「世界最高のライブバンドはストーンズではなくビートルズ」ポール・マッカートニーは私にそう言った
プレジデントオンライン / 2022年2月3日 12時15分
■日本のお土産に着物を買って帰った
(前編からつづく)
——日本公演で滞在したホテルはいかがでしたか?
【ポール】ほとんどホテルの中にいたよ、外出することができなかったから。警察はぼくたちが出かけるのを嫌がっていたからね。だからずっとホテルにいたよ。ぼくらは、えーと、買い物をした。お店の人が(ホテルの部屋に)来たんだよ、だからキモノとかいろいろ、イギリスへ持って帰るお土産を買った。
日本公演を担当したタツ(永島達司、キョードー東京創業者)に「キモノ見せてもらえる?」って頼むと、いいですよと言って、お店の人たちが(着物を)持ってきてくれた。ぼくらは「これとこれをください」と。
——私はホテルのフロント係にも会いました。彼らはあなたのことを覚えていました。
【ポール】それがビートルズだ。みんな忘れない。人生で一度きりの体験だからね。ぼくたちにとっては毎日のことだけれど。でもファンはほぼ間違いなく覚えている。
——1966年のツアーでビートルズのメンバーはコンサートツアーをやめようと思っていたのですか。
【ポール】音楽を作ることはエンジョイしていた。音楽をエンジョイしていた。そのころレコーディングをするのが楽しくなってきて。1年後にはコンサート活動をやめて「サージェント・ペパーズ(・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド)」をレコーディングしたからね。それが本当にやりたかったことだった。
■「ひどい!」と感じたニューヨークの警察
【ポール】画家が自作の絵の展覧会をしてばかりいるか、それとも家にこもって絵を描くかのチョイスがあるようにね。アーティストなら絵を描くことのほうを望むんだ、本当は。コンサートをたくさんやって世界中を駆け回って、ひとつやふたつの不愉快な経験をすると特にね……。
マニラではいい思いをしなかったな。あんまり好きじゃなかったな。ちょっとぼくたちにはクレージーすぎた。最初ぼくたちはイギリスのやり方に慣れていた。もっと有名になるとアメリカのやり方に慣れてきた。びっくりすることはたくさんあったよ。例えば、ニューヨークに行った時、警察が「金を払えば警備をしてやる」って言っているのを耳にしたんだ。
なんてことだ! ひどい! 汚職じゃないか! と思ったよ。なぜならイギリスでは警備にお金を払う必要はないからね。でもニューヨークではお金がかかるんだ!
でも、言ってみれば彼らはビジネスマンなんだよ。ブライアン(マネージャー)が警官と真剣に話し込んでいたからどうしたんだって聞くと、向こうがいくら欲しいか話し合っていたそうなんだ。でもそれにも慣れたよ。珍しい出来事だったけど次第に慣れたよ。
■タツはいつも親切でジェントルマンだった
それで日本に行ったら、大量の警察官に囲まれてまた慣れなきゃいけない新しい出来事が起こった。マニラに行ったときは、ふーっ(汗をふくジェスチャー)……。あの時はマルコス大統領の汚職があったんだ。マニラを気に入らなくてある意味よかったと思う。よくない政権だったからね。まちがった政権だし、国民のための政権ではなかった。
——最初のコンサートの後、タツとの関係はどうなりましたか?
【ポール】年を重ねるごとに親しくなっていったと思うね。初対面から彼を気に入った。でもきみも言うように、最初は友達になれるような時間が多くはなかった。
彼はぼくたちより年上だった。でも時が過ぎて、だんだん彼のことを知るようになった。彼はいつも親切だった。きみの言うようにジェントルマンだ。それが重要だった。彼はいい男だ、落ち着いているし、穏やかな性格だ。ワーワーキャーキャー騒がない! 騒いだ彼を見たことがない。彼はクールなんだ、クール。英語ではクールって言うんだ。タツはクールだよ! だから彼を好きになった。年を重ねて友達として彼を知るようになった。食事に行ったりね。もっと個人的な友情関係になった。何年もかけて築き上げた友情だ。
■おしゃべりじゃないから好きになった
——彼はおしゃべりでしたか?
