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「なぜ宿題をしなかったの?」そう言って無意識に子供を論破しにかかる親が失っているもの

プレジデントオンライン / 2021年8月26日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/wildpixel

なぜ「論破」は周囲を不快な気持ちにさせるのか。東京大学大学院で哲学を研究する山野弘樹さんは「子供に『なぜ宿題をしなかったの?』と問いかける親は、論破的思考にハマっている。これでは子供の行動は変わらず、嫌われてしまうだけだろう。論破より対話を心がけたほうがいい」という――。(第2回/全3回)

■議論を勝ち負けと捉える人は論破的思考に染まっている

「議論は戦争である(Argument is war.)」という有名な比喩があります。これは言語学者ジョージ・レイコフと哲学者マーク・ジョンソンの共著Metaphors We Live By(邦題:『レトリックと人生』)の中で紹介されている比喩です。例えば、私たちは「言い争いに勝つ」、「相手の議論の弱点を攻撃する」といった表現を使います。このように、議論はしばしば「戦争」のように捉えられることが多いです。

「戦争」(ひいては勝ち負け)として議論を捉える思考の習慣、それは「論破的思考」の最たるものであると言えます。相手の議論の穴を一方的に攻撃し、自分の一時的な優位を示そうとする思考パターンが論破的思考です。

これに対して、誰しもに議論の「抜け漏れ」があることを想定し、お互いにその穴を補い合うことで、共に建設的な議論を練り上げていく思考パターンが「対話的思考」です。「どちらが勝者なのか?」という全く本質的ではないことにこだわる論破的思考ではなく、「本質的かつ難解な問題について共に考える」姿勢を重視する対話的思考の方が、「確実な答えが無い」と言われている今の時代にはマッチしているのです。

前回は、最近はやりの論破がいかに議論において非生産的であるかということと、対話的思考を育てる入り口として、相手への応答に疑問文から入ることの重要性をお話ししました。

ですが、こうした言い方をすると、「じゃあ貴方は相手に対して何も言い返さないんですね?」「相手の主張をすべて肯定するのが対話なんですね?」「なんでもかんでも疑問文で返せばいいんですね?」という誤解をする人たちが一定数出てしまうようです。そこで本稿では、こうした誤解を解きつつ、対話的思考の実践として「問い」を提示する際の注意点と、それに付随する好感度の重要性について解説していきたいと思います。

■主張の抜け漏れを発見した後の返答次第で論破にも対話にもなりうる

驚かれるかもしれませんが、論破的思考と対話的思考は、真っ向から対立する2つの思考パターンではありません。実はこの2つの思考は、75%くらいまでは同じ思考プロセスをたどるのです。

「相手を論破する方法」について考えてみましょう。論破をする際に必要なのは、相手の主張の「抜け漏れ」(根拠の脆弱性や論理の飛躍)をチェックすることです。話を聞いたときに、「なぜそう言えるんですか?」と指摘できるようなポイントを見つけることが、論破のための大前提となります。そして対話的思考においても、相手の主張の「抜け漏れ」をチェックすることは非常に重要です。なぜなら「対話」とは、何よりも相手の言わんとすることをしっかりと理解するところから始まるからです。ここにおいて、2つの思考は共に「ロジカル・シンキング」を実践しています。

2つの思考パターンが決定的に異なるのは、相手の主張の抜け漏れをチェックした後です。その穴を相手への否定文で広げようとするのが論破的思考であり、その穴を相手に疑問文を投げかけることで埋めようとするのが対話的思考です。

論破の場合、「○○の点が抜け落ちているので、あなたの主張は間違っています」という攻撃を行いますが、対話であれば、「例えば○○の点から考えてみるとどうでしょう?」と補足的な問いかけを行います。その結果、前者の場合は相手の主張と面子を潰して終わってしまいますが、後者の場合は、「確かにそう考えてみるといいかもしれない」と相手に「気づき」を促し、共に次のステップへと議論を進めることができるのです。

このように、論破的思考と対話的思考は共にロジカル・シンキングを行使する点で変わりはありません。両者の決定的な違いは、主張の抜け漏れを発見した後の返答の仕方なのです。

■相手を非難する意図が露骨に表れる“偽の疑問文”の特徴

さて、こうした対話的思考は、特にビジネスパーソンにとって即戦力的に役立つものになります。相手を否定しない柔らかな語り口であるにもかかわらず、「問い」の形で鋭い論点を提案できる対話的思考は、ビジネスの現場において非常に重要な「ライカビリティ(Likeability)」(好ましさ、好感度)を上げることに貢献してくれるからです。

ですが、このとき「問い方」(言い方)に最大限注意する必要があります。特に注意すべきなのは疑問文のイントネーションです。

例えば、親が子どもに「どうして宿題をやらなかったの?」と言う場面を想像してみてください。このとき疑問文のイントネーションが文末で全く上がっていなかったとしたら、その言葉は、「あなたは宿題をやらない悪い人間だ」と伝える否定文の機能しか果たしていません。実際には、「どうして宿題をやらなかったの!」という表記になるでしょう。

