「遅すぎる緊急事態宣言…」一番恐ろしいのはコロナじゃなくて安倍晋三
プレジデントオンライン / 2020年4月10日 9時15分
■安倍首相が発令に躊躇しまくったのはなぜなのか
新型コロナウイルスが世界中で猛威をふるい、主要国が迅速で大規模な危機対応策を講じる中、安倍晋三首相がようやく4月7日、改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく初の「緊急事態宣言」を発令した。今年1月に国内で感染者が確認されてから3カ月後の「決断」は、国民の不安を充満させ、同盟国の米国からも「帰国警報」が出される始末となった。感染拡大を受けて東京都や大阪府の知事らが要請しても、直近の世論調査で発令を求める人が8割近くに上っても、安倍政権が緊急事態宣言の発令を躊躇し続けた背景には何があるのか。
「我々は戦争状態にある」(フランスのマクロン大統領)、「自分は戦時の大統領。戦争には打ち勝たなければならない」(米国のトランプ大統領)。主要国トップが相次いで「戦時」にあることを強調し、外出制限など強硬な対策を打ち出したのは3月中旬。大規模な経済対策や選挙の延期、産業の保護などを矢継ぎ早に決めていったのとは対照的に、日本政府の対応はあまりに遅かった。
■長らく「ギリギリ持ちこたえている状況」だった
中国・武漢を震源とする感染者は国内で1月中旬から確認されていたが、政府の専門家会議は2月16日まで開催されず、感染が拡大していた中国と韓国からの入国制限強化は3月5日、特措法の施行は3月14日までなされなかった。後手に回ってきた政府の対応には首相の支持層である保守派の評価も厳しく、大阪府の吉村洋文知事らは「国が『瀬戸際』という認識であれば(緊急事態宣言を)出すべきだ。増え始めてからでは遅い」と警鐘を鳴らしてきた。だが、安倍首相の危機意識は薄く、4月初めの段階でも「全国的かつ急速な蔓延という状況には至っておらず、ギリギリ持ちこたえている状況」と変わらなかった。
各国のリーダーが「戦時」と捉えて国民に協力を呼び掛ける影響は大きく、それが感染拡大防止に有効なのは言うまでもない。では、なぜ緊急事態宣言は遅かったのか。4月7日の記者会見で「判断のタイミングが遅すぎる、遅いという批判がある」と指摘された安倍首相はこのように説明した。「私権を制限するから慎重に出すべきだという議論が随分あった。最大限の緊張感を持って事態を分析してきた」。だが、与党内の議論も経ないまま、緊迫した状況でも唐突に「布マスク1世帯あたり2枚配布する」と発表した後のリーダーの言葉を額面通りに受け取る向きは少ない。
■発令したらアベノミクスの果実が吹っ飛んでしまう
安倍政権が緊急事態宣言の発令を躊躇した理由の1つは、日本経済への打撃だ。感染拡大地域は人口や企業が集まる東京都や大阪府、福岡県など大都市であり、対象となった7都府県の国内総生産(GDP)は日本全体の半分近い約260兆円に上る。麻生太郎財務相が率いる財務省、経済産業省などの慎重論は強く、そこには政権に近い民間企業からの悲鳴も加わった。2012年末に政権奪還を果たし、円安・株高を誘引するアベノミクスで景気を浮揚させてきた安倍政権の果実が今回の事態で吹き飛んでしまうのではないか――。そう逡巡した政権中枢の慎重論は4月に入るまで根強かった。与野党から要望が相次いだ経済的打撃を受けている事業者への「補償」についても、政府内では「そんなことをしたら大変になる。絶対にダメだ」と冷淡だった。
4月7日の記者会見で「日本経済は戦後最大の危機」にあると数日前の慎重姿勢から一転した安倍首相だが、この日の議院運営委員会でも共産党の小池晃書記局長から自粛要請に伴い生じる損失への補償を一体で行うことの必要性を問われたものの、「個別の損失を直接補償することは現実的ではない」と述べるにとどめている。
■「過去最大の経済対策」は実態に合わず
