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コロナ禍の次に世界を襲う「4畳半に4万超のバッタ」の恐怖

プレジデントオンライン / 2020年5月7日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pixelfusion3d

アラビア半島・アフリカ・西アジアで「サバクトビバッタの大発生」という新たな危機が生じている。おびただしいバッタが大地や空、田畑を埋め尽くし、農作物や牧草などすべてを食べ尽くす「蝗害(こうがい)」だ。巨大な群れ(スワーム)は、東京ドーム386個分に1120億匹。その密度は「4畳半に4万超」というすさまじさ。コロナ禍で貧困化した地域の食糧を食い尽くし、世界飢餓を引き起こす恐れがある──。

■大発生の起点は2年前のサイクロン豪雨

今回のサバクトビバッタの発生の始まりは、2年前にさかのぼる。2018年にアラビア半島南部に発生したサイクロン豪雨が引き金となり、イエメンとオマーンの国境辺りにバッタが大発生した。翌年夏に、バッタの群れはサウジアラビアと紅海を超えてスワームを形成し、アフリカのエチオピアやソマリアに飛んだ。

2018‐19年にかけて、ソマリアではサイクロンが何度か起こった。あとには広大な草原が現れ、豊富な草を食べたバッタがどんどん増えた。そして大発生が生じ、今年になってそのバッタのスワームが西はアフリカ内陸部へ、東はパキスタンとインド方面へと飛来し、拡散している。

■目黒区内に1120億匹のバッタがあふれる事態に相当

バッタの大発生は、歴史的に頻繁に繰り返されてきた。スワームの大きさは1806ヘクタール(18.06平方キロメートル)を超えるという記録もある。今回の大発生はこれに匹敵する規模だともいわれている。

この規模は東京ドーム384個分、渋谷区や目黒区ならすっぽり包まれる。そこに1120億匹の黒いバッタが襲来する様子を想像してみてほしい。平方メートルあたりに6202匹、4畳半だと4万を超えるバッタがうようよと群れる計算になる。

サバクトビバッタの大発生は、いまに始まったことでない。大昔より、数年から数十年単位で大発生を繰り返している。文字として残されたもっとも古い記録は紀元前1000年ころに編纂された旧約聖書「出エジプト記」までさかのぼる。

1931年にアメリカの小説家、パール・バックが書いた『大地』にもイナゴの大群が飛来して、またたく間に田畑を食い尽くしてしまう情景の描写がある。記憶に新しいところでは、1986‐89年と2003‐05年に、アフリカから西南アジアにかけて大発生したサバクバッタの大群のニュースがある。

■平和な緑バッタが、凶暴な黒色群生相化するメカニズム

バッタは普段、緑色の体色をしている。これを専門用語で「孤独相」と呼ぶ。

豪雨があると、そのあと一面にバッタの繁殖にとって好適な草原ができる。するとバッタは繁殖を繰り返し、密度が増す。バッタ同士の体が互いに触れ合うほど高密度になり、幼虫のバッタ同士の脚や触角が触れ合うようになると、その刺激によって体色が黒色化するのだ。「群生相」と呼ばれるバッタの出現だ。

群生相は、高密度になったバッタ集団が、いまいる場所には食べ物がないことを察知して生まれる。食糧不足を回避して新天地を求めて生き残ろうとする、バッタの体内に潜む仕組みとして進化してきたものなのだ。

貧しい老人の手で握りなさい空のボウルでは、助けを請います。飢餓や貧困の概念。選択と集中。退職後の貧困。施し
写真=iStock.com/Stas_V
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Stas_V

黒化した群生相のバッタは、孤独相のバッタとは性質が大きく異なる。体の割合に比べて翅(はね)が長く、後ろ脚が短くなり、背中の筋肉は縮小する。そして成虫となって、新たな穀倉地帯を求めてスワームとなり、大群で飛翔を開始する。

今年、公表された研究では、群生相の成虫は数こそ少ないが大きな卵を産むこともわかった。不安定な環境では大きな卵から産まれる子のほうが生き残りやすいだろう。生存戦略が大きく変わるのだ。

■バッタの変化を司る「体内ホルモン」

生物が個体として持てる資源は限られているので、背筋や脚に使う資源を、翅を伸長させることに使うと考えられている。卵数と卵サイズの関係も同じである。こういった変化を司っているのが体内ホルモンである。

群生相は、飛翔に適した体つきとなり、いまいる場所の草を食べ尽くすと、大群となって別の緑の場所を見つけて飛翔する。群生相化したバッタでは、行動も変容する。みなが同じ方向に向かって行進するようになるのだ。「マーチング」と呼ばれるこの行動は、群れのなかでお互いに衝突して共食いしないために生じると考えられている。

このようにして、砂漠の各地に点在する草原で群生相化したバッタの集団が、緑のある新たな畑や草地に襲い掛かり、食べ尽くしては次の草原を目指し、ついには何億もの数となって、農地を次々と裸地にし、すでに新型コロナで貧困化した地域の食糧を根こそぎ奪っていくのだ。

■繰り返される「バッタ防除」と「大発生」の謎

バッタの防除は、主に化学農薬に頼っている。だが、群生相の成虫が大群となって飛来するようになれば防除できなくなる。バッタのアウトブレークを防ぐには、バッタの集合化の兆候をモニタリングするしかない。

群生相化しそうなバッタの集団を見つけて、幼虫の段階で農薬を散布するのが有効だ。そのために、ローマに本部を置くFAO(国際連合食糧農業機関)には、バッタ対策チームが設置されている。彼らは人工衛星によるGIS(地理情報システム)を使ってバッタの発生をモニタリングし、アフリカや中東アジアの国々と連携して初期防除に努めている。

