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「3カ月の居住で住民投票権」武蔵野市の条例案否決から見えた日本の低レベルな"多様性"

プレジデントオンライン / 2022年1月24日 19時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/twinsterphoto

■日本の閉鎖性を感じた武蔵野市の条例案の否決

2021年12月21日、東京都武蔵野市が提出した外国人の住民投票を認める条例案が、市議会で否決された。この条例案は、投票資格を3カ月以上市内に住所がある18歳以上とし、実質的に外国籍の住民も日本国籍の住民と同じ要件で参加できるとするものだった。

ちょうど12月9日には、米・ニューヨーク市議会が30日以上市内に住所がある永住者と労働許可保持者に30日の居住を条件として外国人地方選挙権を認めたことがニュースとなった。それと比べると、同21日に武蔵野市が住民投票条例を否決したことは、改めて日本の閉鎖性や多様性の乏しさが印象づけられる出来事であった。

ニューヨークの事例は、30日と在留期間は短いものの、永住許可や労働許可を認められた者に限定する点で、在留資格類似の要件を定めている。これに対し、武蔵野市の場合は、3カ月という住所要件を基に広く外国人住民に認めるものである。地方選挙権と住民投票権の違いはあるものの、制度設計が甘かったので批判された。とはいえ、「外国人だから」という理由で一律に地方選挙権や住民投票権を認めないのは、多様性を認め合う共生社会を目指す観点からは不合理である。

外国人住民に住民投票権を認めることは、日本の憲法上も法律上も問題はない。1995年の最高裁判決にあるように、地方選挙権を「永住者等」に認めることは憲法上可能だが、法改正が必要である。これに対して、条例に基づく住民投票には、法改正は不要である。

■武蔵野市だけが執拗に取り上げられた理由

外国人に住民投票権を認める自治体が既に存在する中で、なぜ今回「武蔵野市」の条例案だけが執拗(しつよう)に取り上げられ、注目を浴びたのであろうか。

直接的な要因としては、武蔵野市も選挙区とする自民党の長島昭久衆議院議員をはじめ、何人かの国会議員が反対意見をメディアで公表し、街頭演説も展開したこと、新聞の社説が賛成、反対の立場から書かれたこと、ヘイトスピーチ団体がこの問題を格好のターゲットとしたことなどが挙げられる。

構造的な要因としては、2019年4月から特定技能1号の在留資格での外国人の受入れがはじまり、従来の国際貢献を建前とする技能実習生とは違い、労働力の不足する分野での外国人労働者の受入れがはじまったことに伴い、今後の外国人の増大に備えて「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」を国として発表したことが関係していると思われる。

少子高齢化を見据えて、国としても外国人との共生社会の実現のための政策が必要と判断した上で外国人住民の社会参加を促す政策が増えている。こうした中で、自治体としても多様性を認め合う共生社会では住民投票への外国人住民の参加も必要と考えはじめている流れに対して、これを阻止したいという人が、ある種の危機感を覚えていることが背景にあるのではないだろうか。

新たな制度の導入に際しては、何事も偏見や固定観念から反対する声もある。かつて女性の政治参加が反対された。しかし、今は女性の政治代表の不足が危惧されている。既に市町村合併の是非を問う住民投票など、外国人住民の参加した事例も国内に多くある。これからの地域における共生社会の担い手として、住民投票の資格をどのように定めるのかは、それぞれ一長一短で、自治体の自由な判断に任されている。否決後、松下玲子市長は、「外国人に投票権を与える上での一定の要件をどう置くのか」について条例案を見直した上で再度提出したい意向を明らかにしたという。

そこで、国内の住民投票における外国人住民の投票資格要件について整理してみよう。

■在留期間別または在留資格別に6種類に分けられる日本の住民投票

武蔵野市の調べでは、国内の常設型住民投票条例を定めている自治体は78あり、そのうち外国人住民の投票を認めている自治体は43であるという。これらの投票資格要件は、おおむね以下の6類型に分けることができる。

【図表1】外国人住民の投票を認めている自治体

■何をもって外国人の在留期間を定めているのか

それぞれの期間の根拠を検討する。

①の3カ月は、武蔵野市によれば、住民自治の基本原理や、市の基本目標の「多様性を認め合う支え合いのまちづくり」の基本目標から、外国籍市民にのみ在留期間などの要件を設けることには明確な合理性がないため、日本国籍を有する住民と同じ要件とすることが妥当という。

②の1年の根拠は、不明である。あえて1年の意味を何かに求めるとすれば、日本人の実子や一部の高度人材などの場合は1年の居住が永住許可の最短の要件である。また、日本人の配偶者との婚姻期間が3年あれば、1年の居住が帰化の最短の要件とあるように、最低でも1年の日本での生活実績が1つの目安とされていることが何かしら関係しているのかもしれない。

