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「もはやイジメだ」居酒屋に"酒を出すな"と言い続ける菅政権にまだ従うべきか

プレジデントオンライン / 2021年7月21日 15時15分

首相官邸に入る菅義偉首相=2021年7月19日、東京・永田町(写真=時事通信フォト)

■「酒の飲めない人は本当に気の毒だと思う」

酒を呑むとき、一番大切なのは高い酒でもうまい肴でもない。健康である。

体調が悪いと、とんだ失敗をする、他人に迷惑をかける。だから体調の悪いときに呑みに行ってはいけない、それが酒呑みのエチケットだ。こういったのは作家の山口瞳だった。

彼が今いたら、こういうのではないか。

「鰻や蕎麦を食いに行って酒が呑めないのなら、死んだほうがましだ」

山口は『酒呑みの自己弁護』(新潮文庫)で、

「酒の飲めない人は本当に気の毒だと思う。私からするならば、人生を半分しか生きていないような感じがする。体質でどうにも飲めない人は別として、すこしは修業されたほうがいいと思う。フグをジュースで食べている人を見るのは哀れである。ビールでも駄目だ。フグは日本酒に合うようになっている」

菅義偉首相、西村康稔経済再生担当相、小池百合子東京都知事は、フグをジュースで食べても何とも思わない人たちなのかもしれない。

彼らの酒を提供する飲食店への仕打ちは、もはやイジメといってもいいのではないかと、私は考えている。

■ガラッと変わった春の緊急事態宣言

新型コロナウイルス感染が広がった当初、小池都知事は新宿・歌舞伎町をコロナ感染の火元のように“憎悪”して、歌舞伎町にある飲食店に徹底した自粛を要求した。

だが、安倍政権下の第1回、菅政権になってからの第2回までの緊急事態宣言下では、8時までの時短は要請したが、7時までの酒の提供は認められていた。

それがガラッと変わったのは、4月25日から5月11日まで、17日間の緊急事態宣言を発した第3回目からである。

酒を提供する飲食店には休業要請、提供しない店でも午後8時までの時短営業を求めた。

その背景には、菅首相の焦りがあったことは間違いない。何としても感染拡大を抑え込んで東京五輪を開催し、その勢いを解散総選挙へと持ち込んで首相の座を死守したいという彼の“妄執”である。

そのためには、5月中に感染を抑え込まなくてはならない。ワクチンを1日100万回ペースで打てという発想もそこから出てきたのだと思う。

だが、都の協力金や国の持続化給付金を申請してもなかなか振り込まれず、ランニングコストがまかなえないと悲鳴を上げる飲食店は多い。

中には、「7月2日、午後8時。東京・銀座の雑居ビルにある居酒屋の店長は、通りに面した看板の電気を消した。外からは一見すると閉店しているように見えるが、店の中では客が酒を飲み続けている。その後も絶え間なく、なじみの客が入ってきた」(朝日新聞デジタル7月15日11時30分)

3回目の緊急事態宣言が解除された後だが、8時以降、まるでアメリカの禁酒法時代のような光景が銀座にも出現していたのである。

■金融機関を使って“恫喝”した西村担当相

私が住んでいる中野区でも、深夜まで酒を出す店がいくつもあり、ネットには「隠れ営業リスト」がアップされている。

そんな状況にしびれを切らしたのだろう、菅首相の意を汲んでのことだと思うが、7月8日に西村担当相が驚くべき発言をするのである。

会見で、西村がスライドを示しながら、休業要請に応じない飲食店について、「金融機関としっかり情報共有しながら、順守を働きかけていく」とぶち上げたのである。

オレのいうことを聞かない飲食店は、金融機関から融資引き揚げなどの圧力をかけてやるぞという“恫喝”だ。

カウンターのレジ
写真=iStock.com/Taechit Taechamanodom
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Taechit Taechamanodom

当然だが、これは「飲食店イジメだ」と与党内からも批判の声が上がり、西村は「金融機関からの働きかけはやらない」と、たった一晩で撤回する羽目になってしまったのである。

週刊文春(7/22日号)で政治部デスクがこう話している。

「取引上、融資をする側で立場の強い金融機関が、飲食店の営業内容に注文を付ける行為は、独占禁止法が禁じる『優越的地位の濫用』にあたる可能性がある。その意味で、西村氏の発案は極めて筋が悪かった。九日には金融庁が全国銀行協会に依頼文書を出す予定でしたが、急きょ取りやめになりました」

なぜ、西村担当相は、ここまで露骨な飲食店イジメに走るのか? 週刊文春によればこうである。

■「上の者にはペコペコし、下の者にはきつく当たる」

「西村氏はかねてから『感染拡大を防ぐためには、とにかく酒の提供を止めなければならない』と主張しており、財務省出身の藤井健志内閣官房副長官補にも『何か効果的な政策はないか』と相談していた。そんな中で国税庁に『飲食店に何らかのプレッシャーをかけられないか』というオーダーが出され、販売業者に酒類の取引停止を求めるというアイディアが浮上したのです」(内閣官房関係者)

