新型コロナウイルスの感染が拡大しても満員電車がなくならない理由
プレジデントオンライン / 2020年3月12日 6時15分
■定時出社を続ける経営トップの意識は
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、安倍首相は全国の小中高等学校に臨時休校を要請しました。国として大きな危機感を抱いていることの表れだと思いますが、一方で各企業は学校にならって休業することは容易ではありませんので、活動を継続させながらの感染防止対策を進める必要があります。
実際、一部の企業ではラッシュアワーの通勤を避けたり在宅勤務を奨励したりし始めました。しかし、東京の通勤電車は今も混雑が続いています。これは、多くの企業が従来通りの“定時出社”を続けているからだと思われます。
出社や退社の定時は、その企業における働き方の基本ルールとも言えるものですから、社員の声だけではなかなか変えられません。変えるには、経営トップによる明確な意思表示が必要でしょう。つまり、その人たちが感染防止や働き方について、どんな意識を持っているかにかかっているのです。
これまでも、自然災害や東京五輪などに備えて「働き方を柔軟にすべき」という声は上がっていました。そうした声をきっかけにリモートワークを取り入れる企業も増え始め、今では成果や効率がアップしたという良い前例もできつつあります。
この流れは少しずつ進んでいくと思いますが、現状ではまだ「社員は皆、同じ時刻に同じ場所で働くもの」という考え方の人が多数派のようです。実際、政府がサテライトオフィス勤務や在宅勤務などを含む「テレワーク」を推進し始めてから何年もたちますが、今回の感染を受けての動きが始まるまでは、あまり広がってきませんでした。
■ミスやクオリティーの低下に不寛容な日本社会
一定数の人たちが、リモートワークやテレワークを敬遠するのはなぜなのでしょうか。一つの理由は、取り入れた時のメリットよりも、失敗した時のデメリットに意識が向いているためだと思われます。
リモートワークが未経験の企業であれば、ミスが増えるのではないか、仕事のクオリティーが下がるのではないかと不安が先立つことでしょう。この場合、「今のままでうまくいっているんだからわざわざ変えなくても」という結論になりがちです。
しかし、導入した結果どうなるかは、やってみなければわからないこと。今はリモートワークが定着している企業も、導入時には多少の不安があったはずです。それを想定し、許容した上で導入して「やってみたら意外とできるじゃん」と思えたから続いているのではないでしょうか。
ところが、日本社会は概してミスに不寛容です。顧客に対して失礼があってはならないと考え、顧客側がミスのないクオリティーの高い仕事ぶりを「当然のもの」として要求することもたびたびです。
これでは、働き方を変えるのに及び腰になっても仕方がありません。日本でリモートワークが広がるには、まず多少のミスやクオリティー低下も許容する姿勢が必要だと思います。新しい働き方は、まずやってみることが大事。トライしてみて不具合が出てきたら、そこを一つずつ埋めていけばいいのです。
仕事を受ける側も発注する側も寛容になること。そして、不具合が出たらその都度改善していけばいいと考えること。経営トップがこの2つを意識できるようになれば、どんな時にも定時出社を死守させるような企業は減っていくのではないでしょうか。
■顧客に対して強気になれる上司が必要
日本の管理職、店舗であれば店長の中には、部下や店員がミスをした時に客に謝るのが自分の仕事だと考えている人も少なくないようです。しかし、そもそも顧客の要求自体が理不尽だったとしたら、トップがすべきなのは謝ることではなく、それをはねつけることです。「当社はこういう働き方を推進しているので」と堂々と言えるトップが増えれば、日本の働き方改革はもっと加速するはずです。
ただ、話は簡単ではありません。こうした姿勢を貫けるのは、自社の商品やサービスに自信のある企業だけかもしれません。顧客を広告や営業力だけで必死につなぎとめている企業は、そうはいかないでしょう。売り上げを顧客と営業マンとの人間関係に頼っている企業は、顧客の要求を全て聞いてしまいがちで、自然と社員の働き方もきつくなります。こうした構造の会社では、働き方改革もなかなか進みません。
■ヨーロッパに“きつい会社”が少ない理由
日本には、まだこうした企業のほうが圧倒的に多いように思います。ヨーロッパの多くの国できつい働き方の企業が少ないのは、労働者側が「それなら辞めます」と言いやすいから。失業保険や転職支援が充実しているので、一つの企業にしがみつく必要がないのです。
一方アメリカは、失業保険は手厚くありませんが、転職がヨーロッパ以上に盛んです。雇用の流動性がとても高いため、これまた一つの企業で我慢し続ける必要が小さくなります。ヨーロッパでもアメリカでも、働き方がきつい企業は人が辞めていく、つまり淘汰されていく圧力が働きやすいのです。
日本も、失業保険や失業中の再就職支援を手厚くするか、雇用を流動的にするか、どちらかの手を打てば、企業側は淘汰されないよう働き方改革に取り組まざるを得なくなります。しかし、残念なことに、いまのところ日本はどちらにも進みそうにありません。
転職市場はアメリカほど活性化しておらず、失業保障も手厚くしようという議論は起こっていません。職務や勤務地を選べないメンバーシップ型雇用や年功序列、柔軟性に欠ける勤務体系など、働くにあたって不利な条件も密集しています。
■日本型の働き方が引き起こした弊害
こうした日本型の働き方は、元はどれも良かれと思ってつくり上げられたものですが、結果として会社への従属やジェンダーギャップ、満員電車といった弊害も生み出してしまいました。このように意図とは異なる結果が起こってしまう──これを、社会学では「意図せざる結果」と言います。
新型コロナウイルスの感染拡大が懸念されても、満員電車がなくならないのは、働き方改革が進んでいなかったからです。そして働き方改革が進まなかったのは、「意図せざる結果」として、日本型の硬直した働き方やミスに不寛容な社会が出来上がってしまったからと言えるでしょう。
リモートワークをはじめとする多様な働き方の実現は、女性活躍にも介護離職の防止にも欠かせません。今回の感染拡大は残念なことではありますが、せめてこれを機に、各企業で働き方の見直しが進むことを願っています。
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立命館大学教授
1970年福岡県生まれ。93年一橋大学社会学部卒業、99年同大学大学院社会学研究科博士後期課程単位取得満期退学。主な研究分野は家族社会学、ワーク・ライフ・バランス、計量社会学など。著書に『結婚と家族のこれから 共働き社会の限界』(光文社新書)『仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか』(中公新書)などがある。
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(立命館大学教授 筒井 淳也)
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