「男の育休への"嫌がらせ"は無いよりあったほういい」男性学の専門家がそう言い切る深い理由
プレジデントオンライン / 2021年6月25日 11時15分
■利用しようとした男性の4人に1人が経験
今、育児参加に積極的な男性に対するパタハラが問題になっています。これは、育休などをとろうとする、またはとった男性に対する、上司や同僚による嫌がらせのことです。
具体的な例としては、男性社員が育休を申請すると「君が休むと他の社員に迷惑」「育児は女性がするもの」などと言って諦めさせようとする、育休明けに転勤や降格を命じるといったことが挙げられます。厚労省の調査では、育休を利用しようとした男性のおよそ4人に1人がパタハラを経験し、そうした経験者の半数近くは育休取得をあきらめていたことがわかりました。
■男性上司が加害者であることが多い
パタハラは、特に男性上司が加害者になるケースが多いと言われています。なぜそうなるのか、ここでジェンダーの基本構造を考えてみましょう。
従来、日本では「男性=リードする側、女性=リードされる側」という意識が強い傾向にあります。プロポーズも家計も男性は「する側」「養う側」であり、女性は「される側」「養われる側」といった考え方ですね。
しかし、これが家事育児となると立場が逆転します。女性は男性や子どもを「世話する側」としてリードするよう求められ、多くの男性は一転して「世話される側」に回ります。このとき女性が提供する「世話」はほとんどが無償労働であり、大抵の場合は社会的評価につながりません。
一方、男性の多くは有償労働に就いていて、それがやりがいや社会的評価につながっています。有償労働に集中できるのは、家庭に世話する人がいてくれるからこそなのですが、そこに気づいている男性は多くはありません。食事の支度や育児、介護などは無償で提供されるものと捉えがちで、こうした思い込みはケアワーカーの低賃金にもつながっています。
■働かなきゃいけない男性は「損」なのか
企業に伺ってジェンダーや男性学の研修を行うと、男性受講者から「女性はいざとなれば夫の稼ぎに頼れるから得」「働かなきゃいけないから男のほうが損」といった意見が出ることがあります。けれど、働けることが当たり前にできて、その選択に悩む必要もない立場が本当に「損」なのでしょうか。
加えて、企業に勤めている男性であれば、そのまま定年まで働ける可能性が大いにあります。女性は妊娠出産でキャリアが中断し、復帰できるかどうか、両立できるかどうかと悩むことも少なくありません。つまり男性は、自分の稼ぎで食べていけない状況に陥らずに済む確率が、女性より圧倒的に高いのです。
■男性が育休をとるのは「普通ではない」
これが日本のジェンダー構造を決定的なものにしています。男性は働き、女性は他者の世話をするのが当たり前──。こうした社会では、育児というケアの場面への男性参画は非常にハードルが高くなります。男性は家庭を妻に任せて働くのが普通ですから、育休をとるという行動は「普通ではない」わけです。
こう考えると、パタハラが起きるのは当然の帰結と言えるでしょう。パタハラをする人は、男性部下が育休を申請してきたら「何で普通のことができないの?(=なぜ奥さんが家のことをしないの?)」と思ってしまうのです。そんな無意識の思い込みに沿って行動するため、「休まれると周りに迷惑」などと言ってしまうわけですが、こうした人には自分のしていることがパタハラだという自覚も薄いのではないかと思います。
パタハラには、こうしたアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)が関わっています。バイアスを持つ人にとって育休をとる人物像は「世話する人=女性」であり、男性はその像に合致していないため無意識のうちに抵抗を感じてしまうのです。
さらに、パタハラは中小企業ではより深刻化する可能性があります。特に、ほとんどが男性で全員がフル回転で働いているような場合、誰かが育休に入れば業績にも悪影響を及ぼしかねません。「男性を採れば休まず働いてもらえると思ったのに……」という失望感から、ハラスメントをしてしまうケースも出てくるでしょう。
■「日本の育休制度は世界一手厚い」は勘違い
日本の育休制度は今も「男性が仕事=育児なんてありえない」という前提で動いています。近年は男性の育休取得が叫ばれているので、一見するといい方向に向かっているように思えますが、では実際に、子どもが産まれた男性が全員育休をとったらどうなるか。
育休中は、賃金の7割弱の休業給付金が雇用保険から支給されます。この間は社会保険料も免除されるので、実際の支給額は賃金の8割程度と考えていいでしょう。育休をとる男性が増え続けていったら、それだけの額を一体どこから捻出するのでしょう。
男性育休推進派の人々は、日本の育休制度は恵まれていると言います。日本の制度は世界一と言う人までいます。しかし、なぜこれほど手厚いのか。それは、この制度が「育休をとるのは女性」という前提で設計されているからではないでしょうか。
日本の女性の平均賃金は男性の約7割しかありません。育休中はさらにその8割しかもらえないわけですから、手厚いとはいえ決して多い額とは言えないように思います。一方、男性は、平均賃金から言えば女性より支給額が多くなります。その人数が女性と同数にまで増えたら、果たして現在の財源で足りるのでしょうか。
■男性が全員育休を取ったら、財源はどうするのか
日本の育休制度は、おそらく設計時には男性が育休をとるなど想定していなかったはずです。男性が全員とったら財源をどうするのか、男女の賃金格差や保障額格差をどう是正するのか。そこを隠したまま男性育休を推進しても、いつか問題が起きるのは目に見えています。私には「結局、育休をとるのはほぼ女性で男性はそれほど増えないだろう」とたかをくくっているようにしか思えません。こうした社会のままでは、パタハラもまた起き続けるだろうと思います。
これは結局、男女を平等に扱ってこなかったことのツケではないでしょうか。女性活躍推進も男性育休も、推進するなら「男は仕事、女は家庭」という性別役割分業も同時に壊していくべきです。
■パタハラは、起きないより起きたほうがいい
パタハラは、そうした分業ルールに反する男性への押さえ込みとも言えるでしょう。これは新しい価値観をもった男性が出始めているからこそ起きるのであって、その意味では起きないよりも起きたほうがいいと言えます。社会が進化していく上での、ひとつの過程と見ることができるからです。
男性はパタハラを受けたと感じたら、ぜひ社内窓口に相談してほしいと思います。波風を立てたくないという人も多いでしょうが、ここであえて立てていかないと、この先もずっと同じ状態が続いてしまいます。
そして、上司の反応を気にして育休取得をためらっているのなら、我が子が大人になったときも今の社会のままでいいのかどうか、考えてみてください。育休は小さな一歩ではありますが、次の世代のための重要な一歩になりえます。性別役割分業のない、誰もが望む形で働き暮らせる社会を、子どもたちに渡せたらと思います。
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大正大学心理社会学部人間科学科准教授
1975年生まれ。博士(社会学)。武蔵大学人文学部社会学科卒業、同大学大学院博士課程単位取得退学。社会学・男性学・キャリア教育論を主な研究分野とする。男性学の視点から男性の生き方の見直しをすすめる論客として、各メディアで活躍中。著書に、『〈40男〉はなぜ嫌われるか』(イースト新書)、『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA)『中年男ルネッサンス』(イースト新書)など。
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(大正大学心理社会学部人間科学科准教授 田中 俊之 構成=辻村洋子)
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