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百貨店各社の「赤字決算はコロナのせい」にダマされてはいけない

プレジデントオンライン / 2020年12月21日 15時15分

新型コロナウイルス感染者の増加に伴う外出自粛を受け、土曜日と日曜日を臨時休業している商業施設「伊勢丹新宿店(中央)」と人通りの少ない新宿三丁目交差点=2020年4月5日、東京都新宿区 - 写真=時事通信フォト

■決算から伝わる、百貨店各社の苦境

予想されていたこととはいえ百貨店各社の中間決算が悪いことが波紋を呼んでいます。象徴的なのは業界トップである三越伊勢丹ホールディングスの赤字幅です。

2020年上期は純損失がマイナス368億円と大幅な赤字決算になりました。公表されている通期の予想はマイナス450億円の純損失になるとしていますが、もしこの冬、再度の緊急事態宣言が発令されれば、そこからさらに悪化する可能性がありそうです。

業界の4強を中間決算の純損失で横比較すると、高島屋がマイナス233億円、J・フロントリテイリングがマイナス228億円、エイチ・ツー・オーリテイリングがマイナス101億円でした。百貨店業界の苦境が決算から伝わってきます。

多くの読者の皆さんは、百貨店は衰退産業なのだとお考えかもしれません。実際、2020年は地方百貨店の閉店ラッシュが続いた年でした。1月に山形の大沼が破産。3月に豊橋のほの国(旧豊橋丸栄)が閉店、8月には北九州の井筒屋黒崎店と福島の中合福島店が閉店しています。全国大手でも新潟三越、そごう徳島店と西神店、西武大津店と岡崎店など地方店の閉店が目立ちました。

■都心の旗艦店ほど打撃を受けている

ただ投資家は百貨店業界を必ずしも衰退産業だとは思っていません。むしろ百貨店は成長産業であり、有望な投資対象だと考えてきたのです。

インバウンドと富裕層は増加しているのだから、東名阪、福岡そして札幌などの大都市に経営資源をフォーカスする再編ができれば、収益は上がるはずだという考え方です。厳しい言い方をすれば、衰退しているのは地方経済であって、地方百貨店が消えて巨大都市のターミナルにある旗艦店だけの業態に再編されれば、稼ぐ力で百貨店は再成長していくというシナリオでした。

しかし、新型コロナでこの戦略が揺らぎ始めています。

ふたたび業界トップの三越伊勢丹の状況を詳しく見てみると緊急事態宣言中の4月、5月は月次売上がどちらも前年比で9割の売上減でした。6月以降は平均して3割減と持ち直しはしますが、インバウンドの需要は現在まで消滅したままです。

そして三越伊勢丹でコロナの打撃が大きかったのはむしろ都心にあった旗艦店でした。地方のグループ店舗の売上減が上期全体で33%マイナスで済んだのに対し、都心の三越伊勢丹5店舗は45%の売上マイナス。特に厳しかったのが三越銀座店で実にマイナス63%の売上減を記録しました。

ひとことで言えばインバウンド需要が消失したうえに、高齢者が多い富裕層の来店頻度が減ったことが業績を直撃した形です。

■Jフロントのビジネスモデルが称賛されている

その一方で同じ百貨店4強の一角であるJ・フロントリテイリングのビジネスモデルを礼賛する声が上がり始めています。百貨店事業の売上が全体の92%を占める三越伊勢丹と違ってJ・フロントリテイリングの連結事業では百貨店事業は55%に過ぎません。

J・フロントリテイリングはそれ以外にテナントビジネスであるパルコや不動産事業、クレジット金融の比率が高いのです。そして売上高営業利益率でみれば不動産事業の利益率が38%、クレジット金融が18%、パルコが10%とそれぞれの収益率が百貨店事業の7%よりも高いことがわかります(注:この比較で百貨店事業の利益率が黒字なのは9月発売の『会社四季報』が3月の連結決算時の数字のため)

百貨店事業に集中した三越伊勢丹を新型コロナが直撃する一方で、事業モデルを多角化したJフロントの方が体質的に危機を乗り越えやすいという論理です。実際、上期の営業利益に相当する事業利益ではJフロントは2.5億円と4強の中で唯一黒字をたたき出しています(注:JフロントはIFRS、それ以外の3社は日本基準の決算で、Jフロントの事業利益が他3社の営業利益に相当する)

■イオンは小売事業で利益を稼いでいない

「不況期に多角化部門が企業を下支えしてくれるから多角化がいいのだ」という理屈はわからないことはないのですが、私はその方向性には疑問を持っています。

その最大の理由は小売業界最大手であるイオンの事業構造です。イオンは大規模スーパーであるGMS事業がだいたい全体の3分の1、中小規模のスーパーマーケット事業が3分の1強、それ以外の不動産や金融事業が3分の1弱という事業構造になっています。

札幌のイオン
写真=iStock.com/winhorse
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

そのイオンの事業別の利益率を見るとGMS事業が0%、スーパーマーケット事業が1%とまったく利益につながっていません。イオンで利益を稼いでいるのはイオンモールの不動産事業、WAONやクレジットなどの金融事業、そして施設の管理などのサービス事業の3本柱なのです。

イオンの決算を見ていると将来性は脱小売にあると思えて仕方ありません。小売比率が低い小売業の方が将来性があるというのは、パラドックス以外の何ものでもありません。

じつはそのさらに先を行く事例があります。アメリカ最大の小売業であるウォルマートの業績が新型コロナの影響下にもかかわらず絶好調なのですが、そのウォルマートが打ち出している注力の3本柱は金融事業、広告事業、ヘルスケア事業なのです。つまり日米ともに小売業最大手は小売で儲けることに関心がない。ないしは関心があっても小売の優先順位が低くなる戦略に注力しているのです。

