日本が30年間も「英語教育政策」で右往左往している根本原因

プレジデントオンライン / 2020年3月18日 9時15分

立教大学の鳥飼玖美子名誉教授 - 撮影=原貴彦

2020年度に始まる大学入学共通テストで「英語の民間試験」の導入が土壇場で見送られた。これに限らず、日本は30年間、「英語教育政策」で右往左往している。原因はどこにあるのか。立教大学の鳥飼玖美子名誉教授は「『話す力』を『英会話』と考えることが根本的におかしい」と指摘する――。

※本稿は、鳥飼玖美子・齋藤孝『英語コンプレックス粉砕宣言』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■本当に測りたいのは「話す力」

【齋藤】文科省が民間試験を導入しようと考えた主な理由は、スピーキングの強化ですか?

【鳥飼】文科省というか、そもそも今回の大学入試改革は、産業競争力会議から上がってきたもので、産業界の要請に政界が応えたと言われています。自民党教育再生実行本部の会議では、楽天の三木谷浩史・代表取締役会長兼社長が、大学入試にはTOEFLを使うべきだと強く主張して、安倍内閣の私的諮問機関である教育再生実行会議で民間試験導入の方向が決まったと報道されています。TOEFLだけでは他の民間試験が黙っていないので、「TOEFL等」と「等」がついて、他の業者も参加することになりました。「四技能」を測るため、と言っていますが、本音は「話す力」です。しかし話す力を測るのは大変で、大学入試センターでは対応できないだろうから、民間試験に委ねるとなったようです。「ようです」というのは、実際にいつの会議で「民間試験に丸投げ」が決まったのか、議事録がないので分からない。なんだかよく分からないうちに、あっという間に決まった感じです。

【齋藤】その発想を持たれた方々は、おそらく外国人が集まるパーティーで会話することができず、コンプレックスを抱えたという原体験があるんじゃないでしょうか。(笑)

■30年続けた英語教育政策の間違いに誰も気づかない

【鳥飼】それ、冗談ではなく本当にそうなんですよ。衆議院議員の遠藤利明さんが、自民党の教育再生実行本部長のときに、「夜のパーティーとか、みんなでわいわいやっている場での会話」は大事なのに「悔しいことに英語で話せない」と発言していました。

ただ以前から、「使える英語」への要請は強かったんです。発端は1986年の臨時教育審議会第二次答申です。その後、経済界は一貫して政府に英語教育の改革を要請してきましたし、文科省はそれを受けて、1989年の学習指導要領改訂で英語教育の目的は「コミュニケーション」だと宣言して、「オーラル・コミュニケーション」という科目まで作りました。そして2003年の「英語が使える日本人」の育成を目指す5年間の行動計画を始めとして、「使える英語」「英語を話す力」を目指して「慢性的改革症候群」と呼びたいくらい頻繁に抜本的改革をやってきたんです。

30年も英語教育改革を必死にやってきて成果が上がっていないのだから、「話す力」を「英会話」だと考えて邁進してきた英語教育政策が間違っていたわけですが、誰もそうは考えないようです。まだ足りない、もっとやれ、大学入試でスピーキング力を測れば話せるようになるだろう、と民間業者に丸投げの共通テストまでやろうとしたわけです。国語と数学の記述式問題も含めて、今回の入試改革は無理だと最初から分かっていた人が、現場にも教育界にも多かったと思います。

あまり指摘されませんが、この一連の英語教育改革の非常に大きな問題点は、日本語との関係を希薄化させていることです。外国語の学習には母語が重要なのに、それをいっさい切り捨てようとしている。つまり小学校も中学校も高校も、英語は英語で学びましょう、とにかく話せるようになりましょう、という方針なんです。

■「ペラペラ話す力」より「読む力」を測るべき

【齋藤】スピーキングに対するコンプレックスは、日本人全般にありますね。英語を「ペラペラ」に話せればカッコいい、たどたどしいジャパニーズ・イングリッシュでは恥ずかしいと。しかしそれは、大学入試で試すべき力なのか。

【鳥飼】本当にそのとおりです。ペラペラと話したい人はそういう努力をすればいい。それに大半の大学では、すでにスピーキングに力点を置いた英語教育になっています。

だから大学の入試選抜では、高校で学んだ基礎力、特に読む力を測るべきでしょう。あるいは個々の大学ごとに、「うちは特にスピーキングができる学生が欲しいから、民間業者のテストを利用したい」という判断はあり得ると思います。

■そもそも「四技能」は別々に学ぶものではない

【齋藤】だいたい制度というものは、一気に変えるより徐々に改良していくほうがいい結果を生みやすい。現在の英語のセンター試験の場合、すでにリスニング問題は組み込まれています。だからそれをより重視する方向で改良すれば、コミュニケーションに関する能力は測れると思いますけどね。

【鳥飼】その通りで、四技能を個別に測る必要はないんです。これまでのセンター試験では、「読む力」と「聞く力」を測ることで、総合的に発信能力も見ようとしていました。それでいいんじゃないかと思いますけどね。四技能というのは、外国語教育で昔から言われてきたことですが、別々の技能を教えるのではなく、読んだことをもとに書いたり聞いたり話したりして、総合的に学ぶものです。試験だって総合的な力を測定すれば良いので、なぜ「スピーキング力」を別に測定しないとならないのか解せません。国立大学が民間英語試験のスコアを出願資格にするということは、英会話ができないと国立大学を受験できないことになってしまいます。

