橋下徹「なぜ吉村大阪府知事の言葉はハートに突き刺さるのか」
プレジデントオンライン / 2020年5月8日 11時15分
(略)
■真のリーダーは情報の「量」ではなく「質」を頭に叩き込む
吉村さんの記者会見やテレビ出演を見れば一目瞭然だが、彼はすべて自分の言葉で語っている。記者会見のときにプロンプターは使わない。大阪府にプロンプターがないという事情もあるが。
このことは吉村さんが、有権者に向けて発する内容について、すべて頭に入れていることを物語っている。
ただし、頭に100%の「量」を入れているのではない。大きな論理、重要ポイントを完璧に入れているのであって、細かな事実関係などは担当の職員に説明をさせる手法を採る。
つまり、リーダーとして必要な情報インプット能力は、頭に入れる情報の「量」を拡大するのではなく、「質」を極めることだ。あらゆる情報を頭に入れる博識タイプはリーダーにふさわしくない。このような博識タイプは、肝心な時に、自分の頭の中にある雑学を延々と披歴するパターンに陥ることが多い。
周囲が「今、そんな話をしている場合じゃねえーよ」と感じているのに、本人は自分の雑学話に悦に入っている。
そうではなく真のリーダーは、自分の頭の中に入れておく情報を的確に「選別する」。リーダーとしての判断に必要な情報、周辺に発信するのに必要な情報を、膨大な情報の中から選別し、情報の「質」にこだわるのだ。
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そして演説原稿を事前に用意すると、どうしても演説の格調や文章の美しさを気にしてしまうし、色々な情報を入れようと力が入ってしまう。事前に何度も何度も修正しながら、どんどん格式の高さや文章の美しさ、情報の多さを極めることにエネルギーを割くようになってしまう。
■メッセージの先に光が見えなかった安倍さんと、多少は光が見えた吉村さん
安倍さんの新型コロナ問題に関する演説はこのプロンプターを活用しているので、確かに語り口はきれいで、情緒的なフレーズが多いが、肝心な部分が抜けてしまうし、聞いている者からすると迫力が足りないように感じてしまう。
今回の緊急事態宣言の延長の説明の演説も、結局、どうなったら宣言が解除されるのか、国民が最も知りたかったところが不明だった。メディアの論調などを見ると、すこぶる評判が悪い。
これは情報の選別や、聞いている者のハートに突き刺さる力が弱いのだ。
役人の説明は、間違いのない正確さに重きが置かれる。だから情報も多いし、聞いている者の「脳みそ」に働きかけるものになってしまう。だから、小難しくつまらない説明になってしまうことが多いが、それは役人の役割なので仕方がない。
他方、リーダーが発する説明・メッセージは、聞いている者の「ハート」にズバッと働きかけるものでなければならない。それは、リーダーは間違いなく正確に説明することが役割なのではなく、組織全体を、さらにはその周辺を動かしていくことが役割だからだ。
この点、吉村さんの説明や会見は、プロンプターを使うことなく、演説原稿なども用意されていない。だから、必要で重要なポイントを自分の言葉でズバズバと語ることとなる。無駄で余分な、回りくどい、情緒的な、ポエムのような話はそぎ落とされる。自分の言葉で語るので迫力がある。記者からどんな質問が来ようが、細かな事実関係以外は、すべて自分で答える。だから聞いている者の「ハート」に突き刺さるのだ。
平時ののんびりした場では、格式や回りくどい情緒的な話は許されるが、有事の場合には厳禁だ。小泉進次郎環境大臣の、中身のない話をもっともらしく話すあの語り口は、有事のときには絶対に厳禁だ。
安倍さんも、有事である新型コロナ問題に関する国民向けの演説については、次回からプロンプターを利用しない方がいいと思う。そうすれば、必要かつ重要なポイントのみを頭に叩き込むことに注力することになるし、自分の言葉で語るので迫力も出るだろう。
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安倍さんの演説には光がまったく見えなかった。一方、吉村さんのメッセージには光が多少見えたというのが国民の感覚ではないだろうか。
■想定問答集なし! 大阪の記者会見で鍛えられたメッセージ発信力
では、なぜ吉村さんが、プロンプターを使わずに、このような説明や会見ができるのか。
それは端的に一言、大阪における記者会見でとことん鍛えられているからだ。これは吉村さんだけでなく、松井一郎大阪市長も同じだ。
大阪においては、知事・市長は、毎週1回の記者会見に加えて、毎日の登庁時・退庁時にも、記者からの質問に応じる。その他、重要会議や重要イベントが終了したのちも、記者からの質問に応じる。そしてこれら会見や質疑応答は、基本的には質問がなくなるまで原則時間無制限に行われる。もちろん確実に時間枠が確保されている毎週1回の定例記者会見以外は、次のスケジュールの関係上途中で打ち切られる場合もあるが、それでも可能な限り質問が尽きるまで知事・市長は応答する。
僕が知事に就任した時、その後市長に就任した時、記者会見や質疑応答などについては、政策企画部の広報担当によって、完璧な想定問答集が作成される体制になっていた。前任の知事・市長まではそうしていたのだろう。
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そもそもなぜ想定問答集がそれほど完璧に作られているのか。それは「知事・市長が答えられなかったら恥だ」と考えられているからだ。
であれば、知事・市長がきちんと答えることができるなら、完璧な想定問答集など事前に用意する必要はなくなる。
さらに、役所は、「知事・市長が間違ったことを言ったら大変だ」とも考えている。しかし「知事・市長といえども所詮人間、間違うことだってある。間違えたら後に修正すればいい」と考えたら、そこまで完璧な準備をする必要はなくなる。
政治家ぶった、もったいつけた話をしなくてもいい。格調高い話をしなくてもいい。
必要なことを、重要ポイントに絞って、自分の言葉で語る。
太いロジック、根本の考え方が重要なのであって、細かな事実の説明は、職員に任せればいい。間違えば後日訂正すればいい。
このような考えに改めると、膨大な労力をかけた事前の想定問答集作りが必要なくなってくる。
その代わり、知事・市長は、必要で重要な、太いロジックをしっかりと頭に叩き込まなければならない。
ただしそれをしっかりと頭に入れておけば、記者からどんな質問が来ても、必要なことはすべて自分の言葉で迫力をもって答えることができるようになる。
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そこで鍛えられている吉村さんだからこそ、会見や質疑応答、そしてテレビ出演において、どんな質問が来ようが、必要かつ重要なポイントについて自分の言葉で迫力のある、聞いている者の「ハート」に突き刺さるメッセージを出し続けることができるのだ。
もし安倍さんや、小泉さん、その他閣僚の会見や質疑応答が、吉村さんのものと比べて物足りなく感じるのであれば、それは彼らの会見、質疑応答の場が、戦場として熾烈さが物足りないからだろう。
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(ここまでリード文を除き約2800字、メールマガジン全文は約1万1900字です)
※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.198(5月7日配信)の本論を一部抜粋し、加筆修正したものです。もっと読みたい方はメールマガジンで! 今号は《【政界・新リーダー論(1)】なぜ吉村洋文大阪府知事のメッセージはハートに突き刺さるのか?》特集です。
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元大阪市長・元大阪府知事
1969年東京都生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。
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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹)
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