キッズライン男性シッター問題に学ぶ「性別ですべてを決めつける」日本社会の病理
プレジデントオンライン / 2020年7月8日 11時15分
■あらゆる策の中でもっとも安易な手段
2020年4月から6月にかけて、キッズラインに登録していた男性シッター2人が、保育中の児童に対する強制わいせつなどの疑いで相次いで逮捕されました。事件自体は決してあってはならないことで、僕も小さい子どもを持つ親として大きなショックを受けています。
しかし、この事件を受けてキッズラインがとった対応には、疑問を感じざるを得ません。同社は、登録している男性シッターすべての新規予約受付を一時停止。今回の事件とは無縁の、誠実に保育に取り組んでいる人も「男性」というだけで業務停止を余儀なくされました。
同様の事件が二度と起きないようにという思いからの措置でしょうが、私はあらゆる策の中でもっとも安易な手段だと思います。事件を起こしたのは男性なのだから、同じ性別の人を全員排除すれば再発リスクはゼロになる──。こう考えた結果ではないでしょうか。
事件が起きた原因や個々人の適正と向き合うことなく、なぜもっとも安易な手段をとったのか。これには日本特有の風潮も影響していると思います。現代の日本では、一見すると男女の問題をめぐる議論は盛んであるように思えます。しかし、性に関わる領域になると、皆途端に口が重くなるのです。
■性の問題を議論したがらない理由は
もともと日本では、性の問題に対して「できれば目をそらしたい」「口を閉ざしたい」という傾向が見られます。特に子どもに対しては学校も親も言葉を濁しがちで、性教育も盛んではなく、あいまいな説明に終始してきました。そのため、大人になっても性の問題に向き合う力が育まれていないのです。
もし今回の事件が性犯罪ではなく、例えば窃盗のような犯罪だったら、男性全員を排除するという対応にはならないはずです。雇用側も含めて誰もが「その対応はおかしい、男性への偏見だ」と考えるでしょう。ほかの再発防止策を求めて、議論も活発に行われたのではないかと思います。
ところが、ここに性の要素が入ってくると、話は途端に難しくなります。性の問題について議論したくない、でもリスクはゼロにしたい。こうした思いが強ければ、男性シッター全員の予約停止に結びつくのも当然の流れと言えます。
安易な手段に飛びつかないためには、どうしたらいいのでしょうか。それには、僕たちがなぜ性については口を閉ざしたいのか、その原因を探っていく必要があります。本来は性にどう向き合うべきなのか、専門家も含めて議論を尽くしていかなければなりません。
■子どもへの性教育は不可欠
また、子どもへの性教育もしっかり行うべきだと思います。教える側が性の話を避けたがっているようでは、子どもたちもまた「できれば口を閉ざしたい大人」になってしまいます。そんな事態を防ぐには、僕たち自身も知識を得て、発達段階に合わせて正しく伝えていくことが大切でしょう。
キッズラインの対応について、ここまで性の観点から考えてきました。次はジェンダーの観点からも考えてみたいと思います。
安易な対応に至ったのは、男性シッターが少ないことも背景になっていると思います。キッズラインでも、登録シッターのうち業務停止の対象となった男性シッターは、全体の3%にも満たない数でした。保育士も男性はまだ少ないと言われており、僕の子どもが通っている保育園にも一人もいません。
■少数派ゆえ、存在自体に違和感を持たれることも
一般的に、少数派は集団の中で目立つものです。少ないというだけで目を引いてしまうので、周囲にはその存在自体に違和感を覚える人も出てきます。また、少数派全員をひとくくりにしてとらえる人もいます。
キッズラインの対応は、少数派である男性シッターをひとくくりにした結果であり、はたから見れば逮捕者を男性シッターの代表としてとらえたようにも映ります。これは非常にまずいことで、男性のシッター業への参入を阻む結果にもつながりかねません。
従来、日本では保育や看護といったケアワークは女性的な職業と見られてきました。職名こそ保育士、看護師と性別を意識させない形に変わりましたが、現状はまだまだ女性が圧倒的多数を占めています。
■男性のケアワーク参入2つの壁とは
今後は労働人口が減っていくことを考えると、こうした業種へも男性が参入しやすい社会をつくっていくべきでしょう。そのためには、ケアワーク=女性向きというバイアスを解消するとともに、これらの業種で問題となっている低賃金も見直していく必要があります。
日本には、男性は一家の大黒柱であるべきという価値観も根強く残っています。この価値観がある限り、男性は低賃金の職には就きにくいのです。男女共通の低賃金という問題、そして男性に偏って課された“大黒柱ルール”、この2つは同時に解消していかなければ、ケアワークへの男性の参入は進みにくいでしょう。
残念ながら、今回のような事件は今後も起こる可能性があります。風化させないためにも、シッター業界はどんな対策をとるべきなのか、僕たちは性の問題をどう扱うべきなのか、さらなる議論が必要だと思います。
加えて、集団における少数派は、「既存のジェンダー観」を押しつけられがちです。男性中心の職場にいる女性は、男性から「女性の意見を聞かせてくれ」「女性ならではの視点を」などと言われることも少なくありません。私は女性代表ではないのに……と思ったことがある人もいるのではないでしょうか。
今回の逮捕者も、決して男性シッター代表ではないはずです。少数派である状態が解消されていれば、性別でくくっての予約停止も起きなかったでしょう。これは、あらゆる仕事において男女平等・男女均等を目指すべき理由のひとつでもあります。男女ともに安心して希望の業種に参入できる、既存のジェンダー観にとらわれない社会になることを望みます。
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大正大学心理社会学部人間科学科准教授
1975年生まれ。博士(社会学)。武蔵大学人文学部社会学科卒業、同大学大学院博士課程単位取得退学。社会学・男性学・キャリア教育論を主な研究分野とする。男性学の視点から男性の生き方の見直しをすすめる論客として、各メディアで活躍中。著書に、『〈40男〉はなぜ嫌われるか』(イースト新書)、『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA)『中年男ルネッサンス』(イースト新書)など。
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(大正大学心理社会学部人間科学科准教授 田中 俊之 構成=辻村洋子 写真=iStock.com)
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