「とても愛想のいい3世帯家族に見えたのに…」マンション管理員が知った驚きの正体
プレジデントオンライン / 2021年11月14日 11時15分
※本稿は、南野苑生『マンション管理員オロオロ日記』(三五館シンシャ)の一部を再編集したものです。
■管理員を苦しめる「マンションの3大トラブル」
マンションの3大トラブルというのがある。一に無断駐車、二にペット、三に生活騒音と続くのだが、これは今後も集合住宅の永遠のテーマとなるだろう。
来客用の駐車スペースが2台分しかない「泉州レジデンス」では、新理事たちが就任してから、外来者の駐車ルールが変わった。それまでは適当に空いているところへ、勝手に停めておいてよかった。多少、親切心のある住民さんは「ちょっとクルマ停めさせてもらうで」と管理員に断る。それが唯一のマナーだったのである。
だが、新しい理事たちは、部外者が買い物ついでのパーキング場として無断利用しているとして、「外来のクルマはすべて管理員室で手続きを経てから、一時駐車許可証をダッシュボードに置いてもらう」というシステムにした。たしかにそうすることで、常時停められていた無断駐車の回数がぐんと減った。
ある意味、新システムの勝利だった。ところが、5分や10分の短時間では、その手続きが面倒くさいと思うのか、勝手に停めている人がいる。こうなればマンション管理員としては新ルールに従って警告せざるをえない。
クルマに《無断駐車禁止》の貼り紙を貼ることにした。すると、無断で停めたくせに「なんでこんな紙を貼ったのか、そんなもん貼っていいと許可した覚えはない」などと文句を言いにくる人が出てきた。
貼るといっても、ワイパーに挟んでおく程度。しかも違反駐車に関しては「今後、管理員室を通さないクルマには厳重注意の貼り紙をします」と管理組合が宣言し、その旨、案内板や議事録で告知した上でのことなのである。
■「ほんの5分で戻ってきますから」は当てにならない
これまでの経験でいうと、駐車スペースに停め、「ほんの5分ほどで戻ってきますから」というのは当てにならない。たいてい、その倍から3倍はかかるのである。
一度など、その言葉を信じてエライ目に遭ったことがある。「ゴミ倉庫の前にクルマを停めていますが、ほんの数分で帰ってきます」というので、「それくらいだったらいいですよ」と許したのがいけなかった。
その日は、生ゴミの収集日に当たっていて、こういうときに限っていつもより多少早めにゴミ収集車がやってきた。収集車はゴミ倉庫前に停められず、プープーとクラクションを鳴らす。こっちは大慌てで、さきほどの人を探すが、見当たるはずもない。
その音に、なにごとがあったのかとあちこちの階から住民さんが顔を出す……。結局、10分ほど待ってもらったけれど、戻ってきそうもない。しばらく別の地域をまわってからもう一度来てもらうことになったが、行き先を聞かずにOKを出した私もいけなかった。
その後、予定の4倍、20分経って戻ってきたクルマの持ち主にひと言注意すると、「それならそうと最初に言ってくれるべきだ」と逆ギレされてしまった。
■駐車禁止区域に堂々と駐車する逆ギレモンスター
分譲マンションに逆ギレモンスターのタネは尽きない。
どこのマンションにも「消防活動用空地」というスペースがある。火事があったとき、消防車等が乗り入れ、消火活動を行なうための空所区域だ。
当マンションの場合は、当然ながら、そこを駐車禁止区域としており、バリカーで遮断し、勝手に駐車や通行ができないようにしている。ある夜、車のクラクションが何度も鳴り響いた。音は消防活動用空地のある方向からしている。
立駐機の前に別のクルマがあったりして契約者が怒ってクラクションを鳴らしているのだと思った私はパジャマ姿のまま懐中電灯を持って現場に向かった。勝手にバリカーが下げられ、本来入れないはずの消防活動用空地に堂々と駐車しているクルマがいる。近づいていくと、中から若いお兄さんが出てきた。
「すみません。ここの住民の方ですか」
どこの人物かわからないときには、私はいつもこういう問いかけをすることにしている。
「ああ、そや」
「何階の方ですか」
「なにぃ。ここの住民やいうとるやろが。なんで、お前に教えんなんね」
酒が入っているらしく、ロレツが少しおかしい。
