「3密」「不要不急」のせいで8割減が達成できない
プレジデントオンライン / 2020年4月23日 12時15分
■GW対策「接触を8割減らす、10のポイント」も効果は期待薄
政府の緊急事態宣言を受けて、引き続き外出自粛が呼びかけられている。都心の繁華街などから人影が消えた一方で、商店街での買い物やビーチでの潮干狩りやサーフィンなどに人が集まっていると報じられている。
感染拡大を抑えるためには、人と人との接触を8割減らすことが必要とされる中で、不要不急の外出をする人が後を絶たないのはなぜか。今回は、行動変容につながるコミュニケーションの方法について考えたい。
短期間に人々の行動を変えるのは容易ではない。特に、新型コロナウイルスの感染拡大防止に必要な「不要不急の外出自粛」や「ソーシャルディスタンシング」は難しい。その理由は大きく分けて5つある。
■「不要不急の外出」をする人が後を絶たない5つの理由
【その1】人は「社会とつながる生き物」である
「孤独信奉」の強い日本だが、人は本来、「ソーシャル・アニマル」、群れの中で生きる動物とされ、他の動物同様、孤立することは本来、「死」を意味する。多くの人は何らかの形で人とつながり、コミュニケーションをしたいと考えており、「人恋しさ」は、群れに戻ろうとする本能的生存欲求。その気持ちにあらがうのは容易ではない。
【その2】これまでに起こったことのない事態である
人は有事には、過去に起こった事件と照らし合わせて、その行動を決める。災害やテロ、戦争、不況、さまざまな不幸が人間を襲ったが、今回は、イギリスが第2次大戦時にスローガンとして掲げた「Keep calm and carry on(平静を保ち、普段の生活を続けよ)」といった行動原則も通用しない異常事態。そんな状況に、人の脳は簡単には答えを出せないのだ。ましてや、見えない敵であるだけに、危機感も抱きにくい。
【その3】人には「認知のゆがみ」がある
人は先天的に「自分は大丈夫」「これぐらいならOK」「行動は変えたくない」と考えてしまう傾向がある。これを「認知のゆがみ」という。
代表的なものは、自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価してしまったりする「正常化バイアス」、また物事を自身にとって都合よく解釈してしまう「楽観バイアス」、さらに大きな変化や未知なるものを避け現状を維持したくなる「現状維持バイアス」である。
■自分の行動や人生をコントロールしたいという欲求がある
【その4】人は「現在の欲望」には勝てない
今の快楽と未来の結果を天秤にかけた場合、人はどうしても、現在の欲望には勝てない。未来の大きな利益の可能性よりも、目の前にある小さな利益の現実を重視する「現在バイアス」と言われるもので、ダイエットや断酒がなかなかうまくいかないのと同じロジックだ。
【その5】人には自分自身の行動や人生をコントロールしたいという欲求がある
なにかしらの制約を受けることに、人は大きな抵抗を覚える。自分自身の行動や人生をコントロールしたいという欲求は根源的で強い。だから、「たとえ自分が感染しても、他者に迷惑はかからないのではないか。もし迷惑をかけても自分が責任をとればいい」などと考えてしまう。
■人々を「行動変容」させるにはエビデンスが必要だ
それでは、「不要不急の外出自粛」や「ソーシャルディスタンス」について、多くの人に納得してもらい、行動を変えてもらうにはどうすればいいのか。
ポイントとなるのが、単なる情報発信ではなく、脳科学や心理学、行動経済学など、人の行動変容に結びつく「戦略的コミュニケーション」だ。アカデミックに実証されたエビデンスのある「人の動かし方」の知見を活用するのだ。
海外には、今回の新型コロナウイルスをめぐる行動変容や説得の方法について、すでに多くの学術的研究が発表されている。
一例を挙げると、感染予防のために「どうやったら顔を触らないでいられるか」ということまで真剣に分析されている。オーストラリアの調査では、被験者は実に1時間に平均23回、顔を触るという結果が出た。
このトピックについて40年以上、専門的に研究してきたネバダ大学の教授によれば(※)、紙でも、スマホでもいいので、何回触ったかを数え、記録すると、その回数が激減することが分かった。
※How to Stop Touching Your Face | Psychology Today
人々の属性などによって、どのように行動に違いがあるのかなどについて知っておくことも大切だ。アメリカのミシガン州の調査(※)では、男性より女性のほうがはるかに、人との距離をとるように心がけていることがわかっている。
※Men Lag Behind Women in Following Social Distancing Measures, According to Survey of Michigan Residents by Altarum | Business Wire
また、民主党支持者よりも共和党支持者のほうが、この新型ウイルスを心配していない、という結果(※)も出ている。こうした性別や年代別などの属性や思考による行動の違いも理解したうえで、きめ細かく情報発信をしていく必要もあるだろう。
※Afraid of Coronavirus? That Might Say Something About Your Politics
■行動変容するかどうかは「他人の行動」を見て決める
人の行動を変えるためには3つの条件が必要だといえる。
「何をするべきかわかっている」
「なぜ、それをしなければならないかをわかっている」
「ほかの人も皆、その行動をとっている」
今の日本の状況では、最初の2つはかなり理解されている。問題は「他人の行動」だ。
アメリカを代表する社会心理学者であるロバート・チャルディーニ教授が「行動変容」に関して行った有名な実験がある。タオルの再利用を呼びかける3つのメッセージカードを置き、どれが最も協力を得られるかを調べた。
