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「医療崩壊と叫ぶ人が無視する事実」コロナ禍でも絶対に救急を断らない病院がある

プレジデントオンライン / 2021年1月7日 11時15分

駐車場に建てられた発熱外来 - 筆者撮影

連日、「医療崩壊寸前」という報道が繰り返されている。だが、本当にそうだろうか。
埼玉医科大学総合医療センターで新型コロナ患者への対応の指揮をとる岡秀昭医師は「医療崩壊といっても、医療従事者全員がコロナに対峙しているわけではない」と説く。医療業界では、一部の医療機関が全面的に受け入れる一方で、積極的には受け付けない病院が多数存在する“二分化”が進んでいるという。
私はこの年末年始、日本で最も多く救急搬送患者を受け入れている湘南鎌倉総合病院(神奈川県鎌倉市)に密着取材をした。普通の病院なら、処置室(ベッド)がいっぱいになれば救急車からの患者受け入れの要請に対して「現在、満床です」などと受け入れを拒否するのに、ここは“絶対に”断らない。
コロナ対策で生まれた「神奈川モデル」をベースに、同院の救急医療体制を各地域で応用し、診療に参加する医療者が増えれば、この感染拡大を乗り越えられるはずである。3日連続でお届けしよう――。(第1回/全3回)(取材・文=ジャーナリスト・笹井恵里子)

■「彼女から『コロナ、陽性だった』とメールがあって…」

ここは湘南鎌倉総合病院の救急医療を行う入り口だ。

新型コロナ疑いの「患者の受け入れ」と「治療」の最初の入り口は、各病院の救急医療が主に担っている。

2021年1月2日夜、とてもだるそうな30代男性が、目の前の椅子に腰かけた。

「今日はどうされましたか」

と、看護師の馬場健司さんが話しかける。その男性はこう答えた。

「2日前から熱があって、だるくて……。(付き合っている)彼女も具合が悪かったのですが、ついさっき彼女から『コロナ、陽性だった』とメールがありました」

馬場さんはうなずき、男性の体温や血圧、酸素量などのバイタルチェックにとりかかった。この業務を「トリアージ」という。

男性と馬場さんは対面に向き合うため、間にはアクリル板による透明の仕切りがあり、看護師はゴーグルとマスクを身につけている。

「熱が出る前に彼女さんとは、かなり一緒にいましたか?」

再び馬場さんがたずねると、「半同棲のような感じだったので……」と男性は答えてうつむく。

ほかにもいくつかの質問をした後、馬場さんは「トリアージ検証表」の「白」に丸をつけ、男性を院外に設置されたプレハブの「発熱外来」に案内した。

トリアージ検証票
トリアージ検証票(筆者撮影)

■救急医療で3年以上の経験を積んだ看護師による「トリアージ」

トリアージでは病や怪我の「重症度」よりも、早く医療介入すべきかどうかの「緊急度」が重視される。カナダの院内トリアージ「CTAS救急患者緊急度判定支援システム」の日本版であるJTASを基準として判定し、青(超緊急)、赤(緊急)、黄(準緊急)、緑・白(低緊急)とランクづけしてカルテに色を記す。

トリアージを行うには幅広い知識と注意深さ、経験が必要とされる。実際にトリアージを担当できるのは、救急医療で3年以上の経験を積んだ看護師だ。

時間をさかのぼり、その日の午前中、看護師の狩野雄太郎さんのトリアージでは、こんな患者もいた。

■「コロナにかかったのではないか」という不安

60代女性で、「12月28日に息子がコロナ陽性となって、保健所から、濃厚接触者なので医療機関を受診してくださいと言われて……」と、話す。女性は普段、息子とは離れて生活していた。

看護師の狩野雄太郎さん
看護師の狩野雄太郎さん(筆者撮影)

27日に帰省した息子が28日に新型コロナを発症。息子は28日以降、療養施設に入院し、現在も母親と離れて生活している。陽性者となった息子と接触したのは2020年12月27日と28日の1日半のみ。しかもこの女性は年末(12月31日)にすでに一度検査をして「陰性」と判定されているのだ。

「今、何か症状はありますか?」と狩野さん。

「熱と咳があって……」

その女性が答える。熱は36度台で、話している間に咳は一度もなかった。それでも「コロナにかかったのではないか」という不安を口にする。

「外の世界に生きている限り、感染リスクはありますから」

狩野さんは穏やかな口調でそう話す。

■「どうすれば安全に、すべての患者を受け入れられるか」

新型コロナの流行とともに、トリアージでは「緑・白」の“低緊急”の割合が増えた。受診する患者は、37度前後の微熱を訴える人が圧倒的に多いという。介護施設で働く人など、「知らずに周りに移しては申し訳ない」という気持ちから受診する人もいる。

同院救命救急センター長の山上浩医師はこう話す。

「例年、インフルエンザによって救急医療はパンクしていました。救急医の仲間と『インフルエンザにかかっても、若くて健康な人は薬もいらないし、自宅療養してください』と毎年声をあげてきたのですが、くる日もくる日もインフルエンザの患者が殺到しました。コロナも同じ状況だと思います」

