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なぜいいアイデアは「ぼーっとしている時」に出るのか…脳専門医が「創造には集中より分散」と考える理由

プレジデントオンライン / 2024年4月3日 7時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/syan

なぜいいアイデアは入浴中や散歩中といった「ぼーっとしている時」に浮かびやすいのか。千葉大学脳神経外科学元教授の岩立康男さんは「脳には集中系と分散系という2つのシステムがある。集中から解放されて一息ついた時こそ、分散系が働いて、直観が働く」という――。

※本稿は、岩立康男『直観脳』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

■「集中」には新しい発想は必要ない

「集中力が直観を妨げる」と言うと、違和感を覚える人も多いのではないだろうか。

一般的には、「集中することは良いこと」とされてきた。「あの人は集中力がある」と言えば、普通は誉め言葉である。「集中力がある」というのは、ある一定の時間、少なくとも数時間は同じことに取り組んで仕事をしている状態を指すのだろう。わき目もふらず課題解決、目標達成に取り組んでいくことは、時に必要であるし、悪いことではない。

ここでの“仕事”とは、データ整理であったり、何かを作ったり、あるいは計算をしたりといったことだ。つまり、やるべきことが決まっていて、それをこなしていく作業である。そこでは新しい発想などはあまり求められない。むしろ、余分なことは考えずに業務をこなしなさい、そのために集中しなさい、といった意味合いが強いのではないだろうか。

およそ世の中の仕事と呼ばれるものは集中力を必要とするものばかりであり、その中で技術を磨いていくことになる。したがって、集中力が重要であることは論を待たない。

私にとって「集中」の最たるものは「手術」である。特に脳の手術は命に直結する部位の操作となり、術者は極度の集中と緊張状態にある。目の前にある術野が、病変のどの部位にあたるのか、そこに危険な血管や重要な機能部位がないか、常に自分の空間認知能と術前のシミュレーションを頼りに絞り込んでいく。そのような場面で、新しい研究の着想が浮かんだり、昨日診た複雑な症状を呈する患者さんの診断が浮かんだり、といった経験は当然ながらないわけだ。

■集中していない時にこそアイデアは湧いてくる

手術というのはやや特殊な例かもしれないが、一般的に何かに集中してその作業に取り組んでいるような時に、新しい着想が生まれたという話はあまり聞かない。作家へのインタビュー記事などでも、作品のイメージは全く別のことをしている時に「浮かんでくる」あるいは「降りてくる」と表現されることが多く、集中力を発揮して「つかみに行く」ということはまれなようだ。一つのことにのめり込みすぎてしまうと、アイデアは湧いてこないようである。

科学技術の概念を持つ抽象的な幾何学的人物
写真=iStock.com/koyu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/koyu

やるべきことが決まっており、解決すべき問題が存在し、目標がはっきりしていれば、あとは集中してその解決に取り組んでいけばいいだけだ。だがその一方で、やるべきことを決める段階、新しいことを創造する段階では、何かに集中することはマイナス要素となってしまうのである。目の前に問題がなく、自分で問題を見つけてこなくてはならない状況において、集中力を発揮して、すなわち脳の一部だけを使って「自分が解決すべき問題は何だろう?」と繰り返し問うても、何も発想は得られないだろう。

むしろ、集中から解放されて一息ついた時こそ、現状打開につながるような方針が見えてきたり、創造につながるような直観が働くのである。この直観がいつ生まれてくるかと言えば、「脳を広く使えた時」であり、無意識の中の記憶どうしが予想外のつながりをした時なのである。

■脳を「広く使う」にはどうすればいいか

では一体、どうすれば脳を広く使うことができるのか? そのためには、ここまで説明してきたように「集中しないこと」が重要になる。集中している時は、それに関わる脳部位だけをまさに「集中的に」使っており、効率的に脳を広く使うことを妨げてしまうからだ。

また、一つ注意しておいてほしいのは、最も顕著に集中をもたらすものは、恐怖や怒り、不安といった「ネガティブな情動」であるという点だ。これらは、側頭葉の深部にある「扁桃体」という部位で生まれる。

恐怖をもたらす状況は、場合によっては命にかかわるような危険を伴う可能性があるため、扁桃体は過剰に反応して警報を鳴らすことになる。我々は、その状況と戦うのか、逃げるのかを即座に判断して行動に移すことが必要だ。あるいは不安をもたらす対象が頭から離れなくなってしまう。つまり、脳はネガティブな情動において、その対象に対して「集中」した状態となり、他の部位は抑制されてしまう。こういった状況では直観は生まれてこない。

■脳の2大システム「集中系」と「分散系」

直観を得るうえで必要なのは、意識の「集中」ではなく「分散」なのである。本稿では、直観に密接に関わっている脳の2大システム「集中系」と「分散系」について見ていこう。

派手な鯉
写真=iStock.com/subinpumsom
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/subinpumsom

広範な大脳皮質に蓄えられた意味記憶は、人生を重ねるにつれて増えていく。経験や知識は、その多くが失われることなく蓄積し、無意識の中で膨大なネットワークを作っている。

その全てを言葉として明確に、自在に取り出すことはできないが、このネットワークをうまく使って判断を行えば、過去の経験値を全て含んだ「バランスの取れた意思決定」ということになる。そして、何かの出来事、刺激をきっかけにしてこれまでとは違う記憶どうしがつながり、新たな意味合いを持って意識のもとに現れてきた時が、「創造」と言われる脳の働きである。

こういった脳の働き方を可能にするには、脳の広範な領域が有効に結びつく必要がある。どのようにして、そういった結びつきが可能になるのだろうか?

