「みんな、いつも機嫌がいい」そんな職場をつくるリーダーの超意外な目標の掲げ方
プレジデントオンライン / 2021年4月27日 8時15分
■野菜に起きていることは、チームメンバーにも起きている
長野県佐久穂町の「のらくら農場」は、有機栽培で、多品種を栽培して安定的に出荷し、複数の野菜が野菜の栄養価コンテストで最優秀賞を受賞するなど、高い評価を受けています。経営するのは、20代で会社を辞め、農家になるために移住してきた萩原紀行さん。二十数年の試行錯誤で見出した野菜づくりと農場のチーム作りの極意が、著書『野菜も人も畑で育つ』(同文舘出版)にまとめられています。
その萩原さんと、チームを育てるプロで『宇宙兄弟「完璧なリーダー」は、もういらない。』の著書のある長尾彰さんが、良い畑と良いチームの共通点について語り合いました。
【萩原】畑で育つ植物の特性や構造って、人やチームにも当てはめられるんですよ。
例えば、うちでは“TR比”という言葉をよく使います。Tはトップ、Rはルートで、植物の土から出ている部分と土の下の根の部分の比率のことです。育てるものによってTR比は違って、「この品目はトップが伸びるタイプだ」といったことが分かるようになると、温度管理をどうすべきかとか、そういうところでめちゃくちゃ役に立つガイドラインになるんです。
これって人も同じで、トップとルートを見るようにするとよく分かるんです。一見トップは伸びていないような人について、「今すごく根を伸ばしていて、着々と力をつけてると思うよ」と話したりとか。
【長尾】面白い!
■一見仕事ができそうでも周囲に悪影響な人
【萩原】あと、“アレロパシー”っていう言葉があるんですけど……
【長尾】アレロパシー?
【萩原】植物が出す物質の中で、他の植物の成長を抑えるようなもののことです。この辺だとブタクサがそうなんですけど、あれはひどくて……。根から出す物質で他の植物がやられるので、独り勝ちして2メートルを超えるような雑草になっちゃう。
一見仕事ができそうな人でも、周りに良くない影響を及ぼすような人っているでしょう? そういうことが起きそうなときは、「他の人の成長を妨げるようなアレロパシー出すのは良くないよね」なんてことを最初に言っておくと、ちょっと抑えられたりします(笑)。
【長尾】スタッフみんなに意味が共有されている言葉だから、人や組織にも当てはめて使えるわけですね。
一般的にも、「芽が出る」とか「根を伸ばす」とか、畑のメタファーってよく使われますよね。畑で作物が育つプロセスと人が育つプロセスって、共通するところがいっぱいあるんじゃないかと思います。そこで萩原さんにお伺いしたいのが、「良い畑の条件てなんですか?」ということです。野菜が育つ、あるいは人が育つ畑って、どんな畑ですか?
■「みんな機嫌がいい」が実現できれば、大体うまくいく
【萩原】まず良い作物が育つ畑について言うと、僕は4段階で考えています。一番下の土台が「ふかふか系」の土。これが大前提になります。その上に「菌や生物の世界」があって、その上にミネラルや肥料とかの「化学性の世界」があって、最後に「その他の因子」が乗っかっているイメージです。
僕は畑の土壌分析をして、それぞれの作物に合った土作りをしています。でも、土壌分析で見ているのは3番目の「化学性の世界」だけなんですよ。昔はここにハマって、ここばっかりをいじっていたんですけど、1番目と2番目も良くしないとどれだけ頑張ってもダメなんですよね。
これは農場のチームも同じで、土が“ふかふか”なのが大事なように、土台になるのは柔らかい雰囲気なんですよね。ひとことで言えば「機嫌がいい」ということです。スキルみたいなものはその上に乗る「化学性」のところの話で、極端な話、「みんな機嫌がいい」ができていれば大体うまくいくんじゃないかな。
もちろん、経営していく上での資金繰りだとかコストの管理なんかは、経営者である僕の役割です。でも、「経営が回る」と「仕事が回る」は別だなと、一昨年くらいに気づきました。スタッフのみんなにとっては経営がどうかということよりも、今日の仕事が気持ちよく終わったかどうかがすごく大事なんだなと。
■「仕事終わりを機嫌よく」を目標にしたら起きたこと
それで去年は、「良い夕方を過ごそう」というのを目標にしました。それまではホワイトボードに「今日やること」というのを書いて、終わったら消していくようにしていたんです。そうしたら、終わってないことが残るんですよね。気持ち悪い夕方になっちゃうんです。
目標を「良い夕方を過ごそう」にしたら、スタッフの子たちが工夫してくれて、「やること」を全部マグネットシールにして、終わったら「今日終わったこと」というところに移動するようにしてくれたんです。そうすると、終わっていないことが2個くらい残っていても、「12個も終わったから、今日はバッチリだね。お疲れ!」って、なるんですよね(笑)。テーマを掲げることで、みんなが良い仕組みを考えてくれました。機械投資なんかも含めて完全に「良い夕方を過ごす」に注力して、去年はそれで1000万使っちゃいましたけどね(笑)。
