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超一流ゴルファーが「子供の頃はゴルフが嫌いだった」と話すワケ

プレジデントオンライン / 2020年3月18日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Deklofenak

子供の頃に熱中したスポーツは、人格形成に大きな影響を与えているのではないか。集団競技か、個人競技か。ポジション、プレースタイル、ライバルの有無……。ノンフィクション作家の田崎健太氏は、そんな仮説を立て、「SID(スポーツ・アイデンティティ)」という概念を提唱している。この連載では田崎氏の豊富な取材経験から、SIDの存在を考察していく。第7回は「ゴルフ」について――。

■親が強制的にやらせていれば、ゴルフは上手くなる

日本におけるゴルフ競技は、親の介在を抜きにできない。

ゴルフもかつては野球やソフトボールなどの他競技からの転向が多かった。道具、練習場所、ラウンドフィーなどの出費が掛かるため、金銭的余裕のある社会人の趣味とされていたのだ。しかし、石川遼、松山英樹といった20代のプロゴルファーはみな小学生からゴルフをはじめている。

「親に連れられてきて、ゴルフを好きになる子は上手くなります。でもゴルフが嫌いだと言っている子も親が強制的にやらせていれば、上手くなる。上手くなればゴルフが好きになる。小さい頃、ゴルフは嫌いでしたというプロはいっぱいいますよ」

と語るのは、井上透である。

井上は佐藤信人、中嶋常幸、加瀬秀樹などの男子プロゴルファーのツアーに帯同した経験を持つコーチである。彼が現れる前、日本のプロゴルファーは「師」である先輩ゴルファーから学んでいた。選手と対等であるという、近代的コーチの先鞭をつけたのが井上だった。現在は横浜市で『トゥルーゴルフアカデミー』を主宰する傍ら、成田美寿々、穴井詩、武尾咲希、河野杏奈などの女子プロゴルファーのコーチング、東京大学ゴルフ部の監督を務めている。

■なぜ韓国人ゴルファーは世界で成績を残しているか

井上のスクールは小学1年生から受け入れている。

「9歳ぐらいまで、上手くなるのは年齢より大人びている子です。ティーチング期とコーチング期の2種類があります。大人びている子、ちゃんとコーチのいうことを聞く子、思考力のある子は、適正な練習を積んでいくことができるので、すぐにティーチング期からコーチング期に入ることができる。運動能力が高くても、練習に集中できなくて走り回ってしまうような子は、最初は伸び悩む。でも、時間が経つとみんな大人になる。その差はだんだんなくなっていく。低年齢の段階の上手い、下手というのは全くあてにならない」

井上は2010年から1年間、早稲田大学院スポーツ科学研究科に入学し、『韓国におけるプロゴルファーの強化・育成に関する研究』という論文を発表している。

同じ東アジアに位置する日本と韓国は骨格的、体格的な差はほとんどない。そして韓国は日本と比べて、圧倒的に競技人口が少ない。それにも関わらず、なぜ韓国人ゴルファーが世界で成績を残しているかを調査、分析したものだ。

韓国人プロゴルファーへのアンケートの結果、〈ゴルフを始めたときから、ほぼ毎日練習している〉〈一日の平均練習時間は、小学生の時から2時間以上3時間未満と3時間以上が約90%を占めている〉ことが分かった。韓国のプロゴルファーたちは高校生までに強制的な練習によって、プロのレベルまで引き揚げられていた。

■競技をはじめたばかりで才能の有無を悟っちゃいけない

同様の試みは日本でも行われていた。

TKU熊本ジュニア塾――通称・坂田塾である。小学4年生で入塾、毎日500球を打ち込み、週末および長期休暇中は毎日ラウンド。坂田塾には通算82名が在籍、男子6人女子13人がプロテストに合格した。その中には、2007年賞金女王の上田桃子や2008年賞金女王の古閑美保が含まれている。

「この坂田塾の練習量に意味があるんじゃないかと思うようになったんです。坂田塾の練習は高校卒業までの9年間でおおよそ1万時間。つまり1万時間を費やすことでプロゴルファーレベルに到達できる。韓国では、学校に行かずに3、4年で1万時間に到達させている。JPGA(日本プロゴルフ協会)の名簿を調べてみると、初めてゴルフクラブを握ってからプロテストに合格するまではだいたい10年。これは約1万時間に相当する」

