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太田光に名指し批判された元週刊誌編集長が「笑」法廷を見て思うこと

プレジデントオンライン / 2020年10月6日 11時15分

2017年11月22日(水)、東京都内で行われた日本の自動車大手トヨタ自動車のコミュニケーションロボット「きいろぼミニ」の発表会で、日本のお笑い芸人の太田光さんと妻の光代さん(左)が記念撮影を行った。 - 写真=つのだよしお/アフロ

■裁判所はお笑いパフォーマンスの場か

爆笑問題・太田光は自分の名誉棄損裁判で勝つことよりも、東京地裁の小法廷を、お笑いパフォーマンスの場にしたかったようだ。

10月1日午前10時。私は地下鉄丸の内線「霞ヶ関駅」A1出口を出て、霞が関の東京地方裁判所の前にいた。

週刊新潮が2018年8月16・23日号で、太田が日本大学芸術学部に入学できたのは、太田の父親が800万円払って裏口入学させたからだと報じた。

30余年も前のことなのに、描写は微に入り細を穿っていた。だが、当然ながら“お笑い界の帝王”とまでいわれる太田の怒りは怒髪天を衝いた。

自分の番組で「週刊新潮、バカヤロー、この野郎。裏口入学するわけねーだろう」と連呼し、ついでに、その記事を当欄で紹介した私にも、「元フライデー編集長・元木昌彦、反論ねぇのか、言論人としてどうなんだ」と吠えた。

記事が出た後、太田は「法的手段も辞さない」とメディアに公言し、事実、名誉を棄損されたとして、新潮に対して約3300万円の損害賠償と謝罪広告を求めて東京地裁に提訴したのである。

新潮側は次の号で、太田の怒り方はあまりに大人げないとする記事を掲載したが、裏口入学についての新しい事実は示さなかった。

正直私は、いつもなら二の矢三の矢を放ってくる新潮が、今回はやや腰が引けている感じがした。

■あの「大誤報」の二の舞になるかもしれない

“帝王”太田の威光の前に恐れをなしたのではないか。もしかすると、2009年2月5日号から4回にわたり連載した、朝日新聞阪神支局襲撃事件の真犯人だと自称する男の手記が、週刊誌史上に残る「大誤報」になったが、その二の舞になるかもしれないと危惧したのである。

それから2年以上が経った。9月初めに、太田が名誉棄損裁判で自ら法廷に立つという報道があった。不覚にも、とうに和解していると思っていた。

早速、新潮社の友人に、この件についてどうなっているのかを聞いてみた。友人曰く、裁判所側からの和解勧告があったが、双方ともそれを蹴ったため、裁判で決着をつけることになったという。

“帝王”自らが東京地裁に降臨するというのだから、週刊新潮に決定的ダメージを与える発言をするに違いない。もしかすると2年前の新潮45休刊のように、週刊新潮休刊という最悪の事態もあるかもしれない。

これは自分の目と耳で見ておかねばと、眠い目をこすり、地裁前にたどり着いたのである。前日ネットで調べると傍聴券は抽選で、締め切りは11時、開廷は13時半からだった。

■どれほど傍聴者が集まるのかと思っていたら

かつて、オウム事件で、麻原彰晃が法廷に初めて出たときは、数十枚の傍聴券に1万人近い人間が群がり、大変な騒ぎになった。

裁判所
写真=iStock.com/mizoula
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mizoula

今回も、それに近い人が集まるのではないかと危惧したが、いくつかテレビクルーは来ていたが、人影はまばらである。場所を間違えたのかと不安になった。地裁の人間に聞くと、ここで間違いないという。

受付で、ナンバーが印字された紙のリストバンドと「傍聴希望者の方へ」という小さなパンフレットをもらう。ナンバーは201881623。何と2億台ではないか。やはり傍聴希望者はこれから雲霞の如く集まってくるに違いない。

