「次の『鬼滅』はどれか」年1000作の新連載すべて読む男が推す5作品
プレジデントオンライン / 2020年3月20日 9時15分
■年間1000作以上の「新連載」を全部読む「マンガのソムリエ」
年間1000作以上——。これは現在、紙媒体のマンガ誌やネット上で1年間に出る新連載のマンガ作品の数である。その多さに驚くが、もっと驚くのは、その全てを読んでいる人物がいることだ。マンガを溺愛する元書店員・東西(とうざい)サキさんである。
書店員(コミックフロア)として16年勤務。10年ほど前、電子書籍の波が来たことで、紙媒体だけではマンガに何が起きているかを把握できなくなると感じ、2017年に退社した。現在はフリーの「マンガのソムリエ」として活動している。
新旧のマンガ作品に精通するだけでなく、書店員時代、受注管理を担当していた経験を生かし、知り合った漫画家や、出版社の営業・編集担当者から得た知見などをもとに、「マンガ新連載研究会」として「マンガ家の卵」などの相談に乗っている。その人の個性や作風にマッチした持ち込み先の出版社・編集担当者を紹介しているのだ。
2月、その東西さんを含め、マンガ業界とコアなマンガ読者をざわつかせるニュースがあった。少女マンガ誌『花とゆめ』(白泉社)が、「電子少年マンガ誌を創刊する」と発表したのだ。
つまり、出版社がネットで新規にマンガサイトを出す。
■ついに少女マンガ誌が少年マンガ誌に進出した
なぜ、これがニュースになるのかと不思議に思う向きも多いだろう。そもそも、男性の場合、このマンガ誌を一度も読んだことのない方が大半だと思うが、『花とゆめ』は幾多の名作を送り出してきた老舗少女雑誌だ。これまで少女マンガと少年マンガは作風も読者層も異なるものだった。だが、東西さんは言う。
「少女マンガ誌が少年マンガ誌に進出することは不思議でも何でもない時代の流れです。少年マンガとか少女マンガとかのカテゴリー分けにはもう意味がないんですよ」
なぜそう言えるのか。男女の棲み分けがあった時代に育った世代にはなんのことだかわからない。そして、マンガの最前線はどうなっていて、いま注目すべき作品はどのようなものか。
ソムリエの意見を聞く前に、現状をもう少し詳しく把握したい。
■少年誌、少女誌、青年誌、ネット…1カ月に100~160作の新連載
「まず、新連載マンガは少年誌、少女誌、青年誌、ネットを合わせて1カ月に100~160作品出ます。年間でいうとざっと1500連載が始まる勘定です(ネットでの旧作の電書化を含む)」
あまりにも多くて購入しきれない東西さんは、マンガ喫茶をはしごして新連載チェックしている。当然、人気作品が掲載されているメジャーなマンガ誌には目を通し、マイナーな雑誌でもこれはと思った新連載はその後を追いかける。単行本もフォローする。疲れたときも「自分の好きな作品をじっくり読んで心を癒やしています」というから、どうやら「ソムリエ」の肩書に嘘(うそ)はないだろう。
年1000以上の新連載が出るということは、完結もしくは打ち切りとなる作品も多いことになる。
「新陳代謝は激しいものがあります。とくにネットでは、始まったと思ったらすぐに姿を消してしまう作品も珍しくありません。サイクルが早くなっているのは確かですが、それでも大量の新連載の中でしっかり読者に支持される作品もあるのです」
東西さんによれば、読者のニーズを掘り起こし、あるいはニーズを敏感に嗅ぎ取って制作されるマンガは、時代に合わせて刻々と変化しているという。どんな「変化」なのか。
■人気マンガ「昔とココが違う」1:主人公の設定
ヒーローより社会的弱者やマイノリティを支持
最初に挙げられるのは「主人公の設定」だ。数年前までは、主人公の「幸せの基準」は、世間の平均よりもとびぬけて高かった。読者はそうした「スーパーな存在」を目指し、その階段を上がっていくことを望み、主人公を応援していた。マンガの主人公はいわば、読者の憧れ=ヒーローだったのだ。
一方、今どきのマンガにはよりリアリティが求められるようになった。読者の共感を集め、支持されやすい作品とは、例えば、主人公が自分(読者)と同じように貧困や少数派という逆境的立場に身を置きながら、せめて「周囲のみんな」と同じようになりたいという願望を抱えて必死に生きるストーリーだ。
つまり、世間の「平均」レベルを目指している社会的弱者なマイノリティの主人公に魅力を感じる。かつてのように雲の上の存在のヒーローに共感する時代は去ったのだ。
『週刊少年ジャンプ』(集英社)で2016年11月号から連載され大ヒットしている『鬼滅の刃(きめつのやいば)』。主人公が家族を殺した「鬼」と呼ばれる敵や鬼と化した妹を人間に戻す方法を探すために戦う姿を描く。
主人公が目指すのは鬼退治の名人ではなく、鬼に襲われる以前の、穏やかな日々を取り戻すことだ。アクションが派手で、グロテスクな描写も頻出するが、主人公は心優しき真面目な少年である。
一方、少女マンガの主人公にも変化が訪れている。少女マンガは伝統的に「新しいもの」に敏感で、「時代の最先端」を扱う作品が多い。今なら例えば、自分のジェンダーに対して思い悩む主人公の作品が人気だ。小学生をメインターゲットとする『りぼん』(集英社)でもそうしたジェンダー問題を抱えるヒロインが読者の人気となっている「さよならミニスカート」という作品が登場した。
