「たった1年で着用率1.7倍」2014年の日本で"スニーカーを履く女性"が急増したワケ
プレジデントオンライン / 2021年7月14日 15時15分
※本稿は、小澤匡行『1995年のエア マックス』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■スマートフォンが生んだのは「気軽さ」
2010年代は“テン”年代とも呼ばれる。アップルのiPhoneが日本に初上陸したのが2008年。以来、スマートフォンの普及は急激に進み、テン年代に入ると私たちの生活様式は一変した。
総務省平成30年「通信利用動向調査」によれば、2010年にまだ9.7%に過ぎなかったスマートフォンの保有率は、その後のわずか3年間で62.6%まで上昇している。2017年には75.1%まで上がり、初めてパソコンの保有率を超えた。つまり、この間人々が情報を収集するツールは掌に収まるようになり、デスクトップの前に身構えて、マウス片手に検索する時代でなくなったのだ。
コンピューターをパンツのポケットに入れたり、首からぶら下げたりする生活が日常になると、情報は能動的に取りに行くのではなく受動的に、それこそ呼吸をするように入ってくるようになった。スマートフォンの普及率の推移と同じくして、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が流行したのは、個人がメディアを持ち歩くようになったことの副産物だ。
買い物はオンラインが当たり前となり、待ち合わせの時間や電車内、そして就寝前のベッドの上でできるようになった。そしてファッションアイテムの中でもとりわけ、靴は試着しなくてもいい、迷いにくいカテゴリだ。足にぴったりとしすぎるくらいが正しい革靴ならフィッティングも重要だろうが、スニーカーにそこまで気を遣う必要はないだろう。しかもナイキやアディダス、ニューバランスなど、大手メーカーのシューズを一足持っていれば、ある程度のサイズ感は掴(つか)める。
■返品や交換のしやすさで、気軽に買えるアイテムに変化した
さらにエレクトロニック・コマース(EC=電子商取引)が当たり前になり、返品やサイズ交換にも寛容な世の中になった。スマートフォンとスニーカーの関係性に限った話ではなく、とりあえず購入してみて合わなかった、似合わなかったら交換する、もしくは返品するという発想は、こと若者にとって罪の意識など覚えることなく、当然のように行っていることだ。
因みにナイキもアディダスも、購入から30日以内であれば返品が可能とされている。アディダスは未使用品に限るが、ナイキは「何らかの理由で自分に合わないと判断した場合」を返品の対象にするなど、ややサービス精神が旺盛すぎるようにも個人的には感じているが。
返品方法は、通販で購入した際に同封された納品書に、返品のリクエスト番号を記入するか、QRコードをスマートフォンやタブレットのカメラで読み取り、指定の運送会社に集荷を依頼するだけ。アプリ会員であれば、送料無料で返品することもできる。
一昔前ではありえないサービスをスマートに享受できる時代は、同時にスニーカーをそれまで以上に、気軽に購入できるアイテムに変化させていった。
■ものづくりにおける“本気度合い”が購入の基準に
サブプライムローン問題で世界中が未曾有の不景気に見舞われたのが2007年。東日本を未曾有の大震災が襲ったのが2011年。次々と起きた問題や天災により、否応(いやおう)なしに育まれてしまった「明日は何が起こるかわからない」という不安は、今という瞬間を美しく生きたいという気持ちにスライドし、あらゆる物事を“本質”と向き合わせることになった。
同時にそれをファッションで言えば、2000年代半ばから長く続いたクラシック・トラディショナル回帰の流れを汲(く)み、ものづくりにおける“本気の度合い”が購入する・しないにおける一つの基準になった。
材料に何を使い、どんな環境で、誰の手によって作られているのか?
