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「コロナの起源」がずっと隠されているインテリジェンス上の理由

プレジデントオンライン / 2020年7月15日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CasPhotography

新型コロナウイルスは「武漢の研究所が起源だ」という説がある。真偽のほどを確かめる方法はあるのか。鍵を握るのは各国の情報機関だという。外交ジャーナリストの手嶋龍一氏と作家の佐藤優氏の対談をお届けする――。

※本稿は、手嶋龍一・佐藤優『公安調査庁 情報コミュニティーの新たな地殻変動』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■いかに「機微に触れるコロナ情報」を手に入れるか

【佐藤】いま、富める国にも貧困に苦しむ国にも、富裕層にも援助の手を必要とする人々にも、等しく、そして、容赦なく、襲いかかっている災厄が、新型コロナウイルス感染症です。こうした国家の威信がかかった問題では、軍事機密と同様に、いやそれ以上に国家指導者は真相を徹底して秘匿しようとします。そうした状況下にある時こそ、インテリジェンス機関がその存在意義を問われます。ただ、真相に挑もうにも、高い壁が幾重にも張り巡らされている。日本やアメリカは、北京に大使館を置き、アメリカは武漢にも総領事館を開設していますが、だからといって、機微に触れるコロナ情報が簡単に入手できるわけじゃない。

私は外交官でしたのではっきりと言えるのですが、外交の分野では相手国は友好的な情報ならさまざまな形で提供してくれます。しかし、その国にとって知られたくない情報は基本的に提供しない。相手国が嫌がる、出したがらない情報は、どうやって入手するのか。この分野は、外交官の仕事というより、インテリジェンス・オフィサーの仕事なのです。

■「情報の力で国民を守る」機関が必要だ

【手嶋】佐藤さんのように、政権の奥深くに食い込み、時に身の危険を冒して、相手が出したがらないインテリジェンスを入手してくる。そんな外交官は稀有な存在です。通常、日本の外交官は、そんなスパイのような危険な任務は、自分たちの仕事じゃないと思っているはずです。ですから、外交ルートを介して武漢起源説に関する正確な情報を入手するのはほとんど望めません。

【佐藤】戦後の日本は、海外に情報要員を配して、情報源を涵養して、極秘のヒューミントを入手するという情報機関を持ちませんでした。今回のように、中国側は徹底して情報を秘匿する。だとすれば、その厚い壁を幾重も突破して相手国の出したがらない情報に肉薄し、入手する機関がやはり必要になってきます。本章の冒頭に述べたように「情報の力で国民を守る」ための機関が必要になるのです。いますぐ対外情報機関を創設することなど望めませんし、先ほども議論したように、情報要員は一日にして成りません。そうだとすると、現実的には、公安調査庁にその責務を担ってもらうことが最も現実的だと思います。

■戦争、テロ、サイバー攻撃に並ぶ「パンデミック」の重要性

【手嶋】私もまったく同じ意見です。現に英米の情報コミュニティーでも、今回のコロナ禍を受けて、重大なパラダイム・シフトが起きています。具体的にいえば、アメリカの情報コミュニティーでは、9.11同時多発テロ事件をきっかけに、国家安全保障の中心テーマに「テロリズム」が据えられました。「テロの世紀」の幕があがったのですから、当然の成り行きでした。

同様に、今回のコロナ禍を契機に「パンデミック」がこれまた国家安全保障上の最重要課題に格上げされました。イギリスの情報コミュニティーでは「パンデミック」が、戦争、テロ、サイバー攻撃と並んで最重要の「レベル1」に位置付けられたとBBCは報じています。

【佐藤】国家の存立と自由な社会体制を脅かす敵に立ち向かう。それが情報機関の責務なのですから当然だと思いますね。いま、世界のインテリジェンス・コミュニティーで一種の「ギア・チェンジ」が起きている。世界第三の経済大国、日本でも、こうしたレージーム・チェンジに迅速に対応していくべきです。その中心的な役割を担うべきは公安調査庁です。内閣情報調査室は人員の面からも情報の取りまとめと分析を担うことに特化しなくてはなりません。外務省の国際情報統括官組織は、残念なことですが、中国が秘匿したがる分野に切り込むだけの調査能力を持っていません。警察の警備・公安や防衛省の情報部門は、そもそも、こうした分野は担当外です。