「蝗害」の終わりはまだ見えない
写真=iStock.com/pawopa3336
「蝗害」の終わりはまだ見えない (※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/pawopa3336

予算システムという視点で考えると、バッタの防除対策には課題がある。それは大発生が不規則なタイミングで繰り返し生じる点に集約される。いざ大発生が始まると、各国や国際機関は莫大な予算を投入し、防除や研究が進む。しかし発生が終わると、予算は削減されてしまう。この繰り返しなのだと、バッタ研究者たちは指摘する。

■感染症専門家不足が新型コロナを悪化させたのと構図は同じ

これはバッタに限ったことではない。

筆者はわが国の南西諸島に侵入する害虫問題に携わっているが、侵入害虫の発生がない年でも警戒の手を緩めると侵入警戒システムの維持が困難になる。火事のないときでも消防署が必要な理由と同じである。

新型コロナウイルスの出現で暮らしを一変させられた僕たちは、この仕組みを十分に思い知ったはずだ。感染症専門の病床と専門医の確保が、どれほど世界中で脆弱であったことか。

経済の維持は重要だが、人類の命を守る社会保障とのバランスをとることが持続的な社会システムにとってより大切である。

■本当の「原因」は人間社会、かもしれない……

2019年に公表されたバッタ被害問題を扱った総説論文には、バッタの大発生は、人類の食糧だけでなく家畜飼料、つまりは食肉の確保にも大打撃を与えると警告している。そして生物多様性の喪失にもつながるだろう。

大発生の裏には、世界各地で起こっている農地を確保するための森林伐採も関与する。土壌流出による新たな草原の出現や、広大な面積に単一の作物を作付けするというモノカルチャー農業(単一作物大規模農業)の拡大も、バッタにとっては大発生を助長するのに好適な環境を人類が提供しているのだ。

FAOのサイトによると、2020年5月4日現在、サバクトビバッタは、西はケニア・エチオピア・ソマリア・エリトリア・スーダンまで、アラビア諸国ではイエメン・サウジアラビア・イラク・オマーン・UAEにその発生を拡散した。スワームはイラン南部からパキスタンへと広がり、東の最前線はパキスタン-インドの国境地帯である。そして春に繁殖したスワームは6月のあいだいくつもの波となって押し寄せるとFAOは予測する。

サバクトビバッタの群れが中国に向かっている、との一部報道もあったようだが、過去の大発生の記録とバッタ専門家の見解では、パキスタンの東にあるヒマラヤ山脈は越えられないといわれている。

■食料自給率の低い日本も無縁ではいられない

規模に大小の違いがあるものの、バッタの大発生はアメリカ大陸、オセアニア、そしてフィリピンや日本でもときおり生じている。

日本では、河川敷の広大な河口草原にトノサマバッタが大発生する例が以前より知られている。河口草原は、河川の開拓と治水の進歩によって消滅した。しかし、1981年沖縄本島南部のイナゴ、1986年鹿児島県馬毛島、1995年と2007年に関西国際空港の草原でトノサマバッタの大発生が生じている。

これらの大発生はいずれも、天敵である糸状菌の感染によって終わった。サバクトビバッタでも、「メタリジウム」という昆虫に感染する糸状菌を用いた防除も検討されているが、防除の中心は発生モニタリングと化学農薬の散布である。

アフリカ・中東・西アジアの穀倉地帯へのバッタの襲来が、コロナ禍で襲い掛かる世界的食糧危機にトドメを刺すかもしれない。そして、カロリーベースで37%というとても低い食料自給率(平成30年度)の日本は、その影響を大きく受ける可能性が否定できないのである。

■参考文献
1)Zhang et al. (2019) Annual Review of Entomology 64, 15‐34
2)Cullen et al. (2017) Advances in Insect Physiology 53, 167‐285
3)Maeno et al. (2020) Journal of Insect Physiology 122, 104020
4)伊藤ほか(1990)動物たちの生き残り戦略. NHKブックス.
5)Locust watch‐Desert Locust. 4 May 2020.
http://www.fao.org/ag/locusts/en/info/info/index.html
6)Dunn (2017) Never Out of Season: How Having the Food We Want When We Want It Threatens Our Food Supply and Our Future. Little, Brown and Company. ISBN‐10: 031626072X(邦訳:ロブ・ダン著、世界からバナナがなくなるまえに: 食糧危機に立ち向かう科学者たち. 青土社. ISBN‐10: 4791770056)
7)前野 ウルド 浩太郎(2012)孤独なバッタが群れるとき―サバクトビバッタの相変異と大発生(フィールドの生物学). 東海大学出版会
8)田中ほか(2015)関西国際空港の一期島と二期島におけるトノサマバッタの大発生と管理. 関西病虫研報(57):1‐9
9)藤崎・田中編(2004)飛ぶ昆虫、飛ばない昆虫の謎. 東海大学出版会.

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宮竹 貴久(みやたけ・たかひさ)
岡山大学大学院環境生命科学研究科教授
1962年、大阪府生まれ。理学博士(九州大学大学院理学研究院生物学科)。ロンドン大学(UCL)生物学部客員研究員を経て現職。Society for the Study of Evolution, Animal Behavior Society終身会員。受賞歴に日本生態学会宮地賞、日本応用動物昆虫学会賞、日本動物行動学会日高賞など。主な著書には『恋するオスが進化する』(メディアファクトリー新書)、『「先送り」は生物学的に正しい』(講談社+α新書)、『したがるオスと嫌がるメスの生物学』(集英社新書)などがある。

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(岡山大学大学院環境生命科学研究科教授 宮竹 貴久)

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