「変異株にも先回りして対応」コロナワクチンが奇跡的スピードで開発できた本当の理由
プレジデントオンライン / 2021年10月8日 10時15分
※本稿は、尾原和啓・宮田裕章・山口周『DX進化論』(MdN)の一部を再編集したものです。
■ウイルスの遺伝子情報を全世界で共有できるようになった
【尾原】日本では、新型コロナウイルスの感染拡大で緊急事態宣言が繰り返し出されましたね。
【宮田】2021年の初頭からアルファ株が欧州を中心に猛威をふるいましたが、その後登場したデルタ株はそれ以上の感染力で、世界中で感染拡大を引き起こしました。もともと私は、「変異株」そのものに対して警戒を呼びかけていたのですが、想定の中でも厳しい方に入ったという印象です。
ただワクチンの状況としては、mRNAワクチンが非常に早いスピードで実用化され、きわめて高い効果を示すなど、ポジティブな側面も忘れてはいけません。今後ワクチンの効果が低い更なる変異株も登場する可能性もありますが、ウイルスの遺伝子情報をリアルタイムに全世界で共有して、迅速な対策を行うためのデータベース(GISAID)などが有効に活用され対応が行われています。データを共有するという人類の連携の中に光明がありそうです。
■データ共有により奇跡的なスピードでワクチン開発ができた
【尾原】おっしゃる通り、やはり絶望の中にこそ希望は見えてくるのだと思います。以前、イスラエルの投資家の方々と話していたのですが、他国に先がけイスラエルでは2回目の接種まで迅速に実施された結果、コロナの感染者が劇的に下がり、いち早く生活規制がほぼなくなりました。アメリカ、イギリスもそれに続いています。
感染者数の低下といった数字的な部分だけでなく、宮田先生がおっしゃるような「共鳴する未来」の中で、つらい状況だからこそお互いに学ぶ行為が連鎖し、変化の大きい時代をコントロールするという状況がいろいろな場面で出てきているのでしょうか。
【宮田】実際、ワクチン開発は奇跡的なスピードで進みました。通常であれば3〜4年かかるところ、開発工程のデータを共有することにより各国でワクチンを作れるようになったので、開発期間が1年以内に縮まったわけです。
ワクチンが効きにくいタイプの変異株も出てきているという意味では、ワクチンを打ち終わったところで変異株の侵入を許してしまうと、また1からということになり、対応が難しいのは事実です。一方でワクチン開発側も「GISAID」を活用して、新しい変異株への有効性の検証や新規ワクチンの開発を継続的に行っています。
■ゲイツ財団による出資もワクチン開発を早めた
このように、データを共有したことによって、これまでほとんど不可能だったことをクリアしているというのは、非常にポジティブな動きですね。
また、ワクチン開発が早くなったもう1つの理由として、ゲイツ財団が有望なワクチンに、先回りして出資したということもあります。いわゆる「ソーシャルグッド」のような、まさにビル・ゲイツの引退後の生き様を象徴するエピソードなのですが、早い段階でいくつかの工場を公正なワクチン生産のために押さえていたと言われています。
【尾原】そうですね。工場7カ所の建設に数十億ドルを拠出すると発言していました。ワクチンそのものがダメになってしまい、私財が無駄になる可能性があるにもかかわらず、資金を投じたんですよね。
【宮田】おっしゃる通りです。モデルナとアストラゼネカのワクチンはそうして作られました。さらに、途上国への供給にも貢献しています。
こうした意味でも、国を超えた連携の中には目を見張るものがあり、まさに共鳴している部分があると思います。
■AIを使えば先回りして変異株の対策ができる
【尾原】イスラエルはワクチン接種で先進国でしたが、元々軍事をはじめとする暗号技術大国であり、遺伝子やタンパク質はある種記号のかたまりなので、医療・創薬の領域の開発でもリードしています。あるカンファレンスでは、AIを使ってタンパク質構造を特定しかつ群でシミュレーションすることによってリアルで実験をしなくても薬の有用性を担保できるような技術やノウハウが、どんどん表に出されています。
ワクチン関連でいえば、宮田先生がおっしゃるように、変異株の変異パターンはほぼ特定できているので、AIを使うと先回りして追いかけることもできる。つまり、先回りしてワクチンや効果がある薬の開発につながるパターニングができる、といった話もありました。
【宮田】それもやはり、データを共有したことによる成果ですね。
これまでデータの利活用はさまざまな分野で行われてきました。ヘルスケアの分野ではデータを活用して個別最適を実現し、平均値ではなくひとりひとりに応じたオーダーメイドの対応が検討されています。そこには、医療分野が長らく思い描いてきた「個別化医療」への道筋があります。
■世界を代表するテック企業がヘルスケア関連の事業を展開
ひとりひとりがデータ活用の効果を実感することができる分野の1つがヘルスケアです。体調や症状が悪化してから病院に行って治療するのではなく、病気になる前の「未病」の段階からケアできる可能性が、データ活用にはあると思います。ライフログSNSの活用により、日々の生活を自分らしい生き方で支えながら健康を実現することができるようになっていくでしょう。