それに「話す力」というのは採点が恣意的になりやすい。「話す力」の何を採点するのか、採点基準をどうするのか、誰が採点するかなどによって結果が違ってきます。

■試験での話す力と、現場で話す力は別物

【齋藤】どう採点するのかというのは、非常に難しいですよね。

【鳥飼】海外にデータを送って採点してもらうという民間試験が複数あります。「一部海外」とか「アジアや欧米などの海外拠点」とか。採点者の要件も、「英語の教授資格、三年以上の指導歴」としている試験団体もあれば、業者による「面接や試験など」としか公表していない民間試験もあります。

そもそも選抜試験で話す力は測定できるのか。あるいは測定する必要があるのか。私の答えは両方とも「NO」なんです。正確に測定するなどできないし、必要もない。

選抜試験で話す力を測るとすれば、会話の定型表現を覚えているかどうかを見るのでしょう。つまり暗記力の測定であって、現実の場での話す力を測ることにはなりません。

【齋藤】話す力というと、言葉が次々に出てきて自在にコミュニケーションできる力、というイメージがありますね。しかし試験で点数をつけるとすると、ある程度記憶したフレーズで測るしかない、と。

【鳥飼】そうです。外国語を習得する場合、基本的な語彙や語句や定型表現を覚えて練習することは重要です。でも、それだけでは、すぐに話せることになりません。

■「マークシート=ただの暗記」という勘違い

【齋藤】基本的なフレーズの記憶を測定するのであれば、それは筆記試験でも可能ではないでしょうか。たとえば会話文の一部分を空欄にして、そこに当てはまる文はどれか、という選択問題にすればいい。

【鳥飼】それがセンター試験のマークシートで今までやってきたことですよね。そのほうがむしろきちんと測れます。

【齋藤】マークシートというのは、単に暗記力を試すだけではなく、活用力を含めて測れるわけです。一部には「設問が単純になる」という批判もありますが、それは違います。

そこをあえて変更し、受験生の発音を直接聞いて測定するつもりだった、と。では、その採点基準はどうなっているのでしょう?

鳥飼玖美子・齋藤孝『英語コンプレックス粉砕宣言』(中公新書ラクレ)
鳥飼玖美子・齋藤孝『英語コンプレックス粉砕宣言』(中公新書ラクレ)

【鳥飼】それがよく分からないんですよ。文法が正確かどうか、発音やイントネーションが流暢かどうか、どちらの比重が重いのか、民間試験ごとに違います。

TOEFL iBTのスピーキングだと、「話し方」として発音やアクセント、明確さ、「ことばの使い方」で語彙、構文、文法、表現、「論理展開」で一貫性、的確さ、具体性などをみます。IELTSのスピーキングは、「流暢さと一貫性」「語彙力」「文法の正確性」「発音」の四要素です。発音については、「正確」「聞きとりやすい」などの基準にしている民間試験が多いですが、どこまで母語の影響を受けた英語が許容されるのか。どういう英語なら英語として通じるのかというのは微妙なので、厳密な採点基準は難しいでしょう。

■厳密に採点できるのか、疑問が多い

【齋藤】しかも、各業者によってもバラバラなわけですよね。たとえば日本語で話す力をテストすると考えてみると、なかなか難しい。まして英語となると……。

【鳥飼】採点しやすいように、短く一言で答えられるような設問にして答えさせるのだとしたら、実際にコミュニケーションに使えるかどうかは判定できないでしょう。

【齋藤】英作文でも、長くなると採点基準が複雑になって難しいですよね。話すとなると、そこに発音などの不安定な要素も加わります。厳密に採点できるのかという疑問が残ります。

【鳥飼】採点者が聞き取れない場合はどうなるのか。英語としては正解でも、発音が聞き取りにくい場合はどうなるのか。難しいですよね。

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鳥飼 玖美子(とりかい・くみこ)
立教大学 名誉教授
東京都生まれ。上智大学外国語学部卒業。コロンビア大学大学院修士課程修了。サウサンプトン大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。国際会議、テレビなどで、同時通訳者として活躍後、立教大学教授に転身。1998~2004年までNHK「テレビ英会話」講師、2009年〜2018年3月までNHK「ニュースで英会話」講師と監修、2018年4月〜2020年3月までNHK「世界へ発信! SNS英語術」講師、「ニュースで英語術」監修。専門は、英語教育論、言語コミュニケーション論、通訳翻訳学。著書に『子どもの英語にどう向き合うか』(NHK出版)『英語教育の危機』(筑摩書房)『ことばの教育を問いなおす』(ちくま新書)など。

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齋藤 孝(さいとう・たかし)
明治大学文学部教授
1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業後、同大大学院教育学研究科博士課程等を経て、現職。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。ベストセラー作家、文化人として多くのメディアに登場。著書多数。著書に『ネット断ち』(青春新書インテリジェンス)、『声に出して読みたい日本語』(草思社)、『語彙力こそが教養である』(KADOKAWA)『新しい学力』(岩波新書)『日本語力と英語力』(中公新書ラクレ)『からだを揺さぶる英語入門』(角川書店)等がある。著書発行部数は1000万部を超える。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」総合指導を務める。

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(立教大学 名誉教授 鳥飼 玖美子、明治大学文学部教授 齋藤 孝)

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