神奈川県新型コロナウイルス感染症対策チームから、入院が必要なコロナ陽性患者を受け入れる際には、ERにこうした掲示がされる
神奈川県新型コロナウイルス感染症対策チームから、入院が必要なコロナ陽性患者を受け入れる際には、ERにこうした掲示がされる(筆者撮影)

山上医師が率いる同院の救命救急センター(=ER)、そして集中治療部では「どうすれば安全に、すべての患者を受け入れられるか」を常に考えている。「患者数増加→ベッドが満床→救急患者を断る」という姿勢ではないのだ。

だから、院外に「発熱外来」を建て、地域の開業医を含めて人を集めた。神奈川県が申し出た新型コロナ患者を入院させる「専用病棟」の建設も受諾し、治療にも参加した。院内のER一画には「コロナ疑いの患者を経過観察する病床」も確保。そしてERを中心として診断を下し、同院を訪れた患者、救急車で搬送された患者を“振り分けていく”のだ。

しかし日本では、多くの病院がこのような体制をとれない。ある救急医からは「今、“崩壊”と叫ぶほど、国内の医療体制はもともと整っていなかったのではないか」という声もあがった。

■各科の当番制だから「その患者は診られない」が頻発する

簡単に日本独自の救急医療体制を説明しよう。

救急医療においては「救急告示病院(救急指定病院)」が重要な役割を担う。救急指定病院とは「救急患者の診察に協力できる」という旨を都道府県に申し出た医療機関のうち、要件を満たし、かつ都道府県知事により認定された病院を指す。

救急指定病院は3段階に分けられる。入院や手術を伴わない軽症患者に対応する「一次救急」、入院や手術を必要とする患者に対応し、24時間体制の「二次救急」、一次や二次では対応できない重症疾患に対する「三次救急」だ。湘南鎌倉総合病院のような「救命救急センター」は三次にあたる。

湘南鎌倉総合病院 救命救急センター長の山上浩医師
湘南鎌倉総合病院 救命救急センター長の山上浩医師(筆者撮影)

一次・二次・三次と重症度に応じて医療機関を分類することは、一見、優れたシステムのように思えるが、ここには大きな落とし穴がある。患者を受診前、すなわち医師の診断前に“選別”するため、「重症疾患の見落とし」が起こり得るのだ。

実際にこれまで、本来助かるはずであった患者が命を落とす痛ましい事件が、全国各地でいくつも起こった。患者本人や救急隊らが「見える情報」だけで重症度を判定する構造に、無理があるのだ。

また、一次救急や二次救急を中心として国内で最も多い救急医療の形態は、「各科相乗り型」と呼ばれるスタイル。多くの場合は各科の当番制で救急患者に対応するため、「今夜は整形外科医が当番だから、その患者は診られない」といった事態が日常茶飯事。だから「たらいまわし」が起きる。

■海外ではすべての救急患者を「ER」が最初に診る

それではどうすればいいか。

海外の救急医療システムでは、軽症から重症まで、すべての救急患者を「救急科専門医」(以下、救急医)が最初に診療するのが主流である。これをER(=Emergency Roomの略称)型といい、日本もこれに倣えばいいと私は思う。ERでは赤ちゃんから高齢者まで、単なる風邪から心肺停止まで、そして内科から外科、眼科、耳鼻科、小児科、精神科まで、24時間365日、ありとあらゆる患者を診る。もちろんそこには今回の新型コロナのような「感染症」も含まれる。

埼玉医科大学総合医療センター総合診療内科・感染症科教授の岡秀昭医師は「これまで臓器別の専門医ばかりの養成を行ってきた」と話す。

「心臓や脳、肺などの専門診療が重視され、感染症専門や集中治療、総合診療、救急医療、周産期など臓器を横断するような医療に関しては重視されず、ニーズが認められていないところがありました」

日本では「臓器別」が重要視され、体全体をトータルで診る医師が非常に少ない。医師が自由に、自分の“好きな科”を選べるためだ。

■救急医は「なんでも診る」が基本

体全体を診る「総合診療」という大きな枠組みがあるとするなら、ERで働くドクター、すなわち救急医はその入り口に位置する存在。救急医はすべての科の基本的知識と初期診療に対応する技術を持ち、必要があれば各科に振り分ける。しかし国内で内科医約6万人、外科医約1万4000人に対し、救急医はわずか5300人。

国内で一般的な救急医療体制

もちろん、医師免許があれば「救急医療に携わる」ことができる。当直で救急担当になった場合などがそうだ。だが、救急医はそれとは一線を画し、他の科の専門医と同様に、“救急”という部門を専門的に学んだ医師である。だから救急を専門とする医師は「私は○○科ですから、これしか診られません」とは言わない。救急医は「なんでも診る」が基本なのだ。

「同じく、しっかりとトレーニングを受けた感染症の専門医も臓器によらず、全身の感染症を診療することができる」と岡医師が補足する。

湘南鎌倉総合病院には全国各地から救急医が集まり、ERが機能している。そのため救急車の搬送であれば「ER」で救急医が患者の選別と初期治療を、患者自らが歩いて救急医療を受診した際は看護師のトリアージで選別する構図が可能になる(図表2)。