ある一定以上の運動能力のある子供ならば、正しい練習方法で1万時間費やせば、プロレベルに到達するということですか、と訊ねると井上は「ええ」と頷いた。

「ただ、プロレベルに到達したからといって、プロテストに合格する、あるいはツアープロになれるという意味ではないです。性格、メンタル、知力、フィジカル、躯のコントロール力などの差が出て来る。ただ、1万時間の練習によってプロレベルという幅の中に収めることはできる。よく親から、うちの子どうですか、才能ありますかって聞かれるんです。1万時間に到達するまで、分からないとしか答えられない。その段階になってはじめて、プロとしての特性や能力があるか、という判断ができる。だからはじめて500時間ぐらいの段階で、この子に才能がある、ないというのを語っちゃいけない。語るのはおこがましい」

■1万時間練習しないと”エキスパート”になれない

井上の考えは“1万時間の法則”に触発されたものだろう。カナダ人コラムニスト、マルコム・グラッドウェルが『アウトライアーズ』(邦題『天才! 成功する人々の法則』)で唱えた法則である。

ビートルズが世に広く受け入れられる前、1960年代初頭のハンブルクでの修業時代、ビル・ゲイツがソフトウエアを開発し、マイクロソフトを創業するまでのプログラミングの訓練が約1万時間であったという。そこから人間のあらゆる活動分野にいて、1万時間近い練習を積まなければ、“エキスパート”になれない、という結論を引き出した。

この1万時間の法則は、ベルリン芸術大学のバイオリン科の学生を対象とした、アンダース・エリクソンたちの論文が元になっており、そこではこう結論づけている。

〈第一に、傑出したバイオリニストになるには数千時間の練習が必要であるということ。近道をした者、比較的わずかな練習でエキスパートレベルに達した「天才」は一人もいなかった。そして第二に、才能ある音楽家の間でさえも(調査対象は全員、ドイツ最高の音楽大学に合格している)、平均してみると練習時間が多い者のほうが少ない者より大きな成功を収めていたことだ〉(アンダース・エリクソン、ロバート・プール『超一流になるのは才能か努力か?』文藝春秋)

ただし、エリクソンは自らの研究結果から派生した“1万時間の法則”については、単純化しすぎていると批判している。一定の成果が得られるまでは分野によって差があり一律「1万時間」ではなく、例えばバイオリン科の研究などでは「7000時間」とすべきだ。きりのいい1万時間という数字は人の心を惹きつけやすいが、あまりに雑である、と。

さらにエリクソンは、“1万時間の法則”では、〈一般的な練習〉と強度の高い〈限界的練習〉が区別されていないとも指摘している。

限界的練習とは、学習者がコンフォートゾーン(居心地の良い領域)から飛び出して、全神経を集中し、意識的に活動に取り組むことと定義している。教師やコーチの指示に従うだけではなく、学習者自身が練習の具体的目標に集中する必要がある。そして、フィードバック――つまり練習結果を参考にして、問題点を修正、解決することが不可欠だ。トレーニングの初期にはコーチがフィードバックを行う。練習時間と経験が積み重なると、学習者自身が自分が上手く出来ているかどうかという“心的イメージ”を意識してフィードバックを行えるようになるという。

漠然とした練習は効果が極めて薄いと言い換えてもいい。また、エリクソンは限界的練習に適した分野とそうでない、分野があるとも書いている。

■ゴルフの上達と親の相関関係

ゴルフのような個人競技は、適切なコーチによる限界的練習の適用範囲内に入るだろう。井上は、親はもう1人のコーチなのだと言う。

「(練習やラウンドの)行き帰りの車の中で、親と今日はどんなプレーだったのか、どんなミスをしたのかという話をするじゃないですか。それを適切に振り返ることで同じようなミスが起こらない」

親との会話の中で、フィードバックを行っていることになる。親にゴルフの知識があり、正確なフィードバックが行われていれば限界的練習に近づく。

「日本では、車がないとゴルフはできない。親と一緒に行動するしかないんです。子どもは親のスイングに似る。だからゴルフの下手な親だと子どももゴルフが下手だという傾向がある」

井上は、ほかのスポーツ、競技とゴルフが一線を画す特徴があるという。

「ゴルフが、同じ個人競技で道具を使う、テニスや卓球などと違うのは、対戦型ではないことです。テニスの錦織圭選手たちがIMGアカデミーに行くのは理由がある。強い相手と対戦することでしか掴めない経験があるからです。ゴルフはマッチプレーを除けば、そうではない」