お茶を飲むところがないので、歩いて「法曹会館」のロビーへ行った。スマホでKindle本を読みながら待つ。

12時に抽選発表。自慢ではないが、私はくじ運がまったくない。子どもの頃から、町内の商店街の福引でも当たったことがない。今回も外れた。

係員に聞くと、傍聴希望者は249人しか集まらず、倍率は9.6倍だったという。

太田に対する世間の関心度はその程度だったのかと、ぶつぶついいながら帰途についた。

■「『裏口ネットワーク』を使って入学」と報道

翌日の各スポーツ紙はこの件を“それなり”に扱ってはいたが、女優・石原さとみの結婚発表の前には極めて影が薄かった。

ここからは、スポーツ紙が報じた“笑”法廷の様子を紹介しようと思うが、その前に、この事件のあらましに触れておきたい。

日大芸術学部は医学部を除いた日大の中の花形学部で、OBには深作欣二、森田芳光、三谷幸喜、林真理子など錚々たる人たちがいる。

だが、太田の高校時代の同級生が新潮に、「太田は割り算ができなかった」と語っている。事実、太田本人も算数に弱かったことは認め、ダンゴ屋でバイトをしていたとき、釣り銭の勘定ができず、客に怒られないように「なるべく多く渡していた」という。

そんな一人息子を溺愛し、心配した父親・三郎は、新潮によれば、「裏口ネットワーク」を使って日芸へ入れようとしたというのである。

新潮は、「日本を代表する指定暴力団の、有力親分の愛人芸者が産んだ娘がいて、そんなちょっとややこしい事情を抱えた人物と三郎氏はひょんなところから知遇を得た。そのコネを通じこのネットワークの元締めに辿り着いている。組織の力は極めて強く、『最も確実に入学できる道』」だったと報じている。

■「この成績では無理だろう」というレベルだった

だが、裏口もすんなりいったわけではなかった。日大関係者がこう話す。

「この成績では無理だろうというレベルでしたね。太田の父親とも何度か打ち合わせの席を持ちましたが、“息子、バカなんです”と繰り返していてね」

すこしゲタを履かせる程度では入学できない。そこで、日大の現役教員が太田を缶詰にして直接指導する臨戦態勢をとったという。それも1次試験の前日あたりにやったというのだ。当然、当日の試験問題と同じものをやらせたのだろう。

それでも2次試験の後、不合格の判定が下されてしまう。

「ゲタの履かせようがなかったんです。(中略)学科試験は太田の場合、英語と国語なんですが、英語はもう限りなくゼロ点に近くって。答案用紙を逆にして書いたのかなぁと疑うほどでして」(同)

当時の日大総長も参加して「これは却下しよう」となった。だが、入学式の前日か数日前に状況は大逆転したそうだ。ネットワークからの圧力があったのだろうか。

結局、太田1人を合格させると露骨過ぎるという理由で、補欠合格として他に5~6人入れることが決まったという。

その対価に父親は日大サイドに800万円を払ったそうだ。84年のことだそうだから、当時の大卒の初任給は13万5800円(厚労省の賃金構造基本統計調査より)。年収の約5年分である。

だが、太田は、それほど父親が苦労して入れてくれた日芸演劇学科を中退してしまうのであるが。

入学テスト
写真=iStock.com/Chinnapong
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Chinnapong

■証人の宣誓で「伊勢谷友介です」

太田はこの記事に激怒した本音は、ここにあるようだ。

「俺ホントにあの日から、周りの人たちが俺のことを見る目が、すごい何かちょっと下に見てる感じがするんだよ!」

オレの名誉を棄損した新潮をひねりつぶしてやる。東京地裁に向かう車内の太田の目には怒りが迸っていた。

スポーツ紙は「初出廷で爆問太田劇場」(スポーツ報知)、「異例の爆笑法廷」(サンケイスポーツ)、「初出廷爆怒太田」(スポーツニッポン)、「爆問太田裁判でもボケた」(日刊スポーツ)と、太田のお笑いパフォーマンスを取り上げている。

まず、証人としての宣誓で、「良心に従って真実を述べることを誓います」といった後に小さく「伊勢谷友介です」

新潮側が、日芸を不合格になっていたことは、高校の卒業アルバムの進路欄に、合格していた横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)と書いたことでも明らかとしていることには、「滑り止めといったら失礼ですけど、バカでも入れる。そこに行ったのがウッチャンナンチャンなんですけど……出川(哲朗)さんも」

■裏口入学はあったのか聞かれると…

日芸を選んだ理由を、「幼い頃から映画と演劇が好きで、やるものすべてがばかうけ。いってみれば天才ですね」。自身の学力については、「国語が唯一の得意科目。英語はa little」

