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「東京五輪で菅首相と話したい」文在寅大統領の"水面下の打診"に菅首相はどう応じるのか

プレジデントオンライン / 2021年7月17日 9時15分

東京五輪・パラリンピック競技大会推進本部で発言する菅義偉首相=2021年7月16日、首相官邸

■韓国大統領の「五輪訪日説」が浮上

オリンピック開催がいよいよ不可逆の様相になっている。東京をはじめとする大部分の競技場で無観客観戦が決定、その中で韓国の文在寅大統領のオリンピック開会式への参加と菅義偉首相との日韓首脳会談が浮上し、日韓政府間交渉について報道に再び熱気が入り始めている。

言うまでもなく現下の日韓関係は、相互の歴史認識がこじれにこじれ、「戦後最悪」と言われるところまで落ち込んでいる。特に2018年の秋、元徴用工やその遺族が日本企業を相手取り損害賠償を求めた訴訟で、韓国の最高裁大法廷は確定有罪判決を出してしまった。

徴用工問題は1965年の日韓請求権協定によって解決済みというのは、長い間日韓両政府の共通解釈だったにもかかわらず。

また、文在寅政権は同じく2018年秋、慰安婦問題をめぐり、日韓合意に基づき日本政府の10億円の拠出によって2015年に創設された「和解・癒やし財団」を解体してしまった。河野談話とアジア女性基金に基づいても解決しえなかった韓国との慰安婦問題について、両政府に両国市民団体も加わり、ようやく締結した2015年合意の果実を、韓国側の一方的判断で無効化したのである。

■安倍・菅両政権は自ら動くことをやめていたが…

2019年以降、安倍・菅両政権が、日韓関係の改善は文在寅政権の実質的対応にかかっているとして、自ら動くことを止めたのにはそうした原因がある。ただ、これまでの日韓両政府の動きは、国際場裡における米トランプ政権の日韓歴史問題への無関心を背景にしていた。

しかしながら、時代は急速に変化する。

2021年1月にバイデン氏が米国大統領に就任してからちょうど半年がたった。国際関係に対するバイデン大統領の動きについて大方の研究者は、アメリカの主たる脅威である中国と相対峙するにあたり、①欧州・アジアにおける「価値を同じくする国」との関係を重視し、②北東アジアにおいて日韓は、最重要な価値を共有する国となる、と分析してきた。

要するに、バイデン政権は東アジアにおいて、必ずや日韓の提携を要求してくるだろう。歴史認識問題についても、心の中の満足度には介入しないが、政府間の協力を妨げるところまで双方の反発心を肥大化させないよう、何らかの動きに出てくるだろうということである。

■文在寅政権が軌道修正に乗り出した

そして文在寅政権は、少なくとも表面上、このアメリカの動きを読んで、明らかに歴史認識問題に軌道修正を加える動きに出てきた。時系列で追ってみよう。

①2021年1月18日、文大統領は記者会見で、慰安婦グループが日本政府を訴えた裁判で日本政府に主権免除を適用できないとした1月8日のソウル地裁判決について「少し困惑している」と発言。2015年の慰安婦問題合意に触れ、「日韓両政府間の公式合意という事実を認めている」とした。徴用工問題にも言及し、「強制執行方式での現金化や、判決の執行は望ましくない」と指摘した。

②4月21日、別の慰安婦グループが日本政府に損害賠償を求めた訴訟で、ソウル地裁は、主権免除が適用される結果、日本政府は無罪という1月8日判決とは真逆の判決を行った。

③6月7日、元徴用工や遺族が日本企業16社を相手取り損害賠償を求めた集団訴訟で、ソウル地裁は訴えを却下。原告の個人請求権は1965年の日韓請求権協定で消滅はしないが「訴訟では行使できない」とした。「この事件の請求を認めることは、国際法違反の結果を招きうる」との認識も示した。

原告はすぐに控訴する方針だが、韓国外務省は「韓日関係を考慮しながらすべての当事者が受け入れ可能な合理的な解決策を論議することについて、開かれた立場で日本と協議を続ける」と述べた。

■日本が動かぬまま「開会式出席へ」と報道

他方、日本の菅内閣からは、2020年10月26日の所信表明演説で「韓国は極めて重要な隣国だ。健全な日韓関係に戻すべく、わが国は一貫した立場に基づいて適切な対応を強く求めていく」との発信が行われた。年があらたまった2021年1月18日の施政方針演説でもほぼこれと同じ主張が繰り返された。

つまり、「韓国側が政策変更をするよう要求し続ける」という方針表明から、筆者の知る限り、日本政府の立場は今日に至るまで一歩も動いていない。

オリンピック開会式の文大統領の出席報道は、まさにこういう状況下で世上に流布されることとなった。

横浜三塔を背景にした五輪マークのモニュメント
撮影=プレジデントオンライン編集部
横浜三塔を背景にした五輪マークのモニュメント - 撮影=プレジデントオンライン編集部

