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「いま日本で一番面白い街でやってみたい」ほぼ日が青山から神田に引っ越した本当の理由

プレジデントオンライン / 2021年9月12日 11時15分

ほぼ日社長の糸井重里さん - 撮影=西田香織

糸井重里さんが社長を務める「ほぼ日」は2020年秋、青山から神田に引っ越した。新オフィスの近くには「ほぼ日の學校」の収録スタジオを設け、動画配信事業に乗り出した。なぜ「学校」を始めたのか。なぜ神田なのか。糸井重里さんに聞いた――。(前編/全2回)

■4時間の山道を歩かせる力が「学校」にはある

——ほぼ日が、なぜ「学校」を始めるのでしょうか?

【糸井】教育はいわば空気から何かを取り出すような、原材料のなさそうな産業ですが、それがつくってきたものが世の中のほとんどすべてだな、と思ったんです。

何かしようと考えようとすると、いろいろなものが学校にぶち当たるんです。たとえば僕らの友達で自国のネパールに学校をつくっている青年がいます。彼は小学生のときに特待生に選出され、国のお金で首都の質の高い教育を受けることができ、日本の大学に留学してソフトバンクに入社したのですが、自分がそうした機会を得られているのは教育のおかげだと思って、恩返しをしたいと自前で学校を作ったんです。

僕らも彼が二つ目の学校をつくる手伝いをしていて、産業がないけど教育があれば人々は立ちゆくんだということを目の前で見せてもらえた。ネパールの子どもたちは、4時間ぐらい山道を歩いて学校へ通うんだそうです。そこまでしても行きたいと思わせる力が学校にはあるんですよね。

一方で日本の学校には、「次の授業、サボるか」と言っている大学生もいる。でも、授業料を時間で割ると1時間6000円だそうです。普段は数百円で「高い!」と言っているのに、6000円を無駄にしても平気なんですよ。なぜかというと、最終的にお免状さえもらえればいいから。僕らはアンチテーゼとして学校を始めたわけじゃないけど、お金や時間の使い方はそれじゃないよなというようなこともあって。

■シェイクスピア、歌舞伎、万葉集などをやってみたけど…

じゃあ僕はどうだったかというと、大学に入ってすぐ辞めてしまっているんです。かわりに何で学んだのかと言ったら、基本的には人でした。人が言っていたこととか人が興味を持ったことを後から追いかけていって、それが学びになった。

いまは、どうやったらよけいに稼げるかという本ばかりが出ていて、みんな自分の能力をどう発揮して給料を上げるかという方法については学ぼうとしています。それも人に会う機会がないからですよね。普段会っている人にしか会わず、何かのランキングの上から見て、学べと言われたものしか学ばない。このまま自分を大きく育ててくれるものを学ぶ場所がなくなっていいのかな、それは弱ったな、と。

ほぼ日の學校のパンフレット
撮影=西田香織

そういういろんな要素が川の流れのように学校をやるという行動に連なっていったイメージです。いつごろから学校を意識したのかは定かではないですが、やっぱりやってみなければ考えが進まないので、ほぼ日のオフィスがまだ青山ににあった2018年から「ほぼ日の学校 ごくごくのむ古典シリーズ」というのを始めました。シェイクスピアや歌舞伎、万葉集などを取り上げてきましたが、「もっとみんなの学校にしていかないといけない」という問題意識が浮かぶようになって、今回アプリでリニューアルした「ほぼ日の學校」につながっていきました。

■教育は「趣味のいいサークル」ではいけない

——「ほぼ日の學校」をメインの事業に育てて、将来は1000万人の会員獲得を目指すと公言されています。

【糸井】1000万人と言い出したのは最近です。初めの頃の学校は100人くらいの規模で始めました。ライブの演奏を聞きに行くのと同じように、物事を誰かから聞いたり教わったりするというのはみんな大好きですからね。でも、それはよすぎるんです。

つまり趣味がよくて、センスがよくて、知的で、いい人が集まると、100人で自足しちゃう。僕のやることはいつもそうなりがちですが、教育ってそんな趣味のいいサークルみたいなものじゃない。誰も彼も巻き込んでいくようなものじゃないと本当の力にはならないんじゃないかなと。

ほぼ日社長の糸井重里さん
撮影=西田香織

僕は20代のときに矢沢永吉の『成りあがり』という本の制作を頼まれました。編集者の島本脩二さんは、親父さんが中小企業の経営者で、本棚に2冊しか本がなかった。島本さんはそれを見て、「本に無縁そうな親父も、その2冊は読んだんだな。自分も出版社に勤めているなら、親父みたいな人に読まれる本を作らなきゃダメだ」と考えた。その第1号が『成りあがり』でした。

