き延びることが種の保存に必須であるために社会性が大きく発達した生物である人類には、フリーライダーの検出機能と排除の機構がほかの生物よりずっと強力に組み込まれているのです。

集団内におけるフリーライダーを検出する心理モジュール(構成部品)として、やっかいなことですが「妬(ねた)み」の感情が使われていると考えることができます。

不倫をする有名人は、「一夫一婦制」という共同体のルールを守らず、ごく個人的な快楽を貪っている……つまり、「コストを払わずにおいしい思いをしている」ように外野からは見えるのでしょう。

それが集団内のほかの人の「フリーライダー検出モジュール」に火をつけてしまうのです。

ところで、愛情ホルモンとして知られる「オキシトシン」という脳内ホルモンは近しい人との愛着を強め、集団の結束を高める働きがあります。日本人は地理的環境のせいか、世界的に見ると集団があまり流動的でなく、集団の結束を個人の意思より優先することを美徳とする傾向があります。

愛情ホルモンは一見、素晴らしいもののようなのですが、妬みの感情をも同時に高めてしまうという性質も持っています。つまり、集団の結束が強い社会では、人々はフリーライダーのバッシングに熱心になりやすくなるのです。

とりわけここ10年来、大規模な災害が相次いだことで日本社会は「絆」――集団の結束をより重視する社会に比較的シフトしています。大きな災害や戦闘行為など、私たち人間は集団の結束を必要とする事態にしばしば見舞われますが、集団がそうした状態にあるとき、フリーライダーにはより厳しい視線が向けられます。

■不倫バッシングをする人は社会性が高い?

利己的な振る舞いをしている人がいると、いつも以上にバッシングされやすくなる――その格好の対象のひとつが「不倫」です。

ようするに、バッシングすることそのものがエンターテインメントとして機能する素地が、集団の結束を強める外的要因によって整えられる、ということになるでしょう。

ただし、バッシングにもコストがかかります。たとえばバッシングしたり抗議の電話をかけたりするのには、それなりに労力も時間も必要です。また、相手によっては名誉棄損(きそん)だと訴えられてしまう場合もありますし、リベンジされるリスクもあります。

ですが、不倫バッシングを「楽しむ」側にとっては、そのコストを支払ってでも、バッシングによって得られる快感——相手がみじめな姿をさらすことでほっとしたり、胸のすくような思いをしたりする——を手放せないわけです。

また、不倫バッシングは、自分が「正義」の側にいることを確認する行為でもあります。これにより、脳はさらなる報酬を得ることができるのです。

このように書くとバッシングをする人を責めているように見えるかもしれませんが、この人たちは社会性の高いきわめて人間らしい人たちとも言えるのです。補足すると、社会のルールを守る誠実で善良な人ほど、逸脱者への攻撃に熱心になる傾向があることが、複数の研究で報告されています。

■「ダメな男」はなぜモテるのか

もうひとつ不思議なのは、人を騙(だま)したり、あちこちに借金を抱えていたり、トンデモないウソつきだったりするダメ男が、なぜか絶世の美女を次々にものにしていたりすることです。それに類する事件は多くの週刊誌などでこれまで取り上げられてきていますが……これは一体なぜなのでしょう?

『サイコパス』(文春新書)の中でも解説していますが、女性は、サイコパス、マキャベリスト、ナルシストの3要素を持っている男性に惹かれやすいことがわかっています。この3要素はダーク・トライアドと呼ばれます。まさに典型的なダメ男、といったところでしょうか。

ただ、ダーク・トライアドの男性は、「新奇探索性(リスクを冒してでも新しいものごとに挑む性質)」が高く、性的にもアクティブなので、遺伝子を広く拡散する性質があります。

つまり女性にとって、ダーク・トライアドの男性と子孫を残し、そこに半分、自分の遺伝子を乗っけてしまえば、その子孫も同じようにあちこちで遺伝子をばらまいてくれる可能性があり、効率よく自分(女性)の遺伝子も次世代につないでくれる確率が上がる、というわけです。

でも、一方ではダーク・トライアドの男性と関係を持つと、恋愛関係や結婚生活そのものは破綻しやすく、面倒なことにもなりかねません。また、不倫と呼ばれる関係にもなってしまいやすく、世間からバッシングされるリスクも高くなります。

■理性よりも強い力が「ダメな男」を求めている

それでも、これが抑止力にならないのは、理性よりも強い意思決定の機構が脳に存在するからです。

ダーク・トライアドの魅力に抗えないのは、脳の中の古い皮質が私たちに指令を出しているからです。つまり個体として安定した日常生活を送るよりも「遺伝子を効率よく残したい」という、より根源的な欲求が優先されるというわけです。一方、「不倫がバレると社会から罰せられるから、やめておこう」という考えは、理性を司(つかさど)る新しい皮質による判断です。