【ポール】ノー。彼は必要なときだけ話した。センスがある。必要なだけ話した。ディナーに出かけたときは楽しかったよ。(仕事に関係なく)普通に会話ができたからね。それで彼は、年々ぼくの家族とも仲良くなった。彼はぼくの子供たちの成長を見ている。
その頃からぼくは彼のやったことを知った。だから彼がキョードー(東京)を作ったこと、ナット・キング・コールやシナトラを日本に呼んできたことも教えてもらった。ビートルズに出会う以前に彼がやったことを知った。でもタツを有名にしたのはビートルズ!
——(笑)ありがとうございます。あとひとつだけ質問してもいいですか?
【ポール】どうぞ。
——あさってからスコットランドに行くのです。マル・オブ・キンタイア(キンタイア半島の岬)へ行きます。あなたが1977年に出した「夢の旅人」(原題はマル・オブ・キンタイア)が好きなんです。
【ポール】そうなの? あの曲が好き?
——はい。
【ポール】いいね。でもねえ、きっと寒いと思うよ。スコットランドに行くときはいい天気を期待しちゃいけないっていうんだ。景色はさぞ美しいかもしれない。でもあっちは真冬だ。北に位置しているからね。ここロンドンとは気候が違う。
■マッカートニー家のルーツ
——マッカートニー家はスコットランド出身なのですか?
【ポール】いや、違う。1960年代にぼくは農場を買ったけれど、うちの家系はアイルランドなんだ。スコットランドの歴史はアイルランド、ケルト系の民族から始まっている。
冗談のような話だけれど、かつてアイルランドに「スコッツ」と呼ばれた種族がいて、それが今のスコットランドの土地に到着した。彼らは成功し人々はその地を「スコット・ランド(スコットの地)」と名付けた。でももともとはアイルランド種族だ。
だからうちの家系はアイルランド。きみが言うようにケルト民族だね。同じ古代民族。でも(スコットランドの農場を購入したのは)有名になったプレッシャーから逃げ出すためのプライベートな場所が欲しかったから。
ビートルズをやってるときは周囲がクレージーだったからね。「ギャーギャーワーワー」ってね。だからあそこへ行くのはよかった。ぼくとリンダが結婚した時、彼女はとてもあの場所を気に入ったよ。ぼくはそうでもなかった。うーん、って感じだったな。でもリンダはすごい素敵だって言ってたよ。「なんかいまいちじゃない? だって建物あちこち壊れているし」ってぼくが言ったら彼女はこう答えたよ。「だったら修理すればいいじゃない」
■ポールに「好きなウィスキーは?」と聞かれ…
——今でもその農場をお持ちですか?
【ポール】うん、あるよ。でもぼくにとって、すごくプライベートな場所だ。世界中でたったひとつの、すべてから解放できる場所だ。だからとってもプライベート。だれにも来てほしくない。でも最高に美しいところだよ、キンタイア。きっときみも気に入るよ。とてもナイスで空気がきれいだ。
——スコットランドはお好きですか。
【ポール】うん。
——スコッチウィスキーは?
【ポール】スコッチウィスキー? もちろん好きだよ。
——僕はボウモア蒸留所に行くんです。
【ポール】ああ! うちの近くにもひとつ蒸留所があるよ。スプリングバンク、おいしいよ。きみの好きな銘柄は?
——えっと、サントリー。
【ポール】サントリーって?
——日本のウィスキーです。
【ポール】(ただ沈黙)
——えー……。あなたは今もベジタリアンですか?