主人公が限界なくどこまでも成長し続ける、どこか荒唐無稽なアクションやファンタジーではなく、「リアルな物語」として読まれているという。
■人気マンガ「昔とココが違う」2:雑誌ブランドの弱体化
ネット発の知名度の低い作者でも作品に力があればSNSでブランド化
今どき人気マンガの潮流のもうひとつの変化は、「雑誌のブランド力の弱体化だ」と東西さんはいう。これまで歴史ある紙媒体のマンガ雑誌では、読者の意向を把握している編集者とタッグを組み、作品のプロットやネーム(セリフ)を練り、一流の作家として育てながら売り出すスタイルが主流だった。だが、その方式が必ずしも成り立つとは限らなくなってきているという。
その反面、今、紙媒体以上に勢いのあるネット発のマンガの特徴は、男女、年齢などのセグメントによって読者をあえて絞り込むことをしないことだ。いわばフリースタイルで、作者の思いをマンガ化する。その作者個人の思い入れや偏りが支持されると、SNSなどの口コミの力で作品や作家が「ブランド化」することも増えてきた。
「作者の知名度が低くても、作品に力があれば噂(うわさ)が噂を呼んで読者が増えていくパターンが生まれているんです。電書の読者は、自分にとってピンとくる作品を探していますから、その作品が少年マンガなのか少女マンガなのかほとんど気にしていないんです」
■トランスジェンダーの作者が描くトランスジェンダーの物語
あらゆる作品が手近に読めるネットでは、紙媒体しかなかった時代のような少年誌・少女誌という棲み分けは必要がないわけだ。
「男女問わず、作品の世界に入っていけるような“入り口”を作ることは必然的な流れだったと思います。この傾向って紙の雑誌でも進んでいて、少年マンガ誌に作品を発表する女性マンガ家も今では大勢います。そのため、昔と違って主人公の気持ちや考えを繊細に描くスタイルが増えているのですが、それらは少女マンガが得意としてきた手法です」
青年マンガ誌『ヤングマガジン』(講談社)で連載中の「ボーイズ・ラン・ザ・ライオット」は、自分の性に悩む主人公がファッション業界で活躍する姿を描き注目を集めているが、作者自身がトランスジェンダーであるだけに真実味があるのだ。これまでは扱いづらかった深刻なテーマを、エンターテインメントとして面白く読ませ、同時に考えさせる。
東西さんは言う。
「マンガを通して社会の先端に触れているんです。読まない人との価値観のギャップも生じてくるでしょうね」
マンガは今、ビジネスパーソンを含む大人が読むべき社会派メディアになったと言えるかもしれない。
■マンガの目利きが推す「今、絶対読むべきマンガ5冊」
最後に、2019年以降に発表された作品の中から、前出の「さよならミニスカート」「ボーイズ・ラン・ザ・ライオット」以外に東西さんが注目している3作を挙げてもらった。
今後、映像化される可能性もありチェックしておいて損はない。最近はマンガから離れていたという方は、これを機に進化を続けるマンガを読みながら「いま」の風に吹かれてみてはいかがだろうか。
■「マイ・ブロークン・マリコ」(作者:平庫ワカ)
WEB発の作品。主人公の友人マリコの死から物語が始まり、女性間の友情を描く。著者はコミティア(※)からメジャーデビュー。いわゆるマンガのお約束をあえて崩すような展開で読者は意表を突かれる。2019年の話題作。書籍化もされた。
※東京で年4回開催される「オリジナル創作」のジャンルに限定した同人誌即売会
■「ゆびさきと恋々」(作者:森下suu)
少女マンガ誌『デザート』(講談社)連載のラブストーリー。王道路線でありながら、聴覚障害のある人物が登場し、手話を取り入れるなど、登場人物の心の動きを繊細に表現している。
■「女の園の星」(作者:和山やま)
ヤング女性向けマンガ誌『フィールヤング』(祥伝社)。ネット上では知る人ぞ知る存在だったが、2019年に初単行本『夢中さ、きみに。』(KADOKAWA)を出版するやいなやその名を轟かせた、超大型新人・和山やま。初となる商業誌連載作品が本作。東西さんも連載1回目で「これはモノが違う」と直感した太鼓判の作品。
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ノンフィクション作家
主な著書に『裁判長! ここは懲役4年でどうすか』『裁判長! おもいっきり悩んでもいいすか』などの「裁判長!」シリーズ(文春文庫)、『ブラ男の気持ちがわかるかい?』(文春文庫)、『怪しいお仕事!』(新潮文庫)、『もいちど修学旅行をしてみたいと思ったのだ』(小学館)、『町中華探検隊がゆく!』(共著・交通新聞社)など。最新刊は、『なぜ元公務員はいっぺんにおにぎり35個を万引きしたのか』(プレジデント社)。公式ブログ「全力でスローボールを投げる」。
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(ノンフィクション作家 北尾 トロ、プレジデントオンライン編集部)
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