西村は、時短要請に従わない飲食店には、新型コロナ特別措置法で30万円以下の過料が科されると定められていることを持ち出し、「もっとちゃんと過料を取るようにしろ!」と吠えているそうだ。

「上の者にはペコペコし、下の者にはきつく当たる」(週刊文春)西村の政治家人生が、ここにも色濃く表れているということだろう。

それに加えて、西村はグルメサイトを使って、飲食店が新型コロナウイルス感染防止対策に適切に取り組んでいるか、時短は守っているか、酒は提供していないか、「情報提供という名の密告」を求めていたことが東京新聞で報じられた。

東京新聞(7月16日付)によれば、7月15日の参院内閣委員会で共産党の田村智子議員が、「市民からの密告で飲食店を取り締まろうとしている。撤回すべきだ」と迫ったが、西村は「具体的な運用を進めている」といったものの、それ以上は応じなかったという。

■グルメサイトを使って違反店の密告も

これは西村が7月2日の会見でいい出した。「食べログ」「ぐるなび」「ホットペッパーグルメ」の3つのサイトに、国が設けるアンケートページへのリンクを掲載して、手指消毒の呼びかけ、座席の距離、食事中以外のマスク着用の呼びかけ、換気状況などについて利用客に回答してもらうというものだ。

だが、この制度に対して、東京都世田谷区で飲食業を営む男性は東京新聞に対して、「幼稚な発想だ。書き込みは個人の主観で、指標にするのはどうかと思う」と批判している。

東京新聞も、「回答の中には、ライバル店や悪意のある客からのものも想定され、政府などが正しく判断できるのか」と懸念を示している。

世間を知らない永田町の裸の大臣は、「食べログ」が加盟店に対して、年会費を増やせば、検索した時、上位に出るようにすると持ち掛けたり、悪意を持った利用者の書き込みで迷惑を被ったりしている飲食店があることを聞いたことはないのだろう。

さらに「ぐるなび」は、菅首相と親しい“政商”といわれる滝久雄が会長を務めていて、ノンフィクション・ライターの森功によれば、「菅首相が長年の支援者である滝さんを文化功労者に推し込んだのではないか」(週刊現代7月10・17日号)といわれる人物だということを、西村が知らないはずはないだろう。

■自民党議員が飲食チェーン首脳陣と会食

すべては菅の威を借る西村という構図なのである。先の金融機関から飲食店に圧力をかけるという西村発言も、その2日前に、

「コロナ対策に関係する五大臣会合が開かれました。菅首相や加藤勝信官房長官も参加する会議です。この場で西村氏は、自身のプランを説明した。つまり、菅首相も加藤氏も了解済みの事柄なのです」(政治部記者=週刊文春)

西村担当相は、同じ号の週刊文春が報じている、自民党「魔の3回生」議員と大手飲食店チェーントップたちとの「飲食会食」には、さぞ厳しい処罰を下すのでしょうな。

7月8日、菅首相が4度目の緊急事態宣言を発令している時刻に、自民党の穴見陽一衆院議員(51)がJR大崎駅のビルにある和食居酒屋の個室に入っていった。

そこには外食産業のトップ4人がいたそうだ。「モスバーガー」などを展開するモスフードサービスの櫻田厚会長。この日の和食居酒屋店もここが経営している。

「ロイヤルホスト」などのロイヤルホールディングスの菊地唯夫会長。「和食さと」などのSRSホールディングスの重里欣孝会長。海外の食品を扱うマーケット・メイカーズ・インクの福田久雄副社長。

穴見議員もファミリーレストラン「ジョイフル」の代表取締役会長で、妻が社長だそうだ。この5人、8時までビールやハイボールを飲みながら食事をしていたそうである(店側も認めている)。

酒
写真=iStock.com/kazoka30
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazoka30

■ここで呑兵衛から政府に提案したい

飲食は2人以内、時間は90分以内という要請を守らなかったから、厳罰間違いない。

それに、小さな飲食店は協力金も微々たるもので四苦八苦しているのに、大手は政治家へのロビー活動が功を奏して、彼らのような大飲食チェーンにも協力金(一店舗当たり1日上限20万円)が出ることになったのである。

週刊文春の調べによると、4人のチェーン店がこれまで受け取ったコロナ関連の協力金や助成金の合計は、決算資料に記載がある分だけでも約59億円になるというのである。

当日の櫻田の店も東京都に協力金を申請していたそうだが、“要請破り”を隠して協力金を申請すれば「詐欺罪成立の要件になりうる」(落合洋司弁護士)から、あわてて協力金の申請を引っ込めたという。