【ポール】うん。ベジタリアンはアルコールを口にしないって思っている人がいるけど、それは間違い。ぼくは動物を食べない。動物と魚を食べない。顔が付いているものは全部。だから動物は食べないよ。
——卵は?
【ポール】卵は食べるよ。息子(ジェームズ)は食べない。彼はヴィーガン(完全菜食主義者)だから。ベジタリアンとヴィーガンはちょっとちがうんだ。彼は大きい体格をしてる! 力強いよ。ただ動物性以外のものしか食べないんだ。
■ポールがベジタリアンになった理由
【ポール】人間は動物に対して残酷だと思っている。人類はずっと昔から動物を食物とする習慣があるから、そのことについて疑問を持たない。でもぼくは思うんだよ。次世紀(21世紀)には人々はもっと真剣に考え始めるだろうって。
自然環境に対しても非常に重要なことだ。なぜ重要かというと、ぼくたちが動物をこれほど食べなければ自然環境は良くなるからだ。あの大量の牛の数、マクドナルド用とかね。アメリカの水はどんどん減っている。地下水面は下がり続けているんだ。これは重大な問題だ。世界中の水がなくなったら、何も育たなくなってしまう。だからぼくたち家族は20年くらいベジタリアンだ。
——日本では40歳を超えると誰もが自然とベジタリアンになるとも言います。
【ポール】伝統的にそうなんだよね、日本人はベジタリアン。でも当たり前だけどきみたちは魚を食べるよね、島国だから。魚をたくさん食べるね、イギリスのように。それから寿司とか刺身とかも食べるだろう……。まあ、でも、ぼくは(ベジタリアンでいることは)いいことだと感じている。
動物がかわいそうだから。ぼくの一番の理由はそれだ。それから健康にもいいだろうと思っている。自然環境にはとてもいい。アマゾンの森を切り倒しているのは、牛の放牧地をつくるためなんだよ。でもぼくたち人類は木々が必要だ。空気がなくなってしまう。木がなかったら息が出来なくなる。木は酸素をつくる。これは興味深いよね。とても考えさせられる。
——(ただ沈黙)はい。そう思います。
■ビートルズはストーンズより最高? と聞くと…
【ポール】次はどこへ行く予定? 日本に帰るの?
——はい。マル・オブ・キンタイアへ寄ってから、日本に帰ります。
【ポール】いいね。
——今日は長い時間、どうもありがとうございました。
【ポール】どういたしまして。よい旅になるといいですね。
——あなたの曲を聴き、ビートルズの本も拝読しました。あなたを大変尊敬しています。
【ポール】どうもありがとう。
テープを切った後もいくつか話をした。
「『ぼくたちは世界最高のライブバンドだった』とおっしゃっていましたが、それはローリングストーンズよりも、という意味ですか?」と訊ねたら「イエス」。また、出てきた緑茶に茶柱が立ったので、それを言葉で説明した。しかし、彼は私が茶柱を指さしただけでそれが幸運を示すものとすぐにわかった。
■「頭がいい」とは別物の才能があった
彼のような人は相手が考えていることを瞬時に理解してしまう。それは頭がいい、知識が豊富という意味ではない。高倉健さんもそうだったけれど、スター、有名政治家のような想像もできないくらい大勢の人に会って、相手を理解しようと思う人のなかには相手の全体を瞬時につかみ取ってしまう人がいる。
わたしは英語に自信がなく、ぽつりぽつりとメモを見ながら話をしたのだけれど、彼は一言一言、完全にわかっていた。インタビューをしていて、これほど気持ちよく理解してもらったことは快かった。
私が最後に言った「ありがとう」は、伝えたことを100パーセント、理解してもらってありがとう、だったのである。
それと、あの時、ポール・マッカートニー卿はサントリーが日本のウィスキーメーカーとは知らなかっただろうが、今ではわかっているし、飲んだこともあるのではないか。別に、サントリーのことをほめたくて言うわけじゃないけれど。
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ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著に『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)がある。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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