③の3年は、川崎市によれば、「日本に生活基盤を有していることに加え、付議事項の内容等について十分に理解し、自らの意思で投票を行うためには、日本の社会生活や文化、政治制度などの知識を身に付けている必要がある」からという。

また、岸和田市によれば、(2012年以前は)最長の在留期間が3年であり、「それを超えて日本に在留するには、活動内容によっては何回も更新手続が必要」であり、「更新することで、さらに日本に滞在しようという意思を明確にしている」ので、たとえ「永住」の資格を持っていないとしても、「3年を超えた滞在中に日本の風土や文化、慣習に触れることで、日本と密接な関係を持ち、地方の問題について日本人とともに考えるだけの知識を身に付けるに至っている」という。

④の5年は、生駒市によれば、住民投票において「対象とされる様々な事案について自ら意思を表明するには、一定期間以上日本に在留し、日本での生活基盤が確立されている必要があることから5年」とされている。また、(2012年以後)最長の在留期間が5年であるので、「1度は更新手続がされている」ことも併せて理由とされている。なお、5年の意味を別に求めるのであれば、帰化に必要な居住要件が原則5年であることが日本での生活基盤の確立の1つの目安になるとの考えもありえよう。

■一定の在留資格に限定する自治体の考え方

⑤の特別永住者・永住者・日本人の配偶者等・永住者の配偶者等・定住者は、掛川市によれば、「永住者や特別永住者については、相当期間、日本で生活しており、日本の社会生活等を十分に理解していると推定されることから」期間の要件は不要だが、日本人の配偶者等・永住者の配偶者等・定住者の場合は、③の川崎市と同じような理由で3年の要件が必要という。しかし、なぜこれら5つの在留資格に限定しているのかの理由は不明である。

この点、大和市によれば、日本人の配偶者等を含めた理由は、「配偶者による制度の説明などのフォローが可能」なためという。もっとも、定住者を加えることの理由はそれでは明らかではない。おそらく、考えられる理由は、日本人の配偶者等・永住者の配偶者等・定住者の人は、在留期間の更新が必要とはいえ、原則として更新が認められる人であり、事実上、永住者と同じように扱うことができるからであろう。

⑥の永住外国人は、苫小牧市によると、「住民投票の対象とされる特定の事項について正確に判断して自らの意思を表明するためには、一定程度の日本語の理解、社会の仕組み、文化、政治制度等の知識を身につけ、本市と特段に緊密な関係を持つに至った外国人住民を対象とする必要がある」。

また「その上で、住民投票には、住民自身が自分のまちの将来を考えるという強い気持ちが求められることとなる。外国人住民の範囲については、今後も長期的に本市に居住する意思があるのかどうかという心理的な関わりを視野に入れて考える必要がある」との理由から、永住外国人に限定している。ただし、「本市の外国人住民については、留学生を除くと、特別永住者、永住者の在留資格をもって在留する者が大半である」という現実的な理由も加わっている。

なお、日本の永住許可の居住要件は原則10年であり、帰化の5年よりも長いという問題もある。永住許可が国籍取得よりもこの点のハードルが高いのは、国際的にみても異常な状況にある。

■「住民としての判断ができるか」を国籍の有無で断じるのは不合理

武蔵野市をはじめ、多くの自治体が取り組むようになった多様性の理念は、今日、ヨーロッパ諸国の多くの企業や自治体が加入している「多様性憲章」でみられるように、ジェンダー・性自認、性的指向、人種・国籍・民族的出身、宗教、障害、年齢、社会的出身による差別をしないことを意味する。

黒い肌の男性の手と白い肌の女性の手のハンドサイン
写真=iStock.com/Natalia Riabchenko
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Natalia Riabchenko

理念上、住民投票での国籍差別を解消する上では、日本人と同様の3カ月の居住要件とすることが望ましいという考え方も理解はできる。住民登録の要件も、ちょうど3カ月以上の居住予定の外国人が住民登録をしているのであって、住民自治の原理からは、①の3カ月の要件が適当かもしれない。

しかし、多くの自治体は、さまざまな考慮要素から、その自治体に合った現実的な対応をしている。住民投票制度の投票資格をどのように定めるのかは、あらかじめ答えが1つに決まるものではない。多様性や平等をいうのであれば、今日、一般的な18歳の年齢の要件も別の見方もありうる。現に、大和市は、16歳以上であり、西和賀町は、15歳以上である。何歳から投票を認めるのがベストかは一概にいえないものの、制度上、十分な判断能力として一定の年齢を要件とすることに合理性はある。

かつての財産や性別による投票権の排除が不合理となったように、単に国籍の有無が不合理となるのは、「住民としての十分な判断が可能かどうかという実質的な基準」に合わないからである。子供の判断能力の成熟を待つように、新規入国者の判断能力の成熟を待つために、一定の在留期間や在留資格を要件とする制度設計は、実質的にみても、必ずしも不合理とはいえない。

