「あらゆる自治体で嫌われ者」そんなカジノ誘致にこだわり続ける菅・二階ラインの勘違い
プレジデントオンライン / 2021年7月15日 11時15分
■現職閣僚である国家公安委員長は、なぜ退任するのか
6月25日。菅義偉首相の側近の一人である小此木八郎・国家公安委員長が出席する最後の閣議となった。小此木氏はこの日辞表を提出、横浜市長選への出馬を表明した。
新型コロナウイルスへの後手後手の対応などで支持率低迷にあえぐ菅政権。何とか東京五輪を開催したいとする菅氏にとって、警備を担当する現職閣僚である国家公安委員長の小此木氏の退任は政権運営にも懸念されるなど少なからぬダメージがあったに違いない。
それ以上に菅氏にとってショックだったのは、官房長官時代からの腹案だったカジノを含む統合型リゾート施設(IR)の誘致に、小此木氏が反対すると表明したことだっただろう。小此木氏が一介の自民党議員だったら横浜市長選に現職閣僚が出馬してもそうマスコミに取り上げられることはなかっただろう。
しかし、小此木氏となると話は違う。「小此木氏の父親である彦三郎氏は菅氏が秘書としてずっと仕えてきた人物。横浜に縁もゆかりもない菅氏が自らの拠点を横浜に置けるのもすべて小此木氏の後ろ盾があったから」(自民党中堅幹部)という間柄だ。
■「IR誘致」は横浜市長選の争点ですらなくなった
菅首相にとって「師」にあたる小此木氏の息子が、菅氏の掲げるIR誘致に、反対を公約にして立候補するというわけだ。5月下旬に「横浜市長選に出馬する。IR誘致は取りやめる」と小此木氏から告げられた菅首相は長い沈黙の後、「分かった」とだけ答えたという。
横浜市長選には菅氏の後ろ盾を得ていた林文子現市長も4選を目指して立候補する予定だが、「これまでのIRを巡る議論での迷走ぶりを考えると林氏では厳しい。多選に対し菅首相も難色を示している」(同)という。
長野県の元知事であった田中康夫氏も立候補を表明しているが、いずれの有力候補はIR誘致に反対している。自民党は「IR誘致賛成」の有力候補を探していたが、小此木氏の立候補ではそれは難しくなった。つまりIR誘致は横浜市長選の争点ですらなくなったということだ。
横浜市をはじめ、どの自治体からも反対されているにもかかわらず、なぜ政府はIR法を成立させて、IR誘致を推し進めるのか。経緯をたどると、トランプ米大統領(当時)との関係が浮かび上がってくる。
■「日本はずし」を封じ込めるための「カジノ」だった
「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」を掲げ、ラストベルトと呼ばれる米北東部の鉄鋼や自動車など製造業者などから強い支持を受けていたトランプ政権に対し、日本政府は強い危機感を抱いていた。地元産業を保護するために、日本製の自動車への関税引き上げや部品などの現地調達をちらつかせる「日本はずし」とも受け取れる言動を繰り返していたからだ。
その動きを封じ込めるための懐柔策の一つとして持ち上がったのが「カジノ」だった。
トランプ氏が大統領就になった際、安倍晋三首相(当時)が各国を差し置いて会談できたのは、トランプ氏の大物スポンサー(大口献金者)である米国のカジノ王、シェルドン・アデルソン氏の存在があったからだといわれる。
アデルソン氏はカジノ大手ラスベガス・サンズの創業者。海外ではマカオやシンガポールでも事業を拡大させており、さらなるターゲットとして「アジアでのラストリゾート」と言われる日本市場を狙っていた。
アデルソン氏はコンピュータ業界の最大の見本市である「コムデックス」の生みの親でもある。1995年に約830億円で売却し、その売却益をカジノ事業に注ぎ込み、大成功した。コムデックスの売却先が孫正義氏が率いるソフトバンクだったのだ。
安倍首相がトランプ氏にいち早く面会できたのも、このアデルソン氏のルートを使ったものとみられている。
■サンズは昨年5月に日本でのカジノ進出を断念
