「お母さん食堂」は本当にアウトなのか…モンスター消費者の"言葉狩り"が止まらないワケ
プレジデントオンライン / 2021年10月31日 12時15分
■ブランド名の変更は「言葉狩り」の結果?
2017年から続いていたファミリーマートの惣菜ブランド「お母さん食堂」が消滅する。菓子、加工食品などと一本化され、10月19日から順次「ファミマル」という新ブランドになるという。
このニュースにネットがザワザワした。実は昨年末、兵庫、京都、岡山の女子高生らがSNSで「『お母さん食堂』の名前を変えたい!!!」との署名活動を立ち上げ、結果的に7561人の賛同者が集まった。活動の理由は、「お母さん食堂」という名称が「食事は女がつくるもの」という性役割を固定化し、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)を助長するというもの。そのため、今回の名称変更に一部から「言葉狩りに屈したのでは」とうがった見方をされているのだ。
ファミリーマート側は、この署名活動は関係ないと説明をしているが、このような憶測が飛び交ってしまうのは、近年、ジェンダーや人権の観点から、企業などに名称変更を求めて抗議をするような「言葉狩り」へ強い反感を抱く人が、それだけ多いということの表れかもしれない。
そこで気になるのは、そもそもなぜ「言葉狩り」が増えているのかということだろう。
■クレームを生きがいとするモンスター客が増殖中
よく聞くのは、「カスハラ」という問題に象徴されるように、一般人がモンスター化しているからという理由だ。自身のストレスや社会への不満を発散するため、企業の製品・サービスに八つ当たりのようにクレームをつけ、謝罪を要求したり、発売を停止させたりという嫌がらせを生きがいとする人が増えているというのだ。
また、保守的な思想をお持ちの方たちの間では、この手の「言葉狩り」は、いわゆる左翼的な人々が、日本の伝統的な家族観や美意識を破壊するためにやっているのだという。
いずれにしても、「言葉狩り」が増えている原因は「クレームを入れる側」や「社会」にある、という認識が広まっているのだ。
もちろん、そういう側面もあることは否定しない。が、実際に「言葉狩り」をされている企業側の対応を手伝ってきた立場から言わせていただくと、実は企業自身が招いた「自業自得」であるケースも少なくないのだ。
■あえて炎上する宣伝文句を選ぶ企業側の心理
筆者は報道対策アドバイザーという仕事をしており、炎上企業の広報対応やネットの対応のお手伝いをすることが多く、当然その中には、「言葉狩り」をされた企業も多くある。
そのような形で叩かれる企業を内部から見ると、「マーケティングが先鋭化している」という共通点があることに気がついた。
例えば、ある企業の新サービスの宣伝文句がジェンダー方面の批判にさらされたことがある。半年ほど前、ほぼ同じようなパターンで別の企業も叩かれていることから、SNSやネットでは「学習しねえな」「炎上商法では」などという声も上がっていた。
問題が発覚してから呼ばれた筆者としては、まずは情報を整理しなくてはいけない。そこで担当者に、なぜ他の企業で炎上しているようなリスキーな言葉を選んだのかなどの経緯を説明してもらったのだが、そこで明らかになったのは、担当者がローンチ前から「言葉狩り」のリスクがあるということを認識していたということだった。
危ない予感はしていたが、マーケティングやSNSプロモーション担当者などみんなで会議を重ねていく中で、ある程度批判をされても話題にならないと意味がない、という結論になってこの宣伝文句でいくことにした、というのである。
■SNSで「バズる」ために犠牲になるもの
これは「わかる」という人も多いのではないか。企業で新製品や新サービスのローンチを担当している人々に、会社側が求めるのは「結果」である。どれだけ売れたのか、どれだけ実績をつくったのかということなので、とにもかくにも注目を集めて、話題にならないといけない。SNSで言うところの「バズる」というのが重要な目的なのだ。
そうなると当然、「言葉狩り」の標的となる。攻めたワードや、表現のインパクトが優先されて、人権やジェンダーへの配慮が乏しくなってしまうからだ。
「炎上しちゃうかな? でも炎上するくらいバズって欲しいな」という葛藤もあるが、やはり「結果」が欲しいので、明らかに危なっかしい言葉・表現でも、現場や経営陣がゴーサインを出してしまう。これまでこういうケースを多く目にしてきた。
そして、これはあくまで筆者の想像だが、「お母さん食堂」も当てはまるのではないか。
■競合他社とは一線を画す昭和ノスタルジックな広告塔
セブン‐イレブンは「セブンプレミアム」、ローソンは「ローソンセレクト」と当たり障りのないブランド名をつけている中で、なぜファミリーマートは「お母さん食堂」というキャラ立ちをしたネーミングをしたのか。普通に考えれば、セブンとローソンの惣菜と明確に差別化することで、消費者に強いインパクトを与えて「売る」ためだろう。
そんな前のめり感が伝わってくるのが、店頭に飾られた「お母さん食堂」の宣伝ポスターである。女装した香取慎吾さんを囲むように、今はほとんど見ることない、三角巾と割烹着姿という女性たちが調理をしている姿が昔の映画ポスターのようなタッチで描かれている。昭和ノスタルジックなイメージを訴求しているのだ。
これはコンビニ利用者の高齢化が進んでいるからだと思われる。コンビニというと1人暮らしの若者が弁当を買っているイメージを抱く方も多いだろうが近年、若年層のコンビニ離れが進んでおり、メインの利用者は50歳以上。いわば昭和生まれのおじさん、おばさんたちだ。
この世代に惣菜を買わせようと思った時、子ども時代に食べた「昭和のおふくろの味」のイメージを訴求する戦略は当然考えられる。懐かしの「慎吾ママ」をリバイバルしていることからも、ハナから若者をターゲットにしていないのは明らかだ。
■一部の層には懐かしくても、他の層にとっては「偏見」