■諸外国で住民投票権が認められる要件

今日、何らかの形で外国人の地方選挙権を保障している国は65カ国に及ぶが、そのうち住民投票制度のない国もある(*1、*2)。国外の住民投票資格の主な状況を国際的な共同研究のGlobal Citizenship Observatory を手掛かりに先ほどの6類型に当てはめてみる。

①アメリカは一部の自治体で認めるだけだが、サマセット郡が14日、タコマ・パーク市が30日といったように、国民と同様の短期の在留期間を要件に外国人住民にも認めている。冒頭のニューヨーク市の地方選挙権もそうだが、「代表なくして課税なし」という独立戦争のスローガンが民主主義の理念として引き合いに出されるアメリカでは、納税者と投票者を一致させることを好む傾向にある。なお、フランスなど一定のEU諸国は、EU市民にかぎり国民と同様の在留期間を要件として住民投票を認めている。
②ニュージーランドが1年の在留期間を要件とするが、留学生などの短期滞在資格は除かれている。フィンランドとペルーは2年の在留期間が要件である。
③スウェーデンやデンマークは、3年の在留期間が要件である。
④オランダ、ベルギー、エクアドル、コロンビアが、5年の在留期間を要件とする。
⑤日本に特有のタイプであり、国外に類似の例はなさそうである。
⑥リトアニア、スロバキア、スロベニア、ハンガリーが永住外国人に認めているが、いずれも永住許可に必要な居住期間は5年である。

なお、その他、ベネズエラが10年の在留期間を要件とする。スイスのジュラ州が10年、ジュネーブ州が8年、フリブール州が5年の在留期間を要件としている。

したがって、国民と同様の居住期間でなく、住民としての十分な判断が可能なために一定の在留期間や在留資格を求める制度設計の方が合理的と考える場合が少なくないのが現状である。

国内外の事例を基に検討すると、永住外国人に限定する方式は、日本の場合、原則10年の居住要件の点で、帰化と比しても長すぎる問題が気になる。

そこで本来的には、永住許可の居住要件を5年以下に短縮した上で、永住外国人に住民投票権を認めることが、適当と思われる。現行の永住許可制度の下では、3年ないし5年の居住期間を要件とすることも次善の策といえよう。一方、3カ月というのは、武蔵野市における今回のような反対意見をまねくので、否決もやむをえなかったのかもしれない。武蔵野市は、「多様性を認め合う支え合いのまちづくり」のための、現実的な制度設計を検討し直し、修正した条例案の再提出を期待したい。

*1)近藤敦『移民の人権』(明石書店)67ページ
*2)近藤敦『多文化共生と人権』明石書店、219ページ

■条例案を問う中で起こったヘイトスピーチ

なお、今回の条例案に反対した人たちが、反対する意見を出す中で、特定の国の人がその自治体を「侵略する」、「乗っ取る」、「虐殺する」と言ったり、外国籍の政治活動家の「強制送還」を求めたりといった、ヘイトスピーチを行ったことも問題とされている。

これらは、いわゆるヘイトスピーチ解消法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)2条の定める「本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動」に当たる恐れがあることも報道されている。参議院議員の中にも、特定の国がその出身者を大量に転居させ、行政や議会も牛耳られるとツイートする人もいた。

日本が留保なく批准した部分である人種差別撤廃条約4条(c)は「国又は地方の公の当局又は機関が人種差別を助長し又は扇動することを認めないこと」を締約国の義務と定めている。この条文の意味を理解した言動が国会議員には望まれる。

■武蔵野市の条例案へのリアクションは外国人への偏見を浮き彫りにした

法的拘束力のない諮問的な住民投票を「実質的参政権」と位置づける論理には、飛躍がある。また、経済生活その他の必要が居住場所を決めていること、市の空き室状況、同じ国籍でも政治判断は多様であること、外国人住民の投票率は経験上低いことなど、いくつもの前提を無視した荒唐無稽な差別的偏見を拡散することが、本邦外出身者を地域社会から排除する扇動となることを公務員は自覚する必要がある。

はからずも、武蔵野市の住民投票条例案をめぐって、差別や偏見の存在が改めて意識された。同質性を好む従来の日本社会にあって、外国出身者がもたらす多様性の豊かさと開かれた人権保障の重要性に着目しながら、これからの共生社会を築く新たな制度設計は、多くの自治体が模索しているところである。丁寧に偏見を解きほぐし、個人の尊厳と人権が尊重され、誰もが活躍できる地域社会づくりのための議論を今後は期待したい。

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近藤 敦(こんどう・あつし)
名城大学法学部教授
1960年、愛知県生まれ。九州大学助手などを経て、2005年から現職。憲法、国際人権法、移民政策を研究。総務省や東海地域の多文化共生推進プランづくりに参加。著書に『人権法(第2版)』(日本評論社)などがある。

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(名城大学法学部教授 近藤 敦)

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