アップル最高経営責任者(CEO)のティム・クックは、2019年初頭から「未来の人たちがアップルを思い出したとき、人々に健康をもたらした企業だと言われたい」という趣旨の言葉を述べています。翌年には米グーグルが生命保険分野に進出するなど、世界を代表するテック企業がヘルスケア関連の事業展開を示唆しています。
トヨタ自動車も同様で、ヘルスケアを含むデータビジネスを進めています。中でもスマートシティ構想は、医療から暮らしの安全まで、データを活用した総合的なヘルスケア事業への足がかりになるかもしれません。
ただ一方で、新型コロナウイルスの影響は「いかに経済と命のバランスをとるか」や「弱いところにしわ寄せがいく」という現代社会の構造的課題を浮き彫りにしました。事実、アメリカにおける新型コロナウイルスによる感染率・死亡率は、「コケージャン」よりも「アフリカン・アメリカン」のほうが高いことがわかっています。
■「最大“多様”の最大幸福」の時代へ
また、アフリカン・アメリカンに対する暴力や差別をなくそうとする運動「ブラック・ライブズ・マター」が世界的なムーブメントに発展したように、多様な民意を社会が受け止められていない現実も明らかになっています。
新型コロナウイルスの世界的な蔓延やワクチン問題は、そうした分断が「対岸の火事」ではないことを、私たちに自覚させました。そこから、既存の資本主義が転換期を迎えており、従来の構造とは異なる新たな社会システムが必要という、示唆を受け取ることができます。
私はその新たな社会システムを、データの利活用によって多元的な価値への対応を可能にする「データ共鳴社会」と表現しています。誰ひとり取り残さず、ひとりひとりに寄り添いながら、まさに「個別化」や「包摂」を実現する社会のあり方です。
そのことについて、日本のデジタル庁創設に向けた方針を検討するワーキンググループでは、「The Greatest Happiness of The Greatest Number 最大多数の最大幸福からThe Greatest Happiness of The Greatest Diversity 最大“多様”の最大幸福へ」と提案しています。
日本にはマスクや給付金、ワクチンに至るまで、新型コロナウイルスが突きつけたデジタル化の課題が山積しています。DXという言葉は主にビジネスの文脈で普及しつつあるものの、その本質である「体験価値を問い直すこと」は未だ道半ばです。
そのきっかけとして、ひとりひとりの価値を捉え、個別化と包摂を実現する体験を提供することを、DXの実践として掲げています。
例:医療の価値を高めるためのデータ利活用・共有
例:自然災害時に被災者をケアするために本人の医療データを使う場合
例:感染症患者のデータを、流行を防ぐために用いる場合
例:稀な患者や希少がんに対するPrecision Medicineの治療開発を行う場合
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IT批評家
1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用システム専攻人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート(2回)、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレイトディレクション、サイバード、電子金券開発、オプト、Google、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザー等を歴任。著書に『アフターデジタル』(共著、日経 BP)、『ITビジネスの原理』(NHK出版)、『モチベーション革命』(幻冬舎 NewsPicks book)、『プロセスエコノミー』(幻冬舎)など多数。
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慶応義塾大学医学部教授
1978年生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業。2003年、東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了。同分野保健学博士(論文)。2015年より現職。専門はデータサイエンス、科学方法論。専門医制度と連携したNCD、LINE×厚生労働省「新型コロナ対策のための全国調査」など、科学を駆使し社会変革を目指す研究を行う。2025 年日本国際博覧会(大阪・関西万博)テーマ事業プロデューサーのほか、厚生労働省保健医療2035策定懇談会構成員、厚生労働省データヘルス改革推進本部アドバイザリーボードメンバーなど。著書に『共鳴する未来』(河出新書)、『データ立国論』(PHP 新書)がある。
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(IT批評家 尾原 和啓、慶応義塾大学医学部教授 宮田 裕章)
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