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ガラガラの飛行機を「乗ってくれてありがとう」と見送った地上職員の本音

プレジデントオンライン / 2020年3月11日 18時15分

おぽおぽ(@DQN9)さんのツイートより

■52万以上の「いいね」を集めたメッセージの裏側

マスクが足りない。検査薬が足りない。ドラッグストアのトイレットペーパーの棚も、いまだに空っぽだ。ドラッグストアの従業員は謝り疲れている。電車で咳をすればケンカが起きる。

新型コロナウイルスへの不安と日常生活を取り戻せないいら立ちが、ウイルス以上の破壊力で世の中を覆い始めた。

そんななか、3月7日土曜日、ツイッターで「事件」が起きた。あるユーザーがアップした1枚の写真が次々とリツイートされ、52万以上の「いいね」を集めたのだ。

圧倒的な支持を集めたのは、怒りや批判ではなく、「乗ってくれてありがとう」のひと言だった。

 

航空業界は混乱している。コロナウイルスの影響を受けているのはスカイマークだけではない。搭乗客数の急減で、国内外で減便や休便が増えている。イギリスでは地域航空会社の経営破綻も起きた。

スカイマークの搭乗率も、これまで年間平均で83~84%、2、3月期は80%台だったが、直近では50%台を下回る日も出ている。

空港も機内も閑散としている。搭乗客だけでなく、航空業界で働く人たちも不安だろう。それなのに地上で働いている人が、身長と同じくらいはありそうなメッセージボードを首から提げて、全身で手を振ってくれている。

搭乗客の見送りに使われた「大変な時ですが乗ってくれてありがとう」というメッセージは、結果として日本中に届くことになった。

■あのメッセージボードは3月4日朝9時から使っていた

このメッセージボードを掲げていたのは、スカイマーク千歳空港支店ランプ管理課に所属する木下崇さん(32)だ。

スカイマーク千歳空港支店では91名が正社員として働いている。そのうちランプ管理課に所属するのは34名。朝6時から23時まで、3交代制だ。

3月10日の午後、東京・千代田区のプレジデント社から、スカイマークの千歳空港支店にLINE動画をつないだ。話を聞いたのは、木下さんをはじめとするランプ管理課の3人だ。

——「大変な時ですが乗ってくれてありがとう」というメッセージを発案したのはいつですか?

【木下さん】「2月の末です」

——きっかけを教えてください。

【木下さん】「コロナウイルスの影響でお客さまの数が目に見えて減っていました。そんななかで、飛行機を使ってくれるお客さまにお礼を伝えたいよね、という話がランプ課で持ち上がり、やろうと。初めてあのボードを使ったのは、3月4日朝9時、茨城空港に向かう790便を見送るときでした」

2019年のクリスマスに千歳空港支店で行われた見送りの様子
写真提供=スカイマーク
2019年のクリスマスに千歳空港支店で行われた見送りの様子 - 写真提供=スカイマーク

——搭乗客の反応は外からわかるのでしょうか?

【木下さん】「見えますよ。窓辺からお客さまが手を振って応えてくださるのがわかりました。僕らランプ部門は直接お客さまと接する機会はありません。こうして気持ちが伝えられてうれしいと思いました。単純に、うれしい、ありがとう、それだけです」

——飛行機が離陸する際、地上職員のみなさんが手を振る姿を見かけることはありますが、メッセージボードは珍しいのではないですか?

【木下さん】「メッセージボードを使っているのはスカイマークだけじゃないかと思います」

■初めてボードを使ったのは経営破綻翌日だった

ここから話は当初の想定を越える方向に進んだ。スカイマークがメッセージボードを使ったのは、経営破綻した5年前からだったからだ。答えてくれたのは、ランプ管理課グループ長の本山理貴さん(44)。

【本山さん】「僕らが初めてメッセージボードを使ったのはスカイマークが経営破綻した翌日の2015年1月29日です。当時の課長が『こういうときだからこそ、自分たちでできることを考えてやっていこう』と。お客さまに感謝の気持ちを伝える具体的な方法としてメッセージボードに『乗ってくれてありがとう』と書いて見送りをしようと提案がありました。僕らはそれを聞いて即座に『やろう』となったのを覚えています」

——経営破綻について報道で初めて知ったスカイマーク社員も多かったそうですね。突然の出来事で驚いたと思いますが、なぜ「お客さまに感謝の気持ちを伝える」という動きになったのですか?