西村担当相のことは知らないが、菅首相は人生の半分を知らない下戸である。

パンケーキ好きに酒呑みの気持ちが分かるわけはないが、あえていわせてもらいたい。

家で呑む酒と居酒屋で呑む酒は、同じ安酒でも別物だということだ。それに酒呑みは、たまにはワイガヤ呑みもいいが、基本は若山牧水ではないがひとり酒が好きなのだ。

だから、私はこう提案したい。居酒屋では基本的にひとり酒、時間は夜8時まで。

こうすれば、居酒屋も助かるし、われわれ呑兵衛も救われる。

呑み屋でコロナに感染するよりも、家庭で感染する率のほうがはるかに多いはずである。そうじゃないというのなら、きちっとしたデータを示して、懇切丁寧に説明すべきである。

■飲食店が生き残りを懸けて反撃に出ようとしている

コロナ感染対策の自らの無策を棚上げして、新宿歌舞伎町の飲食店をスケープゴートにしたのは小池都知事だった。

東京五輪を何としてでも開催したい菅首相も、感染対策の不備やワクチン接種の遅れを隠すために、飲食店全体を悪者に仕立て上げた。

だが追い詰められた飲食店は、生き残りを懸けて反撃に出ようとしている。

7月17日、土曜日の夕方5時半。東京・神田神保町の「ランチョン」に行ってきた。

ここの創業は明治42年(1909年)だから、今年で112年になる。洋食屋だが、古き良き時代のビアホールの香りが今も漂う名店である。

私が編集者時代、作家と打ち合わせをしたり、古本屋を覗いたりした後の夕暮れ時、ひとりでジョッキのハーフ&ハーフをあおったものだった。

そんな名店もコロナ禍で苦しんでいた。スポニチアネックス(4月25日5時30分)にこんな記事が載っている。

「東京・神保町で創業112年の老舗ビアホール『ランチョン』の4代目マスター、鈴木寛さん(56)は『基本的に要請に従って酒類を提供せずに時短営業をしたいと考えているが、周囲の対応を見ながら最終的に判断する』と迷いを見せた。

酒類を提供しない営業に切り替えた場合、75年ほど続いたビールの提供が途絶えることになる。『戦時中はビールが配給だったこともあり提供できない時もあったかもしれないが、戦後はなかったのではないか』と語る。

代々ビールを注げるのはマスターだけ。客の多くが熟練の技術で注がれた絶品のビールを目当てにやってくる。『お酒を提供できなければ正直苦しい。来月11日まで何とか耐えるしかない』と顔を上げた」

■老舗「ランチョン」がついに酒を提供

そこに7月12日、4度目の緊急事態宣言が発令された。マスターの鈴木は決断し、7月15日にツイッターでこう呟いた。

〈神保町ランチョン★20時閉店★さまざまなご意見おありだと思いますが、お酒もお出ししての営業を決めました〉

心ない嫌がらせもあるかもしれない。過料も科せられる。

「ランチョン」の決断を無にするな。こういう時こそ三代続いた江戸っ子でガキの時からの酒呑みの出番だと、なけなしのカネを懐に駆け付けたという次第である。

雰囲気のある階段を上がって席に着く。個々のテーブルにパーテーションはないが、席と席は十分に間隔をあけている。7割ぐらいのテーブルが埋まっている。

ピルスナー・ウルケルのミルコを頼み、つまみにニシンのマリネ、エスカルゴ、エビフライ。ピルスナーのやわらかな泡が33度の猛暑をくぐってきた体を静かに冷やしてくれる。

私と同じように至福の時間を味わいたい人たちで、6時過ぎにはほぼ満席になった。

■踊れる場所もなくては生きていけない

100年以上も続いている老舗が「酒を提供する」と公表したインパクトは、西麻布の権八を運営するグループなどとは比べものにならないほど大きい。

決断するまでは相当悩んだことであろう。だが、酒を楽しみたいという人間たちに、安心して呑んでもらう空間を提供するのは飲食店の使命だと腹をくくったのであろう。

ビールバー
写真=iStock.com/Ekaterina Kiseleva
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ekaterina Kiseleva

これを機に、こうした老舗がもっと出てきてほしいと思う。お上のつじつまの合わないでたらめな政策で、呑兵衛たちの聖地が次々に消えていくのは、身を切られるようにつらい。

帰り際にマスターに、「嫌がらせはない?」と聞いた。「ないですね」とマスター。「繁盛しているね」と私。「これまではこんなものじゃなかったですね」とマスター。

呑む側も、提供する側も、十分に感染対策をし、節度を守って呑む。為政者が自分都合のハンマーばかり振り回してもダメなのだ。ダンスを踊れる場所もなくては生きていても楽しくはない。

外から見る「ランチョン」は夕暮れ時と相まって、緊急事態宣言下のオアシスのようだった。(文中敬称略)

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元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。

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(ジャーナリスト 元木 昌彦)

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