「性器から火を噴く女」がタイのストリッパーに伝えたかったこと
プレジデントオンライン / 2020年3月26日 17時15分
※本稿は、八木澤高明『花電車芸人 色街を彩った女たち』(角川新書)の一部を再編集したものです。
■「ここで披露して、誰かが芸を受け継いでくれたら」
翌日午後4時、私たちはタクシーで開店前のバーへと向かった。その車中で今日のステージの意義を尋ねると、ヨーコは言った。
「今日、私がここでステージをやることで、日本で花電車芸がなくなったとしても、もしかして彼女たちが私の芸に何かを感じ、私の芸を受け継いでくれれば、この国に花電車の伝統は生き続ける。今はそんな気持ちです」
車窓から流れゆくバンコクの風景を眺めながら、私はヨーコの心意気に感銘を受けずにはいられなかった。
タクシーを下り、バーへ向かって歩いていくと、人相の悪い女が話しかけてきた。
「今日、ステージをやるのはあなたたちか?」
昨日までは見かけなかった顔だ。バーの関係者だろう。あまりにも無愛想で、我々を歓迎していないのは一目瞭然だった。
■「すぐにやって、早く終わらせてほしい」
午後5時。バーへ入ると、ぽつりぽつりと、ステージまわりの客席で化粧をするストリッパーたちの姿があった。
先ほどの人相の悪い女が、バーに着くや否や言った。
「早く始めてちょうだい。10分で終わらせるんだよ」
さすがにその発言には驚いた。昨日の話では、ストリッパーや社長の友人たちを観客として呼び、その前で芸をすることになっていた。しかし、彼女は「今すぐやれ」と言って聞かない。2、3人のストリッパーしかいないのに、芸を披露することはできない。約束が違うと、私たちはもちろんステージを行うことを拒否した。
すると、人相の悪い女がどこかに電話をかけた。「電話に出ろ」と言われて取ると、片言の日本語が聞こえてきた。社長の奥さんだという。
「すぐにやって、早く終わらせてほしいんです」
「観客がいなくては、ステージをやることはできません。せめて、ストリッパーたちや社長の友人たちを呼んでからにしてください」
私がそう言うと、彼女はしばし沈黙した後、「わかりました」と渋々納得したのだった。
ヨーコがステージの準備をはじめると、徐々にバーのストリッパーたちも増え、その数は10人以上になった。店の開店時間の午後6時が迫っていた。ストリッパーだけでなく、通りにたむろしている客引きの男や、通りで豆などを売り歩いているインド人なども集まってきて、ちょっとした人数となった。
■芸が心を開かせ、観る者の態度を変えた
ステージのかぶりつきには、意外にも、「すぐに始めろ」と絡んできた人相の悪い女が仏頂面で座っていた。その後ろには、踊り子や客引きたちがちょっと間をあけ、様子をうかがうように座っている。
ステージに上がったヨーコが、英語で芸の説明をはじめた。初めての海外公演のためか、少しばかり緊張しているのだろう。声がいつもと違い、上ずっていた。その姿からも、このステージにかける彼女の思いが伝わってきた。
はじめに行ったのはクラッカー芸。タンポンから伸びたチェーンの先にはクラッカーがついている。クラッカーを引っ張っても、性器の圧力でタンポンは抜けず、派手に「パン」とクラッカーが鳴った。クラッカー芸に驚きの歓声が上がり、徐々にステージが盛り上がってきた。見れば、人相の悪い女が一番前で驚きの声を上げ、一番大きな拍手をしていた。ヨーコの芸が心を開かせ、先ほどとは別人の姿に変えていた。
次に、ヨーコは女性器からタバコを飛ばした。飛び出たタバコが私の友人の額を直撃し、バーの中は更なる盛り上がりを見せた。タバコの次は、吹き矢で風船を割る芸だった。初速160キロという、見たことのない矢のスピードに感嘆の声が上がる。
■国境を超えて人の心を鷲掴みにした
その頃になると、少し離れて見ていたストリッパーや客引き、インド人がステージのかぶりつきに座りだした。中には仲間に電話をかけて呼び出そうとする者もいる。
ステージの最中にも次々に客が入ってくる。バンコクのバーが日本のストリップ劇場のようになり、観衆はヨーコの世界の虜となっていた。
「ボオーッ」という音とともに、最後のファイヤーショーで火が噴き出ると、この日一番の大きなどよめきが起こった。そして、ヨーコの「ファイヤー」の掛け声とともに、自然とファイヤーコールが起きる。計3度の「ファイヤー」がバーの中を温かく包み込んだのだった。あの仏頂面の女も今や観音菩薩のような顔となり、満面の笑みを浮かべてヨーコの芸を讃えていた。
私は、本物の芸が持つすごさに感嘆を覚えずにはいられなかった。音楽は国境を越えるというが、正にヨーコの芸も国境を越えて、人の心を鷲掴みにしたのだ。
花電車は、一説には上海から大阪、そして日本全国へと広まったという。おそらく、花電車を知らせようと思った人物も、その芸に驚きを覚えたことから、日本へ伝えたのだろう。この場でヨーコの芸に驚きを覚えた人物が、いつかどこかで芸を広めるかもしれない。そうなれば、ヨーコの思いは通じたことになる。だが、未来のことよりも、私は異国の地で人々とヨーコの芸を共有できたことが、何より嬉しくてたまらなかった。
■「ユーアー ナンバー1」
ステージを終えた後、あの仏頂面で鬼瓦のようだった女や、昨日ピンポン玉を出していたストリッパーたちがヨーコを取り囲んでいた。彼女たちは、ひとつひとつの芸に対して、ヨーコを質問攻めにしているのだった。ヨーコは嬉しそうな表情で、惜しげもなく芸のやり方を伝えている。
交渉初日の出来事からは、思いもしない結末であった。まさかここまでうまくいくとは、予想もしなかった。
しばらくすると、照明が暗く落ち、この日のバーの営業がはじまった。ヨーコはステージで踊る一人一人のストリッパーに、100バーツのチップを渡していく。ストリッパーたちがヨーコに手を合わせてお礼を言っていた。
その光景を見た私の胸には、言葉ではうまく表現できないのだが、熱いものが込み上げてきた。
バーを出て通りを歩いていると、ヨーコのステージを見た客引きたちが、次々に声を掛けてきた。
「ユーアー ナンバー1」
この日、バンコクの片隅に、性器から火を噴く女の伝説が刻みこまれたことは間違いないだろう。
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ノンフィクション作家
1972年、神奈川県横浜市生まれ。写真週刊誌「フライデー」専属カメラマンを経て、2004年よりフリーランス。01年から12年まで取材した『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』が第19回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。15年以上にわたり、日本各地の夜の街と女たち、世界の戦場で生きる娼婦たちを取材してきた。著書に『娼婦たちから見た日本 黄金町、渡鹿野島、沖縄、秋葉原、タイ、チリ』(角川文庫)、『ストリップの帝王』(KADOKAWA)などがある。
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(ノンフィクション作家 八木澤 高明)
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