カリスマ広報が「炎上した商品」を翌年大ヒットさせた"攻めの戦略"
プレジデントオンライン / 2021年6月1日 11時15分
※本稿は、栗田朋一『新しい広報の教科書』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。
■信頼が地に落ちるほどの出来事
2011年のお正月、ネット通販の根幹を揺るがしかねない騒動が起きました。
それは「スカスカおせち事件」と呼ばれ、大きな社会問題になりました。横浜市にある飲食店が、クーポン共同購入サイトを通して、おせち料理の宅配セットを販売しました。その中身が、広告の写真とはまったく違うひどいもので、多数の苦情が寄せられる事態になったのです。
料理は箱の容積に比べて内容量が極端に少なく、写真では傷んでいるようなものまで見受けられました。この画像はネットで拡散され、「生ゴミ」「残飯」という非難を浴び、ついには消費者庁が事情聴取を行う事態にまで発展したのです。
商品を画像で選ぶネット通販にとっては、「信頼」が命です。その信頼を地まで落とすほどの出来事ですから、同じインターネットの仕事に携わる者として、これほど腹立たしい事件はありませんでした。
■あえて事件に触れる広報戦略
おせち料理は、「ぐるなび食市場」の中でも、年間を通じて一番売り上げの大きな商品です。その稼ぎ頭が、この不祥事により、次の年から大打撃を受ける可能性が出てきたのです。
このとき大手の通販サイトでは、積極的なPRを自粛し、その事件には触れないよう努めていたようです。しかし、私はそういうときだからこそ、リスクを背負って積極的に打ち出していくべきであり、そのことが信頼回復につながるはずだと判断しました。
このときのPRストーリーで、私はあえて「昨年はおせち問題が世間を騒がせました」という、マイナス要素から入ったのです。
■マイナスをプラスのストーリーに
それまでおせち料理は百貨店に行ったり、お店で予約をして買うものだと、多くの人が思っていました。この事件を通して「ネットでおせちが買える」という認識が世の中に広まり、ぐるなび食市場のおせち販売は好調なスタートを切りました。
こう切り出すと、ほとんどの記者が「え⁉ あんなことがあったのに例年より売れているの? それはなぜ?」と興味を持ってくれます。
そして、今年ならではの現象や取り組みを紹介していくのです。まず2010年からやっていた「お試しおせち」に目をつけました。これは500円で買えるおせちで、お正月よりももっと前の、10月ごろにはお取り寄せができる商品です。おせち料理に入れる10品以上の料理が少しずつ、小さい箱の中に入っています。お客様はそれを食べて味を確認してから、「これならいいな」と思ったら、本番の3万円、5万円といったおせちを頼めるという試みです。このタイミングだからこそ、お試しおせちがみんなの不安を解消できるアイテムとして受け入れられると確信していました。
また、食材の産地や内容量など、おせちメニューに関する詳細な情報を明記することにしました。これをおせちを提供する店舗側に、厳格に義務づけたのです。
■ユーザーの動向の変化もキャッチ
さらにサイト内でのユーザーの動きを調べてみました。すると、ウェブ上で商品を選ぶ際、その年は多くのユーザーがページの隅々まで見ていたり、製造元の会社概要まで見に行ったりして念入りに確認し、ページの滞在時間も延びていることがわかりました。
そして見ている時間は土曜日や日曜日の夜がほとんどです。
これが何を意味しているのかというと、そのページを家族みんなで見ているということです。おせちは家族で食べるものですから、家族みんなで選んでいるのでしょう。百貨店などに家族総出でおせちを見に行くのは大変ですが、インターネット上だと気軽にみんなで見て、選ぶことができます。それがインターネットで買う際のメリットでもあるのです。
さらに、インターネット上でアンケート調査を行い、おせちを食べたい理由や購入時に重視することや、お試しおせちへの関心度を聞き出したり、家族で選ぶという情報から、東日本大震災後の家族関係に関する設問も入れました。すると、6割以上の人が「親子関係を深めたい」と回答したので、この結果から、親子関係を深めるために、おせちをみんなで選びませんか、と呼びかけたのです。
■「臭いものに蓋をしない」広報の戦略
消費者に不安が広がっているから、おせち選びで失敗しないために、お試しおせちがお勧めだと強調したのです。
これが予想外の大ヒット。事件が起きた次の年ならではの現象として、取材が殺到し、メディアも大いに取り上げてくれたのです。お試しおせちに誘発される形で、通常のおせち料理の売り上げもアップしました。