■『MOTHERシリーズ』も100万本は売れてない

僕はそのときの気持ちをすごく大切にしていて、ちょっとインテリな友達同士が「あれっていいよね」と言い合うようなことは、もういいかな、と。いい年ですから、ニッチですてきなことをやるのに骨を折るくらいなら、本当はジャズ喫茶でもやったほうが楽なんです。でも、やるなら局地的な盛り上がりじゃなくて、日本全国が「わ、大変だ」と思うようなものにしたいし、そのために自分の発想も変えていかなきゃいけない。

そういう意味で、いま一番変わっているのは僕自身ですね。放っておくと100人ですぐ満足しちゃうから、意識して1000万人をイメージして、いままでそっちへ行かないようにしていたこととか、そこまで考えてたら無理だよということの枠を取っ払おうとしている。いままさに振り回されているところで、それがつらいし、面白いです。

——糸井さんは、「コピーライター」という職業を認知させ、『MOTHERシリーズ』というゲームを作り、「ほぼ日」という会社を上場させています。何度も大きなブームを起こしてきたと思うのですが。

【糸井】『MOTHERシリーズ』も100万本は売れてないんですよ。広告でやったことで100万人を動かしたようなものはあるかもしれません。でも、自分で「これは面白いんだ」と言ってやったことで、そういうサイズになったものはないんです。

「ほぼ日」もそうです。投資家から見たら、ほぼ日って期待のできない会社なんですよ。知ってる人は知っていて来てくれるけど、道を歩いている誰かさんをつかまえたことはない。だから今回の学校が、初めてのイノベーションじゃないかと思います。

■もっと幅広い普通の人に出会いたいと思った

——「ほぼ日の學校」は月額680円です。リーズナブルな価格設定も、間口を広くするためですか。

【糸井】まさしくその通りです。いまの時代、すてきなサークルを作れば、人はある程度は入ってくるし、それなりの市場もできるんです。でも、そうじゃないところに行きたいじゃないですか。

ほぼ日が青山からに神田に引っ越してきたのも無関係じゃないです。青山でショーウインドーを見ていたら、世界中で一番服を買える人たちが何を買うのかはわかるわけです。それを見て「このへんにダサくないものがかたまっているな」とわかれば、そこに通う人たちも何か自分の誇りみたいなものが保てるところがある。それが大事だった時期もありました。

ほぼ日社長の糸井重里さん
撮影=西田香織

でも、もっと幅広い普通の人に出会いたいと思ったから、神田にやってきたんです。この新事業と引っ越しは、ほとんど一つのものといっていいんじゃないかな。

■僕らが青山で仕事をする必然性はなくなった

——青山には「最先端のものがそろっている」というイメージがあります。神田は糸井さんにとって、どのような場所なのですか。

【糸井】圧倒的に面白い。人が普通に考えることを考えますよね。つまり青山だったら、「これは家賃に見合った売り上げになるか」と考える。でもそれって、普通に考えることじゃないんですよ。「ゆっくりできた」とか「コーヒーがおいしかった」というのとは違う。家賃のためには、お客の回転が早いほうがいいんですよね。青山だとどうしてもそういう発想になる。

一方、神田の商店主は昔からのオーナーで地主であることが多いんです。だから、「経営的に間違っているよ」と言われてもね。「こうしたほうが喜んでくれる」「ゆっくりしてもらおうよ」ができる。「これで儲かるのかな?」と不思議に思えるようなお店が多いんですが、その結果、すごく面白い街になっていると思います。

それに神田に全部なくてもいいはずなんですよね。みんな自宅があるから。神田から神田に通っている人はほとんどいない。お店の人も。だからその意味では、それぞれに自分が暮らしている場所も大事にしたいし、昼間いる場所も大事にしたい。そうやって、言ってみれば2カ所、楽しいことがあるのが一番今に合っていると思う。

青山に住んでいる人はほとんどいない。スーパーマーケットはどんどんなくなっているし。青山は商いをする場所、あるいはショーウインドーを作る場所。だから僕らみたいな仕事であそこにいるという必然性はなくなったんだと思います。(後編に続く)

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糸井 重里(いとい・しげさと)
コピーライター/ほぼ日 社長
株式会社ほぼ日代表取締役社長。1948年、群馬県生まれ。71年にコピーライターとしてデビュー。「不思議、大好き。」「おいしい生活。」などの広告で一躍有名に。また、作詞、文筆、ゲーム制作など幅広い分野で活躍。98年にウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を開設。2016年に糸井重里事務所を「株式会社 ほぼ日」に改称。著書に『かならず先に好きになるどうぶつ。』(ほぼ日)、『インターネット的』(PHP新書)、共著に『いつか来る死』(マガジンハウス)などがある。

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(コピーライター/ほぼ日 社長 糸井 重里 構成=村上 敬)

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