■「なんでもええ。早う理事長呼んでこい」
「ここの管理員なんですが、先ほどから何度もクラクションが鳴ってましたので、こうやってきてみたんです」
「ああ、子どもが鳴らしたんや。それがどうしたんや」
車内を見てみると、たしかに小さな男の子が乗っている。
「ここには住民さんであっても、緊急時と消防活動以外、クルマは停めてはならないことになってるんです」
「停めたらいかんにゃったら停めたらいかんで、ちゃんとカギかけて、入れんようにしとかんかい」
「しかし、バリカーが上がっていて通行止めになっている以上、入ってはいけないということですから、そこはご理解いただかないと……」
「許可得ようにも、管理員室行ったら閉まっとるやんけ」
「管理員室は定時になれば閉まってしまいますので、来客用駐車場に空きがなければどこか他所(よそ)のところに停めていただかないと……」
「やかましい。お前では話にならん。理事長、誰や」
「誰って、ご存じないんですか。ここの住民さんなんでしょう」
「なんでもええ。早う理事長呼んでこい!」
この男、ここの住民さんの息子で、現在は別の市に住んでおり、親の家に一家で遊びに来ているのだった。聞くところによると、その昔は知らぬ者がいないくらいのワルだったという。
そのなごりなのか、男によれば、駐車禁止区域であろうがなんであろうが、来客用駐車場が満車になっており、駐車禁止区域のバリカーが下にさげられる状態になっていれば、停めていいというリクツになるのだった。
ここからあとはご想像におまかせするが、男の大声で小さな男の子は怯えて泣き出し、男の嫁がやってきて男より激しく怒鳴りまくるは、家内は家内で応援にくる、理事長はその間を取りもつはで、たいへんな夜になったのであった。
いずれにせよ、マンションの3大トラブルにこうした逆ギレモンスターはつきもの。将来、管理員として優雅な余生をすごそうなどとお考えの向きには、深甚なる用心と覚悟のほどをお願いしておきたい。
■とても感じの良い3世帯家族だったが…
「泉州レジデンス」は分譲マンションである。だからといって、住民のすべてが区分所有者であるというわけではない。そこに居住していないオーナーもいて、そういう人たちを「外部区分所有者」もしくは「不在区分所有者」という。
この人たちが他人に貸すとそれが「賃貸住戸」となる。1階に位置する109号室は、いわゆる角部屋で、他の住戸よりは間取りが広く、平米数もそれなりに大きくなっている。大所帯向きの物件で、ここが賃貸住戸となっていた。
この11年間で5家族が入れ替わったが、なかでも変わっていたのが大浦さん一家だった。老夫婦2人とその娘さん、そしてそのお子さんであろう男女2人の子どもたちという家族構成。引っ越してきて数週間後、大浦さんのご主人から「たくさんもらったから、手伝ってください」と、食べきれないほど大量の生卵をもらった。それ以来、顔を見れば挨拶を交わすようになった。
老夫婦はとても感じのよい人たちだった。
大浦さん一家が越してきて、2カ月も経たないころから、見知らぬ人が館内をウロウロするようになった。エントランスに表示された居室案内板を眺めては、同じところを行ったり来たりする。ひとりならまだしも、複数いた。とくに白髪で、がっしりとした体格の老人の行動が目についた。
1日のうち何回もエントランスにやってきては、誰かを待つかのように大浦さんの部屋のある方向を見つめているのである。買い物に行く家内も気味悪がるくらい頻繁にやってくる。理事長がその行動を見とがめて注意したほどだった。
■突然部屋を訪ねてきた“その筋”の若い男
ある日のこと。1階の大浦さん宅の前で大声がするので、管理員室を出てみると、大浦さんの奥さんが、あの白髪の老人と言い争っている。内容はわからないが、奥さんがヒステリックに「警察を呼びますよ」と叫ぶと白髪老人のほうは「ああ、呼べよ」などと応戦している。どうやら奥さんのほうがストーカー被害に遭っているような感じだった。
なにかあったら駆け付けようと私も遠巻きに様子をうかがい、近所から住民が顔を出したこともあり、男は毒気を含んだ憎々し気な表情で奥さんをにらみつけて帰っていった。このときはこれで済んだが、どうもその諍(いさか)いは繰り返されているようだった。