その大きなヒントを与えてくれるのが、「集中系」と「分散系」という脳の2大システムだ。

■「ぼーっとしている時」に活性化するネットワーク

いろいろな課題をこなすうえで、意識を集中させている時に活性化するのが「集中系」の脳領域であり、前頭葉や頭頂葉の外側大脳皮質が中心となって活性化している。これは脳科学の専門用語では中央実行系ネットワークと呼ばれており、集中系ネットワークの中心となる。

しかし、fMRIを用いた研究で見出された最大のネットワークは、何か目的を持って活動している時に、常に抑制されている領域だったのである。「常に抑制されている」というのは実はすごいことで、脳は常に一体として働いているということの裏返しでもある。そして、集中系はその作業の種類によって働く脳部位が異なるが、分散系は常に同一領域が働いており、脳が一体として働くために重要な役割を演じていることになる。

つまり、脳は分散系を使うことによって広い範囲を有効に活用できるのである。さらに驚くべきことに、この部位は何もしていないでぼーっとしている時に活性化している領域と一致していたのである。この領域は、専門用語でデフォルトモード・ネットワークと呼ばれ、「分散系」の中心となる部位だ。

■大脳の広い領域を均等に活性化する分散系

なにか集中して課題をこなしている時に、常に抑制されている部位が分散系であるということは、集中系と分散系はお互いに抑制し合う関係にあることがわかる。片方が働いている時に、必ずもう片方が休んでいる。これはつまり、両者は表裏一体であり、常に緊密な連携を取りながら働いているということだ。

分散系というのは、作業に集中して脳の一部だけ使っている状態ではなく、大脳の広い領域を均等に活性化するためのシステムだ。作業に集中している時には必ず抑制されているため、「脳を広く使おうとする時には、何かの作業に集中していてはいけない」ということになる。

分散系は、ぼーっと景色を眺めている時や、散歩、入浴中、睡眠(レム睡眠という夢を見ている睡眠)などにおいて活性化する。ぼーっとしている時に活性化しているとは言っても、その時いったい分散系は何をしているのだろうか? 分散系の働きについてはまだ研究途上であるが、無意識の中にその本質があると考えられている。

■思わぬ記憶どうしが結びついて新たな発想が生まれる

そして、現在多くの研究者の見解が一致している分散系の重要な働きは、「記憶の統合と整理」である。夢を見ている時に、過去の出来事が何の脈絡もなく現れたという経験をしたことはないだろうか? これは、分散系が大脳に広く蓄積された記憶にアクセスしていることを示している。分散系は、今自分が経験していることを、過去に築き上げた自分の記憶・歴史の中に矛盾なく組み込んで、記憶を編集していくうえで重要な役割を果たしているのだ。

そして分散系が働いている時は、脳の広い部位が活性化することによって、思わぬ記憶どうしが結びついて、新たなものの見方や新たな発想が生まれてくる可能性が高くなる。これこそが「考える」ということであり、その過程は無意識の中で行われ、多くの試行錯誤を経て「直観」として姿を現すことになる。その働き方は決して効率的にプログラムされているわけではないので、実は多くの直観は時間をかけて生み出されていると考えられる。

分散系の働きは「創造力」を生み出すためにも必要だ。実際に見たり聞いたりしてはいないものについて考えるためには意味記憶のネットワークが必要であり、どの記憶とどの記憶を結びつけるかによって、想像の世界は、ほぼ無限と言ってもいいくらいの多様性が生まれてくる。

■無意識の中で行われている膨大な仕事

もう一つ、分散系は感情を生み出す時にも重要な働きをしていると考えられている。さまざまな知覚情報を、ある感情として大まかに捉える時に分散系が必要になるのである。情動を感情として認識するためには、大脳皮質に蓄えられた多くの記憶を参照する必要があるからだ。

岩立康男『直観脳』(朝日新書)
岩立康男『直観脳』(朝日新書)

そして、これは上記の想像力とも関係することであるが、「心の理論」あるいは「社会脳」と呼ばれるような、他者の気持ちや考えを推測する時にも分散系が活性化することが示されている。

オックスフォード大学のロジャー・マースらは、社会的な認知・行動を行う際に活性化する脳部位が、上記の分散系の脳領域とほとんど一致することを見出した。また症候学的にも、帯状回の病変で、人の表情からその感情を読み取ることができなくなることが知られている。

この分散系は、私たちが意識していなくても、無意識の中で膨大な仕事をしている。脳は重量からすれば体の2%程度を占めるにすぎないが、エネルギーは全身の20%を消費している。そして、意外なことに、何か目的を持った活動をしても、エネルギー消費の上昇はわずか5%以下なのである。

つまり、脳は意識的には何もしていない時でもかなりのエネルギーを使っており、その量は何か仕事に集中している時と同じくらい大きいということだ。特に、睡眠時間の約20%を占めるノンレム睡眠と言われる時間には、強く活性化していることが知られており、我々の脳機能を支える重要な働きをしていると考えられる。

この意識されていない脳の働きこそ、脳を支える最も本質的な部分なのかもしれない。

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岩立 康男(いわだて・やすお)
東千葉メディカルセンター・センター長
1957年東京都生まれ。千葉大学脳神経外科学元教授。千葉大学医学部卒業後、脳神経外科の臨床と研究を行う。脳腫瘍の治療法や脳細胞ネットワークなどに関する論文多数。2017年、脳腫瘍細胞の治療抵抗性獲得に関する論文で米国脳神経外科学会の腫瘍部門年間最高賞を受賞。著書に『忘れる脳力』『直観脳』(いずれも朝日新書)など。

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(東千葉メディカルセンター・センター長 岩立 康男)

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