湘南鎌倉総合病院の救急医療(ER)体制

■1万4858件の救急車搬送を受け入れた「日本一の救急病院」

湘南鎌倉総合病院のERでは2020年に1万4858件の救急車搬送(歩いて救急外来を受診した患者も含めると計4万3199人)を受け入れた。同院の救急車搬送受け入れ数はここ数年日本一。ちなみに、東京都内では年間1万件を超えて救急車を受け入れている病院は、聖路加国際病院1万187件、国立国際医療研究センター病院1万1130件のわずか2病院のみ(2017年度)である。

電話をうける救急救命士
電話をうける救急救命士(筆者撮影)

新型コロナを含む感染症の院内感染は起きていない。これほどの人数を受け入れているのに、と驚いた。ERの医師も一人として新型コロナに感染していない。

「その理由は、実は僕たちにもはっきりとはわかりません」と山上医師は言う。

「一つには入院させる時には、疾患を問わず、すべての患者に新型コロナの検査をします。しかしそういったところでも院内感染が起きていますね。あえて言うなら、私たちは仮に陰性であっても、基本に忠実な姿勢で治療をしています。普通の診察ではマスクやゴーグルで大丈夫ですが、胸骨圧迫(いわゆる心臓マッサージ)や気管挿管(気管にチューブを挿入して肺に酸素を送る)はもちろん、痰を吸引する、鼻出血や縫合など患者がマスクを外しての処置時は感染リスクが高まるので、フル装備で行っています。綿棒でPCR検査をする時も、くしゃみをされたらアウトなので、患者さんに瞬間的にビニール袋をかぶせて行うなどの工夫をしています」

治療と同時に新型コロナの検査を行うものの、いずれにしても医師や看護師は「感染症患者」に接しているものとして医療行為をしているという。

これからコロナ入院患者に接するERの医師に防護服を装着する
筆者撮影
これからコロナ入院患者に接するERの医師に防護服を装着する - 筆者撮影

「感染症を含めた疾患を最初に診ることが救急医療」と、山上医師。そして「私たちは救急告示病院を掲げているから、地域の救急患者を断らないと腹をくくっている」と、繰り返す。

■「初療」という役割を担う病院が、地域に一つは必要

体制が整わず、「救急医療」が行えない病院があってもいい。それならそれで、最初に患者を受け入れる「超急性期病院を支える役割」を全うすれば、地域医療はまわっていく。湘南鎌倉総合病院がある神奈川県では、コロナ疑いを受け入れる病院、陽性と確定した患者を受け入れる病院、感染症が治癒した患者を受け入れる病院などと、各病院の役割分担がトップダウンで進められている。

しかし——。

年明けのERの様子
筆者撮影
年明けのERの様子 - 筆者撮影

新年早々、「発熱している患者なのですが……」と、救急隊が申し訳なさそうに頭を下げながら同院ERに患者を運んできた。

<40代女性、症状は37度前半の発熱と呼吸苦、バイタル安定、意識清明、ぜんそくもち>

聞けば、たったこれだけで10件以上の近隣の救急指定病院に断られ、1時間以上かけて同院に患者を搬送してきたのだという。救急車は帰り道ではサイレンを鳴らさないため、往復で3時間はかかると推定される。つまり数時間、患者が住む地域の救急車1台が占拠されることになる。

だから「初療」は、患者が住む地域で行うべきで、その「役割を背負おう」と腹をくくる病院が、各地域に少なくとも一つは必要だ。

■「お医者さんはいませんか」に応じる医師は34%

もちろん「初療」には常にリスクがつきまとう。

こんな調査報告がある。

医師758人に「飛行機・新幹線内で救助要請に応じる」、つまり「お医者さんはいませんか」という呼びかけに応じるかと問うと、「応じる」と回答した医師はわずか34%。しかも要請に応じた医師のうち、約25%は「今後は応じない」と回答した。「助けることができれば感謝されるが、失敗したら訴えられるから」というのがその理由だ。

前述した女性患者がいい例なのだが、発熱と呼吸苦と聞けば、「新型コロナ」や「持病のぜんそく」が疑われやすい。しかし、「心不全」の可能性もあるのだと、担当した久志本愛莉医師が教えてくれた。「ぜんそく」と「心不全」では治療が真逆になるという。

特にこのコロナ禍では、大半の病院は、医師は、患者を選ぶ。少しでもリスクがある患者は、自分の身を守るために受け入れられない。そして患者を乗せた救急車のたらいまわしが起きる。

■「あと何人まで受け入れられるか?」「腹をくくってます」

同院ERの電話が鳴った。救急救命士が電話をとる。電話の相手は、神奈川県新型コロナ感染症対策本部であった。

「明日の朝までに新型コロナ陽性や疑いの患者を、あと何人まで受け入れられるか?」

という連絡。その問いかけに対して山上医師は「腹をくくってます」と応えた。

「ここで最初の診断と治療方針を示す。そして周囲の病院と連携すれば、『満床』はありません」

(第2回に続く。1月8日11時公開予定)

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)など。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)

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