それを目撃した住民さんが管理員室に知らせてくれたりした。私も家内も大浦さん一家になにもなければいいが、と心配していた。そんなある日、真っ黒の下地に金色の刺繍を縫い付けたTシャツの若い男がやってきた。誰が見ても、その筋だとわかる風体だ。
その男は居室案内板をしばらく眺めたあと、事務室にやってきて訊ねる。
「109号室は空欄になってまっけど、誰も住んどらんのですか?」
「いや、住んではおられますが、名前が表示してない場合は住民さんの意思で外してあるんです」
「誰が住んでるか、教えてもらえんですか?」
もちろん、こんなアヤシイ男にハイハイと応じるわけにはいかない。
「お宅はその住民さんと、どういうご関係で?」
「友だちです」
あの老夫婦に、こんな年若い友人がいるとは考えられない。マンション管理員としては住民を守らねばならない。私は勇気を振り絞って反撃に出た。
「だったらご存じでしょう。ご友人なのであれば直接、ドアをノックして訪ねてみられてはどうです」
「ああ、どうも留守みたいでね。また来さしてもらいますわ」
男はそれっきり、二度と現れなかった。
■突然始まった深夜2時の引っ越し
その代わり奇妙なことが起こった。とある法律事務所の弁護士から「これから大浦さんの所在を訊ねる者があったら、当職に連絡を」という趣旨のハガキが届いた。なにかあったのだろうとは思ったが、なにがあったのかは書かれていない。
それから幾日も経たないうちに、いつも109号室の賃貸手続きを代行している不動産屋から連絡があり、大浦さん一家が急に引っ越すことになったという。しかも、深夜の2時が明け渡し時間なので、その時間まで待機しなければならないというのである。つまりは、夜逃げなのだった。
賃貸の場合の水道料は賃借人が払うことになっている。これ以上、水道を使わないとわかった時点での数値を賃借人立ち会いの下で記入し、それを請求することになる。明け渡しの深夜2時にそれを行なうので、私も立ち会わねばならないのだ。
私は、その不動産屋さんとともに引っ越し作業が終わるのを待った。まさに暗闇の中での「手探りの引っ越し」だった。まあ、その間の長かったこと!
■老夫婦の正体は“寸借詐欺”の大物
無事、大浦さんの奥さん立ち会いの下で検針を済ませ、引っ越しも無事完了、やれやれと一夜明けた次の朝、どこで聞きつけたか、例の白髪の老人が管理員室にやってきた。
「大浦さんとこは引っ越したんですか?」
「ええ。引っ越されましたが、それがなにか……」
「怪しいとは思っていたんですが、やはり夜逃げしましたか」
うなだれる白髪の老人によると、大浦さんから儲け話を持ちかけられ、数百万円を出資したが、そのまま返ってこなくなったという。彼は自分の金を取り返そうと大浦さんの住まいを突き止め、何度もこのマンションを訪れていたのだ。
個人的に貸したものゆえ、警察や司法に訴えるワケにもいかず、自力で取り返そうとしていたのだろう。そういう事情を知らない私たちは大浦さんを被害者だと思い、彼らをかばって「今日、こんな人が訪ねてきていましたよ」といちいち報告し、妙な味方をしてしまっていた。
これもあとからわかったことだが、大浦さんはどうやら寸借詐欺の大物みたいな存在だったらしく、あちこちに儲け話をして金を出させ、それを着服していたらしい。
思うに、やくざ者と見えた男性はきっと街金の取り立て屋で、館内をウロウロしていた見かけぬ人々もみな、なんらかのカタチで大浦さんに金をむしり盗られた“被害者”たちだったのだろう。
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マンション管理員
1948年生まれ。大学卒業後、広告代理店に勤務。バブル崩壊後、周囲の反対を押し切り、広告プランニング会社を設立するものの、13年で経営に行き詰まる。紆余曲折を経て、59歳のとき、妻とともに住み込みのマンション管理員に。以来3つのマンションに勤務。
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(マンション管理員 南野 苑生)
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