■畑もチームも4段階の最初のステージが大事
【長尾】萩原さんは、畑を4段階で捉えているんですね。実は僕、4段階オタクなんです(笑)。
【萩原】なんですか、4段階オタクって(笑)。
【長尾】これは僕の本に登場する「チームの成長ステージ」の図表です。集団や組織が4つの段階で成長していくというモデルで、もともとは社会学者のブルース・タックマンという人が1960年代の後半に唱えた説に、僕が加筆修正したものです。
この4段階が、萩原さんが話された畑の4段階とよく似てるなぁと思うんです。
第1のステージは「フォーミング(同調期)」というステージで、集団が形作られる時期です。ここはとにかく「ご機嫌になる」ということが大事で、この表では「心理的安全性」という専門用語を使っていますけど、何を言っても怒られないという関係性を作ることがとにかく大事。これが土台になります。
これさえできちゃえば、勝手に第2ステージ「ストーミング(混沌期)」が始まるんですよ。いろいろな試行錯誤が始まって混沌とする「菌の世界」です。よくわからないうちに何かが進んで、うまく行けば“発酵”するし、うまく行かなかったら“腐敗”してしまう。
さっきのマグネットシートの話も、きっと試行錯誤があったはずなんですよね。「どういうやり方にする?」「ああいうやり方は?」って。グダグダ話しているところに萩原さんが「それじゃダメだろ」って言ったら場が冷えちゃって“ふかふか”じゃなくなっちゃうから、また第1ステージに戻っちゃう。
でも、いろんな試行錯誤をして「これ、やってみよう」ということができると、「これがいいね」と決まっていく。そこからさらに、マグネットを貼るのを当番でやろうとか、萩原さんが「こうしなさい」って言わなくても、自分たちで自分たちのことをし始めるのが、第3ステージ「ノーミング(調和期)」のイメージです。
■第4ステージにいくチームはほとんどない
第4ステージ「トランスフォーミング(変態期)」になると、もう阿吽(あうん)の呼吸で動ける感じですが、ここまで行くチームってまずないんです。この段階は、ワールドカップで1位になるとか、これまで誰もなし得なかった偉業を達成するとか、そういうレベルなんですね。こうやって4段階を見せると、みんな第4ステージを目指したくなっちゃうんですけど、一番大事なのは第1ステージで、“ふかふか”にしておくこと。心理的安全な状態を作っておくことを忘れちゃいけないんですよね。このあたり、畑を作ることと似てますよね。
【萩原】本当ですね。
■本来持っている力を最大限発揮してもらうための「設計」
【長尾】ところで、畑の土というのはやっぱり人間が手をかけた方がいいんですか。それとも何もしなくてもいいものなんですか?
【萩原】ひとつ、写真を見せますね。これ、僕が何もしていない畑に生えた雑草のアカザです。
そしてこっちが、十数メートルだけ離れた場所に生えたアカザ。全然違うんです。こっちは僕が手心を加えた自然の中にあるもので、真ん中のピンク色は血の色と同じで鉄分なんです。周りはマンガンというミネラルで、その下にはマグネシウムだったりが豊富で、そうすると虫も食わないんですよ。だから雑草も元気に育つんです。
自然にあるものの限界を超えることはできないんですけど、その中でなるべく良いバランスが取れるように設計し、土作りをするのが、僕らのやり方です。
【長尾】手心を加えたほうが、育ちやすい環境になるということですね。
【萩原】そうですね。ある限度の中で、ではありますけれど。
【長尾】面白い! やっぱり畑もそうなんだ。こねくり回すということではなくて、本来その土が持っている力を最大限発揮させてあげられるような環境になるように、人が土に力を貸すっていうことですよね。
【萩原】そうです。
■年間80枚以上の“土の設計シート”
【長尾】さっき「設計する」と言われましたけど、土って「設計する」ものなんですね。
【萩原】はい。さっき言った「ふかふか」と「菌」と「化学」と「その他」の全部を考えて、設計のシートを年間80何枚作るんです。それによって野菜の出来が大方決まってくるので。
【長尾】僕も「フォーミング」のステージで取り組むことを「環境を設計する」って言っています。そこばっかりは手心を加えないと、人と人とのつながりが柔かくならないんですよね。
早く成果を出さなきゃ、と思っちゃうと、人間関係も固くなっちゃう。「どうしたいの?」とか「どういう仕事を成し遂げたいの?」とか、青臭い言葉ですけど希望や夢や理想が最初になくてお金の話ばっかりになると、固くなる一方で。
【萩原】そうですね。
【長尾】畑の良しあしはできた作物で可視化されるのがいいですね。人間関係の良しあしって、なかなか写真では見せられないです。
【萩原】確かに!