リスクを背負って攻めた結果、おせちのPRは大成功したのです。結果として、消費者にも安心しておせち料理をインターネットで購入してもらえるようになったのではないでしょうか。
どんなマイナスな要素でもプラスに変えられる、それがストーリーの力です。臭いものに蓋をして、なかったことにするより、むしろ負の事態にも真剣に向き合い、受け止めながらバネにしていくような戦略が広報には必要だと私は思います。
■商品の欠点は隠さず長所にする
どんなサービスや商品にも、欠点は必ずあります。
一昔前は、いいところばかりをアピールする誇大広告がメインで、それでもある程度はうまくいっていました。しかし今の消費者は、それを簡単に見抜きます。インターネットでほかの利用者の感想を確認できますし、他社の商品との比較なども簡単にできるからです。
今は欠点を素直に認めて、それに伴うプラス要素を説明するほうが、消費者には企業の誠実さが伝わります。
とはいえ、欠点を欠点のままで出しては、やはりマイナスのままです。そこで欠点を長所にするようなストーリーをつくるというプロセスが不可欠なのです。
飲食店の口コミというと「食べログ」が有名ですが、実はぐるなびにも口コミは存在します。しかし、お店を陥れるような書き込みや否定的な投稿は事前にチェックして載せないようにしています。
それをあたかも欠点であるかのように「食べログさんと違って、ぐるなびさんはいいコメントしか載せませんよね」と言う記者もいます。
そんなとき、私はまず「そうですね」と素直に認めてしまいます。それがデメリットになるということもわかった上での判断です。
素直に認めてから、「なぜぐるなびが、そういうサイトなのか」を説明します。
そもそもぐるなびでは正式名称を「応援口コミ」と言います。つまり、応援していない口コミは載せないことが大前提なのです。
そうしないと悪意や敵意のある書き込みがあったときに、店側の被害を防げません。ユーザーはお店を選ぶ際、どこの誰が言っているかわからない他人の口コミよりも、お店の正確な一次情報(場所、メニュー、値段など)を頼りにしています。ぐるなびにはそれがありますから、お店に対するポジティブな意見や感想だけがあれば十分なのです。
■「批判」とどう向き合うか
けれども、ユーザー側の批判はすべて無視し、いいことばかりをサイトに載せるのかというと、そうではありません。
ぐるなびではきちんと精査をした上で、批判的な意見も載せるようにしています。
一例として、「前よりも味が落ちた」「先代と2代目の味が違う」などのコメントは掲載しています。
ただ、それだけではお店の信頼が損なわれてしまいます。
そのためにぐるなびでは、お客さまと飲食店、双方向のやりとりができるようにしました。
つまりユーザーの口コミに対して、飲食店側が返答できるようにしたのです。これもほかのサイトとは違う大きなポイントと言えるでしょう。
そもそも味の好みは人それぞれ。一方的に悪口を書かれるのは不公平でしょう。そのやりとりは計10回まででき、すべてサイト上に公開されます。
■「欠点」は「長所」に変えていく
このように説明すれば、肯定的な口コミを優先して載せる理由について納得感が得られ、お店側が返答できるというシステムがプラス要素としてメディアに取り上げられる可能性もあるのです。
たとえば、他社の商品にはこんな機能がついている、でもウチはついていない。
そんなときは「確かに多くの機能はついていません。その代わりシンプルで使いやすく、コストも最低限に抑えました」とアピールできるでしょう。そういうストーリーのつくり方を常に考えて、特に競合が持っていない何かがあれば、そこを強調するのがポイントです。消費者もいいことだらけだと信用できません。
欠点は隠すよりも長所に変えていくのが、これからの広報に必要なスキルなのです。
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PRacademy代表取締役
1971年、埼玉県浦和市(現・さいたま市)生まれ。明治学院大学社会学部卒。歴史テーマパーク「日光江戸村」を運営する大新東で広報を担当し、江戸村及びグループ会社全体のコーポレートPRを手がける。2003年に電通パブリックリレーションズに入社。その後、07年にぐるなびに転職し、広報グループ長を務める。現在は、自身で立ち上げたPRacademyの代表取締役を務める。著書に、『現場の担当者2500人からナマで聞いた 広報のお悩み相談室』(朝日新聞出版)がある。
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(PRacademy代表取締役 栗田 朋一)
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