■最大の課題は、富裕層向けビジネスモデルの確立だ

一方で投資家が百貨店4強への投資に関心を持った最大の理由は、小売領域の中でインバウンドと富裕層が成長市場だからです。言い換えると三越伊勢丹型のビジネスモデルの未来に関心をもった投資家にとっては、三越伊勢丹が利益を出してくれなければ百貨店に投資する意味がなくなってしまうのです。

そして百貨店4強にとっての最大の課題は、コロナではなく富裕層のニーズにあったビジネスモデルの確立です。ここはまだ途上で、どの企業も自信を持てるレベルには到達できていません。

そもそも何をもって富裕層と呼ぶのかは諸説あるのですが、グローバルには資産100万ドル(約1億1000万円)がひとつのラインで、日本では272万人、中国では440万人がその定義にあてはまるといわれています。そして中国の富裕層は人数が年々増加するとともに年齢層は比較的若く、日本の富裕層は人数はそれほど増えておらず高齢者が多いという違いがあります。

日本の富裕層の典型的なイメージをふたつ挙げると、ひとつは東京都港区で生まれ育ったもともとの富裕層です。親が企業オーナーで自分もその企業を継ぎ、不動産収入もあってお金に困ることは基本的にない。これがステレオタイプのひとつの例です。

もうひとつが70年代に総合商社に入社して数年前にリタイアして現在は企業年金で暮らす層です。生涯給与は累計で4億円超。住宅ローンはすでに払い終え、場合によっては都心のタワーマンションに住み替えが済んでいる。公的年金と企業年金の合計で月45万円の年金がはいってくるうえに、株などの金融資産が1億円を超えている。いわゆる成功したサラリーマンの勝ち逃げ組です。

貧困、平均、富裕層のシールが貼られた金貨が入った小瓶
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

■富裕層の心をつかんでいるのは「外商とデパ地下」だけ

そうした富裕層はどちらも百貨店での買い物を好みます。ただ話を聞いてみると、彼らのニーズに合致したサービスを提供してくれているのは外商とデパ地下だけのようです。なぜなら「買い物で失敗することで煩わされたくない」というのが最大のニーだからです。

たとえば羽毛布団を買ったけれどもなぜか寒いとか、甘い柿だと思って買ったけれどもそれほど甘くないとか。そういった体験をなるべく避けたいと考えています。

「だったらちゃんと調べて買えばいいじゃないか」とわれわれは思うわけですが、彼らのニーズはちゃんと調べなくてもちゃんとしたものが買えることにあります。ここが中流層との違いです。

65インチの大画面テレビに買い替えるときに、昨年時点だと「有機ELの方が画質がいい」けれども、「4Kチューナーがまだついていないモデルがある」みたいなことをわたしたちは「価格.com」などで調べます。それに対して、富裕層は目利きのひとにただ一言「買い替えは2020年まで待ったほうがいい」と教えてほしいわけです。

このニーズに一番応えられているのがデパ地下です。野菜も肉も総菜も和菓子などの引き出物もそこで買えばまず間違いがない。三越伊勢丹でもデパ地下の売上が一番減り方が少ないのです。

■百貨店はセブン‐イレブンを見習うべきだ

一方、なかなか変われないのがアパレル売り場です。ブランドに売り場を貸すビジネスが相変わらず主力で、自店での目利きは機能していません。

ここが百貨店ビジネスの最大の課題です。顧客エージェントモデルへの転換が4強ともに達成できていないのです。

顧客エージェントモデルとは、顧客の代理人として徹底的に顧客の側にたってビジネスを行うビジネスモデルです。日本の小売でこのモデルで一番の成功をしているのはコンビニのセブン‐イレブンだと言えば理解しやすいのではないでしょうか。

奈良のセブン‐イレブン
写真=iStock.com/tupungato
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tupungato

セブンはとにかく主力の顧客だけを見てビジネスをしています。「ビーフシチューと名乗る以上はここまで品質を上げなくては」「この名店の味を届けられたらラーメン通もうなるのではないか」ということで、とにかく店頭に並ぶ商品の質が上がっていく仕組みが出来上がっています。

その背景には共同開発の事業者泣かせの厳しさがあるのですが、そこまで厳しくなれるのはとにかく顧客の代理人の立場で、より顧客として受け入れられるものを追求していくという原則があるからです。ここがセブンと他のコンビニの最大の違いであり、顧客に支持されている点でもあります。

■「セブン並み」の百貨店が現れたら最強だ

いずれ百貨店業界の4強の中から、セブン並みに厳しいスタンスで仕入れ先と戦いながら顧客の側に寄り添って成長する企業が出てくるのではないでしょうか。そしてそのように富裕層が求める高い基準をクリアした商品だけを品ぞろえできる百貨店ビジネスモデルが完成したら、そのときには日本の富裕層はその百貨店だけを選ぶようになります。数としては日本の倍以上いると言われる中国やアジアの富裕層も、これまで以上にリピート使いするようになるでしょう。

「成長市場なのになくなってしまいそうだ」という百貨店業界のパラドックスは、新型コロナではなく事業転換できるかどうかにかかっていると私は思うのですがどうでしょうか。

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鈴木 貴博(すずき・たかひろ)
経営コンサルタント
1962年生まれ、愛知県出身。東京大卒。ボストン コンサルティング グループなどを経て、2003年に百年コンサルティングを創業。著書に『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』など。

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(経営コンサルタント 鈴木 貴博)

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