【本山さん】「もちろん、自分たちの生活がどうなるのかもわからず、不安でした。でも、経営破綻した航空会社なのに、選んで搭乗してくれるお客さまがいることがありがたかった。後ろを振り返ってはダメ、これからファンを増やしていくしかない。ランプ管理課のみんながそうした気持ちだったのだと思います」

——そのときのメッセージボードにはなんと?

【本山さん】「『ご搭乗ありがとうございます』と『ここから先も気をつけて行ってらっしゃい』の2種類をつくりました」

経営破綻直後の見送りの様子
写真提供=スカイマーク
経営破綻直後の見送りの様子 - 写真提供=スカイマーク

■他社とスカイマークでは「地上職員」の立場が違う

ランプ管理課は搭乗客の目に触れないところで運航を支える地味な仕事だ。乗客との接点を持たない職場にあって、ここまで乗る人のことを想像し、行動できるのはなぜなのか。そんな疑問をぶつけると、ランプ管理課スーパーバイザーの水野慎介さん(37)がこんな話をしてくれた。

【水野さん】「僕らがスカイマークを好きだからだと思います。他社とスカイマークでは仕組みが違うんです。

僕たちランプ管理課の仕事は一般に『グランドハンドリング』と呼ばれます。手荷物や貨物の仕分け、機体の地上誘導、航空機の牽引、機内清掃など業務は多岐にわたりますが、多くの航空会社ではこの仕事を子会社や専門の会社などに外注しています。

僕は29歳でスカイマークに転職するまではグランドハンドリング専門の会社で働いていました。そこでの仕事は、手荷物の仕分けだけを延々とやるなど業務が細分化されていて、『作業をこなす』という感覚でした。

でもスカイマークはグランドハンドリングでも同じ会社の社員です。このためランプ管理課で働いていても、『スカイマークの飛行機を飛ばしている』という気持ちで働くことができる。前職とは仕事への思いが全く違います」

——なぜ「飛行機を飛ばしている」という思いが大事なのですか?

【水野さん】「社員であれば、自分の会社の飛行機が安全に定刻に飛び立ってほしいと思うものでしょう。でも、グランドハンドリングだけを請け負っている立場だと、飛行機が遅れたとしても自分には関係がないと思ってしまう。

同じスカイマークの社員として飛行機の運航に責任を持てるということが、スカイマークへの愛着を高めていると思います」

■「僕らにとっては普段からやっていること」

——経営破綻の前後で働き方は変わりましたか?

【水野さん】「僕らは破綻前も、今も、現場に判断を任せてもらっているという感覚は変わりません。僕らはスカイマークが好きで、だから破綻後も残りました。仕事を自分たちの裁量で工夫できるので、とてもやりがいがあります。

他部署との間にもあまり壁を感じません。空港カウンターなど旅客課の人手が足りないときには、僕らランプ管理課も応援に出て行きます。他部署と連携できるスカイマーク独自の仕組みが、ここ2年の定時運航率1位という結果にもつながっていると思います。

メッセージボードも、自分たちで決めてこれまで続けてきました。今回こんなに話題になり驚きましたが、僕らにとっては普段からやっていることなんです」

——メッセージボードが2015年1月から続いてきたのはなぜでしょう?

【水野さん】「離陸する飛行機に手を振ると、お客さまが窓越しに手を振り返してくださるのが見えます。メッセージボードをかざすと、やはりよろこんでくださる顔が見えます。お客さまのよろこぶ顔は、モチベーションになります。修学旅行の生徒さんたちが搭乗する便には、学校名を入れたボードをつくることもあります。クリスマスシーズンには課員がサンタクロースの衣装に着替えて見送りました。こんなささやかな工夫を繰り返しながら続けてきたという感じです」

千歳空港支店から始まったメッセージボードは、茨城空港や仙台空港などほかの支店にも広がっている。なお今回のコロナウイルスをきっかけに始めた「乗ってくれてありがとう」のボードは、千歳空港支店では3月いっぱいは使う予定だという。

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三宅 玲子(みやけ・れいこ)
ノンフィクションライター
1967年熊本県生まれ。「人物と世の中」をテーマに取材。2009~2014年北京在住。ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルプロジェクト「BillionBeats」運営。近著に『真夜中の陽だまりールポ・夜間保育園』(文藝春秋)。

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(ノンフィクションライター 三宅 玲子)

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