その一方で、首相は同じ会見ではバーやナイトクラブ、カラオケ、ライブハウスを名指しで出入りを控えるよう要請した。厚生労働省のクラスター対策班の分析・進言を受けて、小池百合子都知事が出入り自粛を求めたものと同じだ。この時、都知事に対しては「営業ができなくなる」との批判が政府内やワイドショーなどで噴出したが、東京都がこうした店舗に「感染拡大防止協力金」という形で支援する構えを見せているのに対して、かたくなに補償を否定する安倍首相が同じ要請をするという矛盾も生じている。
そもそも、特措法は休業を求めることができるものの、それによる損害の「補償」についての記載がない欠陥法といえる。「過去最大の経済対策」(麻生財務相)という緊急経済対策に盛り込まれた「1世帯あたり30万円の給付」や「中小企業に最大200万円、個人事業主に最大100万円」などの支援策は、休業などで大幅に収入や売り上げが減った世帯や事業者が対象で、その条件が実態に合っていないとの声は多い。自民党担当の全国紙記者はこう語る。「与党内からは『世帯ではなく、一人一人に給付すべきだ』『非常事態だから支援策を欧米のように大規模にすべきだ』との声が相次いだが、政府主導で反対論を押し切った。中途半端な支援策で国難を乗り越えられるか不安視する議員は少なくない」。
■北海道の「前例」が、安倍に甘えを与えてしまった
緊急事態宣言の発令が遅れた2つ目の理由は、北海道の「前例」だ。北海道の鈴木直道知事は急速な感染拡大の兆候があった2月28日、法的根拠に基づかない「緊急事態宣言」を発表し、政府の専門家会議が「一定の効果があった」と指摘した。鈴木知事は予定通り3月19日に終了宣言し、4月上旬までは北海道内の感染者数の増加は1日数人程度になっている。
特措法に基づかない「緊急事態宣言」で鈴木知事が呼びかけたのは、週末の外出自粛や大規模イベントの開催自粛などだが、「感染拡大のペースが北海道内で落ち着いたことを見た菅官房長官はこうした取り組みを全国で実施すれば、『首相が特措法に基づく緊急事態宣言までしなくても大丈夫だ』と高をくくっていた」(民放記者)とされる。
だが、「ヒト・モノ」が集積し、成田空港や羽田空港、関西国際空港を抱えて海外からの帰国者対応も余儀なくされている首都圏や関西圏と、北海道での対応を同一視できるのかは疑問だ。安倍首相は3月10日の政府対策本部で「全国の大規模イベント自粛を今後10日間程度継続」するよう要請したが、3月19日の北海道による終了宣言と重なる「期限」設定は、3月20日からの3連休に「国民に緩みが生じ、『もう期限は過ぎたから大丈夫だ』と外出した人々を生んだ」(前出の全国紙記者)との指摘がある。
■国家としての責任も気概も感じない
3連休前に感染拡大エリアの首長が外出自粛を呼びかけなかったことを批判する評論家やテレビコメンテーターもいるが、大阪―兵庫間の往来自粛要請が出されていた両府県も含め3月末から4月初めの感染者が増加していることを考えれば、この時期に「緩み」が生じた傾向は全国的なものといえる。
「この緊急事態を1カ月で脱出するためには人と人との接触を7割から8割削減することが前提だ」「極力8割削減することができれば、2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じさせることができる」。4月7日の記者会見でこう力説した安倍首相だが、緊急事態宣言発令と同時に出された国の方針では「外出自粛要請」を先に行い、その効果を見極めた上で「事業の休業要請」を行うと通知。自治体によっては5月6日までの1カ月のうち、半分の期間を「様子見」に充ててしまうところもある。首相官邸担当の全国紙政治部記者はこう呆れる。「『しょぼくて遅い』対策ばかりで、すべて国民や事業者、自治体任せ。欧米のリーダーのように、国家としての責任も気概も感じない」
(政経ジャーナリスト 麹町 文子)
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