最初、日本では「文在寅大統領が東京オリンピック開会式の7月23日から1泊2日の予定で訪日を検討中」(TBS、7月7日)と報じられた。すぐに「韓国とだけ長時間の会談は難しい」という日本政府関係者のコメントが流れ(日本テレビ、同)、8日の菅首相会見でも、従来の「韓国側に適切な対応を求める」が繰り返された後に「訪日される場合、丁寧に対応するつもりだ」とつけ加えられた。

■なぜ日本政府はこうも頑固なのか

日韓関係において非常な重要性をもつ首脳会談をめぐり、プレスへの事前リークによってどう見ても生産的とは思えない神経戦・宣伝戦が始まっている。

文大統領は年初より、日韓関係を外交と対話によって処理しようと求めてきた。7月12日、韓国大統領府は「韓国政府は日韓首脳会談を行う用意はあるが、会談が開催されれば成果がなければならないという立場」「今後日本側の態度が重要だと考えている」と述べている。

日本側はどうか。

筆者にはどうしても理解できない硬直性が、日本政府の対韓国アプローチの中にある。現下の韓国政治の一部は「司法による対日攻撃」によって日韓関係を破壊しようとしている。しかし、外交と対話は、この対極にあるアプローチであり、これこそ日本が目指すべき立場ではないのか。なぜ日本政府はこの隙間に迅速に切り込まないのか。これこそ日本の国益ではないか。

■胸襟を開いて対話する得がたい機会だ

オリンピック開会式に参列し、同時に首脳会談を行うという行為が、文大統領の政治目的に合致していることは言うまでもない。しかし、菅内閣にとっても、開会式に1人でも多くの首脳が参列することは、望ましいことではないか。

国立競技場前のオリンピックミュージアム
撮影=プレジデントオンライン編集部
国立競技場前のオリンピックミュージアム - 撮影=プレジデントオンライン編集部

そう考えるなら、今こそ「この機会に胸襟を開いて前提条件なしに対話をしたい」という公開メッセージに切り替える得がたい機会ではないか。

日本政府に関係改善の意思があることを率直に伝えるなら、慰安婦については2015年協定の再起動、徴用工については民間当事者同士の裁判として当事者和解の追求という、官民を挙げた交渉への糸口はすでに出来上がっているといってもよいと思う。

にもかかわらず、日本政府からのメッセージは伝わってこない。

米国の最も親日的なシンクタンク、CSIS(戦略国際問題研究所)が最近主催した「バイデン政権が日韓関係にプラスの役割を果たせるか」というテーマで、スタンフォード大学講師のダン・スナイダー氏とソウル国立大学日本研究所長のパク・チョルヒー教授との間で書簡討論が行われた。

この2人は今、世界中を見渡しても最高の「知日派」である。その2人が「鍵は柔軟なリーダーシップ」と指摘しつつ、2人とも韓国側の柔軟性に軍配を上げている。日本側が絶対の正義を自認している間に、またもや、日本の地盤が緩んでいる恐れはないのか。

■これ以上双方の障害を増やしてはならない

日韓の火種は他にもある。7月16日から、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産会議がオンライン形式で始まった。そこでは長崎市の端島炭坑(通称・軍艦島)など「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産登録後の日本政府の措置をめぐる「軍艦島決議案」が、22日か23日に審議される予定となった。

2015年に日本の産業遺産が認定されるにあたり、認定遺産の一部で、植民地下で働いた朝鮮半島出身の労働者の状況を正しく後世に伝えるという宿題を日本政府は負ったのである。日本政府はその後詳細な調査を行い、その成果を2020年6月に開設された産業遺産情報センターに展示した。

2019年5月25日、長崎市の軍艦島に上陸したときの様子
撮影=プレジデントオンライン編集部
2019年5月25日、長崎市の軍艦島に上陸したときの様子 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

韓国政府はすぐにこれを歴史の歪曲として猛烈な抗議を行った。2021年6月にはユネスコ調査団が3日間にセンターを訪問し、7月12日にその報告書が公開された。報道で見る限り、報告書は韓国側の見解を全面採用している。

もちろん日本政府および関係者はこれからユネスコでの議論に誠意をもって説得を目指して応じていくことになると思う。

筆者としてはこの問題が「日韓首脳間の対話」を誘(いざな)うこそすれ、対話への障害とならないことを切に祈るのみである。

繰り返して言おう。文在寅大統領の東京オリンピック開会式出席の機をとらえ、今こそ日本政府が「この機会に胸襟を開いて前提条件なしに対話をしたい」という公開メッセージに切り替える得がたい機会なのではないか。

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東郷 和彦(とうごう・かずひこ)
静岡県対外関係補佐官
1945年生まれ。1968年東京大学教養学部卒業後、外務省に入省。条約局長、欧亜局長、駐オランダ大使を経て2002年に退官。2010年から2020年3月まで京都産業大学教授、世界問題研究所長。著書に『歴史と 外交 靖国・アジア・東京裁判』(講談社現代新書)などがある。

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(静岡県対外関係補佐官 東郷 和彦)

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