生産者の顔が想像でき、生産のプロセスが垣間見えるものづくりに人々は本質を見出し、衣食住すべてにそれを求めるようになっていった。この興味関心が、次第にエシカルやサステナブルへの精神と発展していった。
■「定番モデルがおしゃれ」の価値観が入り口を広げた
いいものを長く。新しいものを所有するよりも、メンテナンスを繰り返しながら大切に使い続ける喜び。そうしたことに価値を求める時代に変わり、それはベーシックを崇拝する志向を生み出した。雑誌などのメディアでは、「長く愛せる名品」特集があちこちで組まれ、人気を博すようになった。なお、名品とされる条件は、当初、前述したものづくりにおいての“本気度合い”であったが、次第に「歴史があるもの=価値の高いもの」へと基準も少しずつ変わり、存在感を増していった。
こうした流れはスニーカーにも影響を及ぼし、定番モデルを再評価する動きが生まれる。
その対象は、たとえばニューバランスの900番台や1000番台に始まり、アディダスオリジナルスの「スタンスミス」や「スーパースター」、ナイキの「エア マックス」、コンバースの「オールスター」、ヴァンズの「オールドスクール」など、各メーカーのアイコニックなモデルがかわるがわる注目された。
このトレンドは、スニーカーのエントリーユーザーにも相性が良かった。「最新作よりも定番モデルに価値があり、おしゃれだ」という空気が広まれば、これまでスニーカーに向き合ってこなかった人にも入り口が明確だし、手に取りやすい。
後述するが、特に影響を受けたのが女性だろう。彼女たちにとって、パンプスから履きかえることへの抵抗感は少なくなったし、また基礎知識を得ることで、そこから先に広がるスニーカーの世界に興味関心を持ちやすい状況も生まれた。たとえ突飛なデザインであっても、そのモデルが世間一般のベーシックであることを知れば、人は疑うことなくスタイルに取り入れる。
■SNSとの相性の良さが追い風になっている
それまで女性の間で、スニーカーがそこまで大きなムーブメントとなる事例はなかった。そして成熟しきっていないマーケットほど、基本的に流行のモデルに「右へ倣え」の精神で皆が飛びつきがちだ。何より女性は男性以上に共感が重要とされる。みんなが同じ方向を目指しやすいし、その分トレンドを作りやすく、メディアも特集を組みやすいためムーブメントを増幅しやすいのが、特徴とも言える。
そしてSNSとの相性の良さも追い風になっている。ガイアックスソーシャルメディアラボが2020年3月に更新したSNSの最新動向データによれば、成長率が鈍化しているツイッターやフェイスブックは男性利用者の割合が高い一方、インスタグラムに関しては、20~30代に限ってみると、女性利用者の割合が60%を超えている。文字を読むよりも写真を見て情報を得るインスタグラムは女性向きで、スニーカーの物欲を高める有効なツールなのかもしれない。
2015年以降、定番モデルブームはさらに勢いを増した。
アディダス オリジナルスの「スーパースター」、そしてヴァンズの「オールドスクール」が大ヒット。それまでのミニマム志向から一転、少しデザイン性があり、音楽やスケートカルチャーによって育まれたモデルが受け入れられたことで選択肢が広がった。
ブランドデータバンクによる「あなたが持っていてお気に入りの靴・シューズ」という調査結果を見ると、2013年の女性のスニーカー着用率が23.4%だったのに対し、翌年には41%まで増加。これは初期のブームに比べて、およそ倍の人口がスニーカーを履いたことを意味しており、女性の間でもすっかり市民権を得たとも言えそうだ。ちなみにこの間、男性は60.1%から63.5%へと微増したに過ぎない。そう考えると、まだまだウィメンズの伸びしろは計り知れない。
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編集者
1978年千葉県生まれ。大学在学中に1年間、米国フィラデルフィアにて生活。帰国後『Boon』(祥伝社)にてライター業を開始。現在メンズファッション誌、カルチャー誌を中心に、メディアを横断して編集・執筆活動を行う。著書に『東京スニーカー史』(立東舎)、『1995年のエア マックス』(中公新書ラクレ)、共同監修に『SNEAKERS』(スペースシャワーネットワーク)。
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(編集者 小澤 匡行)
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