■1月時点で「パンデミックの危険」を指摘した情報機関

【手嶋】こうした状況下では、英米の情報機関も同様ですが、武漢に要員を派遣して調査することなどかないませんから、武漢病毒研究所の内情に通じた内外の研究者などから地道に情報を収集し、科学者の知見を総動員しながら、真相に迫っていくほかありません。

軍事機密なら、各国の軍部は、厳密な機密保持のシステムを確立して、容易にアクセスできません。ところが、感染症の世界は、今回の新型コロナウイルスが、かつてのSARSウイルスと遺伝子の構造がどこが違うのか、既存の治療薬は有効か、抗体はいかなるものか、といった分野で、コロナ発生直後から、中国の研究者と欧米や日本の研究者の間でかなり活発な情報の交換が行われてきました。

【佐藤】日本国内でもかなりの情報を入手し、分析することが可能となっています。公安調査庁はこの情報の結節点になるべきですね。

【手嶋】じつは、アメリカのインテリジェンス・コミュニティーには、メリーランド州フォート・デトリックにある国立医療情報センター(NCMI)という組織があります。感染症の専門家、ウイルスの専門家などを集めてコロナウイルスに関する情報を徹底して収集し、分析を始めています。じつはこの組織は、今年1月のかなり早い段階から武漢で発生した感染症がパンデミックになる恐れがあることをトランプ大統領に警告していたと「フォーリン・ポリシー」誌が伝えています。ただ、トランプ大統領は、例によって専門家の進言に耳を貸そうとしませんでした。日本でも感染症に特化した情報組織がいま求められています。同時に、情報の専門家も必要ですから、アメリカの国立医療情報センターのような組織を公安調査庁のブランチとして考えてはどうでしょうか。

【佐藤】興味深い提案です。

■感染症との戦いは「冷戦の延長線上」にあった

【佐藤】アメリカもイギリスもロシアも、細菌やウイルスによる感染症には、冷戦期を通じて大変な蓄積を持っています。第一次世界大戦で毒ガス兵器が使われて膨大な犠牲者を出した教訓から生物・化学兵器の製造・使用は、国際条約で厳しく禁止されてきました。しかし、東西両陣営は、冷戦期にも、細菌・ウイルス戦の研究はやめようとしませんでした。敵の陣営が生物兵器を使用してきたら、それを防ぐためにはワクチンや抗体を備えておかなければと考えたからです。ですから、東西両陣営にとっては、感染症との戦いは「冷戦の延長線」に位置付けられていたのです。同時に、国際テロ組織が生物・化学兵器に手を伸ばす危険も現実のものになりつつありますから、「テロの世紀」にあって、「パンデミック」は優れて今日的なテーマなんです。

【手嶋】9.11同時多発テロにワシントンが見舞われた時のことでした。ワシントンの連邦議会に「炭疽菌」入りの手紙が届いて、死者も出て、首都をパニックに陥れた事件がありました。私たちホワイトハウスの特派員も議会に取材に行くには、「炭疽菌」に備える薬を服用しなければなりませんでした。細菌・ウイルス戦に備えて、アメリカ軍が開発した薬だと聞きました。これを飲むとたちまち気持ちが悪くなり、もう二度と飲みたくありません。

■「サリン事件」に取り組んできた公安調査庁

【佐藤】戦前は、日本の陸軍が登戸(神奈川県川崎市)に細菌戦の研究所を持ち、多くの医療専門家を抱えていました。戦後は、細菌・ウイルス戦に備える医学的蓄積は陸上自衛隊の一部を除いてなくなったと言われてきました。しかし、日本では、公安調査庁だけが唯一、細菌・ウイルス戦の分野で情報を蓄積してきたのです。オウム真理教が引き起こした松本サリン事件と地下鉄サリン事件に取り組んできたからです。

【手嶋】コロナ禍のさなか、世界の情報関係者がもっとも注目している毒物・生物・化学兵器の専門家がいます。アメリカのコロラド州立大学のアンソニー・トゥー名誉教授(90)です。1994年に松本サリン事件が起きた後、トゥー博士はサリンの分析法を日本の捜査当局に指導し、山梨県の山中の土からサリンの分解物を見つける手がかりを提供したことで知られています。