米国の「日本車締め出し」を恐れた日本政府は、トランプ氏の後ろ盾であるアデルソン氏の意向を受ける形でIR法案の成立を急ぐことになる。その時の官房長官としてIR法案成立に並々ならぬ意欲を示していたのが横浜市を地盤に持つ菅首相だ。
ただ、そのIRも新型コロナウイルスの感染拡大が一向に収束しないなか、今は風前の灯火だ。
結局、アデルソン氏の率いるサンズは、横浜をはじめとする日本でのカジノ進出を昨年5月に断念。アデルソン氏もトランプ政権の退陣と時を合わせるように今年1月に死去した。
「外交上の要請」もなくなり、コロナ感染でIR誘致どころではないはずだが、依然として執念を燃やす地域がある。和歌山県と大阪府だ。
■二階幹事長の地元・和歌山が、IR誘致に積極的なワケ
小此木氏がIR誘致反対を掲げて横浜市長選への出馬を決めた同じ6月。和歌山県は県内への誘致を進めているIRの事業候補者にカナダのクレアベスト・グループを選定したと発表した。国内のIR計画で実質的な運営事業者を選んだのは初めてだ。
同県は和歌山市南部の人工島「和歌山マリーナシティ」へのIR誘致を目指している。県の事業者公募には2社が応じたが、5月に1社が撤退し、クレアベストのみの「無投票当選」となっていた。
クレアベストの提案によると、延べ床面積は56万9000平方メートルの規模で、MICE施設(国際会議場や展示場)や宿泊施設、カジノ施設などを建設する。初期投資額は約4700億円で、県がIR基本構想で示した約2800億円を大きく上回る。開業4年目の経済波及効果は約2600億円、雇用創出効果は約1万4000人を見込むという。
事業費を大幅に積み増した背景としてIR誘致をいち早く表明することも加え、国に対してアピールして国内で最大3カ所とされるIR選定を勝ち取る思惑があるとみられる。
和歌山は自民党・二階俊博幹事長の地元だ。さらに全国旅行業協会(ANTA)の会長として、「GO TO トラベルキャンペーン」の実施など、旅行・観光業界と深い関係にある。地元へのカジノ誘致も地元振興に加え、支援を受けている旅行観光業界への配慮も透けて見える。
ただ、仮に誘致に成功したとしても和歌山で事業面での採算が取れるかは未知数だ。クレアベストと並んで入札に参加していたマカオのサンシティ・グループは新型コロナの影響で5月に撤退した。
■強引なIR誘致には与党内でも冷ややかな見方
和歌山と同じく、まだIRの誘致活動を進めているのが大阪だ。
大阪では2025年に大阪万博が開催される。その夢洲地区をIR拠点として整備する計画だが、その理由として「万博後に夢洲一帯が空き地になる事態を避けたい」(関経連幹部)との思惑がある。
しかし大阪のIRに手を挙げているのは米MGMリゾーツ・インターナショナルとオリックスの共同グループ1社のみ。府・市が4月まで実施した追加公募でも、新たに応じた事業者はいなかった。
MGMは21年1~3月期の決算では約364億円の最終赤字となるなど足元では厳しい状況が続く。「いつ撤退を言われてもおかしくない状況」(同)にあるのは横浜や和歌山も同じだ。
旅行・観光業界を支持母体に持つ二階氏と、その二階氏に生殺与奪の権を握られている菅政権。当初は「外交上の要請」でもあり、与党内でIR誘致について理解を示す議員は少なくなかった。しかし、コロナ感染と菅政権への支持率低下で世論を無視した強引なIR誘致は冷ややかな見方が多くなっている。
東京五輪も非常事態宣言発出で東京など首都圏では無観客での開催となった。飲食店への営業自粛要請で外食産業の経営への影響は深刻さを増し、東京五輪開催に期待を寄せていた旅行業や観光業も「無観客」開催の広がりで政権への信頼が揺らいでいる。
もともと政策の大義の薄弱な「カジノ誘致」にこだわり続ければ、菅・二階両氏による現政権の命取りになりかねない。
(プレジデントオンライン編集部)
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