■突然大会に出て、世界一になれるのがゴルフ

IMGアカデミーとは、アメリカのスポーツマネージメント企業「IMG」が設立した、エリート育成施設である。世界中からテニス、野球、バスケットボール、そしてゴルフの有望選手を集めている。特にテニスでは錦織のほか、アンドレ・アガシなど著名選手を輩出している。

「ゴルフというのはゴルフコースとの勝負なんです。コースに勝てばいいのだから、試合に出る必要はない。ジュニアの時代の大会なんていうのは、早くたくさん練習したかどうか、の競争。練習していないプレーヤーは当然のことながら負けてしまう。ゴルフにおいて、負の体験、失敗体験は必要ない。世界のトップクラスの選手はOB(アウト・オブ・バウンズ)を打ったことがないはずです。ボールが曲がった経験が少ない。だから緊迫した中でもボールが曲がるんじゃないか、と恐れることがなく自信を持って打つことができる。十分な練習を積んでいない段階での負ける経験はマイナスでしかない。ひたすら自分の技量を磨いて、スコアを縮めれば、突然大会に出て、日本一、世界一になれるのがゴルフなんです。野球で親が密かに練習をさせていて、いきなり高校3年生で登板してドラフト候補になるようなことは絶対にありえない。それがあり得るのがゴルフ」

■スポーツは子供への投資

井上によるとゴルフは、子供のうちから親が強制的に練習をさせれば必ず上達する。1万時間に近い練習を積み重ねれば“プロレベル”になることができる。ただ、トッププロになれるかどうかは、1万時間に到達しないと分からない――。

スポーツは子供への投資でもある。親は子供に夢を見て大金を費やす。その投資を回収することができるか。この点においてゴルフは極めて不透明だ。また、ほかの競技、集団競技のSIDを身につける可能性も失う。

金銭的な出費という面を含めて、子供にゴルフをやらせるかどうかという判断は非常に難しい。

それについて井上はこう答える。

「親の役割は、子供の前に様々な選択肢を並べることではないでしょうか。様々な習い事をさせて、その中で自分に向いているものを探させる。集団競技と個人競技、道具を使った競技と使わない競技、様々なスポーツをやらせて、その中で自分が光るところを選ばせる」

井上のスクールでは入所の際、ここはプロゴルファーを養成する場所ではないと親に釘を刺すという。

「ゴルフに専念して勉強をしないという状態は異常です。ゴルファーである以前に社会人にならなければならない。ゴルフだけやっていると、潰しが効かない。すごく幅が狭い人生になってしまう。ぼくが東大ゴルフ部の監督として発信したいことの一つは、勉強とゴルフは両立できるということ。良きアマチュアゴルファーを作ることなんです」

■東大生の長男は、1年間ゴルフを全く練習せず

井上には3人の息子がいる。長男の達希は、2018年4月、東京大学理科二類に入学、ゴルフ部に入った。高校時代、達希は日本ジュニア選手権に3年連続出場、国体少年の部で個人26位に入ったこともある。

「長男は高校までに(ゴルフに)1万時間なんて全然行っていません。3人とものらりくらりやらせてます。早くたくさん練習すれば上手くなるというのは分かっているんです。我が家としては急ぐ必要はない。長男は東大を受験する前、1年間ゴルフを全く練習しなかった。1年間クラブを握らないことに罪悪感みたいなものもなかったはずです。ただ、嬉しいのは3人ともゴルフが大好きなんです。マスターズが始まると一生懸命早起きして観ている」

よきアマチュアのジュニアゴルファーなんですと井上は眼を細めた。

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田崎 健太(たざき・けんた)
ノンフィクション作家
1968年3月13日、京都市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部などを経て、1999年末に退社。スポーツを中心に人物ノンフィクションを手掛け、各メディアで幅広く活躍する。著書に『W杯に群がる男たち―巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)、『偶然完全 勝新太郎伝』(講談社)、『維新漂流 中田宏は何を見たのか』(集英社インターナショナル)、『ザ・キングファーザー』(カンゼン)、『球童 伊良部秀輝伝』(講談社 ミズノスポーツライター賞優秀賞)、『真説・長州力 1951-2015』(集英社インターナショナル)『電通とFIFA サッカーに群がる男たち』(光文社新書)など。

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(ノンフィクション作家 田崎 健太)

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