また、たとえ文末でイントネーションが上がっていたとしても、言葉の最初の音(今の例で言えば「どうして~」の「ど」の音)にアクセントが置かれてしまうと、相手を責める意図を持つ疑問文に変化してしまいます。今の例で言うと、「どうして宿題をやらなかったの? やればいいだけじゃん。なんでできないの?」という相手への非難が、問いかけの中に露骨に組み込まれてしまっているのです。

息子を叱る母親
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

本来の疑問文は、文末の「?」のところにアクセントを置かねばなりません。文末でイントネーションが上がっていなかったり、アクセントが文頭にあったりする疑問文は、言うなれば「偽の疑問文」です。なぜなら、それら2つは「純粋に相手に問いかける」という意図よりも、相手を否定したり、非難したりする意図の方が勝ってしまっているからです。

こうした「否定」ありき、「非難」ありきの問い方をしてしまうと、直接的に言われるよりもさらに嫌味っぽくなりますので、むしろライカビリティは大幅に下がってしまいます。仮に正論を言っていたとしても、「あの人の言い方は感じ悪い」という評判が先立ち、周囲の信頼を勝ち取ることは難しくなります。立場が上の人間がこうした言い方をしてしまったら、言われた側の自尊心を大きく傷つける結果にもなるでしょう。

偽の疑問文を乱発してしまう思考パターンも、先ほど解説した論破的思考の1つです。誰しも、感じ悪い人と仕事をしたいはずがありません。ある程度正しいことを言っているにもかかわらず周囲を不快な気持ちにさせてしまう論破的思考は、言うなれば「もったいなさすぎる思考」なのです。こうした思考習慣を対話的思考へとアップデートすることで、ビジネスの現場で求められるライカビリティを向上させることができるでしょう。

■私たちは何気ない言葉づかいで他者に大きな力を及ぼす生き物

もちろん、「どうして私たちはここまで言葉に過敏にならなければならないのか」と疑問に思われた方もいらっしゃるかもしれません。ですが、イギリスの哲学者J.L.オースティン(1911-1960)が「言葉によって物事が行われる」と指摘するように、私たちは何気ない言葉づかいによって、他者に対して大きな力を及ぼしてしまう生き物です。

オースティンは言語行為論(speech act theory)の中で、「発話行為(locutionary act)」(意味の通る言葉を発すること)と「発話内行為(illocutionary act)」(ある言葉を発することで、実際に何らかの行為を他者に対して行うこと)の2つを区別しています。例えば、「醤油はどこにありますか?」という言葉を発するのが発話行為であり、その言葉によって「醤油を取ってください」という内容を相手に伝えるのが発話内行為です。そして、こうしたオースティンの洞察を用いることで、私たちは「確かに文法上は疑問文を発しているけれど、実際には他者を一方的に否定したり非難したりするような行為を行っているのではないか?」と批判的に問う視点を得ることができるのです。

■組織の習熟度合いを表す5つの分類

さらに対話的思考は、一対一の人間関係を良好なものにするのみならず、多くの人数が関わる組織づくりをするうえでも有効な手段となります。対話的思考を企業文化として養成することで、居心地がよく、生産性も高い組織づくりを推進することができるのです。

対話的思考を共同で行えるチームとは、「問い」によってお互いに「気付き」を与え合う人間関係です。否定文や命令によって相手を一方的に抑圧するチームから、疑問文や提案によって相手と共に思考できるチームへと環境をアップデートすることで、組織としての発達段階を引き上げることができます。

組織論の名著Reinventing Organizations(邦題:『ティール組織』)を書いたフレデリック・ラルーは、組織の発達段階を次の5つに分けました。下から、「レッド(衝動型)組織」「アンバー(順応型)組織」「オレンジ(達成型)組織」「グリーン(多元型)組織」、そして「ティール(進化型)組織」で、上に行けば行くほど組織が成熟していることを表しています。

それぞれのイメージとして、レッド組織=狼の群れ、アンバー組織=軍隊、オレンジ組織=機械、グリーン組織=家族、ティール組織=生命体という比喩が用いられています。「機械」のイメージは「目標達成に向けて最も効率的な選択のみを行う」という側面を、そして「家族」のイメージは、「一人ひとりのチームメンバーを尊重するが、誰かが明確な指導者であるという古典的なピラミッド組織の構図を保持している」という側面を表しています。

組織の発達段階
『ティール組織』を基に著者作成

ラルーは最も理想的な組織形態がティール組織であると述べていますが、日本の大多数の企業や学校は、いまだに年功序列の組織体制や上意下達の意思決定の方式が保持されがちという側面において、アンバー組織ないしオレンジ組織の段階にとどまってしまっています。いわゆる「ブラック企業」問題や「ブラック部活」問題が頻発している状況を見るに、日本においては、最も発達段階の低いレッド組織としての性格さえ多く残されてしまっていると言えます。

