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国民の不安を煽るだけの安倍首相と、国民に寄り添う他国リーダーとの本質的違い

プレジデントオンライン / 2020年3月2日 17時15分

2月29日、内閣広報室は安倍内閣総理大臣記者会見をライブ配信 - 写真=首相官邸YouTubeより

2月29日、安倍晋三首相は新型コロナウイルス対策について初めて記者会見を開いた。その内容をスピーチのプロはどう見たか。コミュニケーションストラテジストの岡本純子氏は「なにが伝えたいのがわからず、国民の不安を煽るだけだった。ニュージーランドやシンガポールの首相とは対照的だ」という――。

■安倍首相会見は、国民の不安を煽るだけだった

2月29日、安倍晋三首相は新型コロナウイルスの対策について、初めて会見を行った。この「国難」を乗り越えるため、国のトップのスピーチはどうあるべきか。他国の事例を踏まえながら考えたい。

まず、このタイミングで「初の会見」というのが驚きだった。トップがきっちりと直接メッセージを発するというのは危機管理の定石だ。なぜ安倍首相が率先して迅速な情報開示を行わなかったのか。

この間、安倍首相は感染症の専門家や実務家とコミュニケーションを密にとっていたわけでもなかった。1月30日になって「新型コロナウイルス感染症対策本部」が設置されたが、当初の会議時間は10分~15分程度。また夜は懇意にしている評論家や作家、経営者らとの会食を繰り返し、身内の議員の誕生会に出席することもあった。

オフタイムにはしっかり休養を取るというのも重要だ。だが、不眠不休で身を挺して働いている現場はそれをどう受け止めるか。その関心と興味は半径10メートル以内の近しい人々のみ、という印象さえ受ける。

そして国民は完全に取り残されている。マスクはない、除菌スプレーもない、おまけにパニック状態にあるからなのか、トイレットペーパー、ティッシュ、おむつ、生理用品、飲料水なども店頭から消えている。

学校現場は、突然3月2日からの臨時休校を言い渡され、混乱を極めた。休講を告げられて喜ぶ子供も多かったようだが、休みが長引くにつれて「外に出てはいけない」という事態に戸惑っている。しかも友達にしっかりと別れを告げることもないままに、卒業式という一生に一回の晴れの機会も奪われてしまった。親たちは、遊び盛りの子供たちの面倒をどう見ればいいのか途方に暮れ、仕事と育児の両立に悩んでいる。

それだけではない。続々と仕事がキャンセルになり、「自粛」「自粛」と連呼され、一体、これから、どうやって生活を成り立たせればいいのか。国民の間には不安が広がっている……。

■連夜の「お友達」との会食を指摘され「何かいけないのか」と開き直る

われわれは「当たり前の日常」を失った。その一方で、2月28日の衆院総務委員会では立憲民主党の議員から「会食が相次いでいる」と指摘されると、「何かいけないことなのか」と開き直る。その様子をみると、国民や医療現場の痛みや悲鳴が首相の耳に届いているようには思えないのである。

日本食堂
写真=iStock.com/ES3N
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ES3N

今回の会見の内容もそんな「ひとごと」のような言葉が並んでいた。

この会見には多くの問題点があった。左右に置いたプロンプターを振り子のように順番に見ながら、一言一句漏らさず読み上げたために、自身の言葉という感じがまったくしなかった。首相の「気持ち」が伝わってこないのだ。

記者会見は約36分間だった。そのうち19分間は安倍首相のスピーチ。質疑応答は残りの17分間だけで、しかも事前に提出されていた5つのメディアに応じるだけだった。安倍首相は国民の疑問には答えず、一方的に説明するだけで、すぐさま私邸へ引き上げた。

■いったい何を伝えたいのかがわからない

最大の問題点は「いったい何を伝えたいのかがわからない」ということだ。

経営者や政治家などのスピーチで重要なことは、伝えたい「キーメッセージ」を明確にすることだ。それができていなければ、メッセージを聞き手に刷り込むことができない。

木に例えると、幹(キーメッセージ、結論)があって、枝(根拠、ポイント)があって、最後に葉(具体的事例)がある。この会見では具体性の乏しい無数の葉が、だらだらと羅列されただけだった。

イベントの中止、学校休止、事業者への話、おくやみ、PCR検査、治療体制……。ずらずらと話は続いたが、①問題→②原因→③解決法→④展望→⑤アクション、というロジカルスピーキングの基本にのっとって説明すれば、もっとわかりやすくなったはずだ。

つまり、①②しっかりと現状説明し、現在わかっている原因・背景を簡潔に述べる→③その解決策として、例えば、A:教育現場での対策、B:経済施策、C:医療体制といったようにポイントを分け、順番に話す→④それにより収束するという展望を見せる→⑤そのために、「ですから皆さんぜひ、●●をお願いします」と協力を呼びかける、という格好だ。

しかし安倍首相のスピーチは、このロジカルスピーチの基本がおろそかになっていた。最初に現状説明をしなければいけないのに、それは省かれており、いきなり「躊躇なく対策を講じてきた」と胸を張る。すべてが後手後手に回ったと思っている聞き手の耳には、その先の言葉が入ってこない。

■戦時中の「欲しがりません勝つまでは」を彷彿とさせる根性ワード

また、解決法については、「盤石な医療体制を構築していきます」「未来を先取りする変革を一気に進めます」「努めてまいります」「増強されます」「整えます」とどれもぼんやりした未来形だった。「ということは、今まで何もやってこなかったのか」という絶望感にとらわれた人もいたはずだ。