【長尾】世界中の経営者は、一回は農業を体験した方がいいですね(笑)。
■チームの中にいるかぼちゃと長芋と春菊と…
【長尾】良い畑、良いチームを作る上で、ほかに気にかけていることはありますか?
【萩原】土の設計って、作物によって全部変わるんですよ。季節によっても変わるから、すごい種類になるんです。
去年うちのメンバーの間で、お互いを作物に例えるという遊びが流行ったんです。聞いているとすごく面白かったんですけど、作物の特性が分かっていてその人の特性も分かっていないと、例えることはできないんですよ。それって、土を設計するということと似てるなと思って。
例えば、メイちゃんという子がいるんですけど、彼女はカボチャって言われたらしいです(笑)。カボチャというのは、根をバンバン張ってて、存在感がスゴイんです。彼女はいろいろなところを渡り歩いているんですけど、すぐに友だちを作っちゃう。「ここにメイあり!」みたいな存在感がある。で、乗ってる車が黄色のミニバン(笑)。「確かにカボチャだ!」と。彼女の根を広く張る特性を、みんなが分かってるんですよね。
それからカーリーという、育苗を担当している子は長芋に似てるねって言われてました(笑)。長芋は、最初はツルが細く出るんですよね。でも根のほうが先にぐんぐん伸びていってるんです。見た目は静かなんだけど、実は根の張りがすごいと。
僕はカーリーは春菊だって言ったんですけどね。例えばトマトは、お腹が減ると花を落として子孫を作らずに自分の人生を謳歌しだすんです。でも春菊はお腹が減って自分の危機を感じると、つぼみをつけて子孫を残そうとします。カーリーはピンチになると次の一手を考える。それが彼女のすごさである、と僕は説明したんですよね。
こうやって作物に例えるのがすごく面白かったので、今年もメンバーがそろったらまたやりたいと思います。
■「春菊と人参、どっちが偉いか」を比較しても意味がない
【長尾】めちゃくちゃ面白い! この話、いろんなものにつながっているな、と思います。組織づくりで「フォーミング」をするときに僕が一番気にかけるのは、一人ひとりに目を向けるということなんです。全体をどうこうしようとしないで、一人ひとりをほぐしていく感じ。その人の、その人だけにしかない良さをちゃんと伝えてあげること。
そのために、ストレングスファインダーという道具がありまして。アメリカのギャラップという統計の会社が作ったテストで、それを受けると34種類の強みの中からその人が持っているベスト5が出てくるんです。
これをまず、みんなにやってもらったりします。そうすると34の強みの組み合わせなので、34×33×32×31×……となって全部で3300万通りのパターンがあるんですって。つまり、日本で自分と全く同じような強みのパターンを持っている人は3300万分の1で、自分以外にあと3人くらいしかいない。みんな違うんだというわけです。
「そもそもみんな違うので、違いを活かすところからチームを作っていこうよ」なんて話をするんですけど、「一人ひとりが野菜みたいに違う特性があって」という当てはめができるというのと、まさに同じだなと思いました。
【萩原】面白いですね。
【長尾】「春菊と人参どっちが偉いか」なんて、そんなの比べられないですもん(笑)。「この強みを持っている人と、この強みを持っている人のどっちが優れているか」も、比べられない。「そもそもみんな素晴らしい」というところから始めるのが組織づくりで大事なことだなと思うんです。
組織を作ろうというと、どうしても全体に目を向けがちですけど、一人ひとりに目をかけて、手をかけてあげる、一人の人として尊重するところから始めることが、土をふかふかにするために大事なことですよね。
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ナガオ考務店代表取締役
日本福祉大学卒業後、東京学芸大学にて野外教育学を研究後、冒険教育研修会社、玩具メーカー、人事コンサルティング会社を経て独立。一般社団法人プロジェクト結コンソーシアム理事長、学校法人茂来学園大日向小学校の理事を兼任。著書に『宇宙兄弟「完璧なリーダー」は、もういらない。』『宇宙兄弟 今いる仲間でうまくいく チームの話』(学研プラス)がある。
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のらくら農場 代表
1971年、千葉県松戸市生まれ。大学卒業後、東洋エクステリア(現LIXIL)に営業職として勤務。サラリーマンを辞め、埼玉県小川町の霜里農場で11カ月、住み込み研修を受ける。1998年、長野県八千穂村(現・佐久穂町)で就農し、夫婦2人で75aから小さく農場をはじめる。現在は約7.5haで約50品目の作物を有機栽培。2019年、「オーガニック・エコフェスタ」で開催される栄養価コンテスト(一般社団法人日本有機農業普及協会主催)では3部門で最優秀賞を獲得し、総合グランプリを受賞。2020年はケール部門で二連覇。農業界のイノベーターとして、消費者・商業者から注目と共感を集めている。妻と二男一女。
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(ナガオ考務店代表取締役 長尾 彰、のらくら農場 代表 萩原 紀行 構成=やつづかえり)
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