新しい皮質はアルコールやストレスなどで麻痺(まひ)しやすく、いわば、タガが外れやすい。「酔った勢いで、つい」といった一夜のあやまちが起きやすいのはそのためです。

こうした視点から見てみると、私たちは脳や遺伝子に踊らされて不倫をしたりバッシングをしたりしている、ということにもなるわけです。

人類は、母親が子育てにかけるコスト(時間、労力)が非常に大きい生物種です。子どもを産むと、数年間は子育てに多くのリソース(資産)を割かなければなりません。誤解を恐れずに言えば、その間、オスが自分の遺伝子を残せる別のメスを求めて外に出るのは、個体数の増加という観点から見ると、効率的な試みです。

私たちの脳や遺伝子は今でもその仕組みを残しています。

一夫一婦制が定着したのは、農耕が始まって規模の大きい集団生活を営むようになってからだというのが有力な考え方のようです。集団の規模が大きくなっても乱婚を続けていると性病が蔓延(まんえん)して共同体が存続しにくくなったため、一夫一婦制が定着したとの学説もあります。

■「不倫が悪いのは常識」と言い切っていいのか

一夫多妻は今でもイスラム圏では認められていますし、乱婚が残っている社会も多く見られます。どの婚姻形態が繁殖適応的であるかは環境条件に左右されます。

一夫多妻、多夫一妻、一夫一妻など、ある地域に生きる集団にとってそれが繁殖に最も適応的な婚姻形態だったから、そこでスタンダードになったということにすぎません。

いずれにせよ、私たちが「倫理的」ととらえているものは人類の長い歴史の中で見れば自明のものではないのです。ごく最近形成されたものかもしれず、「不倫や乱婚=悪」といった考えも、一夫一婦制が定着したのちにあとづけで広まった概念だと疑ってみるべきでしょう。

こうした背景を知ると、著名人の不倫で大騒ぎしたり、その人の全人格を否定してみたくなったりする人間の存在を振り返ってみたとき、時間をかけてそんなことをするのがなんだか滑稽に見えてくるのではないでしょうか。

■2人に1人は不倫しやすい遺伝子を持っている

実は最新の研究によって、ある特定の遺伝子の特殊な変異体を持つ人は、それを持たない人に比べて、不倫率や離婚率、未婚率が高いことがわかってきました。

その遺伝子を持つ人は、性的な行動だけでなく一般的な行動においても違いがあり、たとえば「他者に対する親切な行動」の頻度が低いこともわかっています。これが「不倫遺伝子」の正体ではないか、とも言われています。

それらは気の遠くなるような進化をくぐり抜けてきている一方で、私たちの倫理的価値観は、宗教的観念の発達によって、わずか数百年のうちに急激に変化したものにすぎません。

人口のおよそ50%はこの「不倫遺伝子」を持っているとの報告もあります。なんと、2人に1人は不倫型というわけです。生まれつき「一夫一婦制の結婚には向かない人」がいる、ということを、ぞっとするような思いでとらえる人もいるかもしれません。

ただ、少なくとも、「夫の浮気の原因は妻の性格や振る舞いにある」などと無神経に断罪するよりは、かえって気が楽になる人もいるのではないかと想像したりもします。

このように、ある人物の振る舞いが一夫一婦制に合致するかどうかは、本人の意志や努力という要素よりも、遺伝子や脳の仕組みによって決まっている部分が大いにあるのです。

■倫理が優先される世界では人類が滅びる可能性も

一方、不倫が芸術作品の原動力になってきた面もあります。柳原白蓮、林芙美子、太宰治、瀬戸内寂聴、檀一雄……不倫を創作のエネルギーにしてきた作家は枚挙にいとまがありません。

海外を見ても、不倫を芸術作品に昇華させた著名人は、ゲーテ、ハイドン、チャイコフスキー、ジョン・レノン、エリック・クラプトン……こちらも数え上げればきりがありません。

中野信子『空気を読む脳』(講談社+α新書)
中野信子『空気を読む脳』(講談社+α新書)

不倫戦略が繁殖適応的である環境が存在する以上、この先不倫がなくなることはないだろうと考えられます。むしろ、繁殖適応的でもないのに人間のあとづけによる「倫理」があらゆる環境で優先されていけば、人類そのものがなくなる可能性すら生じます。

一方で、ややこしいことですが、社会性を優先し、不倫バッシングを「快感」とする機構が私たちの脳に存在する以上、不倫バッシングもなくなることはないでしょう。

バッシングされてしまうとわかっていても、不倫をしてしまう、他人のことをとやかく言えた義理ではないのに、自分のことは棚にあげて、不倫バッシングにいそしむ……この絶対的自己矛盾の中で人類が生きているからこそ、さまざまな物語が生まれるのかもしれません。

とはいえ、ごく個人的には、やっぱりパートナーが不倫したら割り切れない気持ちは残るかもしれないなあ……というのも本音ではあります。

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中野 信子(なかの・のぶこ)
脳科学者、医学博士、認知科学者
東京大学工学部応用化学科卒業。同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務後、帰国。脳や心理学をテーマに、人間社会に生じる事象を科学の視点をとおして明快に解説し、多くの支持を得ている。現在、東日本国際大学教授。著書に『サイコパス』(文春新書)、『キレる! 脳科学から見た「メカニズム」「対処法」「活用術」』(小学館新書)、『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)ほか多数。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

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(脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子)

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