だが、「(父親から)大学は人との出会いがあるといわれて行ったのに、田中(裕二)くらいしか会わなかった」とボケをかました。

裏口入学の自覚はという質問には、キッパリと「ない」。新潮は、大学の教員からホテルで入試の個人指導を受けたと報じているが、「まったくない」。ホテルはと聞かれると、「ラブホテルですか?」と、これまたおとぼけ。

父親のことは「憧れの存在だった」。だが、裏口入学はあったのかという肝心かなめの質問には歯切れが悪かった。

父親が亡くなっているので真実を明らかにするのは難しいとして、「何ともいえない。可能性は否定できない」と、肯定とも思える発言だった。

新潮側の弁護士から、謝罪広告の必要性を問われ、「日芸は田中と出会った場所。それをインチキといわれ、暴力団と父親が関わっていると書かれて、多少の怒りはある」と、これも控えめないい方だったようだ。

太田の高校時代の恩師2人が太田側の証人として出廷し、「入試に受かる力が十分にあった」と証言してくれたのが、唯一の“救い”だったのではないか。

休憩を挟んで約4時間のロングラン口頭弁論は幕を閉じ、判決は12月21日になる。

■絶対勝つという意志はなかったように見える

私も現役時代は何十回も名誉棄損で訴えられた。名誉棄損裁判は訴えられたメディア側に不利な条件になっている。なぜなら、事実であることを立証できても、名誉棄損は成立するからである。

昔、あくどいやり方でカネを貸し、大儲(もう)けしていた人間のことを報じる際、某週刊誌が「マムシの○○○」とタイトルを付けた。

相手は、「マムシ」という形容は名誉棄損に当たると訴え、週刊誌側が敗訴した。あくどいやり方で多くの人間を泣かしていることが事実だとしても、マムシという表現は名誉棄損に当たるというのである。

私の経験則でこの法廷のやりとりを読むと、太田側は最初から、この裁判で絶対勝とうという強い意志はなかったように思う。

私が弁護士なら、裏口入学があったのかという質問に、「何ともいえない。可能性は否定できない」などといわせない。

断固否定したうえで、自分の社会人としての名誉も著しく傷つけられたが、私の尊敬していた亡き父の名誉が貶(おとし)められたことが死ぬほど悔しい、そういって号泣するぐらいの演技力を太田に要求する。

さらに、30余年も経っていることをいまさらほじくり返すことが「公共的関心事」なのか。新潮社の社内でも、報道された後、なぜ今さらという声がかなりあったと聞く。

さらに、当事者が亡くなってしまっていて、反論もできないのに、一方的な匿名の人物のいい分だけで、「真実たり得ると編集部が考えた理由」はどこにあるのかと、新潮側に問い質すことである。

小槌
写真=iStock.com/Kuzma
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kuzma

■彼はいったい何がしたかったのか

もちろん、これまでの弁護士同士のやりとりの中で、新潮側が「真実たり得ると信じた」理由を述べているだろうが、法廷で太田が、新潮側に鬼のような形相で迫り、それを裁判長に見せることで、裁判長の心証が大きく変わる可能性があった。

それをせず、刑事裁判なら「法廷侮辱罪」(法廷等の秩序維持に関する法律)に問われかねないやり方は、裁判長や傍聴者たちに、「裏口入学は事実」と思わせてしまったのではないか。

もちろん、事実であっても名誉棄損は成立することもあるが、元東京地検特捜部副部長・若狭勝弁護士がサンケイスポーツでいっているように、太田のように意図的に傍聴人の失笑を誘うような行動が、「裁判官が『この人物は遊び半分で、裁判を利用しているのでは』との見方を持てば、太田氏の発言内容の信用にもかかわり、有利にはならない」のである。

10月4日、日曜日朝の『サンデージャポン』(TBS)で、裁判について聞かれた太田は、宣誓の時「伊勢谷友介です」といったことを、「裁判長とかぶっちゃったんですよ。裁判長の“それでは”とぶつかっちゃった」と、照れながら語ったが、自身の名誉が棄損された裁判の行方については、ひと言も触れなかった。

もちろん、「週刊新潮のアホ」も「元木の言論人失格」発言もなかった。(文中敬称略)

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元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『a href="https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4198630283/presidentjp-22" target="_blank">編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。

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(ジャーナリスト 元木 昌彦)

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