ティール組織を達成できている企業とは、「ホラクラシー経営」(ピラミッド構造を取らないフラットな組織形態)を実践されているダイヤモンドメディア(現・UPDATA)さんや、さんや、「有給取り放題」「給料は自分で決める」「全員がCEO」といった組織づくりをされているゆめみさんのような企業であると言えるでしょう。

■抑圧的な環境で植えつけられる論破的思考が日本の成長を阻害している

論破的思考を対話的思考にアップデートすることは、組織の発達段階を根本から引き上げることに貢献します。ティール組織を実現するための3つの要件は、①「自主経営(self-management)」、②「全体性(wholeness)」、③「進化的目的〔存在目的〕(evolutionary purpose)」と言われています。これらはそれぞれ、①「仲間との関係性の中で自ら課題を発見し、それに対処するための力を養うことができているか?」、②「職場との精神的な一体感を感じることができているか?」、③「なぜこの仕事は世界に存在すべきなのか?」ということを問い続けることで初めて獲得できる特性です。

言い換えれば、ティール組織実現のための要石となるのは、「問い」を生み出し、生産的な議論を展開する対話的思考に他なりません。したがって、各人に「気づき」を与え、「自ら思考する力」を育む対話的思考の文化が醸成されていなければ、私たちは組織の発達段階のステージを上げることができないのです。

オフィスで和やかに対話するグループ
写真=iStock.com/fizkes
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fizkes

対話なき環境においては、事あるごとに否定と命令の言葉ばかりが飛び交うようになります。疑問文を用いて相手に一見歩み寄りの姿勢を見せていても、それが実際には「偽の疑問文」で、無意識のうちに相手を否定しにかかっていることすらあります。こうした抑圧的な環境の中で育つことによって植え付けられてしまう論破的思考こそが、個人や日本社会の成長を根本的に阻害しているのです。しかも、実際には「論破」にすらなっておらず、自分の意見を押し通そうとしているだけの人が多いということも、ここで付言しておく必要があるでしょう。

■組織に対話的思考を定着させる8つのチェックリスト

自分たちの組織が対話的思考の文化を醸成することができているか否かという点は、次のチェックリストを用いて確認することができます。本稿では、代表的な項目を8つ挙げます(Yes or Noで回答が可能です)。このチェックリストは、建設的な議論を心地よく行える人々に共通して見られるメンタリティを筆者が独自に抽出したものです。

こちらのチェックリストを活用してみることで、「自分(ないし自分たちの組織)がどこまで対話的思考を実践できているか否か?」についての確認をしてみてください。

1.「議論は個人戦」ではなく、「難しい社会課題を相手にしたチーム戦」であることを理解している。

2.お互いの発言を遮らず、相手が話し終わるまで相手の意見を聞いている。

3.相手の話に違和感を覚えたとき、いきなり断定的な「否定文」から話し出すのではなく、まずは「疑問文」から意見を提示している。

4.「偽の疑問文」ではなく、本来のイントネーションで疑問文を発話している。

5.本質的な問いを発し、他者を傷つけるような問いを回避するために、常識や教養をアップデートする機会を生活の中で設けている。

6.「あなたの働く目的は何ですか?」「あなたの人生の目的は何ですか?」といった抽象的かつ本質的な問いにも粘り強く向き合うことができる。

7.信頼関係に基づき、お互いに「助言」を求め合っている。

8.相手からのフィードバックを、「未来の自分の視点」として素直に受け取ることができる。

このチェックリストのうち、「はい」が5個以上あてはまれば、ある程度組織に対話的思考が浸透していると言えます。逆に5個未満なら、組織のあり方を見直すとともに、企業研修や社内ワークショップ等を通して個々人の意識改革を図っていく必要があるでしょう。

実際の議論の場においてこれらのチェックリストを活用することで、少しずつ対話的思考の文化を組織に定着させることができます。それは、組織の未来をより豊かなものにするだけでなく、一人ひとりの成長にも貢献するのです。

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山野 弘樹(やまの・ひろき)
哲学研究者/哲学コンサルタント
日本学術振興会特別研究員DC1。現在、東京大学大学院博士課程、および「東京大学共生のための国際哲学研究センター(UTCP)」リサーチ・アシスタント。専門は現代フランス哲学および「対話的思考」の開発。2019年、「日本哲学会」が刊行する学術誌『哲学の門』第1号にて優秀論文賞を受賞。一般企業や個人事業主から要請を受け、哲学コンサルティングの業務(ビジネスパーソンや市民向けの哲学講座の企画および哲学ワークショップの設計など)にも携わっている。〈哲学の知と実社会を繋ぐ〉という理念のもと、哲学の〈意義〉と〈魅力〉を世に広く発信することをライフワークとしている。

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(哲学研究者/哲学コンサルタント 山野 弘樹)

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