このアンソニー・トゥー博士は、新型コロナウイルスの起源について、日本をはじめとするメディアのインタビューに答えて「私見だが、武漢の病毒研究所やその他の関連施設などで培養、研究していた新型ウイルスが未完成のまま、何らかの不手際で外部に漏れたと考えるのが一番適当な説明だと考えている」と述べています。

■日本は独自で真相究明を進めるべきだ

【手嶋】トゥー博士は、生物・化学兵器の専門家として国防総省の顧問を長く務めており、より詳細な分析をアメリカ政府に伝えていると思います。武漢病毒研究所には「P4」といわれる最高レベルの危険なウイルスの研究実験施設を備え、中国のウイルス研究の中枢を担っています。それだけに、アメリカの疾病対策センター(CDC)が専門家を派遣したいと申し入れたのに対して中国側は受け入れを拒否し、代わって中国人民解放軍の生物化学兵器の最高の専門家と見られる女性の少将を武漢に派遣した事実からも「いぶかしい」と述べています。

手嶋龍一、佐藤優『公安調査庁-情報コミュニティーの新たな地殻変動』(中央公論新社)
手嶋龍一、佐藤優『公安調査庁 情報コミュニティーの新たな地殻変動』(中央公論新社)

【佐藤】米中両超大国は、コロナ禍を巡る情報戦を繰り広げていますが、日本も多くの感染症の専門家を擁し、日中間でも限界があるとはいえ学術交流も盛んなのですから、真相の究明を欧米任せにせず、独自に取り組むべきだと思います。それによって、中国が初期の段階で情報を公開し、国際間の協力体制を取っていれば、今回のパンデミックを初動の段階で抑えられた可能性があったことを明らかにしておくべきだと思います。

【手嶋】コロナ禍は、当初、武漢の食料市場からコウモリを介してヒトに感染したと伝えられましたが、武漢病毒研究所から漏れたことが確認されれば、ウイルスの管理や研究体制の見直しを抜本的に迫られることになると思います。

■コロナ後の世界は、大きく変わる

【佐藤】世界的なベストセラー『サピエンス全史』の著者で、イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリは、今回のコロナ禍に関して深い洞察をわれわれに示してくれています。

選択を下す際には、目の前の脅威をどう乗り越えるかだけでなく、この嵐が去ればどんな世界に住むことになるかも自問すべきだ。新型コロナの嵐はやがて去り、人類は存続し、私たちの大部分もなお生きているだろう。だが、私たちはこれまでとは違う世界に暮らすことになる。(『日本経済新聞』電子版、2020年3月30日)

これを機会に教育の世界にも重要な変革の波が押し寄せていくでしょう。日本の学校の始業を欧米やロシアの基準に合わせて9月にすべきだという議論はその最たるものだと思います。東京大学がすでに9月始業を検討しながら、反対意見が根強く断念した経緯がありました。私は、児童、学生の海外留学が容易になるという観点から学校を9月始業にする案は、十分に検討に値すると考えています。同時に、日本のインテリジェンス機関が、パンデミックを主要なテーマに据えて、自己改革を進める好機だと考えています。

【手嶋】おおいに賛成です。公安調査庁がその先導役を担ってほしいと思います。

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手嶋 龍一(てしま・りゅういち)
外交ジャーナリスト、作家
9・11テロにNHKワシントン支局長として遭遇。ハーバード大学国際問題研究所フェローを経て2005年にNHKより独立し、インテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』を発表、ベストセラーに。『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師』のほか、佐藤優氏との共著『インテリジェンスの最強テキスト』など著書多数。

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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年東京都生まれ。作家・元外務省主任分析官。英国の陸軍語学学校でロシア語を学び、在ロシア日本大使館に勤務。2005年から作家に。05年発表の『国家の罠』で毎日出版文化賞特別賞、翌06年には『自壊する帝国』で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『修羅場の極意』『ケンカの流儀』『嫉妬と自己愛』など著書多数。池上彰氏との共著に『教育激変』などがある。

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(外交ジャーナリスト、作家 手嶋 龍一、作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)

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