① 「環境保護にご協力ください」など一般的なメッセージが書かれたカード
② そのホテルに泊まった多くの人々が協力してくれたことを伝えるカード
③ 過去にその部屋に泊まった多くの人々が協力してくれたと伝えるカード
この3種類を示したところ、協力者が最も多かったのは③、次いで②、最後に①という結果だった。つまり、人はほかの人の行動に大きな影響を受けるということだ。
■「3密」「不要不急」はキャッチーな言葉だが、意味が曖昧
翻って現状を見れば、商店街にも海岸にも、「ほかにも人がいる」。これでは行動は変わらない。また、この人たちを責めても仕方ない。なぜなら、政府は密集、密室、密接の「3密を避けよ」「不要不急」というが、その意味はあいまいだからだ。3密を示す図は、ベン図を使っており、3つの丸がそろったところだけが、ダメなようにも見える。
3つがそろったところがだめなら、1つか2つだけならいいのか。海は密ではないし、生活必需品の買い物は許されているわけで、誰かと話をしなければ商店街に出向くのもOKではないか。車で行楽地に出かけても、外に出ない限りはほかの人との接触はなく、それぐらいなら許されるのではないか——。そう考える人が相当いるわけだ。
このように、「3密」や「不要不急」という言葉はキャッチーではあるが、具体的な行動指針としてはあいまいで、こうした抽象的な言葉を繰り返しても大きな効果を発揮するとは思えない。
そこで、筆者は「宿題方式」を提案したい。
■「勉強しなさい」は×、「●日までに●ページ分宿題やりなさい」は○
春休み中、ダラダラしていた子供たちだが、形の上で新学期が始まり急に忙しそうに勉強を始めた、という家庭もあるだろう。学校の教師から、オンラインで宿題・課題の範囲が指示されるケースも多い。
つまり、「勉強をしなさい」では何をやっていいのかわからないが、「●●日までに、●●ページ分の科目をやりなさい」と具体的に指示されると、人は動くということだ。さらにソーシャルメディアを通じて、友達も宿題をしていると知れば、「他の人もやっているから」と発奮する。
これまでの「3密」などのメッセージは「勉強しなさい方式」だった。「宿題方式」に変えるのであれば、「スーパーに行くときには、原則として1家族で1人」「行列をつくるときは2メートルずつ間隔を空ける」「ジョギングは構わないが、基本は一人で、マスクをし、前後の間隔はなるべく●メートル空ける」「子供が密着しやすい砂場は閉鎖する」といった明確な指針が示されれば、グッと行動しやすくなる。
海外では、人と人との間に2メートル(もしくは6フィート)の距離を置く「ソーシャルディスタンシング」は、かなり浸透している。恐る恐る自分なりに「これは3密になるのかな、ならないのか」とびくびくしながら行動するより、よっぽどわかりやすいからだろう。
こうしたルールを小さなノートやアプリにして、配ってもいいかもしれない。チェックシートに従って、自分の行動を照らし合わせ、クリアすれば、小さな達成感や安心感も得られるだろう。
子供が小さく、どうしてもスーパーなどに連れて買い物に行くしかない人もいるだろうし、仕事で仕方なく出かけなければならない人も大勢いるわけで、「自粛ポリス化」した人が、外出する人を見て、「非国民」などと目くじらを立てる風潮は本当に悲しい。
■政府や自治体の「抽象的な呼びかけ」に戸惑っている人が大多数
多くの人が、頑張って自粛をしているし、必死になってやっている。
ただ、政府や自治体の「抽象的な呼びかけ」に戸惑っている人は大勢いるはずで、十分な情報がいきわたっているとはいえない。
4月22日、政府の専門家会議は「人との接触を8割減らす、10のポイント」を発表したが、その内容は既視感がある、まだまだ解釈が個人にゆだねられる部分も多い。日本では、「3密でなければ外出OK」というようにとらえられている向きもあるが、そもそも、海外のルールは「外に出るな。以下の場合を除いて……」というように「外出しない」が原則。例えば、オーストラリアで最も人口の多いニューサウスウェールズ州などのウェブサイト(※)を見ると、細分化して「していいこと、してはいけないこと」がリスト化してある。
※What you can and can't do under the rules
ここでは書き尽くせなかったが、人の行動を変える説得の方法は他にいくらでもある。政府や自治体は「発信すればいい(後は国民にお任せ)」という考え方を脱却し、優先的に戦略的に、コミュニケーションに取り組んでいただきたい。
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コミュニケーション・ストラテジスト
早稲田大学政治経済学部卒、英ケンブリッジ大学大学院国際関係学修士、元・米マサチューセッツ工科大学比較メディア学客員研究員。大学卒業後、読売新聞経済部記者、電通パブリックリレーションコンサルタントを経て、現在、株式会社グローコム代表取締役社長(http://glocomm.co.jp/)。企業やビジネスプロフェッショナルの「コミュ力」強化を支援するスペシャリストとして、グローバルな最先端のノウハウやスキルをもとにしたリーダーシップ人材育成・研修、企業PRのコンサルティングを手がける。1000人近い社長、企業幹部のプレゼンテーション・スピーチなどのコミュニケーションコーチングを手がけ、「オジサン」観察に励む。その経験をもとに、「オジサン」の「コミュ力」改善や「孤独にならない生き方」探求をライフワークとしている。
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(コミュニケーション・ストラテジスト 岡本 純子)
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