そんな昭和生まれ世代の価値観を前面に押し出した「お母さん食堂」は令和の女子高生から見れば、「無意識の偏見」以外の何者でもない。「言語表現」としても問題が生じる。国語辞典編纂者で『三省堂国語辞典』の編集委員も務める飯間浩明氏も自身のSNSで、「こういった商品名は、少なくとも今後は避けた方がいいだろう」という考えを示している。
つまり、「お母さん食堂」が「言葉狩り」に遭ったというのは、ファミリーマート側が「インパクトのあるブランドにしたい」という思いが強過ぎたがゆえ、ターゲットである50歳以上へ向けて、過剰にノスタルジック感を出したがゆえ、今の時代の感覚とかけ離れてしまったという側面もあるのだ。
さて、そこで次に気になるのはどうすれば「言葉狩り」という問題を避けられるのかということだが、まず、どこの企業でも実践できるのは、「外部の人間による事前のリスク評価」だ。
■「言葉狩り」は40年以上前から存在している
ご存じの方もいらっしゃるだろうが、実は大手企業の中には、「言葉狩り」に備えて、新製品や新サービスをローンチする前に、ブランド名や商品名、広告やテレビCMが差別的ではないか、ジェンダーや人権問題に引っかからないかということを、第三者に依頼をしてリスクの調査をするケースが少なくない。
そんなことをしているのか、と驚くかもしれないが、実はこのような調査はかなり古くから行われている。「言葉狩り」は何も近年に現れた現象ではなく、40年以上前から企業が頭を悩ます問題だったのだ。
例えば、古いところでは1975年、活動家の市川房枝氏が、ハウス食品のインスタントラーメン「ハウス シャンメン しょうゆ味」のテレビCMに抗議をした。ラーメンが置かれたテーブルの前で、女性と女児が「わたし、作る人」と言い、続いて男性が「ボク、食べる人」と言うという演出が、「男女の役割分担を固定化するものである」というのだ。「バカバカしい、こんなアホな言いがかりは無視すべきだ」という消費者の声もあったが結局、ハウス食品は放送中止を決めた。
■外部の人間に炎上リスクを評価してもらう意義
このようなケースは表沙汰になっていないものも含めたら枚挙にいとまがない。会社に女性団体が押し寄せて、世間にわからないように新しいCMや広告に差し替えるなんて事態は山ほどあるのだ。
このような「言葉狩り」を事前に避けるためにも、新商品・新サービスの企画が立ち上がった段階で、「外部の人間による事前のリスク評価」が行われるようになった。そんなことをしたことがないという会社は、ぜひお勧めしたい。社内の人間だけではどうしても、「売りたい」「企画を実現したい」という思いが強すぎて、「世間からどう見られるか」という視点が欠けてしまうのだ。
あと、これは組織の問題なのですぐに実行に移すことは難しいが、プロジェクトの企画や意志決定にしっかりと「女性の視点」を反映させることが重要だ。男だらけのチームに「紅一点」のように、女性社員を数名入れて体裁を整えるのではなく、発言権を持つ立場、決裁者にもしっかりと女性を入れるのだ。
■コンビニ大手3社の「女性の視点」の違い
例えば、「お母さん食堂」というブランド名にゴーサインを出したファミリーマートは女性役員ゼロだ。また、「サステナビリティ報告書2020」によれば、2019年度の管理職は630名のうち女性は30名(4.8%)にとどまっている。
一方、セブン&アイ・ホールディングスの「CSRデータブック2020」によれば、セブン‐イレブン・ジャパンの2019年度の女性役員は4人(13.3%)で、女性管理職(課長級以上)は217人(21.6%)だ。また、「女性活躍企業ランキング」などでいつも上位にいるローソンもホームページによれば、2019年度に女性役員は5人(41.67%)、女性課長職は111人(10.27%)、女性部長職も16人(9.3%)いる。
もちろん、企業の女性管理職比率を高めれば「言葉狩り」がされないなどと言うつもりは毛頭ない。しかし、男性しかいないファミリーマートの役員会でゴーサインを出された「お母さん食堂」というブランド名は、おそらくセブンやローソンでは通らなかったのではないか。
■モノが売れないと「社会がどう思うか」が忘れられる
ダイバーシティという掛け声は勇ましいが、日本企業はまだゴリゴリの「男社会」であるケースが多い。そんな企業が発する言葉やメッセージは当然、女性の視点が欠如する。だから、ジェンダー方面の「言葉狩り」に遭う。自然の流れだ。
日本企業はどうしても、「われわれが良いと感じるモノを売る」というプロダクトアウトの発想が強い。だから、商品名やブランド名なども、社会がどう思うかより、自分たちが望む方向性のものがつけられる。その“ひとりよがり的なネーミング”が「言葉狩り」を助長している側面もあるのだ。
モノが売れなくなると、もっといいモノを売らなくては、とプロダクトアウトの傾向がさらに強くなる。もっとインパクトのある表現で、もっと刺さる言葉で、という意識が強くなると当然、ジェンダーや人権などの配慮は消えていく。
日本経済の低迷が続く中で、これからも「言葉狩り」は増えていくのではないか。
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ノンフィクションライター
1974年生。テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者等を経て現職。報道対策アドバイザーとしても活動。数多くの広報コンサルティングや取材対応トレーニングを行っている。著書に『スピンドクター“モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)、『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)など。
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(ノンフィクションライター 窪田 順生)
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