会見は「キーメッセージ」が見えないまま進んだが、その途中で「自分はその最前線に立っている」とでもいうような勇者めいた発言があった。

「今回のウイルスについてはいまだ未知の部分がたくさんあります。よく見えない、よくわからない敵との戦いは容易ではありません。政府の力だけでこの戦いに勝利を収めることはできません」

2月29日、内閣広報室は安倍内閣総理大臣記者会見をライブ配信
写真=首相官邸YouTubeより
2月29日、内閣広報室は安倍内閣総理大臣記者会見をライブ配信 - 写真=首相官邸YouTubeより

これでは不安を煽るだけだ。続けて、「一人ひとりの国民の皆さんのご理解、ご協力が欠かせません」と呼びかけた。一体なにを理解して、なにに協力すればいいのかわからない。戦時中の「欲しがりません勝つまでは」を彷彿とさせる根性ワードが散りばめられ、聞き手にはモヤモヤ感だけが残る。

首相は「さまざまな課題・不安・意見」と繰り返したが、これは「いろいろありすぎて、整理できていない」と言っているのと同じだ。

われわれは日本のリーダーである首相に寄り添ってほしかったし、不安をしずめてもらいたかった。しかし、国民の不安を分かち合おう、軽くしようという気概は微塵も感じられなかった。

■NZ首相は何度も何度も「prepared(準備完了)」と繰り返した

ここで、ほかの国のリーダーの例を見てみよう。

例えば、ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相。2月29日に、最初の感染者が出たことを受け、会見でこう話した。

「私が訴えたいのは、ニュージーランドはこうしたシチュエーションに適切に対応できるということです。公衆衛生に携わる官僚や専門家(の知見)は世界でもトップクラスであり、医療施設も十分に準備できています」

アーダーン首相は相談センターの電話番号を書いたパネルの前で会見し、何度も何度も「prepared(準備はできている)」と繰り返した。

■安倍首相がお手本にすべきシンガポール首相のメッセージ

また、シンガポールでは、2月8日、リー・シェンロン首相がスピーチという形でこんなメッセージを出した。

「今日はあなた方に直接、今の状況、そして何が待ち受けているのかをお話したいと思います。われわれは17年前にSARSを経験しており、コロナウイルスに対応できるよう、しっかりと準備ができています。われわれは十分な量のマスクと個人用の保護用品を確保しており、医療施設も拡張し、改善させてきました。ウイルスについて、より高度な研究能力を実現し、医師・看護師はさらに訓練されており、心理的にも準備ができています。シンガポール人は何を予期し、どのように対応するのかを知っているのです。何より大事なのは、SARSを克服し、私たちはこの問題を乗り越えることができることをわかっていることです」

国民の不安をやわらげようと、語り口はとてもやさしく、聞き手を勇気づけるものだった。さらに、「頻繁に手を洗い、目や顔に触れないように」、「医師に相談するように」、「インスタントラーメンや缶詰、トイレットペーパーを買う必要はない」などの具体的なアドバイスをしたうえで、「団結して解決をしていきましょう。 良識ある予防策をとり、お互いに助け合い、落ち着き、私たちの生活を続けていきましょう」と結んだ。

スーパーマーケットで販売するためのティッシュロールのパック
写真=iStock.com/Praneat
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Praneat

■一国のリーダーが友人との会食ごっこをしている時間はない

シンガポール在住で現地の会社役員を務める日本人女性・簡 希実子さんは、こうした対応を手放しで評価した。

「旧正月のころ(1月の終わり)のずいぶん早い時点から政府(健康省)が段階的に厳しくいろいろと規定を発令したので、そろそろ収束への道が見えてくる予感がする。マスクが入手できなくなるパニックを避けるためにも対策が練られるなど、徹底的な対策がとられてきた。首相のスピーチは、国民がパニックに陥らないようにと、助け合いと一体感を呼びかけており、一連の対応は機敏で、本当に素晴らしい。あっぱれだ」

筆者は長年、コミュニケーション研究家として、安倍首相の伝え方戦略を中立の立場からウォッチし続けてきた。これまで安倍首相は、アメリカ議会での英語演説やリオ五輪閉会式でのパフォーマンスなど、徹底的に「見せ方」を意識し、スピーチにはこだわりを見せてきた。

しかし、そういう「お祭り」ではそれなりに人々に訴えることができても、「国難」というここぞのときのスピーチはおざなりな印象をもつ。これは超長期政権のレイムダック(死に体)を意味しているのかもしれない。それほどまでに生気もやる気も感じられないのだ。

世界的危機の中で、一国のリーダーが友人との会食ごっこをしている時間はないはずだ。この国難には全国民が一丸となって立ち向かうしかないのだから。

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岡本 純子(おかもと・じゅんこ)
コミュニケーション・ストラテジスト
早稲田大学政治経済学部卒、英ケンブリッジ大学大学院国際関係学修士、元・米マサチューセッツ工科大学比較メディア学客員研究員。大学卒業後、読売新聞経済部記者、電通パブリックリレーションコンサルタントを経て、現在、株式会社グローコム代表取締役社長(http://glocomm.co.jp/)。企業やビジネスプロフェッショナルの「コミュ力」強化を支援するスペシャリストとして、グローバルな最先端のノウハウやスキルをもとにしたリーダーシップ人材育成・研修、企業PRのコンサルティングを手がける。1000人近い社長、企業幹部のプレゼンテーション・スピーチなどのコミュニケーションコーチングを手がけ、「オジサン」観察に励む。その経験をもとに、「オジサン」の「コミュ力」改善や「孤独にならない生き方」探求をライフワークとしている。

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(コミュニケーション・ストラテジスト 岡本 純子)

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